なんとなくアニメ版ブラックキャットの話が浮かんだので、後日談的なサムシングです・・・
――――秘密結社クロノスが崩壊してから、早一年半。
かつてテロ集団「星の使徒」に襲撃されたサンゼルスシティも、今ではある程度の復興をしている。いや、「星の使徒」に続いて例の「楽園」事件なんてものまで起きたものだから、世界的にはインパクトが薄れてしまったか? ともかく、俺スヴェン=ボルフィードとイブは、久々にこの街に来ている。
「……で、なんでまたアンタがいるんだ?」
「なんでじゃないわよ~、アタシだって色々あんのよ。っていうか、家族構成まーた変わってるわよねぇ、変なオッサン」
「変なオッサンじゃねぇ、紳士だッ!」
全力で叫ぶ俺にも、どこ吹く風なウェイトレスの姉ちゃん。全くこちらの言い分を無視する風に冷や水を置いていく。そんな姿に痛む頭を押さえながら、俺は視線をメニュー表に戻した。
場所は喫茶店。朝食がてら入りはしたものの、俺たちは今日も金欠気味……、いや、クロノスが崩壊する前に一応の振り込みは有ったので本当はそこまでひどくはないが、貯金に手を付けることはいけない、というイブの言葉から、俺たちは今日もこうして悲しい財布事情だった。
客足は朝方にしては多いように見えるが、決して柄が良い方ではない。
その理由について理解しているので、俺は肩をすくめた。
「スヴェン。大丈夫?」
「あー、大丈夫だ」
「確か、甘いものを食べると元気になるはず」
「甘いものな~。……、パンの耳って齧ってると、甘くなるんだぜ?」
「悲しいね」
そう言ってイブは赤い目を俺からそらした。
イヴ……、かつてはロングヘアだった金髪をばっさり切った少女は、相も変わらず俺にくっついてきている。正式に掃除屋のライセンスを取得してからというもの、腕前もめきめき上達。時々合法的な依頼でリンスあたりに引っ張られることもあるが、今じゃ立派な掃除屋だ。俺の助手なんて言うのも烏滸がましいが、それでも「トレインがいない」今となっちゃ、板についたものだ。
……もっとも良いことばかりという訳ではない。トレインが居た時と違い、いまや俺の呼び名は「子連れ狼のスヴェン」ときたものだ。紳士だ紳士と一体何度訂正とオシオキをしたものか、数知れねぇ。
「っと、早い所朝食だな……、イヴは好きなのを選べ?」
「スヴェンは?」
「俺はまぁ、安いのでいいから」
「ここのところ『下準備』と『調査』でまともに食事をとってない。スヴェンこそしっかり食べるべき。これくらいなら私はへいき」
「イヴ……、ありがたいところ悪いが、年頃の娘に世話をかけるのは紳士にあるまじき所業だからな」
襟を正してキメ顔を披露すると、イヴは半眼で何とも言い難いように俺を見ていた。
数秒停止。気を取り直すように頭を振る。
「全く、それもこれもトレインのヤローのせいだ……、なんだってアイツ、こっちに顔を出さない割には、拠点の物をかっぱらっていくんだか。売りさばいてるのか?」
「利用してるんだと思う。トレインも、負けず劣らず金欠のはず。でも時々、食べ物とか補填されてるけど」
「だからってなぁ、なんだって今日に限ってサンゼルスシティにある拠点があそこまでスッカラカンになってるんだって話だろッ! そんな不吉を届けられても仕様がないっての」
「スヴェン……、おやじギャグ? ブラックキャットとかけた」
「ギャグじゃねぇ! あとオヤジじゃねえっ!」
と、俺の目の前に一皿、がしゃんと置かれる。
「まーた煩いお父さんで大変ねぇ娘さんも。更年期?」
「だから娘じゃねぇ! というかそこまで年いってないからな!」
「あら、そうなの? てっきり愛人の一人や二人こさえてるものかと」
「紳士はそういうことするわけないだろ、お嬢さん……」
「カッコつけてるところ悪いけど、知らないわよそんなの。
って、紳士はそういうことするものでしょ、何人も侍らせて××××な××××とか××××して――――」
「それは紳士じゃねぇ、変態だッ!」
「……」
ウェイトレスに再び叫ぶ俺と、何故か少し不機嫌そうなイヴ。いまいち何を考えてその顔なのかは分からないが、とりあえず目の前に置かれた山盛りのパンの耳に視線がいく。
「……で、なんでまた今日は四角形のパンの耳?」
「あー、それね。さっきまで店に居たカップルが、チャレンジメニューのジャイアントハニートーストなんて頼んだものだから、はしっぺたが一杯余ってるのよ。食パン、切るじゃない? だからサービスしてあげてもいいって感じ。感謝しなさい?」
「おーおー感謝する感謝するよ。というかジャイアントハニートースト? 生憎写真がないとそういうのは分からないんだが……、待て、チャレンジメニュー?」
「そ! 総カロリー二十人前の巨大ハニートースト。人数は最大2人までで、食べきれたら無料、食べきれなかったら通常のフレンチトーストの二十倍のお値段! どうどう、イっとく?」
「二十人前……、単純計算で二十食分……、俺とイヴそれぞれで10回分の食事を……」
「……スヴェン、私、やる?」
「いや、だからそういうのを無理にさせるわけにもいかないだろ。イヴはもう、そういうのに気を遣う年頃じゃないのか……?」
「トランスを使えば、たぶん無問題」
「とらんす?」
「こっちの話だ。とはいえ10食分は多すぎるだろ……」
結局イヴは、モーニングセットの一番安いやつを頼んだ。俺は悲しく、もそもそとパンの耳をかじってる。イヴもイヴで一人前のトーストにバターとジャムを塗って食べた。一口が小さいな……。租借回数を増やして満腹度を上げる作戦か。自分の甲斐性がないのが悲しい。
「…………まぁ、チャレンジメニューなんて挑戦しなくても、今日の俺たちには賞金2,000万イェンがある。今夜は豪勢に行こうな?」
「豪華なツナ缶とか?」
賞金額の1パーセントもない豪華さを提示されて、紳士スヴェンは泣きそうだ。けなげすぎるイヴと、気遣われてしまうレベルの懐事情と。
「でもスヴェン。狙ってるのは私たちだけじゃないみたい」
ちびちびとトーストをかじりながら、イヴは喫茶店内をなめるように目を動かす。
思わず笑いながら、それに俺も応じた。
「お、流石に気づくか」
「血のにおいはしないけど、お金に飢えたにおいがする」
「ずいぶんと貧乏くさいにおいだな……」
「……トレインとスヴェンもしてる時がある」
「マジで!? 脇か? やっぱり脇の下とかなのか!?」
思わず最近気になっている箇所のにおいをかぐ俺を、半眼で何とも言えないような目で見てくるイヴ。
「……そんなに凄いの? 今日の賞金首」
「ああ。ルドガー=ウォン、殺し屋だ」
「殺し屋……」
アタッシュケースから取り出した張り紙を見て、イヴは顔をしかめた。
独特のもさもさとしてるパーマがかった髪、かつてのトレインを連想するような鋭い視線。
明らかに殺し慣れている風貌の青年から、イヴは視線を外した。
「ルドガー=ウォン。殺し屋で格闘家。異大陸の系譜をふむ武術『無双流武道』を使う。危険度はAランクの超大物だ」
「なんで彼が出るってわかるの? 殺し屋ってことは、依頼を受けて殺してるのに――――」
昔のトレインみたいに、と続くイヴに、苦笑いを浮かべる。
「国際捜査局(IBI)時代のツテだな。どうにもおとり捜査を行うらしい」
「おとり捜査?」
「マダムって覚えてるか、掃除屋同盟を組んだ頃にあった依頼の――――」
「エビフライみたいな髪型をした人?」
「ぶっ……、ま、まぁな。あのマダムの暗殺依頼が出されたらしく、それを捜査局の方でつかんだんだと。マダム本人にも警護をつけるが、万が一ということもあるということで呼ばれたって流れだ」
「だからパーティ用のドレスを準備してたんだ……、スヴェンは?」
「俺はタキシードが常在戦場だからな」
「ふぅん……。…………? あれ? それだとスヴェン以外の掃除屋に情報が回らないと思うけれど」
「シャオリー、いや、グリンか? どうにも、あっちから流れたらしい」
「…………何考えてるんだろう」
「まぁあっちもあっちで、色々あるんだろ。世界平和とかな。それで俺たちは俺たちで今日の生活のために、色々あると」
「…………どれくらい強いの? この人」
「まぁそうだな。普通に考えて掃除屋同盟より頭一つ抜けてるだろうな」
「私たちよりも?」
「とはいえ俺たちは二人。今までの経験もあるし、正面から勝負しなければ何とかなる」
「ん…………」
何か言いたげなイヴだったが、特に口を開くことはなかった。
食べ終えて支払いを終えた後(例によってウェイトレスの姉ちゃんが鬱陶しい目でニヤニヤしていたが)、俺とイヴは店を出た。
さてとりあえずアネットに付けで借りた車に乗ろうと鍵を探していると。
「――――トレイン?」
イヴが何かを見つけたように、そんな声を出す。
つられて視線を向けるも、車が行き交う道に紛れて、何をみての言葉だったのかは分からない。
「どうしたんだ? イヴ」
「……見間違いかもしれないけど、トレインが居た気がする」
「何?」
「ぱりっとした服で、女の人を連れてた」
あーそりゃ見間違いだな。トレインにそんな甲斐性はない。
というか、そもそもあの剽軽なトレインが、わざわざあつらえたような服を着る必要性がないだろう。
この判断が完全に間違っていたと知るまで、あと数時間。