鬼舞辻無惨。
それを見た時、俺は哀れに思った。
千年もの間血と錆と鬼と鬼狩りに追い回される存在。
自ら火種をまいているので自業自得ではある。
奴は何人もの眠れる獅子を叩き起した。
本来なら刀を握るはずのなかった者の方が多いだろう。
鬼は悪だ、鬼は滅する、鬼は狩る。
こんなこと数年前まで鬼殺隊では当たり前のことだ。
竈門禰豆子が現れてから鬼殺隊は変わった。彼女ならと鬼を受け入れ始めるものも多い。
だが彼女は例外だ。
人を喰わない、そして誰か信じてくれる人が傍に居る。
でも俺は違う。
生者との関わりをできるだけ避けて、死者の願望に耳を傾けてきた。
そう、俺は違う。
俺は受け入れられない。
俺は人にはもう戻れない。
俺にはもう──
──道は残されていない。
ーーーーー
竈門炭治郎、冨岡義勇、悲鳴嶼行冥、時透無一郎によって煉獄杏寿郎を殺した鬼を、我妻善逸が新しい上弦の鬼を。そして上弦の空間を操る鬼を無惨が呪い殺し、残す鬼は鬼舞辻無惨のみとなった。
空間から押し出され、無惨は地上に叩き出される。
手を触手のように伸ばして一定の距離から柱全員を相手にする。
かすり傷でさえ鬼へと変えられる致死量の毒を盛られるため、それすらも許されない。
死んでしまう──
などと怖気付く隊士はこの鬼殺隊には一人としていない。
最後の目標、鬼舞辻無惨に対し全ての柱が惜しみなく戦っている。
特に甘露寺蜜璃や竈門炭治郎、栗花落カナヲは既に手傷を負っている。
彼らの未来は鬼の血を以って絶たれた。
だが、それがどうした。
命を賭して戦うと決めた彼らに未来など元より不要。
力尽きる最期まで、彼らは剣を握る。
柱同士での稽古の成果か、柱の連携は凄まじく揃い毛程の隙もみせない。同門であり水の呼吸を使う冨岡義勇や竈門炭治郎の連携も然り。
最初に限界が来たのは、栗花落カナヲだった。
「──ッ!」
鬼の血が身体を巡り、最大の武器である視界がボヤけてしまった。
両目とも無惨と戦うまでは問題などなかったが、片目を無惨に潰され片側の視界が消える。
そしてその死角からの攻撃を受けてしまい、毒の回りが早くなった結果足が止まった。
迫る無惨の攻撃。
柱が息を呑んだ時、意外にも動いたのは竈門炭治郎だった。
「ンッ!!」
日輪刀で鬼舞辻無惨の攻撃を受け止めて、雑ではあるが栗花落カナヲを蹴って鬼舞辻無惨の射程範囲から外す。
何とか栗花落カナヲを助けられたが、次に危険に陥ったのは皮肉にも竈門炭治郎だった。
受け止めた剣が鬼舞辻無惨の攻撃で弾き飛ばされ、無手の状態になってしまう。
そしてその竈門炭治郎に鬼舞辻無惨の意識が傾いた瞬間。
柱達は好機と踏んで、全員がトドメを刺しに行く。
それは空間を操る鬼に入れられた時と、似通った状況になった。
だがしかし、致命傷を負っていなかった鬼舞辻無惨は前回とは違って一太刀も浴びせられることなく奥の手を発動した。
ドンッ!!!!
なんの音だったのか、傍で待機していた隠達は何が起こったのか分からなかった。しっかりと戦いを見ていたのにも関わらずだ。
それは一瞬の出来事だった。
全柱の呼吸による攻撃が鬼舞辻無惨を捉えた。
そう思った瞬間に、まるでおはじきでもするかのように柱は飛び跳ねて建物に激突していった。
「……は、疾すぎる」
誰の言葉だったのか、そんなものは分からない。
ただ、鬼舞辻無惨以外に立っているものは居らず。
鬼殺隊は鬼舞辻無惨に敗北した、という事実だけがそこに示されていた。
「──来たか」
誰かがそういった。
ーーーーー
地に刺さった状態の日輪刀を手に取る。
なんとも懐かしい刀だ。
里のカラクリ人形に入れてから、もう見ることは無いと思っていた刀。
数百年を経て本来の持ち主の手へと戻ってくる。
「何故お前のような存在が二度も現れる」
「巫山戯るな、死して尚私の邪魔をするか!」
「お前は黒死牟と戦い力を使い果たし死んだ筈だ!」
鬼舞辻無惨は黒死牟の透ける世界で継国縁壱の宿り木は、もう一度使えば確実に死ぬと言われていた。
だからこそそこいらの低級の鬼を向かわせようとしたが、黒死牟が名乗り出たため行かせた。
だがどうだ?
確かに片腕は切り落とされているが、まだ体が動いている。
有り得ないだろう。
何故こうもこの男は常軌を逸しているのか。
前もそうだ、ただの鬼狩りと思い身体を焼き切られた。
今も尚その傷は残っている。
この男だけは本当に何をしても、何を考えてもその上を行く。
「一つ、これは私の力ではない」
「これは
「断じて私の力ではない」
黒刀が継国縁壱の手に収まり、その刀の色は赫くそれでいて禍々しい。
あの刀身に触れること自体が危険だと悟る。
だがそれと同時に疑問を覚えた。
──コイツは。
「お前は、鬼の血が適合していないな」
鬼舞辻無惨は笑う。
鬼の血は適合する者としない者に別れる。
適合したなら人間を超える力を手に入れ、一騎当千となり得るが。
適合しなかった場合、細胞が壊死し確実に死ぬ。
目元は腫れ上がり、腕は斬られ、身体から血管が浮きでる。
なんとも人間らしからぬ姿に鬼舞辻無惨だけでなく、鬼殺隊一同ですら新たな鬼の登場かと疑ったほどだった。
「その醜い姿、最強の鬼狩りの末路がこれか」
鬼舞辻無惨は知っている。
適合出来なかった存在がどうやって死ぬか。
激痛に悶え苦しみ、太陽に焼かれたように死ぬ。それが鬼のなり損ないの末路。
本来なら立って歩くことすら不可能だろう。
平然とやっている継国縁壱は賞賛に値するが、これで確信に変わる。
「お前を童磨から観た時は幾らか存在しない神や仏を憎んだが、これでハッキリした。やはり神も仏もいはしない、目前で夢破れた気分はどうだ? 継国縁壱」
鬼舞辻無惨は勝利を確信した。
この男がしている行為はハッタリで、自分を逃がすためにわざわざ瀕死で現れ柱を存命させ次の機会までに牙を研ぐ。
そこまでが継国縁壱の筋書きであると。
「お前も懲りない男だ。その出来損ないでなければ私を討てたかもしれないが、やはりお前は私を討てない運命のようだ。早くくたばれ生者にしがみつく亡霊」
「タダでは死なん。そしてこの男は出来損ないではない、我が剣をもって証明しよう」
日の呼吸は『はじまりの呼吸』と呼ばれることが多々ある。
歴代炎柱の記述でこの場にいる者なら一度は聞いたことがあるはずだ。
竈門炭治郎然り、時透無一郎然り。
この二人を知っている者ならば、一度なら聞いたことがあるだろう。
何故日の呼吸が最強と呼ばれるのか。
ならば何故竈門炭治郎が使っても最強とは呼ばれないのか。
そもそもの前提が間違っている。
日の呼吸が最強なのではない。
「──日の呼吸」
継国縁壱が使うことこそが、日の呼吸が最強たる所以。
残ったのは肉の焼けた吐き気のする異臭だけだった。
ーーーーー
「何故だッ! 何故お前が立ち私が伏せる! 亡霊如きが私の! 私のー!!」
「いつか聞いたな『命をなんだと思っている』と」
「巫山戯るな! 人間如き! 鬼のなり損ない如きが! 私を見下すなッ!!」
「何とも思わなかったんだろ、自身以外は」
「自分の命を守って何が悪い!」
「いや、悪くは無い。だがこの男は、この男だけは常に誰かの為に命を使っていた」
「だからどうした! そんな偽善者が何故私を殺す!!」
「分からないのか?」
「──数百年お前と話す機会を待ち望んだ……だが結果は……分かり合えないものだったんだな」
既に鬼舞辻無惨は継国縁壱から致命傷を受けている。
身体の活性ではなく崩壊が始まっていた。
「辞めろ! 止まれ! 私は不変を! 私は!」
「待ち望んでいたのだが、もうお前の声は聞きたくない」
継国縁壱は赫刀を鬼舞辻無惨の眉間に突き刺し、顔面を割る。
切れる音よりも、熱を帯びた鉄が肉を焼く音の方がよく聞こえる。
身体の断面は最初こそ再生しようと必死に動いていたが、焼かれたことによって動くことすら出来なくなり諦め身体を付けることを止めた。
継国縁壱は鬼舞辻無惨が塵となったのを確認してから大地に伏した。
ーーーーー
『ありがとう。これでようやく妻に顔向けできる』
「ああ、こちらこそありがとう。継国縁壱、爺さんと過ごした人生。なかなか悪く無かったよ」
現実ではない、夢を見せられているのか。
そんな事は些細な問題だった。
初めて実物の姿で会うような気さえする。
場所は山奥の我が家と似た場所。
もしかすれば継国縁壱と縁のある場所なのかもしれない。
『もう会えるはずのない兄上と会えた、叶わなかった子孫と過ごすことができた、皆と交わした約束をやっと守ることができた。私の生前は失敗の連続だった』
『だがお前と過ごして、私は生前果たせなかったものを果たすことが出来た』
『お前には感謝しかない』
その言葉に涙を堪える。
生涯常に傍らにいた継国縁壱からの感謝の言葉、そしてこれからは傍らにはいない。
そう考えた時、何故だか涙が出そうになった。
「……違うんだ……俺だよ……感謝って言うなら俺の方だよ爺さん!!」
「俺は何かを失うのが怖くて! 目の前で誰かが死ぬのが嫌で! それでも俺には力がなくて! どうすることも出来なくて! でも死ぬのが怖くて! 爺さんに頼ってばかりの人生だった!」
「本当なら鬼殺隊に入らずに鬼舞辻無惨を一人で倒すこともできた! もっと早く見つけることもできた!! でも一人が怖かったから俺にはそれが出来なかった!!」
「実弥も! しのぶも! 無一郎も! みんなが大事で! それを失いたくなくて初めて重たい腰を動かした半端者だ!!」
「爺さんのおかげで誰も死なずに済んだ! みんな助かった!! だから感謝するのは俺の方なんだよ!」
涙は堪えられなかった。
ずっと自分を押し殺して、悟った振りをして、受け入れた振りをして。
死ぬことだって本当は怖い、痛いのは嫌だし、自分が死んだと思うと本当にどうしようもなく恐怖が湧いてくる。
『それでもお前は選んだ、私は何も成せずに死んだ。だがお前は違う、お前は良くやった』
一頻り泣いたからか、爺さんにも移ったみたいだ。
爺さんも少し泣いている。
すると爺さんの後ろから、
『縁壱さん、一人で寂しくありませんか?』
その声に継国縁壱は懐かしさと共に、懺悔の念を抱いた。
涙がふとした拍子に止まった。
これは爺さんの言っていた顔向けのできない妻なのか。
『成すべきことは成しましたか?』
『ああ、全て終わった』
『なら帰りましょう、私たちの家へ』
『こう見えて私は寂しがり屋なんですよ』
継国縁壱は泣いた。
諌めるでも叱るでもない、継国縁壱の妻である『うた』は帰ろうと言ってくれた。
出会った時とは違う。
だがとても懐かしい。
『ああ、知っている』
何年も待たせた。
何十年も何百年も。
一人で寂しがっていた女の子を、鬼に殺された妻を。
『怒ってませんよ、ただ寂しかっただけです』
『ああ、帰ろう。私たちのあの家に』
2人は光の方へと歩き出した。
真っ白で何も無い空間、2人は手を繋いで歩いていく。
もう何百年も繋げなかった、その手を握って。
『……最後に』
「ん?」
『死ぬ前に伝えることは伝えておけ、私は死ぬ前にそうすることで意思だけは竈門家に繋いで貰った』
「……ああ、ありがとう爺さん。そしてさようなら、すぐそっちに会いに行くよ」
『さよならだ、私は首を長くして待っている』
爺さんとうたさんは幸せそうな笑顔で歩いて消えていった。
ーーーーー
「……──」
意識が覚醒した。
隻腕から温かさを感じる。
「やっと起きましたか……」
頬が湿っている、顔をあげれば涙の跡が胡蝶しのぶにはあった。
「もう、泣き疲れましたよ」
「すまない……」
「鬼を治す薬、漸く届きました。これを使えば──」
「無理だよ。俺は鬼になれなかった半端者だ、現に細胞が壊死し続けている。薬が効いたとしても鬼になる前に血を流しすぎた血が足りない」
「そんな……鬼なら治癒力があります! いくら半端といえ!」
「いや無理だよ、赫刀で焼いて止血したが再生をさせないほどの強烈な熱ではなかったのに戻らない。だからもう俺は死んだまま戦ってたんだ」
「なら血を飲めば! 私だって差し出します! 不死川さんだって稀血です! 禰豆子さんだって貴方の為なら」
「──しのぶ。もういいんだ」
「でも……でも…………」
「いつか最期の願いを言ったな」
「やめてください! 私は貴方に!」
「──優しく殺してくれ」
枯れたはずだったしのぶから涙が零れる。
もう出ないと、もう出さないと。彼の前では振る舞おうと。
「私にそれを頼みますか」
「痛いのは嫌なんだ」
彼にはもう痛覚はない。
握っている手も反応が無くなってきてる。
「本当に……なんでこんな人に私は──」
爺さんの言葉を思い出す。
言葉を残すべきだと。
それが繋ぐ意思になる。
覚めることのない希望となる。
何百年もの時を経て、爺さんの願いは実を結んだ。
なら俺も──。
しのぶに伝えておかないと。
爺さんとうたさんの様な。
あんな風になれたらと……。
しのぶと──。
「しのぶ」
「はい、なんですか?」
言うんだ。
そう思うほど彼女のことを思ってしまう。
これから先、俺は彼女の隣を歩くことは出来ない。
継国縁壱のように傍らにいることも不可能だろう。
ならば意思だけでも……。
「……ありがとう。これで最後だ」
言葉は出てこなかった。
隣に立てない俺にはそんなこと伝えることすら出来なかった。
爺さんの言ったことは正しいと思う。
でも俺にも曲げられないものの一つくらいあったんだろう。
「馬鹿ですね……分かってますよ」
何に対しての言葉だったのか、そんなものは分からない。
しのぶの顔は眼前に迫り、口が塞がった。
痛覚など飛んで温かさなど微塵も感じないはずだが、何故か少しだけ温かくなる。
チラリと身体を見ると、注射器のようなものを刺されているのがわかる。
それが鬼を殺す薬なのか、鬼を人間に戻す薬なのか。
俺は知らない────。
ーーーーー
完結です。
ありがとうございます。
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完結しとけ
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