俺はいま、夢を見ている。
『あんっ♡ 後輩君ってば……がっつきすぎ♡』
いや、夢というよりは記憶の再起だ。
これは俺が忘却したと思い込んでいた記憶なのだ。
『そう、そこ……ボクのことをオナホだと思って……あっ、え? ちょっとま──』
目の前の光景から目を逸らしたくて、でも不思議と身動きを取れない俺は、ただ瞼を閉じることでしか抵抗できない。
眼前で繰り広げられているであろうソレが俺の記憶という事は、間違いなくこの俺自身が犯してしまった過去の過ちであり、否定しようのない事実でしかなくて。
この体を動かしている自分自身に『止まれ』『やめろ』と命令したところで、変えようのない事実をただ淡々と再現する夢の中の俺は行為をやめてはくれなかった。
目を開けることは出来ない。
いまここで瞼を開けてしまったら、間違いなく思考がR18に染まってしまう。
俺は彼女を──式上先輩をそんな目で見るつもりなんてないんだ。
『まっ、まっへぇっ、やめ、ぼくっ死んじゃう──』
──覚めろ。
起きろ俺。
早く目覚めろ。
R18になってしまう前に、はやく──!
★
「──ハッ!?」
飛び跳ねるように覚醒する。
気がついたとき、俺は自室のベッドの上だった。
「はっ、ハッ、はっ」
心臓がまるで車のエンジンのように激しく鼓動している。
軋むように肺が痛み、新鮮な空気を欲して呼吸が乱れている。
「はぁっ、うっ……ふぅ、はぁ……っ」
胸元を強く掴みながら呼吸を繰り返していれば、次第に心は落ち着きを取り戻してくれた。
先ほどの光景は間違いなく過去に起きた現実ではあったが、今現在の俺がソレをしていない事実に安堵する。
最悪の目覚めだ。
こんなにも気分が悪い朝は今まで経験したことがない。
……それもこれも、昨晩決めた『えっちな夢を克服しよう大作戦』のせいだが。
「あっ、起きたのね。おはよ」
「……ムチ子、か」
俺の下半身を覆っている掛け布団の中からもぞもぞと顔を出したのは、すっかり普通の人間の姿が板についたムチ子だった。
窓から差す朝日が彼女の深紅の髪を照らし、反射した光が俺の目を攻撃してくる。
「ぬわああぁぁぁ……」
「あっ、ごめん」
サキュバスという種族だからなのか、ムチ子の髪はキューティクルがやばい。
光を完全に反射する程の艶やかな赤髪はもはや鏡にも等しいのだ。お手入れ大変そう。
「……で、主陣コウ。アタシの夢には勝てた?」
朝日で目潰しされて狼狽えていると、ムチ子が朝勃ちした俺のズボンの一部を揉みながら質問してきた。やめろバカ。
「……目ぇ逸らしちまった。とてもじゃないけど、あの光景を直視するのは厳しいよ。
あと股間を揉むのやめて」
「まだ悪夢に対しての耐性が付いてないみたいね。もっと特訓しないと駄目よ、主陣コウ。
あとサキュバスの前で勃起するアンタが悪い」
あの記憶はムチ子の力で無理やり見せられた記憶なのだが、残念なことに予想通り俺は悪夢とは対峙できずに逃げてしまった。情けない事この上ない。
あと、朝勃ちは興奮とか関係なくただの健康の証だぞ。それに俺の意思じゃねぇ。
「……はむっ」
「っ!? やめろアホっ!?」
「いだっ! だ、だってめちゃくちゃ勃起してるのよ!? サキュバスならこんな美味しそうなのズボン越しだろうと食べたくなるというか……!」
「自重しろ元ムチムチ女っ!!」
──と、まぁそんな朝の一幕があって。
本日も特訓漬けの一日が始まったのであった。
まず朝は体力づくりの為のランニングをして。
次は式上先輩お手製の逃走用ガジェットの使用練習や、それを使った作戦行動の訓練。
それが終わったら昼食を済ませて小休憩を挟み、今度は催眠術の特訓を開始する。
夕方頃には特訓を終わらせて、エロイベントを警戒しつつ家の中でまったり過ごし。
夜はあの強制ハーレム性欲耐久訓練をやって──というのが、最近の一日の流れだ。
今朝俺が体験していた『えっちな夢を克服しよう大作戦』は、昨日から始めた新しい特訓である。
ムチ子の力で強制的に
結果は散々だったが収穫もあった。
あの調子で夢の中での行動をしていけば、次第に夢ワールドでの対応にも慣れてくるだろう。
「いくよ、コウ」
「ばっちこい!」
現在は近所の空き地を利用したガジェット訓練の最中だ。
インが球出しマシンやエアガンを使って俺を攻撃し、俺は先輩の作った収納型シールドを使ってそれらを防ぐというものである。
腕に取り付けたブレスレットを操作すると、収納されていた丸型のシールドが出現した。
これは飛び道具を使う敵の攻撃をいなすための装備で、逃走用という事もあってか軽くて扱いやすい。
しかし実戦で体が動くかは別の話だ。
気合を入れて訓練に取り組まなければ。
「よーい、スタート」
「どっからでもきやがブベッ!!」
先は長い。
──それから少し経って。
今はNTR全員で俺の家に集まり、昼食を作っている最中だ。
料理が上手い式上先輩とインが台所を占領しており、料理が下手で役立たずな俺と足手まといな(そもそも料理経験が皆無な)ムチ子は、ソファに座って二人並んで大人しくしている。
「……ねぇ」
やることもないので適当にテレビを流してボーっとしていると、隣に座っている赤髪の少女が声をかけてきた。
そちらを向いてみて分かったが、やはりムチ子はあまり魔力が回復していない。
今も中学生くらいの体型で、ロリっ子な式上先輩とスレンダーな高校生サイズのインのちょうど中間くらいだ。ムチムチの面影もない。
「どしたムチ子」
「料理ってやつさ、アタシも待つ必要ある? アタシはサキュバスだし、精気か精液が摂取できればそれでいいんだけど」
確かに言われてみればそうだ。えっちな夢を克服しよう大作戦のために付きっ切りで俺に夢を見せていて、そのせいで今朝の朝勃ちを目撃してしまって少しばかり興奮しているムチ子は、プカプカと宙に浮かびながら俺たちを観察しているいつもとは違い、今日はずっと俺の傍にいる。精気のいい匂いがするらしい。
なのでごく自然に食事の席に同伴したのだが、今になって冷静になったらしく、席を立とうとしている。
「ちょっと待ってくれ」
「……なに?」
「せっかくだから一緒に昼飯食べないか? 今日だけでもいいからさ」
ここ最近は眠っている俺から
だから少しでもお腹が膨れるよう、彼女にも人間の食事をしてほしいと俺は思っていた。
俺たちに協力する代わりに、定期的に俺の精気を吸う──というのが、ムチ子と結んだ契約の内容で。
少なくともこの地域に訪れた他のサキュバスたちを追い払うまでは、俺たちに協力してくれるという話になっている。
つまり俺はゲームクリアの他に、『この街に来るサキュバスたちを追い返して、ムチ子の居場所を作る』という、もう一つこの世界でやるべきことがあるのだ。
「もしかして……俺たち人間の食事だと全然栄養にならない感じなのか?」
「別にそんなことはないと思う。……ただ、アタシたちサキュバスの食事は、人間の男の精気。生まれた時からずっとそうして生きてきたから、それが普通なの。他の食事の方法なんて考えたことも無かったわ」
精気を吸うことでしか食事をしてこなかった……という割には使っていないはずの歯も退化してないし、抜きゲーみたいな世界だからなのかどんな生き方をしていても外見は人間に似たままだ。
それならむしろ好都合。食べ方さえ教えてあげれば、彼女にも人間の食事ができるはずだ。
「いらないのか?」
「いらない」
「でもお腹すいてるだろ」
「アンタが精液を提供してくれたら満腹になれるんだけどね?」
「うぐっ……」
申し訳ないがそれはできない。俺はエロゲの主人公なんかじゃないし、むやみやたらに女の子と肉体関係を持ちたくはないのだ。
聞けばサキュバスの精液摂取は肉体的接触が必要不可欠とのことなので、俺が自慰で吐精した精液を与えられない以上、彼女に精液を与えることは出来ない。
そもそも女の子の体の良さを体験してしまったら、俺は夢の中でサキュバスに負けかねない。
インには我慢すればご褒美があると言われたものの、もしそのご褒美を受け取ってしまったら、サキュバスでもそのご褒美と同じ気持ちよさを体感できると思い込んでしまう。
ゆえに俺は今のところ、全ての性欲をオナニーで発散している。
サキュバスに打ち勝つためには、女体の気持ちよさを知らない今のままの状態であることが必須であり、誇り高き童貞でいることが勝利への鍵なのだ。
……式上先輩とはヤッたが、事故なのでアレはノーカンだ。そもそも行為そのものの記憶はともかく、気持ちよさ自体は覚えていないので問題ない。
話がずれた。閑話休題。
ともかくムチ子には抜きゲー的処置ができないので、その代わりにご飯を食べてほしい、というわけなのだ。
「騙されたと思ってさ、とりあえず食べてみてくれよ。今日はカレーだぞ」
「かれぇ……?」
料理の名前すら知らないムチ子が首を傾げるが、まぁまぁと彼女を宥めながらリビングのテーブルへと案内し、半強制的に椅子へ座らせた。
俺も隣に座ると、お盆に皿を乗っけたロリっ子と無表情娘がテーブルにやって来た。
どうやらちょうど料理ができあがったらしい。
「二人ともおまたせ~。美味しいのができたよ!」
「コウはこれ。ムチ子のはこっち」
二人がテーブルにカレーを置いていき、彼女らが座った事でNTRが集合した。
よし、ではここはリーダーたる俺が先行して。
「じゃ、みんな手を合わせて」
「……?」
見様見真似でムチ子も手を合わせている。えらい。
「いただきます」
俺の合図にあわせて他の二人も同様の言葉を放ち、数秒遅れてムチ子も「い、いただきます」と言って慣れない手つきでスプーンを手に取った。
「これが、かれぇ……」
恐る恐るスプーンでカレーをすくい上げ、まじまじとそれを観察するムチ子。
「ど、どんな味がするわけ?」
「まずは口に運んでみな」
「…………あむっ」
諭すように俺が言うと、ムチ子は目を閉じて勢いよくスプーンを頬張った。
スプーンを離し、カレーをモグモグと咀嚼して──
「……うまい。……かも」
驚いたような表情をした後、少しだけ頬を緩めてそう言ってくれた。
どうやらカレーは彼女の口に合ってくれたらしい。
それに気がついたインと先輩も、顔を見合わせて少し笑った。
「それはよかった」
「ふふ、頑張って作った甲斐があったってものだね」
二人の言葉を耳にして、ムチ子は少しだけ照れ臭そうにしつつも、またカレーを食べ始めた。
俺も、他の二人も、カレーを頬張るそんなサキュバスに癒されつつ、昼食を食べ進める。
この世界に来てからは何かと騒がしかったけど、こんな平和な日もあるんだなと実感して、俺は少しだけ嬉しくなったのだった。
実は終わりが近いです