第一話「それから」
休日の午後。
俺は目的も特になく、街をブラブラと練り歩いていた。
気温もちょうどよくて天気もいいのに、家にこもってばかりいるのも身体に悪い。
健康面に気を使って、珍しく散歩に出てきていた。
歩道の端っこを歩きながら、あの日のことを思い出す。
言わずもがな、視察代行に行った二日目のことだ。
あれから一ヶ月経ったが、俺にとって「あの日」といえば「あの日」しかない。
端的に言うと――あの日、幽子は文芸部に認められたのだ。
「ええっ! お兄ちゃんに幽霊が⁉」
「わたしと月城の仲を、邪魔されて……!」
「……でも、そうだとすれば納得のいくことがたくさんあるわね……」
初めこそ怖がっていた彼女たちだったが、これまでの日常に幽子が関わっていたこと、彼女の性格や好きなもの、彼女との出会いなどを話すうちに、段々と受け入れてくれたみたいだった。そして、最後には友達として、文芸部の名誉部員に迎えてくれて――
と、そこまではよかったんだ。
だけど、照れくさそうにしていた幽子が――段々と、空に昇りはじめた。
澄み切った青い空に、彼女の真っ白い衣装と幽体が浮かび上がる。
「……おい、ちょっと……待てよ」
――それは、あまりにも突然すぎる別れだった。
「怜太さん…………今まで、ありがとうございました」
「おい……何言って……」
「私の未練、叶っちゃったみたいです。皆さんに、お礼をお伝えください」
「ちょっと……ふざけるなって……」
「……それと、怜太さん。私がいなくなったら、あなたはもう自由です。これまではたくさん貴方の恋愛を邪魔してきましたが…………私には、もうどうすることもできません。貴方が本当に愛した相手と、幸せになってください…………」
言うと、幽子は更に天高く昇っていく。
光に包まれて、徐々に姿が見えなくなる。
「……皆さん……ありがとうございました」
そうして、彼女は小さな魂一粒だけになって――消えた。
芝生の上に、沈黙が広がる。
「…………何があったの、月城くん」
みんなが呆気にとられる中、発したのは先輩。
俺は、未だに整理のつかない頭を無理やり稼働させ、ゆっくりと答える。
しかし、彼女の未練とはいったい何だったんだろう。
それに、突然その未練を叶えてしまったわけも――
だめだ。やっぱり気持ちの整理がつかない。
何か月も常に一緒にいた相手が、いなくなる。
それも、唐突に――ただ死ぬよりもはるかに救いのない、消えるという形で。
心配する部員たちを振り払って、部屋に帰る。
とりあえず、一人にして欲しかった。
顎をつたって、水滴が零れて。
それが涙だと分かると、より一層虚無感が押し寄せてくる。
俺が泣くなんてことをすれば、絶対に聞こえてきた笑い声。
それを耳にすることは、もう二度とない。
その事実が俺の胸を押し潰すかの如く締め付けて。
俺の心から、味や彩りをどんどんと奪っていった。
部屋から出られたのは、およそ三十分が経ってからだった。
ロビーで待つ部員たちの間に、お通夜みたいな空気が漂っている。
人が成仏したのだから正解の空気なのかもしれないが、まさかこれだけ感情移入してくれるとは。みんなの優しさが心に響いて、また涙が溢れそうになる。
だが、いつまでも泣いている場合じゃない。
実際、未練が叶ったというのは、いいことなのだ。
気持ちを切り替えて、みんなに近づこうとする。
と、後ろから意外な人物に声をかけられた。
「月城様……やはり、あなただったんですね。
幽子さんのこと、私に少しお話させて貰えませんか?」
それは、意外なことに施設の副所長だった。