第一話「日常」
「……なぁ、幽子」
「……? どうしました、怜太さん?」
とある五月の、少しだけ夏に近づいた日。
俺と幽子は放課後の廊下を、文芸部の部室に向かって歩いていた。
俺たちの文芸部は、一度廃部の危機に陥ったほど人気のない部活。
必然的に、部室も教室棟からかなり外れた別棟にあてられている。
そんな、長すぎるというほどではないものの、少しだけ退屈な道のりを歩きながら二人。
俺のちょっとした疑問について、話を広げるのだった。
ちなみに出会って以降、幽子は白い着物を毎日着ている。
本人曰く幽霊のキャラを守っているらしい。
「幽子ってさ……なにか、できないの?」
「……およ? なにかって……ええと、例えば……」
「ほら、漫画とかに出てくる幽霊みたいに、霊能力が使えたり、あとは他人を操ったりさ」
「んんー……そういうのは全然、これっぽっちもないですね!」
清々しいまでのドヤ顔できっぱりと言い切る幽子。
あの、ドヤ顔ってなにか誇れるときにする顔なんですが。
「でも、なにかはあるだろ? 俺たち生きてる人間にはできないようなことがさ」
「そうですね……。確かに、いつも怜太さんにイタズラしてるみたいな、ポルターガイストまがいのことはできますよ? あと、強いて言うなら……」
言うのをためらっているのか、なかなか続きを発しない幽子。
しかし、フリだけ伝えておいて全部言わないのは気持ち悪いと思ったんだろう。
次の瞬間、頬を赤らめながら、ぼそりと小さくつぶやいた。
「強いて言うなら……ドクシン術ですね」
「……あー、確か唇の動きでなんて言ってるか分かるやつだっけ?」
なんで躊躇ってたのかは分からないが、確かに幽子には似合わない特技だ。
本人は自分でたいしたことないと思っているのかも知れないが、普通にすごい特技だと思う。
と、珍しく俺が素直に感心していると。
「……あっ、それじゃないです」
なんて、なぜか幽子が否定してきた。
いや、それじゃない読唇術ってなんだよ。
そう思った俺はとっさに聞き返す。
「えっ、じゃあどんな特技なんだよ」
すると、今度はなぜか幽子が自信満々に、若干偉そうに言った。
「取り憑いた相手を、一生独身にできる能力です!」
「いやお前、絶対俺に使うなよ!」
こいつのドクシン術、取り憑かれた身となっては迷惑以外の何物でもないじゃないか。
まさかこいつの言うドクシン術が、読唇術じゃなくて独身術だったとは。
……もう既に使われてたりしないだろうな?
不安になって疑いの目を向けていると、それに気づいた彼女が面白そうに笑う。
「冗談、冗談ですよぉ。本当はそんな能力ありませんっ」
クスクスと楽しそうにしている幽子。
ぷかぷか浮いていることも相まって、彼女が笑うと本当に楽しそうだ。
でも、そんな楽しそうな表情を逆に訝しむのが俺。
「……ほんとに、冗談なんだろうな」
ちゃんと確認は取っておきたい。
すると、それを聞いた幽子は笑顔のまま言う。
「そんなに心配しなくでも、冗談ですって~……本当は取り憑いた人の心を読む、『読心術』ですよっ」
「いや、待て。それはそれで困るんだが……」
今度こそ冗談なのか何なのか分からないが、これまた楽しそうな幽子。
彼女のこんな姿が見られるのなら、心を読まれていようが生涯独身だろうがかまわない。
その無邪気な笑顔を見ていると、そんな気分にもなってくるのだった。