「それじゃあ、改めて今日の概要を説明するわね」
全員が荷物を積んで着席すると、音垣先輩が出発前の最終確認を始める。
一見するとただの豪華な旅行のようだが、先ほど木ノ葉が言っていたように今日は大事な任務があるのだ。それには我らが部長、音垣琴音の学校での立ち位置が大いに関係している。
――それは、俺や成瀬が入学する、半年前の話だ。
既に文芸部に所属していた音垣先輩は、代々受け継がれてきた文芸部という空間と、先輩たちと過ごした素敵な日々を何よりも大切にしていたという。
何やらタイミングも家庭で嫌なことがあった時の入部だったらしく、本好きで控えめな性格の生徒が揃う優しさに満ちた文芸部とその所有する図書たちは彼女の居場所となり、彼女にとってかけがえのない存在となっていたらしい。
しかし、彼女の代になってから、とある問題が浮上した。
部活動存続の条件が、改定されたのだ。
その内容は、部員の人数が最低でも五人必要だというもの。
常に少人数で活動していた文芸部は、その年の部員がなんと音垣先輩ただ一人。
彼女の大好きだった文芸部は、廃部の危機にさらされた。
ただ、そこで諦めないのが我らが部長である。
彼女は一人で考えた結果、生徒会選挙に出馬し、改定された条件を撤廃しようと考えたのだ。
聞いた話だと、それからの彼女は凄かったらしい。
生徒会長になるためにこれまでの校則や活動の悪い部分を徹底的に排除し、より素晴らしい案を出す。そうして選挙当日までに誰にも有無を言わせない完璧な公約を掲げると、生徒は自然と彼女についていこうと心に決めたのである。
ついでに、彼女は自分の都合で部活存続の規定を変えてしまったことを気にして、生徒会役員たちにも何か変えたい部分はないかと尋ねて意見を募った。
そこで出た意見の一つが、生徒会公務代役制度である。
それは、生徒会役員の仕事が重なった際に、片方だけ他の部活動に押し付けることができるという制度だ。
今日がその日で、担当は音垣先輩が部長を務めるここ、文芸部。
二年生の宿泊学習の下見という生徒会の特権みたいな公務を、俺たちはこなすこととなった。
「いや~、でもラッキーだったよね。こんな楽しい仕事を任されるなんてさ!」
先輩の説明が終わり出発した車内で、木ノ葉が言う。
「他にあった仕事なんだけどね、そっちに過半数の生徒会役員が必要になっちゃって……かといってこっちをキャンセルするわけにもいかなくて。本来なら事前にみんなで話し合ってもう一つの方の日程を変えてもらうはずだったんだけど、生徒会の子たちが会長に大好きな文芸部の仲間と羽を伸ばしてきて欲しい、こっちは任せてくれって言ってくれてね~」
「いい部下を持ったね、先輩」
照れたように笑う先輩と、いい笑顔で親指を立て、ニコッと笑う成瀬。
のんびりとした雰囲気が流れる車内が実に心地いい。
このままどこにも着かずにただ乗っていたい。
そう思うくらいの安らぎが、この空間に満ち満ちていた。
下見の仕事なんて普通は生徒がやることじゃないのに先生たちが彼女に任せてしまうのは、こういった安心感のある空気づくりに関しても一目置いているからだろう。
それはひとえに音垣先輩の人徳の賜物だといえる。