例のマダムことマダム・フレシアは世界的な大富豪だ。
髪型が変なのはイヴの言った通り。リンスあたりはフライドチキンと表現する、左右に大きく縛ったものだ。
その財力にモノを言わせ、まぁおおよその大富豪がやりそうなことをやっている。中でも特に気に入りなのがペット関係で、一番のキワモノは恐竜、Tレックスと来たものだ。
地下水道に逃げ出したフローラちゃん(メス、Tレックス)を相手に、掃除屋同盟の連中とでどうのこうのと右往左往いたのも今じゃ懐かしい。いまだに掃除屋同盟という繋がりは残っているので、おそらくこの話をすれば皆、辟易した顔を浮かべることだろう。金回りの面倒さも含めて。
それはともかく、今回のマダムのパーティも例によってその通りに、ペットを見せびらかすというのが主目的であるらしい。
老若男女問わず、金持ちの子弟やら何やら大勢といったところだ。
むろん、その中には場違いな客、俺たちのような掃除屋も多くいる。
もっともそんな場所に入る俺は普段通りのタキシード。問題ないフォーマルな装いだろう。
帽子は流石にとるが、お手製のアタッシュ・ウェポン・ケースからは手を離さない。
そしてイヴはといえば。
「…………スヴェン、動きづらい」
「我慢してくれ。いざとなったらトランスして、裾をズボンにしてもいいから」
慣れないロングスカートのドレスに四苦八苦していた。
イヴのドレスは黒ベースに青フリル。ティアーユ博士の普段着に色合いが寄っているのは意図したものではないだろうが、そういったところでは二人のつながりを思い起こさせる。
もっともこの話をすると、イヴは不機嫌そうに「私、料理してもヘドロにならない」と返してくる。博士はその天才的な頭脳のもとに調理をするとなぜか何をしても半固形状の黒いヘドロとしか形容できないものが完成するのだが、地味にそのことを気にしているらしいイヴだった。
しかしこう、流石に出会ってから2年以上もたつと……。イヴもそれなりに、大人の女性らしく成長しはじめている。
完成形であるルナティーク博士があれほど美人なのだから、というのもあるが。なんとなく悪い虫が寄ってきそうだと、俺はイヴを見てくる子供たちに鋭い視線を投げた。
「……スヴェン、どうしたの? ローストビーフが美味しくないの?」
「いや、そんなことはないさ」
と、指摘されて思わずハンカチを取り出して俺は口元をぬぐった。
本日の昼食がてら、会場に出ているものは食べても良いことにしてもらっている。とはいえそこは紳士、大量にがっつくのも大人げないだろう。
だからせいぜい、ローストビーフ何皿か山盛りくらいが関の山、関の山。
うぉ……、美味いなこれ! 何個でも食べられるぞ!
「…………」
イヴが半眼で何とも言い難い目を俺に向けてくるが、何も言わずに手前にあったババロアの入ったカップを手に取った。
いや、呆れたような目を向けてもな。俺だけじゃないだろ? 掃除屋連中もたいがい似たり寄ったりといった具合だ。
普通にドレスとか着用してる客でも……、あそこの何か、東洋的なドレスを着てるレディとかも。……一緒になってる黒いタキシード姿の兄ちゃんの背中も前かがみだし、二人してがつがつ食べてるな、あれは。
と、そうこうしているうちに会場が暗くなり、壇に立つマダムに照明が当てられた。
『皆様、本日はおいで頂き感謝するザマス。このマダム・フレジアの大博覧パーティーにようこそザマス!
本日はフローラちゃんを初め、新たに生まれた四匹の――――』
「相変わらずだなあのマダムも……」
「…………」
閉口するイヴは、おそらく自分の出自にも重ねているのだろうと思う。望まれていたかもしれないが、作られた命、という点において、イヴとあの恐竜たちは一緒なのだから。
……いや、そうでもないか? 半眼で何とも言い難い目を向けている様からすると。
『――――また本日は大変貴重なこの光景を、テレビ中継で放映するザマス。会場に差し込む青空に輝くフローラちゃんたちの――――』
「……スヴェン、警備」
「ああ、厳重だな」
会場内に黒服の警備たちが多い。むろんマダムの付近にも、彼女の背後を覆うように勢ぞろいといったところだ。入室する際にも手荷物検査もあり、会場のガラスも防弾性。一見して死角はないように見える。また周辺には捜査官が張り込んでおり、ちょっとやそっとじゃ会場へと無理に侵入はできない。
ただ……。
「私たちの出番、なさそう」
「だな。でも、こういう厳重な警備であっても、抜かれるときはある」
「?」
「俺は一度、それをやられてるからなぁ。…………ん?」
既視感を覚えた俺は、ふと眼帯をずらして右目を露出させる。
今は亡き友から譲り受けた「未来の光景を映す」目。
それで見たマダムやら恐竜やらの姿は――――。
――――暴れる姿はまるでドラゴン。――――
――――数体、翼の生えたドラゴンが会場をめちゃくちゃにし――――
――――その前には、マダムの首があらぬ方向に曲がりこと切れ――――
――――去り際の、殺し屋の男の背中が――――
「――――っ」
「スヴェン?」
眼帯を直すと、残りのローストビーフをかっ込んでイヴに向き直る。
「何か視えたの?」
「嗚呼。考え得る限り最悪レベルの未来がな……。というよりも、何なんだドラゴンって」
「?」
かいつまんで視えた光景についてイヴと共有する。
イヴは目をつむり、思案してから答えた。
「ドラゴンは、マダムのペットにいない」
「嗚呼、そうだな」
というか火とか吐いてたからな、視えたドラゴンは。絶対、普通の生物じゃない。
「だったら考えられるのは、タオシーかナノテク」
「ナノテクだったらイヴのトランスだし、タオシーだと……、紫色の、布巻いてたのがいたな。星の使徒に」
ただ前者はともかく、後者についてはあり得ないといって良い。少なくとも、事件後に集めた資料からして、目的が目的であればもっと大々的に動いているだろう。
そもそもタオとは、特殊な薬品を使うことでタオと呼ばれる超能力のことを言う。
能力の発現についてはかなりのリスクが伴うが、その能力自体はどういったものになるか。完全に個々人に左右される。
「ナノテクっていうと、少なくともルナティーク博士の研究室から何か新たに盗まれたとかそういう連絡は来てないしな」
「ティアはズボラだけど、そういうところはちゃんとしてる。でも、ティアも知らないナノテクの研究結果はたぶん残ってる」
「…………星の使徒か」
「そう。例えば前に、トレインに打ち込まれた弾丸――――」
ルシフェル、とつぶやくイヴ。ルナティーク博士が調べたらしいそれは、体内に投与することでその生物を別の生物へトランスさせることができるものだ。
開発は、星の使徒。
何かしら実験目的に作られただろうそれを、トレインは一度受けている。
「トレインは子供になったけど、何になるかはランダム。人間なら『強い意志で』元の姿に戻ることもできるかもしれないけど、動物だったらさらに難しい」
「ってことは大きさから考えると……」
「うん。質量までは、あんまりごまかせない」
イメージに出た映像からして、恐竜に打ち込まれるだろうという予想が成り立つ。
「つまり警備の中の誰かが、ルガート=ウォンの変装? 5分の範囲だと、外からの侵入は困難だと思う」
「…………いや、そうとも言い切れないな。会場入りするとき、俺たちも顔を引っ張られたりとか色々やったろ? 武器の持ち込み許可を受けるときに」
首肯するイヴに、俺は続ける。
「俺たちだけやって、警備がやらないわけはないだろう。それこそシャオリーみたいな変装が出来るならいざ知らずだ。ということは……」
会場の上部を見るも、特に違和感はない。以前トレインに「やられた」時のように、窓が開いているというようなこともなかった。
だとするならどこから来る? 横方向の侵入は無理、縦方向の侵入は? いや、そもそもマダムがこういった催しのためだけに建てた建物だ、屋根裏などそういったスペースを作るようなことはやってない。ならばどこから? 観客に紛れ込むにも監視カメラも動いている。聞いたところによると人の交換ルーチンもかなり綿密に建てられており、表の警察からも異常があった類の連絡も来ていない。さすがに全員を殺すようなことはできるはずがないだろう。とすると――――。
「あ、スヴェン、」
俺の袖を引くイヴ。あれ、と指さすのは天井の端。
一体何だとよく見れば、何かワイヤーのようなものが張っており――――。
『ではこれより、フローラちゃんたち姉妹のテレビ中継に入るザマス』
マダムの言葉がかかるよりも前に、ぎぎぎ、と天井が「展開」していった。
その上には撮影用ヘリコプターの姿が見え――――。
「――――っ、それか! おい! 天井を開けるのを止めさせろ!」
念のためなのか、マダムがカプセル状のシェルターに入る。それを周囲で固めている警備に、走りながら俺は叫んだ。
当然何事だ、という顔をされて止めにかかられるが、それどころではない。
――――予想通り、あるいは予想を超えてと言うべきか。
撮影ヘリから男が一人、落ちる。
撮影クルー風の恰好をした、独特な髪のパーマがかったその男は、会場からあがる悲鳴などまるでなかったように空中で「回転」し、勢いを殺して会場を転がり――――。
ウォンか? まさか! なんであんな処から? 馬鹿なのか? 死ぬのか? いや違う出来るんだそのくらいの事は。様々な掃除屋のざわめきが聞こえる。
それを無視して、標的たるターゲット、ルガート=ウォンは立ち上がり、独特な前傾姿勢で走り出した。
「誰か止めろ! 嗚呼、たく、俺じゃなくてあっちだっての――――」
「スヴェン、行ってくる」
警備に取り押さえられそうになっている俺に、イヴが一言。
瞬間、ドレスのスカートはジーンズのように変化し、両足はローラーシューズのような形に変化。
そのまま人込みの隙間を起用に縫うように、滑るように走っていく。
――――「トランス」は、生態兵器として開発されたイヴの体内に走るナノマシンを使い、姿かたちを変化させることを言う。
もっとも最近では応用が利くようになったのだろう、もはや変身と呼べないようなことまでさらっと行っている。本人いわく「応用で少しだけ質量をごまかせる」とのことだが、何がなにやらという話だ。
このあたり、生みの親たるティアーユ=ルナティーク博士との和解が大きく作用しているだろう。
いや、それはともかく。
おおよその予想通り、ルガート=ウォンは走りながら警備をばったばったとなぎ倒している。背負い首を落とす、膝で鳩尾を蹴ったと思ったら首の裏に手刀を入れて落とすといった具合に。流れるようなさばきは、伊達に暗殺拳法家と呼ばれていない。
「この……、捕獲ネットはこの距離からじゃ届かないし、マシンガンを使うには人が多すぎる――――」
「ひゅぅ!」「いただくぜ2,000万イェン!」「今日が貴様の命日である!」
周囲に居た掃除屋連中も襲い掛かるが……、いや待て、全く苦戦する様子がないぞこれは。
「おいイヴ! ダメだ、逃げろ――――」
「――――っ」
一撃一撃で人をなぎ倒す男は……、おそらくは殺しているだろう男は。しかし目の前に現れたイヴにも全く対応を変える様子はなかった。
意図せずだろう相手の動きを観察していたイヴは、一瞬全身を金属のように硬化させた。
物理降雨劇、殴る蹴るに対してであるならば十分な動きだ。
だが本当は、そんな戦いに見向きしている暇なんてなかったのだ。それすら本当の意味では些事でしかなかった――――。
テレビの中継ヘリから、見覚えのある眼鏡に白衣の男が構えたライフルから撃った一発の弾丸が、恐竜の一体に命中したのだ。
次回は4/25を予定しております。