きょーそ様のそっきん    作:赤貞奈

2 / 2

 


壱話

私は人の心が読める。

  

  といっても、世に謂う“さとり妖怪”のように立派なものではありません。

  私は感情と欲求しか読むことができません。

  だから、私は人の記憶や思考までは読むことができません。

  読み取った『感情』が発生するまでの過程や、『欲求』に至るまでの原因を知ることはできないのです。

  私の脳内に入ってくるのは、ただ漠然としたモヤのようなノイズのような感情欲求のみなのです。

  

  そして、不幸なことにこの(呪い)は私自身で制御することができません。

  他人の濁った感情が、澱んだ欲求が、私の頭の中に常に響いてくるのです。

 

  私は灰色の髪と瞳を持つ女の子として、平凡な商人の家に生まれました。

  生まれた時からからこの呪いを持っていた私の精神は当然のように歪んでしまいました。

  情緒も思考も安定していない幼児期に、他人の感情欲求ばかり浴びてきたんです。当たり前ですよね。

 

  そうして、過ごしてきたことにより、私自身の感情欲求は成長せず、極限まで小さくなりました。

  また、読み取った他人の感情欲求を自身の感情欲求として感じるようになりました。

  流れ込んでくる他人の感情欲求と私自身の感情欲求がぶつかって、精神が狂わないようにするための本能の予防策でしょうか。

  

  喜怒哀楽も三大欲求も生存欲求でさえも、私自身にはありません。

  ただ周りの感情や欲求に振り回されて、他人の感情で物事を考え、他人の欲求に流されて、意味も理解することなく生きてきました。

 

  

  そんな生活を続けていたある日、私は遊郭に売られました。

  

  生まれたばかりの時は私を可愛がっていた両親は、弟が生まれるとすぐにそっちに関心を移しました。

  世は江戸時代。男尊女卑が強いこの時代に、家を継ぐことができる弟と、一人の時はぼーっとしていて、人といる時は情緒不安定な姉。

  どちらを可愛がるかは一目瞭然です。

 

  元々、貧しかった家計は相次ぐ飢饉により困窮し、両親に私を売る決断をさせるに至りました。

  呪いのバランス調整のためでしょうか。私の容姿は大変整っていて、見目が非常に良かったようです。

  私が最後に見た両親の姿は、金欲でまみれた心を私に読ませてくる姿でした。

 

 

  それからの生活は正しく地獄でした。

 

  なんていったて、私が売られた場所は遊郭です。世界一穢れた感情欲求が蠢いている場所です。

  年がら年中、私の中には汚れた他人の感情欲求が入り込んできました。地位が低かった私には一人になる時間も空間もありませんでした。朝昼はもちろん、夜寝るときでさえ、別室で客をとっていた遊女の感情欲求が流れ込んできて、碌に眠ることもできません。

 

  嫉妬に金欲、性欲に情欲。

  洪水のように溢れかえるそれらに流された私の精神は瞬く間に機能を停止しました。

  当時の私は他人の感情欲求に身体を操られる絡繰人形のようなものでした。

 

  私はそれを不快とも感じないし、死にたいとも思いませんでした。

  そんなことを感じる機能は私には備わってませんでしたからね。

 

 

  そんな地獄の日々を過ごしていた私の前に『きょーそさま』は突然現れました。

 

  あの日、私はとても忙しかったことを覚えています。

  大変上等な上客が来るから店をあげてもてなすことになったからです。

  その上客は店を貸し切りにし、全ての遊女を出せといったようです。

  私の同僚達はこのチャンスを逃してなるものかと必死に自分を美しく見せようと準備するばかりで、店の雑務を全て私に押し付けてきました。

  

  そして上客は店に現れ、大広間にて沢山の遊女達に囲まれていました。

  同僚達が、玉の輿を狙っている一方、私はは台所で皿洗いをしたり、酒を用意していました。

  大広間と台所はまあまあの距離があります。

  しかし、私の呪いはくっきりと、大広間の感情欲求を読み込みます。

  

  台所での準備を終え、追加のお酒を大広間に持っていこうとした時でした。

  いつも私の体を這い回っていた彼女達の私への優越感や不快感が、一瞬だけ恐怖に移り変わり、すぐに忽然と消え去りました。

  そして、私の精神は久方ぶりの平安を迎えることができました。

  私の身体を操っていた感情欲求()が失くなり、私は暫くの間茫然としていました。

  

  その後、なけなしの思考力と記憶力で、自分の仕事を思い出し、大広間へと歩を進めました。

 

 

  大原間につき襖を開ければ、そこには凄惨な状況が広がっていました。

  畳は血溜まりがあり、壁には血飛沫がとんでいます。

  中央には同僚達が、生気のない顔で力なく覆いかぶさっており、その身体は血に濡れており、死体の山を築いていました。

  そして、その山に手を伸ばし、口へと持っていく一人の男がいた。

 

  「ん?まだいたんだ。君もこっちおいでよ」

 

  私の存在に気付いた男は手を振りながら私に呼びかける。

 

  そんな彼に私は目を離せなかった。周囲の惨劇など目に入らない。そして、思わず私は呟いてしまった。

 

  「かみ……さま……ですか?」

 

  私が彼を神様だと思ったのは、彼からはなんの感情も流れ込んでこないからだ。今までそんなことはなかった。

  誰にだってどんなに小さくても感情は存在する。まるで、彼に感情がないようにまで思えてくる。

  でも、そんなことはありえない。だったら彼は人ならざるもの。つまり神様だ。

  

  「神様?違うよ。俺は教祖。万世極楽教の教祖様だ」

 

  「では、きょーそさま。私をあなた様の近くにおいてください」

 

  彼の近くにいると心に閉塞感を覚えない。彼からは何も聞こえてこない。

  他人の感情が一切合切私の精神に入ってこない状態。

  とても静寂で、思考が澄み渡ってくる。

  今までは、他人の感情が邪魔で機能していなかった自身のちっぽけな感情や思考能力が急激に育っているような感じがした。

  初めての感覚に私はとても興奮し、そしてその状態はとてつもなく居心地がいい。

  ずっとこのままがいい。

 

  そう願っていると、自然と言葉が紡がれていく。

 

  「どうしたの突然?なにか辛いことがあったのかな?俺が聞いてあげるよ」

 

  震える私に近寄った彼は、血塗られた手を私の肩に乗せ、優しい声音で囁く。

  その誘いに溺れるように、私は自分の『呪い』や、今までの人生を彼に話す。

 

  

  「へー。君、心が読めるんだ。すごいね。俺の心はどんな感じなの」

  

  「きょーそさまの心はとても静かで、とても居心地がいいです」

 

  「ふーん。……ところで俺の今の状況を見てどう思う」

 

  そう言って、近くに転がっていた死体の首を千切って、頭を齧る。

  

  きょーそ様がしていることは同僚だったモノを食べている……それをそのままいえばいいのかな?

 

  「人を食べてます。……それがどうかしましたか(・・・・・・・・・・・)?」

 

   私はキョトンとした顔で首を傾げ、きょーそ様に答える。

  

 

  「ははは!……面白い子だね君。よし決めた!君を鬼にしよう!」

 

  私の回答を聞いたきょーそ様はゲラゲラと大笑いしなさり、私の方へ笑顔を向けた。

 

  「君のことを喰べようと思ったが、『人の心を読む』なんて異能を持った人間が鬼になるのは見てみたいし、何より強い鬼になるだろう。そうすれば、あの方も喜ばれるに違いない」

 

  きょーそ様はそう独りごちると、突然手首を切る。

  その傷口からは血が流れる。

  

  「ほら、飲んで」

 

  私はきょーそ様の指示通り、口を開ける。

  きょーそ様の血は私の口内へ注がれ、

 

  「ああああああああああああああ!!!」

 

  突如襲った苦痛に私は意識を失った。

  

  

  

  

 

  

 

  





 ちなみにですが、主人公が人喰いに忌避感を持ってないのは、相対している童磨が人喰いに忌避感を持っておらず、その感情に流されたから。

童磨さんのことどう思う?

  • 実は童磨さんのこと好き
  • キャラクター的には好き
  • 胡蝶家に関与してなければ好き
  • 普通
  • とっととくたばれ糞野郎
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。