空を飛んで移動する垣根は何の障害もなく第七学区にある病院の屋上におりたった。
「彼女の言う通りだったね」
「あ?」
「飛んで行くから多分屋上に降りるだろうって電話で言われてね」
降り立った直後に声をかけられその方向に顔をむける。
そこに立っていたのはどこかカエルに似た顔をした白衣を着た男だった。
「お前が
「僕をそう呼ぶ人もいるね」
「
「わざわざ話をつけるまでもないね。患者を連れてきたなら誰だろうと僕は全力で助けてみせるよ」
「そうかよ。ならさっさとコイツを診ろ」
「連絡してきた彼女から話は聞いているよ。相当に危ない状況のようだね。だが手術室まで運ぶのは頼むよ。さすがに此処では無理だからね」
冥土帰しは垣根の腕の中でぐったりとして意識を失っている杠に目を向けた。
「……案内しろ」
「ついてきてくれ」
垣根は早足で歩いていく冥土帰しに案内されるままについていくと、既に治療のための準備はされている様子だった。
「手術台に寝かしてくれ。それで君の仕事は終わりだ。よくこの子を生きたままつれてきた。ここからは僕の戦場だ」
冥土帰しは垣根の返事を聞く前に手術室の中に入っていった。
それを見送った垣根は手術室近くにあった椅子に腰をかけて大きく息を吐いた。まだ助かったわけではないとわかってはいるが自身の想像以上に消耗が大きいことにようやく気付いた。
一度気づいて仕舞えば疲労というものは一気に襲ってくるものだ。垣根は強烈な眠気を感じ目を閉じた。
────どれほどの時間眠っていたのか垣根の意識はふと目覚めた。
座った体勢で眠ったせいか体に怠さは残っているがある程度の疲れはとれていた。
「あら、起きたのね?」
「来てやがったのか。なら起こせよ」
垣根が目を覚ましてすぐに声をかけてきたのは心理定規だった。垣根が眠った後に合流しにきたようで垣根が隣に視線を向けると少し間を空けて座り爪の手入れをしていた。
「いやよ。寝起きで機嫌を悪くされても困るもの」
「バカにしてんのか?」
「冗談よ。それより手術終わってるわよ」
手術という言葉で思考が完全にクリアになり自分が何故ここにいたかを思いだした。
「チッ、尚更早く起こせよ。林檎はどうなった?」
「詳しくは聞いてないけど冥土帰しが言うには一先ずは問題ないそうよ。しばらくは検査もあるから入院が必要らしいけど。貴方が起きたら詳しく話すから来てくれって言ってたわ」
「そうかよ。ならさっさと行くぞ」
垣根は椅子から立ち上がり少し残る怠さを紛らわすように軽く伸びをして案内のため先に歩く心理定規の後に続いた。
──────────────────
「単刀直入に言うと彼女は助かったといえるね」
垣根が心理定規に案内された部屋に着くなり冥土帰しはそう告げた。
「引っかかる言い方だな。命だけは助かったが意識はもどらねぇなんてふざけた事ぬかすわけじゃねえよな?」
「当然だね。僕は患者に必要な物は全てを用意して助けてみせる」
「ならどういう事だ?」
「垣根帝督くん、君は彼女の臓器への強制停止命令から救うために能力を使用した」
「ああ」
「その判断は間違ってなかったね。それがなければ彼女は助からなかった。けれど君の使う『未元物質』が彼女を救うと同時に彼女を蝕む毒となった」
「どうしてそうなった? 処置は完璧にやった」
「君が自分自身を治すなら問題ないだろうね。ただ他の人間に使うのはあまりおすすめはできないね。君の『未元物質』はあくまでも君のもの、一部と言っていいだろう。だからこそ能力に君の匂い、痕跡とでも言うべきものが強く残っている。ゆえに他人に使えば体を『未元物質』に侵食される」
冥土帰しの口から聞かされた話は垣根を驚愕させるには充分だった。
未元物質にそんな特性があることなど全く気づいていなかったからだ。
(俺は自分の能力をまるで理解しきれてねえってことか。『未元物質』には常識は通用しねえが俺自身が常識に囚われた使い方しかできてなかったってわけか……なら『未元物質』にはまだ……いや能力について考えんのは後だ)
「それでそんな状況でお前はどうやって林檎を助けた? 『未元物質』を取り除いて人工臓器にでもいれかえたか?」
「それも考えたね。でもその前に彼女の変化の方が早かった」
「変化?」
「彼女は無意識の内に『未元物質』という数値を自分の
冥土帰しの言葉を受けて垣根の驚愕は先程の比ではなかった。
「ふざけてんのか。そんなことはありえねぇ。他人の能力、それもレベル5の能力を入力するなんざ成功するはずがあるかよ」
「そうだね、普通ならば不可能だ。だが彼女には普通ではない事情があるんじゃないかな?」
杠林檎という少女にある普通ではない事情に垣根はすぐに当たりをつけた。
たがそれでも垣根は自分が辿りついた結論に対し驚愕を隠せなかった。
「……暗闇の五月計画か⁉︎ 一方通行の思考と演算パターンによって新たな
「そう考えるしかないね。ただ君のように『未元物質』を創り出せるようになったわけじゃない。あくまでも彼女自身の能力を介して『未元物質』を操作すると言ったほうがいいね」
「それでも異常だろ。だがひとまずは納得した。完全に適合したってことは体はもう問題ねえんだな?」
「今のところは異常はないね。ただ極めて特殊な事例だからね。しばらく様子を見るため入院してもらうよ。ああ、それと彼女の能力に制限をつけさせてもらったよ」
「制限?」
「簡単に言えば能力のオンオフを制御する装置をつけさせてもらった。詳しく話すと少し長くなるがいいかな?」
「いや、今日はもう引き上げる。制御装置とやらについてはデータを渡せ」
「構わないよ。彼女もよく眠っているからまた明日くるといい。大切なんだろう?」
「今日のとこは世話になったから見逃すがふざけたこと言ってやがると潰すぞコラ」
垣根は冥土帰しの言葉に乱暴に返事を返しながらも特に何をするでもなく椅子から立ち上がり部屋を後にした。
垣根が部屋から出ると心理定規が携帯の画面を眺めながら扉の前の椅子に座って待っていた。
「終わったの?」
垣根を見た心理定規は椅子から立ち上がりつつ垣根に問いかけた。
「ああ。誉望はどうした?」
垣根は心理定規に言葉に応えながらも病院の出口に向かい歩きだした。心理定規も横に並んだ。
「彼なら貴方が始末した木原の施設を押さえてくれてるわ。ただ上も動いてるみたいだから全ては無理ね」
「たとえ雑魚とはいえ『木原』の施設を簡単には渡しちゃくれねぇか。ある程度あさったら切り上げて戻って来いって言っとけ」
「了解。でもいいの?」
「かまわねぇよ。今回の件は予定よりでかい話になった。この状況で学園都市上層部とやりあうのは無駄だ。それに面倒だが俺にもやる事があるしな。とりあえず林檎が退院したら全員を集める」
「そう、……それなら今日は解散ね。ようやくゆっくり休めるわ」
解散とわかった心理定規は何か考えながら垣根とは違う方向に歩き出した。
「相変わらずつかみどころのねえ女だな」
去っていく心理定規の背中を見ながら誰に聞かせるわけでもなく呟き、最後に病院の方へ一度顔を向け垣根もまた帰路についた。
一人歩きながら垣根は今日起きたことについて考える。
自身の『未元物質』や林檎の変化、短い期間で学園都市第二位の頭脳でさえ理解が追いつかない事態が起きた。中でも垣根にとって重要だったのは『未元物質』について自分が全てを理解できていなかったということだ。
(テメエの能力すら掌握できてねえとはな……これじゃ
垣根とって『未元物質』は学園都市で開発を受けた幼少期から持っている力である。垣根帝督という人間にとってあって当然のものであり象徴でもあり、最も信頼するものでもある。そんな力を自分は理解しきれていなかった、レベル5の第二位という座が気に食わないにも関わらず気付かないうちにその立場に胡座をかいていた。そのせいで危うく林檎を殺しかけた。状況が落ち着き一人になったことでそのことについて深く考えてしまう。
「クッ!」
嫌な考えを振り払うように垣根の拳が近くの壁にたたきつけられた。弱気な自分など似合わない。自分は学園都市レベル5第二位『未元物質』である前に垣根帝督なのだ、と自分に言い聞かせて再び歩きだした。
「荒れてるわね?」
「あ?」
不意に背後から此処にはいるはずのない声がした。
不審に思いながらも振り替えればそこには先ほど別れたときと変わらないドレスの少女が立っていた。
「
次回「心理定規」