学校に向かう道中は穏やかだった。
いつものようなスーツの大人たちが早歩きしている姿もなければ、学生も見かけない。
平日なのだから当たり前なのかもしれないが、部活に行く生徒も見ないというのは珍しかった。
というのも、現在の時刻は六時半。
よほど遠くの学校にでも通っていなければ、部活に行くには早い時間だ。
とはいえ全く人影を見ないほどに早朝というわけでもなく、時々すれ違う犬の散歩をしているお姉さんや、近所のお年寄りには挨拶する。
そうしてしばらく歩いていると、遠くの方に見慣れたちっこいのを見つけた。
かといって駆け寄るのも恥ずかしいので、幽子と取り留めのない話をしながら徐々に距離を詰める。そして赤信号で追いつくと、俺は彼女の肩をポンと叩いた――
「よっ。ちょうど同じような時かヴげぇふっ‼」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁ――――! 痴漢だぁぁぁぁ――――っ!」
――と同時に繰り出される、カウンターパンチが顔面にクリーンヒット。
小柄な体格からは予想もできない威力を持った拳に、なすすべもなく崩れ落ちる。
「…………こ……の……は…………」
「…………あれっ⁉ 痴漢が……お兄ちゃんになってる⁉」
目を白黒させて戸惑っている木ノ葉だが、もっと驚いているのはこっちだ。
辛うじて意識はあるが、なにせ不意打ちも不意打ち。
無防備な顔面に直撃した痛みがすぐに消えるわけもなく、しばらくうずくまることになる。
「ご、ごめんねお兄ちゃん、わざとじゃなくて……。その、昨日警察の密着番組で痴漢の特集やっててね、それで怖くなって…………自作のメリケンサックつけてきちゃった」
この俺の痛ましい有様に、申し訳なさそうに謝る彼女。
わずかに見える彼女の手には、金属が光っている。
……って……あれ、パスタの量はかる道具じゃ……?
それからは、たまたま通りかかった近所の人の看病でなんとか怪我も体調も回復。
俺と木ノ葉は、ちょっと遅れて学校に到着した。
すると、校庭には既に本日乗る予定のバスと、運転手。
それから文芸部の他の二名が鎮座していた。
「おはよう月城くん。ええと……大変だったみたいね……」
「おはよー月城! ええと、ご愁傷様!」
しかし、二人は遅れてきた俺たちを咎めるようなことはしなかった。
……ただ、俺の顔の包帯を見て憐れみの視線は向けられたけど。
「じゃあ、早速出発しよっか。大きい荷物はバスの下に預けておいてね」
「楽しみだねお兄ちゃん、お泊まり旅行だよーっ!」
団体旅行によく使われがちな大きなバスを前に、テンションが上がる一同。
しかし、今日の目的は決して旅行じゃない。節度を持って行動しなければならないのだ。
それを再確認する意味でも、この一番はしゃいでる一年生に釘を刺しておかなくては。
「木ノ葉、今日は遊びに行くんじゃないんだぞ? あんまりはしゃがないようにしろよ」
ふふん、決まった。珍しく先輩っぽいことが言えた自分に、俺は満足する。
しかし――
「わかってるってお兄ちゃん。今日は生徒会の視察代行だよね。視察代行!」
「わかってるならその浮き輪を取れ後輩よ! そして行くのは海じゃねえ山だぁ!」
――肝心な後輩のリスペクトと聞き分けは最底辺のようだった。
それを見た幽霊が隣で腹を抱えて転げまわっている。今すぐ除霊して差し上げたい。