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奴とは同門で同期だった。
同じ風の呼吸を操る育手の元で剣を習った兄弟分。
といっても殆ど繋がりはなかった。
俺は母親だった何かを殺してから、独学で鬼狩りを始め鬼殺隊の剣士と出会うことで剣を教えて貰った言わばはぐれ者。
そんな例外な俺を育手は扱いに困ったのか、それとも奴の扱いに困ったのか、今となっては定かではないがなるべく接点を持たないようにさせられていた。
奴はひたむきだった。
育手から「才能がない」と言われながらも刀を捨てずに、誰よりも早く起きて剣に励み、誰よりも遅くまで剣に励む。
そんな努力の虫である奴も、隠に転身したと聞いた。
結局呼吸も使えず、日輪刀の色も変わらないまま育手から最終選別の許可を取れずに諦めたそうだ。
どうしてそこまでして鬼殺隊に拘るのか、到底俺には理解できない。
俺は自分の身の上話をしたのは隊士の中では一人だけだ。そいつとは兄弟分で鬼殺隊に勧誘してくれた恩人でもある。
だが奴のそういった話を聞いたことが無い。
異常なまでの執念、それが無ければ鬼殺隊への最終選別へ行く許可を貰うために平均よりも数年多く育手の元にいないだろう。
何度か対抗して同じ時間に起きて剣を振ったことがあるが、殆ど睡眠時間はなく体を壊す前に止めた。
あれだけひたむきな鍛錬をしているのは正隊士の中でもいないだろう。
どうにも俺にとって奴は同期だったが、出来の悪い素直な弟のような気がしていた。
粂野匡近が殉職した。
下弦の鬼との痛み分けで。
自分が長男だったからか、粂野匡近という人物は兄のような人物として慕っていた。自らの道を切り開いてくれた大恩人。
その恩人が目の前で鬼に殺された。
俺の血で酔わせて頸を斬ったが、残ったのは達成感よりも喪失感の方が強い。
同じく任務で俺たちの処理に来ていたであろう隠となった奴がいた。
あれほど独特な雰囲気を出している人物が、顔を隠した程度では同じ釜の飯を食った同門は誤魔化せない。
話しかけようと思った。
しかし、そう思い奴を見た時。
奴の隊服の胸元に血が滲んでいた。
鬼殺隊の隠の隊服は黒、目を凝らさねば見えないが血を敢えて流す戦い方をしているためか、そういうのには敏感だった。
場所的に口からの吐血と考えるのが妥当だが、奴は隠。戦闘には参加しない。
これこそ勘だが、奴は何も出来ない歯痒さから唇を噛みちぎったのでは無いか。
あの異常なまでの執念、そしてそれが実らなかった奴の気持ちの終着点は何処になるのか。
そう考えた時自分ならと考えるとゾッとした。
努力もした、それに至る為に余分な物を全て切り捨てた。
それでも届かずに悔しさで唇を噛まなければならない。
俺にはそんなもの耐えられないだろう。
だからだ、お館様に呼ばれ上弦の鬼との真相を聞き俺は激怒した。
あれだけの執念だ。
全てを聞いた後なら、あの訓練は全て
ならば、と。
ならば鬼舞辻無惨を倒す為にその一度をとっておくものだろう。
剣士から隠に転身したのは鬼舞辻無惨に近づく機会が多くなるため。または体を鈍らせないようにするため。
隠という戦闘に参加出来ず、目の前で剣士と鬼との戦いを見なければならない役は奴にとって苦痛以外の何物ではないだろう。
隠の隠した素顔の中でどれだけ……今までどれだけ歯痒い思いをしてきたのだろうか。
それなのに何故今回耐えることが出来なかったのか。
奴が蝶屋敷に入り浸っているのは、とある筋から確かな情報としてきていた。だが、奴が恋煩いや一時の感情でそのような愚行をするとは思えない。
それこそ、確信たる所以は同門であるという言葉だけで事足りる。
ならば何故だ。
もう一度口寄せを使えば死ぬと確かに聞いた。
運良く生き残るかもしれないが後遺症が残れば、奴にとって幸せな生活は困難なものとなるだろう。
剣士として足を洗ったなら戦場に出てくるな。隠ならば隠れておけ。
だから俺は奴のことを認められない。
そこは断固として認められないのだ。
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随分と体が動くようになった。
お館様から頂戴した小さな小屋で数日ほど休息をいただき、やっと仕事にでられる。
件の事での感謝や罪悪感から、胡蝶姉妹が何度か家に上がりに来たが要件だけを聞いて帰らせた。
彼女らには蝶屋敷での仕事もある。俺の為に長居させて時間をとるのは怪我を負った隊士に申し訳がなかったからだ。
世間話をして元花柱の今後を聞いた。
車椅子が手放せなくなったため、戦闘どころか走ることすら不可能になり自作の薬をこれから試してみるとの事だが望みは薄いそうだ。
そして蟲柱からは今までの非礼を詫びると言われたが、正直そのような心当たりは無いので受け取らないことにした。心当たりのないことで頭を下げられても何も晴れないので止めさせた。
二人はどうにも俺に恩義を感じている節がある。
命を使って守ったと聞こえはいいかもしれないが、そんなものじゃないことは俺が1番よく知っている。
継国縁壱への依存。
数百年前越しに鬼殺隊はソレをしてしまっている。
爺さんもそれでいいと考えているから考えものだ。それを良しとしなかったのは現状風柱ただ一人。
それが悪いことなのか。
俺にはどちらが正しいなんて分からない。ただ、正しいと胸を張って言えないということは俺の中ではそういうことなのだろう。
久方ぶりの任務はとある兄弟への接触だと聞かされた。
なんでも継国縁壱の血筋が途絶えていないということ。それは俺の話を聞いてからお館様が継国縁壱について調べた過程で出てきた産物だということ。
依存、と称したが鬼殺隊の方針はそれがどうしたと言うことだろう。
確実に俺を鬼舞辻無惨の目の前に持っていく、それが最も確実な千年の終止符の打ち方であるとお館様は知っている。
もしそれが叶わなかったとしても、鬼殺隊として戦力の向上は常に望ましい。
幼少の頃から刀を持つ俺が言うことでは無いのだろうが、やはり小さな子供を戦場に引き入れたがる行為は後ろめたくなる。
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そこには辺り一面に血が飛び散っており、何が起こっているのかわけも分からない。農具や巨大な岩を用いて何と殺し合いをしていたのはあやふやだが分かる、そしてそれが鬼であることも長年の勘で理解出来る。
だが、日輪刀も呼吸も使わないただの森の木こりが鬼を倒せるものなのか?
風柱は昔鬼を独学で殺していたと聞いた事がある。
それでも並外れた身体能力があってこそだが、それよりもその無謀な狩りを成立させていたのは稀血の中の稀血があったからに他ならない。
結論から言えば、ありえないのだ。
だがそれをもし成立させていたのなら……血筋──いや、この子は継国縁壱と同じく特別な人間なのかもしれない。
まず一人ではどうすることの出来ない状況なので、連絡用の烏を飛ばして応援を呼んだ。
双子の片割れは死んでしまっていて蛆が湧いているが、もう一人は生きたまま蛆が湧いている。非常に危険な状態だ。
湯を沸かして手拭いを用いて両方の体を拭く。
血と蛆を取り払い、仏は丁寧に取り扱う。
数刻がすぎた頃に産屋敷家の方々が到着し、テキパキと掃除を終わらせ生きた方は俺が担いで帰った。
なぜ産屋敷の方々が来たのかは、元々あの二人時透兄弟の勧誘はあまね様が行っており、俺にダメ元でいかせた。というのが真相らしい。
故に場所の知識や面識のあるあまね様が訪ねてきたのだそうだ。
爺さんの……継国縁壱の頼みとして時透無一郎は俺の家で面倒を見る事になった。継国の血筋、といっても爺さんの子孫という訳ではなく、恐らく兄の子孫だということ。爺さんは子を成す前に鬼に襲われたと語っている。
爺さんからの頼みは鬼舞辻無惨を滅するために身体を貸してほしいという以外は初めてだったので了承した。
少し厄介なことに時透無一郎は記憶の混乱が起こっている。
歳を間違えたり、目の前で死んだのは兄だったが両親が死んだと言ったり、自分は一人っ子だといったり。
目の前で兄を殺されたと考えれば、それも仕方ないことなのかもしれない。
無理に思い出したくないものを思い出させる必要は無い。
俺はそう思い、時透無一郎が望むことを望むままにやらせた。
死の寸前まで鍛え上げるその姿は逞しく、そして本当に心配になる。
それはまるで刀のようだ。
何度も何度も叩き、焼き上げる。
不純な物を取り払うかのように、意思だけが前進し肉体が追いつかない。
爺さんは助言して止めさせるように催促してきたが、俺はやらせることにした。ああなって何も考えたく無くなる時間も必要だ。
他でもない俺がそう思ったのだから。それは正しいことだと信じている。
そんな生活を続けてあの夏から数ヶ月が経過し、時透無一郎は最速で柱へと登った。
刀を持って柱になったのはたった数ヶ月の期間だけ、俺とはまるで格が違う。珍しく爺さんも他人のことを褒めていた
「あの歳で呼吸を極め、新しい型を編み出すのは私が居た時代の柱でさえも成すことができなかった偉業」と褒めていたが、恐らくこの爺さんの幼少期の方がエグかったのは言うまでもないだろう。
何せこの人は呼吸を鬼殺隊に浸透させ、一人一人に稽古をつけたり呼吸の適性を見定めたりしていた人なのだから。
時透無一郎と暮らし、兄の記憶を埋めるかのように懐いてきたが必要以上に構うのは止めた。
それをしてしまえば亡き兄へ時透無一郎が記憶を取り戻した時に顔向けが出来なくなると思ったからだ。そして何より、俺はこの世に形残るものは残したくない。
自分は確実に死ぬ。
その確信が人との接触を避けたがる。時透無一郎にしろ胡蝶姉妹にしろ。
俺は何かを残して死ぬのが怖い。
随分と弱音が出てしまうようになった。
──ああ、一人は怖いや。
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ある鬼からの勧誘だった。
鬼舞辻無惨を倒す為に協力して欲しい、そんな内容から鬼との会話は始まった。暴れたところでどうすることも出来ない。
爺さんは信用に足りうる
「単刀直入に言います。私たちには継国縁壱が見えています」
女の鬼は額に変な紙を貼って体をこちらに向ける。
少し気味が悪いが、爺さんの言葉を信じて何とか落ち着く。
『久しいな、珠世』
「お久しぶりです縁壱さん」
彼女らはあまね様のように霊視の才能があるのか。
そんなことは不明だし、今そこは問題ではない。
久しい? 会話できている?
俺の頭は少しパニックに陥ったが、深く呼吸をすることで何とか平然を保つ。
──この鬼は鬼舞辻の呪いは無いのか? そもそもこの鬼はなんなんだ?
当然の疑問。
鬼との共存など考えたことも無い、数百年前から継国縁壱という人物は鬼との繋がりもあったということなのか。
珠世という鬼は俺の質問に全て丁寧に答えてくれた。
鬼舞辻無惨を倒す為に奴に効く毒を開発していること。
鬼舞辻無惨の呪いは外しており、支配を受けていないこと。
愈史郎という少年を鬼に変えたこと。
思いつく限りの質問を投げつけ、珠世はそれに答えてくれた。
「そのためにお願いがあります。どうか鬼の血、出来れば十二鬼月などの鬼舞辻に近い血を採取して貰えないでしょうか?」
しかし俺は剣士では無い。
それこそ後処理でしか鬼とは対峙しないので、ほとんど灰になっている。
だからできる範囲でしかすることが出来ないが、なるべく取ることを約束した。
長時間会話を続ける中、愈史郎という少年に睨まれ続けたが俺にも一つこの鬼に頼み事をすることにした。
「──珠世殿、一つお願いしたいことがある」
時透無一郎っていいよな、ボコボコ泡吐くとこ好き