第一話「浴場」
「…………、……」
宿泊施設の、大浴場。
その岩に囲まれた露天風呂にて、俺は考え事をしていた。
――自分の置かれた状況を、客観的に見つめ直す。
生者である俺と当たり前のように接触し、会話し、取り憑いている幽霊。
彼女は本来この世に留まっていてはいけない存在でありながら、成仏することなく、ずっと俺のそばにいる。
迷惑は多少かけられているものの、既に慣れているうえ、彼女といると楽しい。
しかしそれが俺にとっても彼女にとっても、いいことなのか悪いことなのか。
あの日テレビ番組で霊媒師の言葉を聞いてから、その判断がどうしてもつかずにいる。
――実際、いいことでないのは確かだろう。
生まれ変わることもできずに、未練だけをこの世に残して縛られ続ける。
そんなことが、彼女にとっていいことであるはずはない。しかし。
彼女がその未練を忘れて自分のそばにいてくれることに甘え、俺が彼女を自分から引き離せなくなっているのも事実。
このまま彼女が未練を思い出して終わりの日がやってきても、受け入れられる自信がない。
「……でも、そんなこと言ってる場合じゃないよな……」
口から漏れた呟きが、水面から立ち上る湯気と一緒に夜の風に運ばれて消えていく。
今の優柔不断な俺の心は、この青色に濁った湯に映る月のようにゆらゆらと揺らめいていた。
と、そんな風に感傷に浸って、孤独を寂しく思っていたからだろうか。
湯煙の中に人間のシルエットが浮かび、その影がだんだんと近づいてくる。
しかしなぜだろう。その影は俺のいる方向に一直線に向かっているように見えて――
「いぇーい怜太さん! 死体の肢体をご覧あれー!」
「ちょっと待てお前なぜここにいる!」
――そこに立っていたのは、噂の人物。
俺に憑いている幽霊の、幽子だった。しかも全裸。
「いや~、せっかくの大きなお風呂ですから、私も入りたいなーと思いまして!」
「思いましてじゃない! それなら女湯に行けばいいだろうが!」
幽霊のくせに情緒を楽しもうとする幽子。
俺はそんな彼女に、至極もっともな意見をぶつける。
ってか前隠せ、前。
「えー、女湯ですかー? んー……まあ、それでもいいですけど……」
それに答えて、しぶしぶと自分の考えを口に出す彼女だったが……。
「やっぱり、露出しながら怜太さんの裸を拝める、男湯が最適かと!」
「おまわりさんこっちです!」
最後は自分の歪んだ性癖と欲望を、自信満々に言ってのけた。
さすが、俺が知る中で断然トップの変態だ。
「そうは言いますけど……怜太さんだって、幽霊になったら女湯に行くでしょう?」
「そ、そりゃあ……まあ……」
ただ、こうして批判している俺も俺で、彼女に言いくるめられてしまったわけだが。