久々の、とはいえ数分しか離れていなかったのだが、自分の身体に戻って。
今更になってこみ上げる成瀬の告白失敗への残念さ、申し訳なさを胸に角を曲がる。
さっき成瀬との一件があった廊下は、文芸部室の目と鼻の先だったのだ。
角を曲がってすぐに、文芸部室の扉が目に入る。
「いつ来てもこの部屋、さびれたとこにありますねー」
「……それについては同感だな」
廃部の危機に陥ったときに今の部長が死守した部室なのだが、古くて遠いのだ。
どうせなら一度廃部になってもう一回創部した方がよかったんじゃないかとさえ思ってしまう。先輩の手前そんなことは口が裂けても言えないけどな。
そんな部長は今日、生徒会会議がある日で不参加。
生徒会長と文芸部長を兼任している彼女は、何かと忙しいのだ。
そうなると、今部室にいる可能性があるとすれば、残ったもう一人の部員なのだが……。
「おーっす」
「……ひぇっ……あ、お兄ちゃんか……」
案の定立て付けの悪いドアの先にいたのは、俺の妹――ではなく、後輩の片桐木ノ葉だった。
実家の隣の家に住んでいた彼女は、俺のことを昔からお兄ちゃんと呼ぶ。
「もう……びっくりしたじゃん……。入る前に名乗り上げてから入ってよね!」
「やだわ! 意気揚々と名乗り上げて誰もいなかったら恥ずかしいだろ!」
そんな軽快なやり取りをしながらも、本気で安堵の表情を浮かべる後輩。
極度の人見知りの彼女はおそらく、足音が聞こえた段階で身構えていたんだろう。
いつもより早口で息が荒いのは、緊張が一気に緩和されたことによるものに違いない。
「もう……お兄ちゃんのいじわる……」
言って、木ノ葉がパイプ椅子を準備する。
次の瞬間。長辺を合わせて設置された長机の、扉の向かい、窓側に座っていた彼女は――。
同じく窓側の、彼女のとなりの席に、俺のパイプ椅子を置いた。
「いや待て、お前なんでそこに置いた」
「えっ、だってお兄ちゃんいつもこっち側に座ってるよね……?」
確かに、いつもなら窓側のその位置、木ノ葉のとなりに座って俺は本を読む。
だけど、それは部員四人が全員そろっている形だからだ。
今日みたいに二人しかいない日に隣り合って座るのはなんだかおかしい気がする。
「まあいいや。お兄ちゃんが嫌っていうなら、場所変えるね」
「……違和感があるだけで、嫌ではないんだけどな」
立ち上がって俺の椅子を反対側に準備する木ノ葉。
俺が準備すればいい話なのだが、有能な後輩がいると任せてしまった方が早いらしい。
手早く椅子を設置した木ノ葉は俺の向かい、自分の席に戻って――
「よいしょ。これで完璧だね!」
「なにも変わってないじゃないか!」
――自分の椅子を持って、俺のとなりに越してきたのだった。
違う、そうじゃない。
いつものようにツッコミを入れていると、木ノ葉が唇を尖らせながら「お兄ちゃんのとなりがよかった……」なんて、呟いてるのが聞こえた。
……恥ずかしいから、ぜひ俺のいない所でやってください。
それからしばらく、二人で読書をして過ごし。
半分くらい読み進めたところで、木ノ葉が声をかけてきた。
「お兄ちゃん、ちょっと疲れてこない?」
「ああ……ちょっと疲れてきたな」
本を読むと、知らないうちに頭が疲れていたりする。
こうして声をかけてもらうと、リラックスできて心地がいい。
「じゃあ、ちょっと提案なんだけど……せっかく二人だし、外にでも行かない?」
少しだけ不安そうに、それでいてウキウキした気分を隠せずに提案する木ノ葉。
インドア派の俺は普段から外に出ることが少ないため、運動不足になりがちだ。
それに、いつまでも日の光を浴びないのは身体にも良くないだろう。
そのあたりを考えると、俺は木ノ葉の提案にすっかり乗り気になった。
「あ、もちろん本も持っていこうね? 外で読む本は格別だもん!」
……運動不足の解消にはならないかもしれないが、それでもいいだろう。
すぐに二人で準備をして、文芸部室をあとにした。