幽霊少女が俺の恋愛成就を全力で阻止してくる。   作:雨宮照

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第三章「旅行」(前編)
第一話「化粧」


「おはようございます怜太さん! もう起きないと遅刻しますよー?」

 既に聞き慣れた幽霊の涼やかな声色。

 天然の扇風機みたいな吐息はひんやりと肌に気持ちよく、目覚めはスッキリだ。

 今日は特に遅刻なんかしていられない重要な日。

 鬱陶しさの欠片もない幽霊の起こし方に、目覚まし時計ビジネスの新たな展開すらも見えてきそうだ。そんな風に冴えわたった脳で活動を開始することに喜びを感じつつ、続いて蕾を開くアサガオのような清々しさで目を開ける。と、そこには――

「うわぁっ! 幽霊かよ!」

「失礼ですねぇ⁉」

――真っ白な顔をした幽子がこっちを向いて浮かんでいた。

「だってお前、ビックリするだろうが! どうしたんだその病人みたいな顔色は!」

「本当に酷いですね⁉ メイクですよ、メ・イ・ク! 今日はお出かけするからおめかししたんです!」

 どう見ても死にかけの病人か死人にしか見えない真っ白な顔でぷんぷんと怒る幽子。

 怒っているせいか、心なしか顔が赤くなって元通りになってきてる気もするけど。

「あー、出かけるから色んな人を脅かすために死人メイクを? それなら大成功だ。怖い怖い」

「馬鹿にしてるんですか! かわいくなろうとせっかく努力したってのに……!」

 激高する様子にも構わず続けてイジっていると、急にしゅんとしてしおらしい態度になる幽子。さすがに言い過ぎたかと、少しばつが悪くなる。

「……私だって、かわいくなりたいんですよ? 成瀬ちゃんとか木ノ葉ちゃんみたいにもっと怜太さんに見てもらえるように……」

 ぶつぶつと幽子が下を向いてなにかを呟いているが、小さくてよく聞こえない。

 朝から空気が悪くなってしまったが、俺はこの場を収める術を知らず、どうしようもない。

俺は頭を冷やす意味も兼ねて、洗面所へと向かった。

 

顔を洗いながら考える。

今の言い争いは、どうして起こってしまったんだろう。

化粧をして、かわいくなりたい幽子。そして、それを馬鹿にした俺――。

いや、分かってる分かってる。俺が悪い。俺が最低。分かってるからこれ以上責めないで!

俺が確実に、全面的に悪いのは分かってるんだけど、その上でなにかおかしなところはないだろうか。

このやりとりのどこかに違和感があるっていうか、引っかかるっていうか……。

「…………、……あ」

 意味もなく顔を八回も洗ったところで気が付いた。

 違和感の正体は、幽子が化粧をする理由だ。

 気が付くや否や、俺は急いで寝室へ引き返し、そこで不貞腐れている幽子を呼ぶ。

「おい、そこの死に化粧!」

「酷い!」

 なんか途轍もなく酷いことを言った気もするが、この際どうでもいい。

 俺は犯人を言い当てる推理モノの探偵のように幽子を指さして言った。

「お前はもう死んでいる。それゆえ、誰にも姿は見えないはず!」

「だ、だから何だって言うんですかっ!」

「それなのにどうして……どうして、そんなに化粧を頑張ってるんだ?」

「……うぐぅ⁉」

 俺の違和感の指摘に、この世のものとは思えない変な声を出す幽子。

 実際あの世のものなわけなんだが、彼女からは初めて聞く音だ。

 この指摘を受けて、それだけ動揺しているということなんだろう。

 しかし……この指摘で、どうしてこんなに動揺しているのかはイマイチわからない。

 他の人から見えないことを忘れていた自分の間抜けさが恥ずかしくなったんだろうか。

 それとも、いつも大胆な幽子が乙女のように身だしなみを気にしていたから恥ずかしいのか。

 目の前で未だにうぐうぐ言いながら恥ずかしそうにアタフタしている幽子を前に、いくつかの予測をしてみる。だが、幽子が続けた真実にはどれも該当していなくて……。

「ゆ、唯一私のことが見える怜太さんその人こそに、私はかわいい姿を見せたかったんです……。こ、これでいいですかっ、もう!」

 お、おう……。

 赤裸々に本心を語る幽子に、俺の方も恥ずかしくなってくる。

 顔がどんどん熱くなって汗がじわじわと噴き出してきて、室温も二、三度上昇したんじゃないだろうか。朝っぱらから、とんでもない赤面イベントである。

 二人ともが心を落ち着かせると、俺は再び洗面所に向かう。

 今度は顔の熱さを冷ますために、本日九回目の洗顔を行うのだった。

 

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