勇者じゃないのにハイラルを救えって、無茶振りじゃないですか? 作:一〇〇式ちゃん
「さて、どうしたもんかな」
なんとか、始まりの大地から抜け出さなければ。
俺は集合意識を束ねた存在らしいが、細かい知識まで完璧に覚えているわけではないらしい。
遊んだ人の記憶が全て完全にあるならRTAプレイヤーの知識や、縛りプレイをやりこんだ経験まであるはずだ。
そういった部分に関しては、あったかもしれない気がする程度だ。
あくまでプレイヤーの平均的な知識や経験までしか身についていないらしい。
「計画倒れになっちまったな……どうするか……」
始まりの大地の端から、眼下の中央ハイラルの大地を見てみる。
チュートリアルの場合と違って、雲とも霧とも取れないパラセール入手まで始まりの大地から出られないギミックは存在しないようだが、代わりに元々の陸の孤島という地形が邪魔をしていた。
「とりあえず、パラセール無しでも降りられる所がないか探してみるか……」
南東には全く収穫が無かった。どう見ても飛び降りて無事に済む高さではない。
崖捕まりをして降りていっても、スタミナが持つ間にダメージを受けない高さまで降りられるようには見えない。
一方、南西にはいい感じの高さの場所があった。
元は何かしらの壁か、施設かがあったような場所だ。
崩落して瓦礫と土が混じった崖の縁から下は、地面へと繋がっている。
そのまま降りたら流石に厳しいが、崖掴まりしながら降りていき、がんばりの限界で手を放せば着地できそうだ。
「……まずは試してみないとな」
できそうだが、失敗したら転落死だ。まずは想定通りにいけそうかどうか試してみる必要がある。
降りられそうなポイントから離れ、適当な小さい崖の上から降りて、土壁から露出している岩を掴んだ。
「……よし、やるぞ」
壁から手を離し、落下する。
そこから、掴まれる岩を見つけて再び掴んだ。
全身の体重が、2本の腕にかかる。
少々キツいが、問題なさそうだ。
ブレスオブザワイルドの崖掴まりの仕様として、上と横方向にジャンプができるが、下方向にジャンプすることはできない。
代わりに、崖に接している状態で手を離して再び掴むことで、少ないがんばり消費で崖を降りていくことができる。
これを上手くやれば、ダメージを受けずに始まりの大地から脱出することができそうだ。
後は、後戻りができないので始まりの大地から降りる前にやり残すことがないかだけを考慮する必要がある。
始まりの大地でのみ取れるようなものは特に存在しない。あえて言えば、取り逃すと少し大変なのは先程取れた古代素材ぐらいだろう。
時の神殿跡北の、リモコンバクダンの祠付近にも朽ちたガーディアンがいるが、あそこにはまだ起動するガーディアンも存在する。
古代矢さえあれば、歩行できないガーディアンなどただのカモだが、今は不用意に近づくべきではないだろう。
結論としては、別に取り逃しても困るような要素は無いだろう。
あえて言うなら、換金できる素材を持ってないのが少し気がかりになるぐらいか。
「イワロック狩りでもしてみるか……?」
ハンマーさえどこかで見つかれば、簡単に狩れるかもしれない……
と考えた所で、爆弾がないと厳しいことに気がついた。
イワロックの攻撃力は高めだ。特にのしかかりは一撃で死んでしまうだろう。
腕部分を破壊してダウンを狙えば、あとはハンマーで溜め攻撃をするだけで倒せるが、腕部分を破壊するためよリモコンバクダンをそもそも使えない。
バクダン矢を入手できれば話は別だが、現状バクダン矢など入手できる方法はない。
魔物の群れを倒して宝箱を開けたり、マスターモード特有のオクタ気球で浮いた足場にいる弓持ちならバクダン矢を持っているかもしれないが、現状挑むのは自殺行為だ。
「まあ、結局無理だな……」
しかし、先立つものが無ければ装備を整えたりするのも厳しいだろう。
古代素材はできれば売りたくない。古代兵装を手に入れるための重要な資産だ。
かと言って、金策は無茶が伴う。
「まずはカカリコ村に行ってみるか……」
カカリコ村の誰かに古代素材を預かってもらえばポーチが空く。空いたポーチに換金性の高いものを入れて、カカリコ村で売っていくしかないだろう。
或いは、インパに事情を話せば手助けをしてくれるかもしれない。
現状、リンクの存在や回生の祠について知っているものは100年前から生きているインパやプルア、ロベリーといったハイリア人や、ゾーラ族の一部の者か、イーガ団のみのはずだ。
イーガ団ではないことをなんとか証明できれば、なんらかの支援を受けることができるかもしれない。
「……時間にも限りがあるしな。悩んで時間を無駄にしてもしょうがないし、始まりの大地抜け出すか」
先程の崖掴まりで降りて行くことができそうなポイントに戻る。
もう一度下を覗き込んでみるが、他の所よりも低いとは言え、それでも足が竦みそうな高さだった。
元は灰色の煉瓦で舗装されていた崖だ。手や足が引っ掛けられそうな場所はたくさんある。
「斧は持っていけないかな……」
斧を背負えるような剣帯があるわけでもないし、降りていくには斧を捨てる必要がある。
しかし、木の枝だけで降りていくというのも不安だ。
……下に投げ捨てればいいのではないか?
「耐久値はまだ残ってるし、そもそも投げても耐久値は減らないはずだ」
壊れたらそれはそれ、試してみないよりはマシだ。
斧を崖の下に捨ててみると、少しの時間を置いてからけたたましい音が響いた。
遠目になるが、見る限りは斧は壊れて居ないように見えた。
「……よし。やるぞ」
少しの緊張で汗が滲む手の平をズボンで拭い、深呼吸をして、崖を下り始める。
まずは崩落している場所から少しづつ降りていく。
ここはまだ立って降りていける場所だ。万が一にでも足を滑らせないよう、手で瓦礫や岩を掴みながら、慎重に崖の縁まで降りていった。
そこからは崖掴まりで降りていく必要がある。
もし失敗したら死ぬ高さだ。やり直すことはできない一度の試行に、自然と息を飲み込み、喉を鳴らしてしまっていた。
……今更、戻るわけにもいかない。いつまでもここで腐っていてはハイラルを救うことなどできないだろう。
何も無理なことをやろうとしてるわけじゃない。
ゲーム内でならいとも簡単にできるテクニックを、実際やろうってだけだ。しかも、一度実際に試したんじゃないか。
自分の心を鼓舞し、ありったけの勇気をかき集める。
やろうとしていることは崖1つ下るだけだ!
「できる、俺はできる。こんな小さな崖1つに苦戦してられるか!」
そう言い放ち、俺は崖を下りはじめた。
踏みしめられる大地は無く、危うい小さな出っ張りに全体重を預ける。
下さえ見なければ、普通に崖を下っていくのと同じ感触だ。何も恐れることはない。
……しかし、崖を下っていくだけでは駄目だ。がんばりが持たない。
手を離して、再度下の足場に捕まる必要がある。
一歩でも下に降りたいと焦る心を押し殺し、崖と体の間から下を覗き込む。
手を滑らして落ちるようなことがあれば、死んでしまう高さだ。なのに、手を離して落下しなければならない。
ストレスか、緊張のせいか呼吸が短く浅くなる。
落ち着け。大丈夫だ。掴まれそうな大きな岩を見つけろ。
「あった……!!」
自分自身をなだめ、鼓舞し、そして下を見ながら手を離した。
途端に、地面に引き寄せられるかのように落下を始める。
だが、落下してはならない。したら死ぬだけだ。
眼下からせり上がってくるかのように見える岩を、両手で掴む。
手を滑らせたら死ぬ。歯を噛み締め、腕にできる限りの渾身の力を込めて必死にしがみついた。
両手で全身の体を支えることは、なんとかできた。
足を素早く出っ張りにかけ、腕を休める。
崖掴まりは、動いていない間はほぼがんばりを消費しないはずだ。
躍る心臓に深呼吸で酸素を送り、負荷がかかった腕を回復させる。
「で、できた……」
これで、崖の1/4ほどを飛び降りで解消することができた。1/4ぐらいは、飛び降りても問題ないはずなので、残り半分を先程のように落下する必要がある。
とは言え、一度やれたことだ。それに、眼下の地面はもはや足がすくむほどではない。落下しても、死ぬとは思えない程度だった。
「なんか、一気に楽になったな」
やってることは変わらないはずなのに、2度目、3度目の崖掴まりはさほど緊張せず、怯えることもなく済ませることができた。
最後にもう一度手を離すと、地面に両手足で四点着地する。
「これが、ハイラルの大地か……」
正面奥にはガノンの怨念渦巻くハイラル城が見て取れる。
あそこに、厄災ガノンが眠っているかと思うと、緊張してしまう。
それじゃあ、早速西に向かってまずはカカリコ村を目指そ、う……
「プギョオオ」
「プギッ」
「ブヒョッ」
……2体の青ボコブリンと、黒ボコブリンが姿を現した。
青ボコブリンの内1体は、先程落とした斧を担いでいる。もう一体は弓持ち。
おまけに、黒ボコブリンは剣とボコ盾を装備していた。
「マジかよ……」
逃げ出すにしても、背後は崖だ。
「フゴッ、プギィ」
黒ボコブリンが何かを命令すると、弓持ちの青ボコブリンは後ろに下がり、弓に矢を番えた。
斧持ちの方は、こちらに近づいてくる。黒ボコブリンは、両者に挟まれる状態のまま、高みの見物を決め込んだようだった。
……まさか、俺の冒険ここで終わり?
腰から木の枝を取り出すが、これで状況をどうにかできるとはとても思えなかった。