勇者じゃないのにハイラルを救えって、無茶振りじゃないですか? 作:一〇〇式ちゃん
(目覚めなさい……異世界の英傑よ……)
「……お前は誰だ?」
どこだか分からない真っ暗な空間。
目の前に、光があった。しかし、光に照らされてできるはずの影はどこにもない。
光と闇。それだけしかない、空間と言っていいのかも分からない何か。
視覚以外の感覚は何の反応も返してこない。
音もなく、匂いもなく、肌触りももちろん味もしなかった。
立っているはずなのに、何かを踏みしめている感覚すらない。ひょっとしたら、重力すらも無いのかもしれない。
(我が名はハイリア……貴方は私のことを知っているはずです……)
どこからともなく聞こえる声がした。
声なのに、聴覚を介したとは思えない、頭の中に響いてくるような声だ。
……ハイリアと言われて、思い浮かぶのは1つしかない。
ハイラルの女神ハイリア。
ゼルダの伝説にて力・知恵・勇気の3つのトライフォースを守るために生まれた女神だ。
知ってはいるが、それはゲームの架空存在でしかない。
(いいえ……ハイラルの地は存在します……そして私ハイリアも、ゼルダも、そして勇者リンクも……)
……そう言われても、納得できるはずはない。
これは夢か何かなのだろうか?
(私は異世界から、この世界を模した遊戯を体験した者たちの無意識を束ね、命を吹き込みました。……それが貴方です。)
「そんなわけないだろ!ふざけるな!」
(あなたには名前も無ければ、過去もありません……あなたを構成する全ては「ゼルダの伝説」に関わる断片的なもの……)
一瞬そんなわけないと考え、名前を言おうと記憶を探ったが、自分の名前を思い出すことはできなかった。
どれだけ思い出そうとしても、ゲームを遊んだ記憶や、設定資料集や考察を読み込んだ記憶しかない。
それとは別に、一般常識や学問の記憶もあるが、どうしても自分の過去、人生といったものは思い出せなかった。
「……とても信用できたものじゃない。けど、否定はできない。」
(ハイラルに降り立てば、嫌でも理解できるでしょう。
貴方を創造したのは、ガノンの怨念が想定される速度よりも早く活性化しているためです。)
「活性化……?」
(より凶暴な魔物が増え、魔物が傷を癒やすようになり、そして四神獣が勇者の復活以前に暴走を始めています……)
魔物が凶暴化。傷を癒やす。
そう言われて思い浮かぶのは1つしかない……
「マスターモード……」
(貴方はハイラルに降り立ち、四神獣を鎮め勇者が目覚めるまでの間、ハイラルの大地を守るのです。
四神獣を鎮めなければ、ハイラルの民は壊滅的な打撃を受け、勇者が目覚めてもこのハイラルを救うことは不可能になります……)
「そんなこと言われたって、俺は普通の人間だ!シーカーストーンが無いと神獣攻略はできない……それにメドーは弓集中ができないと難しいし、ルッタはゾーラの鎧が必要だ!他にも……」
(神獣を鎮められるように貴方を創造しました。最低限の力は備えています。あとはあなたの勇気と知恵が揃えば不可能では……あり、ません……)
声がだんだんと小さくなっていくと同時に、光もまた萎んで行く。光と闇の均衡が、闇へと倒れ込んでいく。
(私が干渉できるのは、ここま…のょ…です……
頼みましたよ、異世界の……英傑……)
光は消え、後は闇だけが残った。
その代わりに、全身の感覚から栓を開くかのように情報が流れ込んできた。
風の吹きすさぶ音。
全身で感じる、重力と大地を踏みしめる足。
土と草の、野生溢れる匂い。
そして理解する。これは闇ではない。瞼の裏側だ。
「…………マジかよ」
目を開けば、眼下に広がるのは、怨念に染まったハイラル城に、ガーディアンが闊歩するだろう平原だった。
そして、眼前には陸の孤島である始まりの台地。
背後にはリンクが眠るだろう、閉ざされた回生の祠。
高所に吹きすさぶ野生の息吹が、肌を撫でては駆け抜けていく。
決してゲーム画面の中の映像ではない。ハイラルの大地がそこに存在した。
先程のやりとりは、不思議な夢幻では無かった。
ここは間違いなくハイラルの大地だ。
……この大地には、生きる人たちがいて、日々魔物を恐れながら生活している。
更に、あの声を信じるなら、四神獣が本来のブレスオブザワイルドの世界よりも早く動き出しているらしい。
本来は、リンクが目覚める数週間前に目覚めるはずだ。
それよりも早く目覚めるということは……
リト族はメドーの空中放火によって。
ゾーラ族とハイリア人はルッタの放水によって。
ゲルド族はナボリスの雷によって。
ゴロン族はルーダニアの噴火によって。
それぞれ、滅びてしまうはずだ。
四神獣を開放しなくても、ガノンの怨念を封じ込めれないわけではない。
ハイラル城でカースガノンたちと戦い、神獣の援護なしでガノンを倒せばいい。
……だが、仮にできたとしても、そこに残るのは神獣に荒らされたハイラルの大地。
リンクとゼルダの他に生き残りはほぼ居ない、完全に滅んだ王国が残る。
「……そうならないように、俺が用意されたってわけか?」
信じられないが、本当のようだ。
自分の体は、細いながらがっしりと筋肉がついている。
細マッチョというやつだ。
ジャンプしてみると、自分の予想よりはるかに高く跳ぶことができた。
まさかと思って後ろにジャンプしてみると、空中で1回転して着地できた。ゲームの中のリンクと同レベルの、高い身体能力だ。
「すっげぇ……」
試してみないとわからないが、弓集中やラッシュといった人外の動きや、大剣を振り回せるのなら、ひょっとしたら四神獣を鎮めるのも不可能ではないのかもしれない。
だけど、俺にてきるのか?
俺は勇者じゃないし、シーカーストーンも持ってない。
ハートの器もがんばりゲージも、初期状態から増やすことはできないはずだ。
HP3なんて、黒ボコブリンの適当な一撃を貰えばアウトだ。防御アップや強化防具で全身を固めても、ボスや金銀モンスターとはとても戦えるものじゃない。
これはゲームじゃなくて現実だ。一度死ねばリトライなんてできない。
フルダイブデスゲームとかよりもよほど高難易度の挑戦になるはずだ。
「……」
回生の祠の近くに生えている、手頃な少し太めの木の枝を手折り、握り締めて振ってみる。
通常攻撃。ダッシュ斬り。ジャンプ斬り。回転斬り。
ゲームの性能通りなら攻撃力2、耐久わずか。どう見ても最弱の武器。
何度目かのジャンプ斬りで地面を叩きつけると同時に木の枝は折れ、青白い光が発すると同時に木の枝は消失した。
どうやら、壊れた武器が消えたりするのはゲーム同様の挙動になるようだ。
再び木の枝を幹からへし折り、ズボンとベルトの間に差し入れる。
マスターモードでも最弱の部類に入る青ボコブリンさえ倒すことはできない性能だが、骨モンスターやキース程度ならギリギリ倒せるだろう。
……心もとないが、無いよりはマシだ。
まともな武器や弓矢は弱ったボコブリンや骨魔物から奪っていくしかない。
「まずは、始まりの大地から脱出しないとな……」
自然と、次に何をするべきかを考えていた。
このまま始まりの大地に引きこもることもできるが、
それによってハイラルが完全に滅びるのを見て見ぬ振りはできない。
俺にはゼルダの伝説に関する知恵がある。
そして、最低限の力も備えていると女神ハイリアは言った。
ならば、この湧き上がってくる意欲はきっと「勇気」なのだろう。
「ゲーム通りなら、パラセールが必要だな」
ゲームなら祠をクリアすることで、ハイラル王からパラセールを入手することができるが、これはゲームではなく現実だ。
パラセールはやろうと思えば自作することができるだろう。
「でも、手に入れてもゲームみたいにしまえないぞ……」
リンク同様、腰にポーチはある。だが、ゲームみたいに無制限に武器や服、素材をしまえるようには見えない。
本当に小物が入るだけのポーチに見えた。
「まあ、とりあえずは使い捨てでいいか……」
この先どう動くか考えてみる。
まず、神獣攻略のための準備が必要だ。
防具は一品モノではない古代兵装がベストだろう。
素材に必要なガーディアンは弓集中さえできれば、古代矢で仕留められるはずだ。少し危ないが、装備なしで強敵に立ち向かうよりはパターン化できるガーディアンの正確すぎる動きの方が楽だろう。
まずはカカリコ村に向かい、妖精を調達して安全を確保したい。
妖精を確実に捕まえるための忍びシリーズも欲しいし、そのために金策もしておきたい。
おおまかな大目標は設定した。小さなことから順番にコツコツやっていこう。
そのためにも、まずは第一目標の使い捨てパラセールの作成に着手しよう。
布と、ちょうどいい形状の木の枝と、縄。必要なのはそんな所だろう。
「まずは持ち運べる縄と布を探すか……」
記憶が確かなら、始まりの大地の崖際にはハイラル王家の旗が残っていたはずだ。
状態がいいものなら、縄と旗の布を拝借することができるだろう。
回生の祠の閉ざされた扉に手を触れる。
金属か、岩かも分からない感触の扉を指で撫でてみる。
つるりとした冷たい感触だ。この奥に、勇者が眠っている。
「……途中で死んだら、ゴメンな。できる限りはやってみるからよ。生きてたらまた会おうぜ。」
聞こえるはずもないが、語りかけた。
そうして俺は、回生の祠から離れ、始まりの大地の端を目指して歩き始めたのだった。