ティエラフォール・オンライン ―トラウマ少女のゲーム日誌―   作:輪叛 宙

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第一九話:納品リストを受け取りました

 大樹の根にめり込んだ民家を振り返る。しばらくはここが我が家となるか。ユーナは感慨深く頷き、新生活のスタートを感じ取った。民家の隣には扉の解放された倉庫がある。

 家を購入した後に建設した設備。コンクリート製の土台を設置し、トタンの壁を貼り付けた簡易倉庫である。造りは荒いが、泥臭い雰囲気が逆に良い。

 というのも、民家の庭にも家具の設置スペースがあったため、素材加工をする作業場も用意しようという話になり、追加建築した倉庫だからだ。

 

 鍛冶設備や作業台が並ぶ倉庫に、お洒落な雰囲気と優雅さは必要ないだろう。質素なのが丁度よい、汚れ仕事をする場所なのだから。ふと槌打ちの音が耳に届く。

 ユーナは庭の倉庫に足を運んだ。煌々と燃える溶鉱炉を背に、金床に設置した短剣を打つアンデット族の少女がいる。新たな作業場の感覚を掴むためか。

 真っ赤に染まったナイフの刃先が熱を発する。額に浮かぶ汗を拭い、スージーは高音の大剣を水に浸す。沸騰した冷水が泡を噴き、作業場に水蒸気が散った。

 

 作業台の椅子に座り、宝石細工をする少女もいる。腕輪の表面を専用の道具で削り取り、穴のサイズにあった宝石を埋め込む。かなり繊細な作業だ。

 拡張レンズを嵌めた片眼鏡が印象的か。片眼鏡を外したエリーゼは眉間を摘み、目の疲れる作業だったと揉みほぐし、宝石の輝く腕輪を見上げたのだった。

 黄土色に輝く宝石はトパーズだろう。サンクリット語で「火」を表す宝石は、炎属性にまつわる効果が豊富だ。ただし、限定的な効果のある装飾品は不人気商品。

 

 彼女も細工スキルの熟練度上げついでに、店売りを目的とした装飾品を作ったのだと思う。刃先を柄に嵌め込み、完成した短剣を見つめるスージーの目的も同様。

 新たな作業場の使用感も掴めたか、納得したふうに二人は頷き合う。パチパチと小さな拍手が倉庫に響く。椅子に座ったセフィーが二人の作業を見学していたようだ。

 彼女と肩を並べたフォンセも感心する。部屋の整理に戸惑い、友人らを待たせてしまったか。倉庫の入り口に立ったミオンが一同に声をかける。

 

「精が出るわね、新しい作業場はどう?」

「ごめんね、待たせちゃったみたいで」

 

 たはは、と苦笑いを浮かべたユーナが言う。すると一同は首を振り、気まぐれの暇潰しだと訴えかけるのだった。

 

「問題ありませんわ、こちらも確認しておきたかったので」

「通った人に丸見えなのが嫌ですが、スーは我慢します。大人なので」

「遅れし罪人の到着ね。もう行くと?」

 

 椅子から立ちあがったフォンセが尋ねる。

 

「そうだね、神殿の警備員に聞けばいいんだっけ?」

「古代樹の中央に続く橋ね、そこに担当者がいるみたいよ?」

「じゃあ行こっか? 献上品のラインナップもわからないし」

「…………!」

 

 レッツゴー、と椅子に飛び乗ったセフィーが拳を突きあげる。無邪気なものだ。セフィーはお子チャマです、とスージーは呆れ顔をしたけれど。

 きっとお姉さんぶりたい年頃なのだろう。これまでは自分が最年少っぽく見られていただけに、その反動が表に出た感じである。

 可愛いなー、と達観した感情を抱きつつ、ユーナは仲間を引き連れ、イーセクトゥムルの神殿を目指す。

 

    *****

 

「急にびっくりしたです」

 

 猫のように背中を丸め、スージーはセフィーの背中に隠れる。世界樹の神殿に至る道に到着した一同だったが、敵意を剥き出しにした門番に呼び止められたのだ。

 神殿の貢献度が足りないということか、門番の態度は冷たく棘がある。屈強な虫人の門番二人が槍をクロスし、一行の歩みを止めた。

 神殿警護を任された高位の武装神官なのだろう。イーセクトゥムルの入り口にいた兵士とは空気が違う。妖精女王の神殿を守るため、圧倒的な威圧感を放つ。

 

 長身虫人二人が神殿の門を塞ぎ、ユーナの顔も引き攣ってしまう。交渉に応じてもらえるのだろうか、なんとなく不安が脳裏を過ったのだ。

 しかし門番の二人に攻撃の意志はないようだった。あくまでも彼らは見張り、不審な人物が神殿に入り込まないか、それを警戒しているだけなのである。

 聞けば、神殿に忍び込むルートもあるという。盗賊プレイを生業とする人々に向けたサービスだが、盗賊ビルド用の潜伏クエストのあるのだとか。

 

「貴様達は何者だ、神聖なこの地で粗相は許さんぞ」

「最近、盗賊ギルドを名乗る連中が闊歩している。怪しい者には容赦せん」

「あー、そういうことか」

 

 やけに警戒心が強いと思ったが、数日前に盗賊プレイを堪能するプレイヤー団体が神殿に潜入、金目の品を盗み出したばかりのようだった。

 潜伏クエスト達成後、数日間は厳重態勢状態になる仕様だ。警戒状態はサーバー共有のため、先着優先という状況は変わらない。

 捕まれば都市の独房に放り込まれ、しばらくは囚人プレイを余儀なくされる。そのスリルがいいそうなのだが、善人プレイをすると誓ったユーナの心情には反する。

 

 警戒態勢中はほぼ達成不可能な難易度となり、盗賊プレイ用の潜伏クエストを受注するプレイヤーは激減するけれど。一時期、掲示板の囚人画像が話題を呼んだのだったか。

 囚人状態は熟練度・所持金減少のデメリット効果がある。運悪く収容期間の長くなった人は熟練度80から20まで大幅減少し、ゴールドの消費は1億という大損害だったとか。

 その分、潜伏クエストの収入は膨大。成功すれば億万長者になることもでき、ギャンブル感覚でのめり込む人も多かったりする。

 

 余談はさておき、警戒態勢期間は全プレイヤーに対する神殿の信頼度が大幅減少する。これだけ見ればいい迷惑だが、好感度稼ぎをするには絶好の期間なのだ。

 警戒態勢中は該当施設が物資不足に陥る。おのずと納品アイテムの量も増え、貢献度上昇値にブーストがかかる。商人プレイの狙い目、商人ギルドの長に習った小技だ。

 話術スキルも交渉難度を下げる。ユーナは自分の持つアビリティの効果を信じ、いざ神殿との商談を開始することに。

 

「あたしたちは近日、街はずれの民家で商店を開くことにした〝湖畔の乙女〟という旅の商団です。この様子から察するに、困りごとがあるのではありませんか?」

「神殿との契約を求める商人だったか……おい、まずは武器を下げよう」

 

 虫人の男が仲間に呼びかけ、門番の二人は槍を下ろした。話術スキルの発動を察知する。だが、厳戒態勢中の交渉難度は高い。

 門番NPCの頭上に浮かぶ感情マークは、真っ赤な怒り状態から黄色の警戒状態に移行しただけ。紫色の感情マークも灯り、門番の疑念を窺い知ることができる。

 掴みはまずまずか、ここからの問答が鍵だ。門番の機嫌を損ねれば交渉が破談する。慎重に言葉を選び、話を進める必要があるだろう。

 

「ユーナ、任せるわ。私には話術スキルがないし」

「エリーもお願いします。スーはセフィーを見張っていますので」

「分かりましたわ。お姉ちゃんの力を見せんにゃね!」

 

 ガッツポーズをしたエリーゼが頷く。ミオンはフォンセの肩を叩き、一歩下がる。

 

「…………?」

 

 ピリピリとした空気感を感じ取ったのか、ファイトー! と声援を送るふうに、セフィーが両手を前に出し、グッと拳に握り締めて肘を曲げる。

 仲間の期待は受け取った。ユーナはエリーゼと目配せを交わす。頷き合った二人は上手く立ち回るよう結託し、門番の言葉を待った。

 

「まず聞きたい。何故、神殿との契約を?」

「それは妖精女王に——」

「ユーナちゃん、ここはまず様子見せんにゃ」

 

 先走りかけたユーナを引き止め、エリーゼが前に出る。普段は空回りしっぱなしな彼女だが、大柄の男相手に冷静な態度を貫く姿はどこか頼もしさがある。

 返答が遅く、門番の男が怪訝な顔をした。一方のユーナはエリーゼに託し、一度口を閉ざすことに。やがて深呼吸したエリーゼが口を開き、

 

「大樹の雫というアイテムに心当たりはありませんの?」

「ふむ、聞いたことはないな? だが、巫女様ならばあるいは……」

「そうなんですのよ、わたくしたち商団員の求める品を妖精女王ならば知っていると聞きましたの。亡き団長が追い求めた至宝の名ですわ」

「ええっ!? 急に話が重くなってない? まだ私は生きて……」

 

 勝手に殺さないで! とユーナは口に出しかけたけれど、片目を閉じたエリーゼが口元に人指し指を当てる。交渉にはブラフを刺すのが常識だと彼女は言う。

 確かにアイテム入手が目的なのは本当だ。妖精女王に会いたいというだけならば、下心があると思われ兼ねない。あくまでも助言を求める形にしたかったのだろう。

 まあ実際、ゲーム開始初日にデス判定をくらったことがある。亡き団長が初日に死亡状態になったユーナのことならば、完全な嘘でもないのかもしれない。

 間違いなく詭弁ではあるのだけれど。が、門番の一人の受けは悪くなかった。話術スキルが功を奏したか、はたまた涙脆い設定だったのか、彼の瞳に涙が浮かぶ。

 

「亡き団長の夢を追いに来たということか」

「ええ、わたくしたちの恩人に等しい方ですわ」

「そうか、そうか。団長思いのいい商団だったんだなー」

「うっわー、すっごい盛られちゃったよ」

 

 エリーゼの演技は完璧だった。遠い日の姿を追うような瞳が眩しい。少し背中がむず痒い、本人がここにいます、と恥ずかしながらに手を挙げてしまいそうだ。

 

「先輩、いいじゃないですか! 神殿に害を与えるつもりはないようですし、盗人に受けた被害もカバーできます。彼女たちの夢に手を貸してあげませんか?」

「あーいや、確かに神殿としても商団の支援は助かるが……」

「ですよねー! 巫女様も彼女たちの慈愛に答えてくれるはずです!」

「お、おう……お前がそこまで言うなら考えてみるか」

 

 半ば押し切られるみたいに、もう一人も門番が頷く。あざッス、と頭を下げた後輩らしき門番は、甲殻虫のような見た目の割に熱血漢な印象である。

 熱い心に胸打たれたふうな青年門番が涙を拭い、しかしこれも仕事だと私情を殺す。支援の許可は出したが、納入品の完成度が低ければ意味はない。

 どういう仕事ができるのか、それを要求するのは自然な流れだった。

 

「さて気持ちは受け取ったが、こちらも仕事だ。納入品のサンプルはあるかな?」

「ええ、問題ありませんわ。品質は保証致しますわよ」

 

 そう断言したエリーゼが取り出したのは、彼女が作業場で作ったトパーズの腕輪だった。待っていましたと言わんばかりの表情、このために作っていたのか。

 ユーナは下準備に抜かりの無いエリーゼに感心する。一方の彼女はスージーから受け取った短剣も手渡し、門番の感想を待つ。

 

「これは、なかなか悪くない品だ」

「ああ、納入品の検査係も満足するんじゃないか? それに……」

 

 門番の男が振り返る。途端に世界樹を囲う泉より光の粒子が舞った。世界樹の根元に座す神秘的な神殿を囲うふうに、小さな球体が光り輝く。

 青色の篝火が灯る神殿の大橋が光に包まれ、大樹の根が沈む透明度の高い泉水が、ホタル火のような輝きを反射したのだった。門番に聞けば、〝精霊の囁き〟という現象らしい。

 事実はどうあれ、心の清き者を歓迎するために、世界樹に宿る精霊らが光を放つという。この現象が起きたならば、少なくとも人間性は信じられるというのだ。

 

「これが検査班からの要請書だ。細工品や武具以外に作れる物は?」

「ポーションを少々、あとは符呪品とかですね」

「それはいい。納入品は包装箱に納めるように頼む」

 

 門番二人の感情マークがオレンジ色の笑顔に変わる。神殿との関係が友好的になった証だ。あとは神殿の期待に応えられるよう、高品質のアイテムを納品するだけ。

 門番が左右に分かれれば、神殿に続く門が開かれた。検査係らしき神官女性が頭を下げると、彼女は商団を代表するユーナに石板を手渡す。

 終始無言を貫いた神官女性は再び一礼し、自動的に閉じる門とともに立ち去った。門の奥に進みたければ、しっかりと貢献度を稼げということか。

 

「よし、滑り出しは順調だね。喫茶店とかで確認しよっか?」

「…………!」

 

 おー! と手を振りあげた友人らの歓声を聞き、ユーナは神殿の管理区画を離れる。依頼品リストの記された石板を握り締め、生産活動が本格化してゆく波を感じ取りながら。


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