奈落に落ちた三人は世界最強   作:グラドラル

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奈落の底で

 目を覚ましたハジメが辺りを見渡すと、すぐそばに気を失った香織と雫がいた。

 

 幸いおおきな外傷は見当たらず声をかけ続けると二人は程なく目覚めた。

 

 水流に落ちたおかげか傷は少なく香織の治癒魔法で完治できたが、水に奪われた体温までは戻せない。火を起こした後は、意を決した雫と香織が濡れた服を脱ぎ、ハジメにもそれを促す。

 

「私達は大丈夫だから南雲くん、あなたも……このまま体を冷やしてたら命にかかわるわ……」

 

「雫ちゃんの言う通りだよ……こんな状況じゃ恥ずかしいなんて言ってられないよ……」

 

「ごめん……僕は後ろを向いてるから服が乾いたら呼んでね……」

 

「少しぐらいなら見てもいいのよ?」

 

 雫の思わぬ言葉にハジメは動揺する。あの真面目な彼女がそんなことを言うのだから。

 

 

「や、八重樫さん何を!?」

 

「一番危険な場所で命がけだったんだから、少しくらい役得があっても罰は当たらないでしょ?」

 

「そうだよ。南雲君のおかげで皆が助かったんだからご褒美があったっていいと思うかな?」

 

「白崎さんまで!?」

 

 そう言った二人の体は震えている。それは寒さだけが原因ではない、この世界に召喚されて最も命の危機を感じたのがつい少し前のベヒモスとの戦闘だ。その時の恐怖は今でも思い出せる。

 

 あの恐怖を最も近くで感じていたのはハジメだ。最もステータスが劣る彼が命がけでベヒモスを足止めしたからこそ皆が助かったのだ。未だ平常心を失っているせいでもあるが、この状況下で言葉だけの感謝では彼に申し訳ないという思いが二人にはあった。

 

 二人への気遣いを見せるハジメに好感を感じたからか。それとも他者のために命を懸けて見せた彼に、無意識に縋ろうとする気持ちがあったのか。それでもハジメならばという気持ちに偽りはなかった。

 

 だがハジメは二人に背を向ける。こう言われても気遣いを優先させるのを見て、二人は苦笑いを浮かべ互いに頷き、ハジメを含めた三人で背中合わせになるように体を預ける。

 

「ふ、二人とも!?」

 

「お願い、しばらくこのままでいさせて……。三人とも生きてるんだって実感が欲しいの……もう今にも泣きだしてしまいそうなの……」

 

「雫ちゃんが……ハジメ君が生きているんだって感じていたいの……。落ちるとき私達死んじゃうのかなと思って、すごく怖かったんだから……」

 

 二人の言葉にハジメは抵抗をやめる。二人の慰めになるのなら、この状況を甘んじて受け入れたほうがいいと思ったからだ。心の中では無能の自分が役に立つ事を喜ぶ気持ちもあったが。ハジメにも余裕がないため香織が名前で呼んできたことや、初めて聞く雫の気弱な言葉に反応することはなかった。

 

 

 ハジメに対し無自覚な好意を抱いていた香織は、死を目前にすることで明確な好意を自覚した。

 自分はハジメのことが好きなのだと。この人の傍にいたいと、この人を失いたくないのだと。

 

 雫も無意識に惹かれ始めているのかもしれない。香織との話でハジメの心優しい性格は知ってはいたが、恐怖に立ち向かう強さもあるのだとあの戦いで身をもって感じた。元来雫の本質は繊細な女の子だ。周りから頼られる事に応え続けているが、本心では頼りたい、甘えたいという思いを秘めている。弱音を吐くことも出来ない雫の心は傷ついていった。

 

 そんな時に雫が見たのは、皆が恐怖におびえる中、ステータスの低いハジメが確固たる意志をもってベヒモスに立ち向かう光景。心身ともに弱った現状と相まって、ハジメに対し本来の性格を雫は見せ始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 暖をとった三人は探索を開始した。気を失って流されたせいで、現在の三人は武器も食料も持ち合わせていない。ベヒモスが現れた場所からさらに下の階層に落ちてしまったのだ。より強力な魔物が存在する可能性がある以上、戦闘は避けたうえで一刻も早く地上へ戻らなければならない。

 

 

 そんな中、目にしたのは魔物同士の戦闘。ベヒモスより小型の魔物だったが、繰り広げられた戦闘の内容から察するに、強さで言えば明らかにこちらの方が上だろう。

 

 勝ったのはウサギの魔物だった。だがそれからは可愛らしさなど感じられない。

 

 見つかれば死ぬ。そう確信した三人は息を殺してその場から離れようとする。

 

 だが、その際に立てた音で見つかってしまい、なすすべなく追い詰められてしまう。

 

 ハジメは自分に出来る事がないか考えるが、自分が囮になるぐらいしか思いつかなかった。圧倒的にステータスの劣る自分がいては二人の足枷にしかならない。ならば自分を置いて逃げてくれた方が二人が生き残る可能性は高いのではないかと。だがこの二人がそんな選択肢をとれるのだろうかと考え、即座に無理だと答えが出る。それが出来るのならば、そもそもこんな場所に来ることもなかっただろうから。

 

 そんな考えを抱くハジメを他所に状況は変化していく。ウサギの魔物が急に怯えだしたのだ。何があったのかとその視線の先を確認すれば、その先にいたのは熊の魔物。素早く逃げ去ろうとするウサギに、熊はそれ以上の速さをもって追いつき爪を振るう。

 

 一瞬でウサギは両断され絶命した。熊はその場で獲物を咀嚼する。ハジメ達はそれを呆然と見ていることしかできなかった。

 

 あの熊は明らかにレベルが違う。その圧倒的な強さにその場で震える事しか出来なかった。

 

 やがて食事を終えたそれはこちらに視線を向ける。それで理解した。次の獲物は自分たちなのだと。このまま恐怖に震えていればここで死ぬのだと。

 

 だがこれから逃げ切ることが可能だろうか。そう思うハジメ達に対し熊は爪を振るう。

 

 一番近くにいたハジメが吹き飛ばされ、香織と雫も共に壁にたたきつけられる。

 

 気づけばハジメは左腕を失い、それを熊に食われていた。

 

「――え?」

 

 それは誰の声だったのだろうか。

 

 直後に絶叫が木霊する。

 

 腕を失った激痛に苦しむハジメと、身の前でそれを見てしまった二人の恐怖の声。熊はそれに何の反応も見せない。三人を唯の食料としか見ていない無機質な目を向けるだけだ。

 

 逃げなければ。しかしどこに?ただ走って逃げるだけでは直ぐに追いつかれてそれでおしまいだ。諦めかける二人。唯一動けたのはハジメだけだった。

 

「錬成!」

 

 ハジメは壁に手を触れ叫ぶ。直後に空いた穴に二人を押し込み更に奥へ空間を広げていく。

 

 予想外の手段のため熊の反応が遅れるが、ハジメ達が逃げようとしていることに気付き距離を詰める。その前にハジメが行った錬成により壁の穴が塞がり、薄くなっていた壁は砕けたものの爪が届かないだけの距離は稼げた。

 

「二人とも奥へ!早く!」

 

 それでも両者の距離は目と鼻の先。自分達が這って通れる程度の空間を作り三人は更に奥へと逃げていく。ハジメの魔力が尽きる頃には、追ってくる来るような気配はなくなっていた。

 

 逃げ切れた。そう認識できたのは香織と雫の二人だけ。ハジメは魔力が尽きた今もひたすら錬成を行おうとしていた。

 

 香織と雫の心は二つの感情に支配されていた。絶対的強者に食料としか認識されていなかった恐怖。そして抗いようもないあの状況から、自分達を救ってくれたハジメへの感謝だった。錬成師であるハジメがいなければ、あそこで死ぬという運命は変えられなかったのだから。

 

 だが、そのハジメには逃れられぬ死が迫っていた。腕を失い大量の血を失いながら、魔力が尽きるまで錬成を行っていたのだから。香織の魔法で出血は抑えたがハジメが衰弱していくのは止められなかった。

 

 二人は涙を抑えることが出来ずに、死なないでと懇願するように呼びかけ続けるが、ハジメの呼吸は着実に弱くなっていく。そのハジメの口元に壁から湧き出てきた水滴が落ちる。無意識にそれを飲み込んだハジメの顔色が僅かによくなる。それを見た二人は湧き出てくる水を手のひらに溜めハジメの口へ運び続ける。

 

 それを続けた結果、ハジメは驚異的な回復を見せ死の淵から脱することが出来た。

 

 二人はハジメにしがみつき、安堵の涙を流し続ける事しか出来なかった。

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