人は追い詰められた時に本性を表す。
じゃありあむちゃんは追い詰められた時、はたしてどんな本性を見せてくれるのかにゃ?
にゃはは、みなさんこんにちはー、そしてキミにはアイラビュー! ギフテッドでお馴染み志希にゃんだよー! レイジー・レイジーの方がわかりやすいかな? それともLiPPS? 何でもいーや。
さて、知ってる人なら知ってると思うんだけどね。あたしって実は好奇心が人一倍旺盛なんだよねー。え、知ってる? うん志希ちゃんも知ってたよー。みんなが志希ちゃんのことを知ってることを知ってた。勿論志希ちゃん自身も志希ちゃんが好奇心の塊だって知ってるんだけどねー。
好奇心猫を殺す。この猫は何を表しているんだろう?
にゃーにゃー言うから志希にゃんのことかな? それともみくにゃん? ごめんねキャラ被っちゃって。フレちゃんが猫やめたから許してにゃー。
かんわきゅーだい。志希ちゃんはね、これは好奇心のことだと思ってるんだよ。え、知ってた? だとしたらこれは失敬。好奇心いこーる猫が成り立つのであれば、猫猫を殺す? ノンノン、好奇心好奇心を殺す。好奇心は自らの探求欲によって身を滅ぼすのだー。
はてさて今回志希にゃんの猫が狙いを定めた標的は? にゃは、志希ちゃんの好奇心は留まるところを知らないのだー。これも知ってたらごめんねー。
「え、ぼくが志希にゃんと同棲!? マ!? Pサマ嘘でしょ顔面偏差値で殺されるよぼく!? もしかして殺しに来てるの!?」
おっきな胸をぶるんぶるん揺らしながらー、ピンク頭の小さな少女はPサマを糾弾するー。口が悪いのはご愛嬌。
あたしは初めてあの子を見た時、思わず笑みが零れたんだよね。笑顔は威嚇は威嚇の名残。別にあの子を食べたいなんて思ってないけどねー。身体のどこもかしこも柔らかそうだなーって思うくらい?
かんわきゅーだい二回目。志希ちゃんはすぐに脱線するのだー。美嘉ちゃんに怒られちゃうかな?
これは、志希ちゃんの志希ちゃんによる志希ちゃんのための観察日記。未知の生物を記録した19日の宝物。日記の前書きとしてはこんなものかにゃ?
あ、論文にする予定は無いから悪しからずー。
だってそんなの、勿体無いでしょ?
◇◇◇
観察日記1日目。天気は快晴、雲量0。気温はちょっと肌寒い? 春なのに変だよねー。
志希ちゃんは朝が弱い。だからよくオトモダチに起こされるんだよね。昨日はフレちゃん一昨日奏ちゃん。その前は起きれたんだっけ?
今日は誰が起こしてくれるのかなーなんて。覚醒を促したのは風。比喩でも何でもないよ?
「こ、これで起きてくれないかな……。ぼくが志希にゃんに触るとか土足で花壇を踏み荒らすようなもんだし……凛ちゃんと夕美ちゃんに殺されるぅ……」
ピンクのその子はあろうことか扇風機で志希にゃんを起こそうとしていた。春なのに変だよねー。まるでこの日の気温みたい。
しょーじき目は覚めたから起きても良いんだけど、ちょっと遊んでみたい。化学は思わぬ介入によって新たな結果をもたらすのだーってね。海の向こうの髭もじゃさんがよく言ってた。
「あ、あれ? やっぱり起きない? じゃ、じゃあ触っても……触っても良いよね? オタク見てないよな? 触るよ? 触っちゃうよ? 無言は肯定とみなすよ?」
観測しない限りそこにはファンが半分存在するー。これは量子力学さんに喧嘩を売っちゃったかも? でも猫を大切にしないのはダメだからね。みくにゃんの後ろ足に蹴られちゃうよー。これは馬だったっけ?
「お、起きないと遅刻するよー……」
ちょんと志希ちゃんの肩に触れるピンクちゃん。暫定で力の強さは1かなー。1日目だしちょーどいー。
「……」
「ど、どうしよう。放っておいたら学校遅刻するよね? その場合ってぼくが怒られるの? ま、まさかそういうこと!? 間接的にぼくに説教しようってPサマの意地悪!?」
「……」
「あ、あれ、本当に起きない。実は起きてるとか……そういうこともない……?」
「起きてるよー」
「うひゃあ!?!?!?」
ゴロゴロと後ろに転がるピンクちゃん。あ、テーブルに頭打った。奇声を上げてじだばたとのたうち回る様はお世辞にもアイドルには見えないかなー。アイドルは痛がる様も可愛くあるべし! 志希ちゃん気にしたことないけど!
「おはよーピンクちゃん」
「ぴ、ピンクちゃんってぼくのこと? 脳内花畑的な?」
「脳内じゃなくて
「え、え? ぼくの名前で良いんだよね? 夢見りあむ……で良いの? 合ってる?」
「なーるなーる。良い名前だねー」
フレちゃんが聞いたら夢を見るなんてロマンチックだねー、でも夢ってすぐ忘れちゃうし、わお、じゃあ夢界の中で初めて覚えてもらえる凄い人だ! 握手お願い! なんてフレちゃん節を炸裂させそう。でもフレちゃんはあたしの想像を超える女の子だからねー、多分もっと凄い思考の飛翔をするんじゃないかな?
「今日からよろしくねー、りあむちゃん」
「あ、えと、よろしく……志希にゃ、ちゃん」
「早速だけど抱きしめていーい?」
「ひぇっ!? ぼぼぼくなんか抱きしめても何も良いことないよ!? 腐るよ!?」
「ノンノン、あたしの匂いを覚えてもらうためー。匂いってさ、記憶とそれはそれはふかーい関係があってね、あたしの残り香を嗅いだら思い出してもらえるようにしてほしいのだー。あ、それを辿って失踪した志希ちゃんを見つけてほしいっていうのもあるかにゃ?」
あたしはアイドルだから可愛く小首を傾げてみる。きゅんきゅんした? きゅんきゅんがまっくすしたかにゃ?
「で、でもぼく昨日しかお風呂入って……」
「しーらないっ! ほーらハグっ!」
「うわぁっ!?」
がばーっと抱きしめてみる。うんうん、やっぱり見た目通りふわふわだ。体温は少し高め。36度8分ってところ? 今の数字は適当だから実際は知らなーい。
ふむふむなるほど、りあむちゃんは面白い匂いをしてる。濡れたコンクリートから発生するぺトリコールを10倍に希釈したものと酸味が強めのりんごの香りを合わせたようなもの。そう言えばりあむちゃんの同期にはりんごちゃんって子がいたんだっけ? 噂でしか知らないからホントの名前はわかんなーい。
「ねーりあむちゃん。このまま聞いてね。出来ればあたしの匂いを嗅いだままで」
「え、あ、は、はい!」
「映画でよくあるアイラビュー。キミならどのタイミングで伝える? やっぱりラスト? それとも最初? 伝えたい時?」
クレイジークレイジーの歌詞の一部。あたしならどのタイミングで言うかな? 歌詞どーり最初? でもそれじゃ逆にありきたり? はたしてピンクちゃんもといりあむちゃんはなんて答えるのかにゃ?
「し、質問の意味がよくわかんないけど……。ぼくはずっと言うよ! 推しへの愛は一日中でも伝えられる! 朝でも昼でも夜でも、映画の最初でもラストでも、ずーっと言い続けられる! よ!」
……なーるほど。質問は定められた時系列のどこに点を置くかだったんだけど、りあむちゃんの場合は点の直径が初めから最後まで大きかったと。こりゃ一本取られちゃった。二本目を用意しなきゃ。
「ホント、キミは面白いねー」
好奇心という名の猫はまだ死なない。それどころか成長してる。
さ、次の実験の準備をしなきゃねー。
◇◇◇
観察日記5日目。天気は晴れ、雲量3。気温はタンポポが咲きそうなくらい。あったかいねー。
今日も今日とてりあむちゃんに起こされたあたしは歌を歌ってる。ライブハウスで歌ってる。リハーサルって失踪したくなるよねー。
ちなみにりあむちゃんはレッスン。何でもソロ曲が出来たからそれの合わせだって。音源を聴かせてもらった時はビックリしたなー。手首をかけて指切り! 命懸けだねー。
んー? 何で
あたしのライブに来てもらって、あたしのファンになってもらう! そうすればアイラビューのユーになれるじゃん? だから今回は大成功を収めるためにリハーサルも失踪しないで頑張るのだー。
でもせっかくの記録に会話が無いのも味気ない? それではこの日のしきりあ劇場の一端をご賞味あれー!
「ねぇねぇ志希ちゃん! 見てこれあんちゃん! ぼくが推してる最強アイドル! 可愛いでしょ!」
「うんうん、何だかキラキラしてるねー」
「そう!!! そうなの!!!!! あんちゃんはキラキラしてるの!!!!!」
ビックリマークの多さはりあむちゃんの興奮指数と40dB1000Hzの1soneの大きさ。要は声が大きかったんだよねー。
猫はまだまだ生き生きしてる。
◇◇◇
観察日記6日目。天気は晴れ、雲量4。気温はタンポポが蕾にこもりたくなっちゃうくらい。三寒四温にはもう遅いんだけどねー。
本番直前、身体の硬直と精神の萎縮が最も高まる時間。そんなのには無縁のあたしは、志希ちゃんのためだけに用意されたひろーい控え室でりあむちゃんを呼び出していた。
「おっひさーりあむちゃん」
「朝会ったばかりだよ!? もしかして忘れられてる!?」
「んーにゃ、焼いてくれたトーストの味は味蕾に染み付いてるー。特に炭化した部分ー。メイラード反応には少し遅かったかにゃー?」
「よくわかんないけど焦げたことはごめんなさい! ていうか全部食べなくても良かったし!」
「そんなのもったいなーい。美嘉ちゃんに怒られるよー?」
あの子は庶民的なところがあるからにゃー。営業妨害だーって怒られちゃう?
他愛もない雑談を交わしていると、スタッフの人があたしを呼びに来る。さて、今日もファンのみんなを魅了しちゃうぞ〜! 誰の真似だろうねこれ?
「じゃーりあむちゃん、特別に招待した特等席で特別な志希ちゃんを見ていてね?」
「だ、大丈夫? 舞台の後ろとか観客に見えちゃわない?」
「曇りガラスフロストガラス、よくわかんないけどカーテン越しにあたしの視界を共有出来るんだからだいじょーぶ!」
「こ、答えになってない……やむ……」
「じゃあスタンバイしてくるねー。……あ、そだりあむちゃん」
あたしはちょいちょいと手招きする。りあむちゃんは頭の上にはてなマークをポンポン浮かべながらもあたしのもとへ駆け寄った。
「はーい、ハグっ!」
「んひぃ!?」
りあむちゃんってば変な声ー。子ブタみたいだったって言うと怒るかな?
それはさておき飲み込んで、あたしはりあむちゃんの耳元で一つ、吐息を漏らした。
「あたしの今のこの匂いはりあむちゃんだけの物。この匂いを忘れずに、りあむちゃんのためだけに歌って踊るライブを見ていてね?」
囁きの波はりあむちゃんの鼓膜を振動させてくれたかにゃ? あたしはハグをやめてにこにこしながらりあむちゃんを覗き込む。
「ひゃ、ひゃい……」
上気した頬に緩んだ表情筋。喉が動いたことから唾液の分泌も見られるね。
はてさてこれは志希ちゃんショー。観客満員準備オッケー、誰がために鳴る鐘は当然りあむちゃん!
今日の猫は暴れん坊だ。ライブ中に後方にいるだろうりあむちゃんへ送ったウインクは受け取ってもらえたかにゃ?
◇◇◇
観察日記15日目。天気は曇り、雲量9。気温はアウターの存在を思い出させるくらい。最近は必要ないくらいあったかかったのににゃー。
今日はお互い休みの日曜日。珍しいこともあるもんだねー。こう見えても志希ちゃんは売れっ子なのだ! ちなみにりあむちゃんは新米アイドルの中で一番勢いがある! それがドクター志希にゃんの猫を呼び起こした一因でもあるんだよ!
「ねね、志希ちゃん志希ちゃん!」
「はいはーい、どしたのー?」
半月もすればあたしの人となりをわかってもらえたのか、りあむちゃんは初めのような緊張はきれーに雲散霧消、人懐っこい猫ちゃんのように話しかけてきてくれる。みくにゃん大ピンチ! またしても猫ちゃんキャラが増えちゃったよ!
「先週のライブ! 本っ当に凄かったよ! 推し変はぼくしないけど推しを増やすのは良いよね! ぼく志希ちゃんのファンだよ!」
「そっかそっかー、それは嬉しいにゃー」
「ぼくもいつか志希ちゃんをファンにしてみせるからね! あっごめん嘘やっぱ無理! ぼくにそんなこと出来ない!」
「んーん? 志希ちゃんは既にキミのファンだよー?」
「ほ、ホント!? 信じても良い!?」
「ホントホントー。信じてちょーだいな」
あたしの中の猫はずーっとキミに夢中だよ。好きじゃなくてすこ? にゃは、何で「き」じゃなくて「こ」なんだろ? だったらあたしはしこちゃん? 響きが嫌だからこれは言わなーい。
「さて、今日のハグの時間だよー」
「わかった! ぼくもうこれ無しじゃ生きていけない! よ!」
りあむちゃんは文末が「よ」の時かつ強調したい時は「よ」を独立させる節がある。原田美! 世! みたいな感じー。これは語尾だから違うかにゃ?
益体も無いことを考えながらりあむちゃんを抱きしめる。りあむちゃんの背中に手を回してあげると、りあむちゃんは毎回ビクッてした後抱きしめる力を強くするんだよね。それが何だか愛おしい。やっぱりあたしはりあむちゃんのファンなんだねー。
「あたしの匂い、そろそろ覚えてくれた?」
あたしが住む場所であたしが抱きしめてあたしが匂いを覚えさせる。最後の実験までのピースとしてこれは重要なことだからねー。早く覚えて欲しいにゃー。
「うん! もうさっきここ通ったんだろうなってのがわかるくらいには覚えたよ!」
おろ、今回の「よ」は独立させない。強調したい時じゃなかったのか気分なのか、それとも条件付けが甘かった? まだまだ知らないことは沢山あるんだねー。
でもそっか、覚えてくれたんだねぇ。
だったらそろそろ頃合いかな。これは「にゃ」じゃなくて「な」。志希ちゃんちょっとだけシリアスモード。
猫は今にも逃げ出しそう。そうなる前に、予期せぬ車に轢かれる前に、とりあえずは20までの整数で最も大きな素数の日。
19日目に、最後の実験をしてみるとしよう。
◇◇◇
観察日記19日目。天気は雨、雲量10。気温は桜が花弁を落とすくらい。にゃは、これは気温のは関係ない?
さて、ここまで読んでくれたキミはもしやおませさんだね? それとも探偵? 何でもいーや。
キミがりあむちゃんであることに変わりはないよね?
これを見たキミは恐らく志希ちゃんの置き手紙を見て焦っているんじゃないかな。これも「にゃ」じゃなくて「な」。シリアスモードだもん。
うかうかしてると猫は車に轢かれちゃうよ? なんせ「高いところに行ってきます。死んだらごめんね?」なんて縁起の悪い書き置きを残したもん。高いところが好きなのは煙とおバカさんらしいんだけど、あいにく志希ちゃんは煙でもなければおバカさんでもない、ギフテッド。才能を与えられてしまった賢者なのだ!
今日、つまり19日目はまだ終わってないから、余白は空けておくね。うっかり証明が無ければ何百年も解き明かせない定理を思いついたらここに記せないし、そうでなくとも実験結果を記録出来なくなる。勿論余白を埋めちゃったらね?
とりあえず一つの区切りとして、キミには言っておくね。
I love you。志希ちゃんは日記の最初に書いたけど、キミならどのタイミングで言うのかな?
■■■
「はぁ、はぁ……!」
息を切らして走り続ける。ぼくは志希ちゃんの日記を読み終えると、全力疾走だけが理由じゃない早打つ鼓動に大丈夫だと言い聞かせながら志希ちゃんを探し回っていた。
とりあえず女子寮の屋上に向かったけど結果はいない。それもそうかも、女子寮は五階建てだからそれ程高くないし。
「もう……どこに居るんだよぉ……!」
ホントぼくみたいなメンヘラもビックリな死に方だよ! 実験のために死ぬとか何それバカなの死ぬの!? 流石にりあむちゃんもそれは賛同しかねるよ!? そんなことのために命を投げ出すなんて意味わかんない! よ!
向かった先は事務所。ここの屋上なら高いし居るでしょ! 逆にここじゃ無かったら八方塞がり! 二方しか行ってないけど!
焦れったいエレベーターを最上階のボタン連打で急かす。チンと高い音が鳴って屋上に出ると、そこにはコンクリートが濡れた匂いしか残されていなかった。人なんて一人も居ない。
「い、居ないぃ……? 嘘でしょ志希ちゃん……!」
一応恐る恐る屋上の下を覗いてみるけど、特に騒ぎになってるようなことはない。つまり飛び降りてはいない。
フェンスの近く、くしゃっと足元から音が鳴る。雨に濡れた一枚の紙が落ちてあった。文字は少し滲んでいる。
──キミには既にヒントを与えてるでしょ? 毎日ハグしてあげてたんだよ?
「……匂いを辿れってこと!? こんなに雨の匂いが充満してるのに!?」
ぼくは思わず紙をぐちゃぐちゃにすると、エレベーターを使わずに非常階段へと向かった。理由はわからない。わからないんだけど。
「こっちから志希ちゃんの匂いがする気がする……!」
僕の直感なんて当たるとは思わない。だけどそう信じたくなったから信じる! オタクは推しを自分勝手に信じるものなんだよ! こっちに居るったら居る!!!
カンカンカン、と音を立てながら、ぼくは。
「志希ちゃん!!! 居ても居なくても返事しなくて良いよ!!!」
雨の音に負けないように、理屈よりも感情を爆発させる。
「ぼくは志希ちゃんのことがすこだよ!!! めちゃ推し!!! 志希ちゃんがアイドルを辞めるまで、辞めたとしてもずっと推す!!! 毎日伝えた好きはこれからも伝えるからね!!! だってそれがファンだもん!!!」
志希ちゃんの匂いが強くなる。錯覚じゃない。オタクの本能が全身を暴れ回る。
どれくらい階段を降りただろう。ぼくはようやく立ち止まる。
……志希ちゃんみたいに言うと、止まったこと、何かアクションを起こしたことには何か理由が存在する。
今回の理由は、雨に打たれてびしょびしょの志希ちゃんをやっと見つけたから。
「にゃは、久しぶりだねー」
「確かに今日は顔を合わせるのは初めてだけど……、……もしかしてずっと雨に打たれてたの……?」
「かれこれ数時間? 志希ちゃんそろそろ風邪引いちゃうかも? タイムリミットはくしゃみを三回するまでで、もう既に二回してたんだよー。危ない危ない、キミは命の恩人だ」
「だ、ダメだよ! 志希ちゃんはアイドルで、身体が、その、し、資本? でさ!」
「わかるよー、あたしもりあむちゃんがこんなことしてたら誰かに怒ってもらうかも? それともあたしが怒るかな? なんせファンだもん」
志希ちゃんは頬に張り付いたくせっ毛の髪の毛を撫でながら頬を緩ませる。顔が良いから何気ない仕草も写真集の1ページみたいに見えた。
「さて、実験しゅーりょー。ここでヒーローインタビューです!」
「へ!?」
「夢見りあむさん! ズバリ! 志希ちゃんを見つけた理由は何でしたかにゃ!?」
そこには存在しないのに持ち慣れたマイク。アイドル志希ちゃんの手にはハッキリと握られたマイクが見えた気がした。
「そ、そんなの匂いだよ! いつも志希ちゃんが嗅がせてくれた、薔薇と雨の匂いが混ざったような志希ちゃんの匂い!」
「にゃは、あたしにもぺトリコールの残滓があったんだ。もしかするとりあむちゃんに感じた10倍希釈のそれはあたしの匂いだったのかも?」
「よ、よくわからないけど……。あ、そうだ志希ちゃん! こういうことはもうしないでよ!? 次されたらぼくが死ぬからね!?」
「はーい。じゃあ手首をかけて指切りでもする?」
何とも無さげに志希ちゃんはピンと立てた小指をぼくに向ける。細くて長い綺麗な指。
……さ、触るの勇気いるなぁ……!
「さ、触っても良いんだよね!? ファンに殺されないよね!?」
「はーやーくー。じゃないとあたし飛び降りちゃうよ?」
「それはダメ!!! はい! 指切った!」
ぼくは急いで指を絡ませて指切りをする。こ、これで大丈夫だよね……?
「んにゃー、楽しかったなぁ」
「し、死なないでね? 推しが死ぬとか引退よりキツいことだからね?」
「だいじょーぶだいじょーぶ。あたしは死なないよー」
志希ちゃんは両目を閉じて伸びをする。何だか猫みたい……?
「さ、帰ろっか。今日のハグが残ってるよ」
静かに告げる志希ちゃんには、もうさっきまでのことは覚えていないと言わんばかりにいつも通り過ぎるものだった。
◇◇◇
さて、余白には実験結果を残すんだよね。これはりあむちゃんには見せられないかにゃ?
実験︰匂いを覚えた相手が危険な状況かつ居場所がわからない場合、匂いで居場所を突き止められるのか。
今日は運悪く雨が降っちゃったから匂いは消えるし、すこーしばかりヒントをあげちゃったんだけど、結果は成功。本人の証言も得られたしね。
本当は晴れる日を待っても良かったんだけど、そうすると次の素数は23日。つまり4日後。そんなに待ってたら志希ちゃんの猫は老衰で死んでしまう。
りあむちゃんは思った通りあたしの想像を超えてくれた。まさか映画のどのタイミングで好きを伝えるかって聞いて、映画が終わっても好きを伝え続けるなんて言ってくれるとは。今度の違いは演者としての質問だったのにりあむちゃんは観客だったこと。興味深くて面白いにゃー。これは無理を言ってプロデューサーに相部屋を許してもらったかいがあった。
そろそろ余白も無くなる。じゃあ最後にまたこれをりあむちゃんが覗いた時用に、あの言葉で締めようかにゃ?
りあむちゃん、アイラビュー! ファンとしてあたしは、キミというアイドルを愛してるよ!