春の嵐 ~鬼滅異伝~   作:たんぺい

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一話『嵐の呼吸』

青年は…名を、阿倍野迅弥(あべの・じんや)と言う。

22歳の若い男だ、いわゆる雇われ農家の次男坊として生まれた。

 

貧しい生まれで学はない、読み書きや簡単な四則演算は兎も角もそれ以上は怪しい…

若い頃は、まあ口減らしは無かろうとしても農家の都合の良い労働力として一生をそこでこきつかわれるか、或いは工場か何かで似たような丁稚としてうだつの上がらない労働力として一生が終わるか。

まあ、場所は兎も角もどう転んでも彼の人生など似たようなものだ、幼い頃にはそう達観していた。

 

 

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たまたま、遠くの場所で祭りの準備だと駆り出され彼だけが家から離れていた間に…鬼が、顕れた。

当時は阿倍野がまだ12歳に満たないような頃だったのか、そのぐらいの話だ。

 

後に聞いた所によれば強い鬼だったらしい。

下弦の陸…上から数えて当時は12番目に強い鬼のなにがしが、その血鬼術を操り街を破壊し尽くしていた。

当然、阿倍野の生家も巻き添えとなり鬼の犠牲者になっていったのだろう。

今でも阿倍野は思い出せる、生家のボロ長屋に住む人間が皆殺しになって血肉片に成り果てた惨事を。

鳴柱、桑島慈五郎が居なかったならば、或いは阿倍野自身もその一人になっていったのだろう。

 

しかして、阿倍野の中ではそれ自体に何の感慨も湧いて来なかった。

 

『家族ならば愛されてしかるべき』なんて都会では言うらしいが、ここでは嘘っぱちだ。

親や親戚の様な家族が愛していたのは兄だけだ、次男坊の自分は『体のいい労働力』か『都会に放り込んで、仕送り目当ての金を生む機械』の様な扱いでしかない。

馬車馬の様に働く、なんて言葉があるがまだ馬車馬の方が文字通り労働力として大事にされていた。

 

或いは、阿倍野の家だけがこうならば不幸と言う話かも知れないだろうが、この村全体だいたいこうだ。

長男以外の男は労働力の奴隷、女は男を産むための腹…それ以上の価値を見いだされて居なかった。

まあ、明治と言う…下手したら江戸時代の風習すらまだ田舎ならば色濃く残る、それも長男至上主義の様なえげつない時代の仇華だ。

上手くやって都会に逃れたヤツ以外は、長男に生まれなかっただけで絶望と諦観に支配されなければならない村…そんなもの、何時か滅んでしまえ、子供の頃の阿倍野はそう心の何処かで願って居た。

 

 

「気持ちはわからないではないが…歯ァ食い縛れ!」

 

そんな事を、たまたま鉢合わせて出会った桑島に吐露したらしこたま殴られた事も阿倍野は覚えている。

桑島は言う、悪い風習も家族につらい目に合わされた事情も理解する…が、死ねば仏と言う様に、死んだ人間まで辛くあたるのは許さない、と。

 

それに阿倍野は納得は出来なかった。

 

確かに死ねば仏とはそれはそうなのかもしれない。

だからといって、別に感慨は特に沸いてこない…死ねば、土塊に返るだけだ。

人の生き死にに阿倍野は当時それ以上の価値を見出だしていなかった。

ましてや、自分に辛くあたって奴隷のように働かせていた者へ、自分が何をどうと感情を見せるべきなのか。

 

 

そう訴えた阿倍野に対し…桑島は真摯に考え込む。

()()()()()()()()()()、彼は愛を知らぬゆえにここまで渇いてしまったのだ、と。

 

で、有るならば彼に伝えるべきは愛を教えてやれる人間に会わせてやるべきではないか?

桑島はそう考える。

 

仮に、このまま市政に放り出したとしよう。

そうなれば、彼は…なにがしの工場で、やはり奴隷や召し使いの様に薄給すら渡されず使い潰されるだけだろう。

隣街や近所の村だとしても同じ事だ、結局のところ生家と全く同じような末路を辿るだけ。

そう無責任に投げ出して『救った』と他人に誇れるのか。

結局のところ桑島自身の矜持のようなものだ、柱としてのだ。

産屋敷の親方達に、盟友の炎柱の煉獄の一族に、そして他の隊士達に…それで顔向けは出来ない。

 

それに、()()()()()()()()()()

いわゆる『呼吸』、息吹を燃やし身体を熱く強くして鬼を滅ぼす為の体術の適正のようなモノは人並み以上にあるだろう。

桑島はいずれ近いうちに鳴柱を退き育手として一線を引く心積もりだ、それならばこそわかる、彼には雷の呼吸に特に相性がいい才覚が眠っていると。

 

仮にモノにならなかったり事故で修業が続かなくなってきたと言うならば…まあ、別にそれはそれで問題は無かろう。

阿倍野に愛を教えてやれる事が本道だ、あくまでも桑島にとっては呼吸の習熟は二の次になる。

 

 

…と、そこまで考え込む中で、しかし桑島自身を育て上げた育手はもういなかったと思い悩むなか、ふと『嵐の呼吸』と言うものを使う元隊士を思い出す。

桑島の同期の雷の呼吸使いだったが…鬼狩りとして戦うなかで足を失い、雷の呼吸の要訣かつ真髄の『霹靂一閃』が使えなくなって以降、義足でなお派生した呼吸『嵐の呼吸』で戦った剣士、名を三ツ矢迅九郎。

 

その三ツ矢に預けるのは得策ではないか。

桑島はそう思い至ると、阿倍野にやや理不尽に手を出してしまった事を詫び、そして三ツ矢への弟子入りを勧めるのだ。

 

そして…物語は、何もなくなってしまった阿倍野が三ツ矢へ嵐の呼吸を学びに行く所へと、進む…

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