若者の全て   作:白夏緑自

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天使みたいにキミは立っていた

 長身イケメンという俺と真反対の対抗候補を相手に勝利し、俺は生徒会庶務になった。

 俺と塚端が同棲しているという根も葉もない噂のせいで一時はどうなるかと思ったけど。

「根も葉もない噂と言うのは間違いだろ」

 見事な金色の髪を高い位置に結んでいつもよりアグレッシブさを見せつけている白河・明日翔麗亜(アストレイア)──俺たちはレアと呼んでいる──先輩がパイプ椅子の上で胡坐をかいて言う。週に二回ほど昼食時にミーティングをするが、先輩は食べ終わるといつもきまってこのポーズになる。なんでも、好きなスペースオペラ小説の主人公からあやかっているらしい。ティーカップに注いで紅茶を飲んでいるが、普通に飲めばお嬢様なのに、胡坐のせいで山賊みたいだ。

 て言うか、俺たち、少なくとも噂になった段階では本当に何も無かったですよ?

「そうですよ日下部君!いつの間にまこちゃんとそんな仲になったんですか!」

 今度はいつものようにツインテールと眼鏡という知的なシンボルを、大きいリボンとフワフワした喋り方で全滅させている奈々先輩が問い詰めてくる。先輩の腕の中に抱きかかえられている塚端もこのときばかりは居心地が悪そうだ。

「週に何回もまこ後輩の家で夕食を共にしていては、同棲は盛っているにしても関係を持っていることを勘ぐられても文句は言えまい」

「う……」

 それは、レア先輩の言う通りかもしれない。

 男が女の家に何度も訪れるなんて、普通じゃない。

 俺が塚端の家に赴くようになったのはそれこそ普通じゃない一件があるのだが、それも言っていいのか、この先輩たちにですら悩んでいる。

 結局、それらは俺の問題ではないから。

 塚端が抱える、塚端の問題だ。成り行きとは言え、俺は首を突っ込んでいるに過ぎない。

「ちなみに、章後輩が何を心配して口を噤んでいるのかわからないが。まこ後輩が一人暮らしをしていることは既に聞いている」

「え、」

 塚端が俺から気まずそうに顔を背ける。ごめん、言っちゃった、とでも言いたげだ。

 初めて訪れたとき凄く隠したそうにしていたのは何だったんだ。これまでの俺の気遣いは?ふつふつと文句が出てきたところで我に返ってみる。いや、さっきも自分でこれは塚端の問題だって思っていたじゃないか。むしろ、喜ぼう。これは、塚端が一つ自身の抱える問題をクリアしたのだと。

「なんか表情がころころ変わって気持ち悪いんですけど……」

 うるさい、悪かったな。こっちはあの演説以来、感情のアップダウンが激しくなったんだよ。怒って腹に熱が溜まってきたと思ったら急に冷水に変わりやがる。気持ち悪い。

「でもでも、まこちゃんだけにしか見せない表情もあったりするんですか?」

「へ⁉え、っとそれは~……」

 奈々先輩の質問に塚端が明らかに動揺して、蛇に出くわしたカエルみたいな声を出す。あるの?俺、塚端と喋っている時どんな顔しているんだろ……。

「その反応はあるんですね!聞こえますよ、まこちゃんのドキドキ鳴ってる鼓動が……」

 そのまま二人が話し始める内容を聞いておきたい気持ちもあったが、俺はレア先輩と今後の話をすることになっている。

「私も君たちの親展について気になるところではあるが、この学園ではまだ〝不純〟異性交遊は禁止されているからね。いつか、君の口から堂々と聞けることを楽しみにしているよ」

「先輩まで、やめてください」

 教室や至る所でそんな風に突かれるのだ。たまったもんじゃない。はぐらかすための「まだ禁止だから」という呪文を俺自身が一番使えるようになったことは、選挙の勝利商品としてはありがたいけれど。

「そうだね。大事な話をしよう。生徒会選挙も終わり、無事に議席を獲得することができた。我々シェア部は次のステップに進む」

「職員室側に認めてもらうんですよね?」

「そうだ」

 俺はこの学園の部活動承認の流れを思い出す。

 酷く面倒くさい決まりの多い学園だ。このご時世、埃を被って形骸化してくれていてもいいと思うが、伝統を重んじるらしく今でも至る所に待ち構えている。

「とにかく、まずは職員室側に申請を提出しなくちゃいけないですよね。そのためには人数を集めなくちゃ」

 最初に待ち構えている伝統により遺されている校則は、〝原則四名以下の部活の廃部〟。現状、シェア部設立に向けて集まっている同志はレア先輩、奈々先輩、塚端、俺の四人だけ。あと一人足りない。できれば、女ばかりだから男の部員が入ってくれると嬉しい。

「最優先はそうだろうね。まずは土俵に上がらなくちゃいけない。だが、それも意外と難しい状況になってしまった」

 難しい?

「それって、この前先輩が言っていた、二百人の中から人を見つけることが難しいってやつですよね?」

 でも、たかだかあと一人だ。この学園に自分の入りたい部活がなかった人なんて、あと一人ぐらいはいるだろう。そう言う人たちを救済するのがシェア部なのだから、賛同して入ってくれそうなものだが。

「違うんだ、章後輩。もう、二百人も候補者なんていない」

「どうしてですか?」

「君たちが入学して二週間。既にほとんどの新入生は部活に入部している。私の調べている限り、私、奈々、まこ後輩。あとは生徒会庶務に就任した君と副会長を除いて全員がどこかの部員だ」

 そう言って、レア先輩が十数枚の紙の束を渡してくれる。

 生徒名簿だ。どこからこんなものを。

 見れば、名前の横にそれぞれが所属している部名が赤色の文字で書かれている。

 どこを捲っても、赤色の文字を書き足されていない名前など出てこない。まさか、全部本当に調べたのか?

 自分のクラス名簿を見てみる。

 ……間違いはない。自分が知る限りのクラスメイト達が入部したものは全部合っている。

 いつの間にか奈々先輩から抜け出してきた塚端も感嘆のため息を出している。

「凄い……。レア先輩一人で調べたんですか?」

「いや、奈々も一緒だよ。あちこち訊き回った」

 紙とペンを持ってか。隠されるようなことでもないし、別に悪だくみに使うわけでも無いから後ろめたいことは無いのかもしれないけど、それでも凄い努力だ。

「私とて、全校生徒を把握しているわけじゃない。活動を覗いて、顔を見ただけでは誰が誰だかわからないからね。適当な人を捕まえて問うのがいいが、それは私より奈々のほうが向いている」

「レアちゃんは堂々としすぎなんです!よく知らない人から部員の名前全部教えろ、なんて言われても逃げられるだけですよ!」

 なんとなく、普段のレア先輩が心配になる。選挙活動とか、相馬先輩の話からそこまで怖がられたり避けられたりしているとは思えないけれど。心を休ませられる人がどれだけいるのだろうか。

確かに色々強烈な人だ。見た目のオーラもあるが、それ以上に内から湧き出ている方のオーラが孤高の鷲を思わせる。大空へと飛び立つ姿に惹きつけられはするが、腕に乗せるのは気が引けてしまう。俺たち一般人の腕では翼を休ませることができない。それこそ、そんなことを出来ているのは奈々先輩だけなのかもしれない。

「別に逃げられているわけじゃないが……」

「そんなこと言って、部活動勧誘のチラシもややこしくたりわざと高いところから登場したりしたせいで皆怖がって逃げちゃったじゃないですか!」

「うう、それはそのほうが私らしさが出ると思って……」

 こんな風にしなびたほうれん草みたいに折れていくのも奈々先輩の言葉だけに、だ。こんなレア先輩を見ることができる奈々先輩とのやり取りを、実は俺と塚端は楽しみにしている。絶対に二人には言わないけど。

「そう言って集まってくれたのはまこちゃんと日下部君だけですからね!いえ、二人もとっても素敵な後輩ですけど、このままじゃ全員、どこかの部活に強制入部させられちゃいます!」

「強制……、入部ですか……?」

 塚端が聞きなれない単語に首を傾げる。読んで字の如く、と言う気もするが。これはどこまで効力があるものなのだろう。

「四月までに部活を決めなかった生徒は、担任の先生が決めた部活に入部させられちゃうんです!つまり、」

 奈々先輩が目じりに涙を浮かべて、コイン一枚で溢れてしまいそうコップの水みたいな感情を見せる。

「つまり、それまでにシェア部を復活させなかったら私たちはバラバラになっちゃうんです!」

 

 

 問題は山積みだった。結局、今日の昼休みミーティングはシェア部の復活がなされなかった未来に絶望した奈々先輩を、気丈さを取り戻したレア先輩が宥め、しかし元を辿ればレア先輩の勧誘方法にも問題があったんじゃないかと奈々先輩が問い詰めて、しおらしくなったレア先輩にまた奈々先輩が申し訳なさで泣きだして……、と感情のジェットコースターを眺めるだけで終わった。

最後にようやく「とにかく今は候補者探しと。候補者をその気にさせるためにも必要な、職員室を納得させる材料を集めよう」という方針が決まったぐらいだ。

 本当は放課後も今後についてレア先輩たちとミーティングを行いたがったが、今、俺たちは歩鳥先生に頼まれて記録倉庫の掃除を行っている。本来ならば生徒会の仕事だが、運悪く俺以外の生徒会メンバーは部活動か病床に伏せているらしく、仕方がないので唯一動ける俺と、そのサポートとして学級委員長である塚端が駆り出されることになった。

「でもさ、」

 と塚端は毛ばたきで資料棚に積もった埃を落としながら言葉を作る。マスク越しでも聴き取りやすい、澄んだ声だ。

「職員室に認めてもらうって、まさか学園長を納得させることだったんだね」

「ああ……」

 散々話題にしてきたシェア部復活のために達成するべき目的の一つ。〝職員室側に認めてもらう〟。これは必要な人数と必要な書類を提出して承認を貰うという意味では無かった。

「部活の発足には〝その活動内容がどれだけ有意義なものか学園長に説明しなくてはいけない〟ってなに?うちの学園長は自分のことを王様だと思ってるの?自分が気に入らないものは認めないって?う~っ、ムカつく!」

 塚端が資料室の壁に掲げられた歴代学園長の写真──歩鳥先生曰く何かあったときの予備──の一番端に鎮座する、現学園長の顔の埃を無駄に強い音で落としていく。やめろよ、落とすなよ。怒られるどころじゃ済まないからな。

 でも、塚端の憤りには俺も納得だった。

「その学園長は就任して三十年らしいよ」

「三十年⁉今何歳なのこのお爺ちゃん!」

「さあ、そこまではわかんないけど」

 入学式や朝礼のときに話す姿から老人には見えるが、決して肉体の衰えを感じさせる佇まいではなかった。

 当然、杖などつかず、壇上に上がるときもスムーズに。マイクに乗せられる声も明瞭で聞き取りやすい。中学の校長先生なんて、御高説中に入れ歯を飛ばすような人だったから、比べれば、実年齢以上に若い身体なのが伺える。

「塚端の言っていたこと正しいかもね」

「何が?」

「学園長が自分のことを王様だと思ってるんじゃないかって。たぶん、長い間学園長やりすぎて、自分が一番偉いって勘違いしてる」

 学園長だから偉いことには間違いない。しかし、それは学園の教育側での話。経営陣には理事長と言うものがいる。

 でも、人は長く権力に浸りすぎていると自分が何よりも偉いと勘違いしていく、と昔、本で読んだことがある。例えば、ある国の王様も最初は民あっての国だと善政を布いていたが、長くその地位にいると考えが逆転してしまって暴君となってしまったのだと。

「俺たちはそんな風になった人にシェア部を認めてもらわなくちゃいけないんだ……」

「廃部にしたのも学園長だって歩鳥先生言ってたしね」

「うん」

 考えてみれば、ろくに会話したことも無い人を暴君扱いするのもどうかと思うが、この人物評が遠からずとも当たっていたことを俺らは知ることになる。暴君、じゃなくとも狡猾で世を己の歩きやすい道に変えてきたような男だったと。

「あ、」

 と、我らが暴君の顔を叩き飽きた塚端が別の棚の埃を落とそうとして、何かを見つけたようだ。

「決算書類のファイル。それもけっこう昔からある。ねえ、シェア部の予算がどれくらいだったか気にならない?」

「えー……」

 まあ、確かに気にならないことでも無かった。実際、学園長と交渉するとき、予算の問題を出されるかもしれないし、生徒側の承認を得るときも、他の部活からの反対理由に予算の取り分が出るかもしれない。情報は少しでも多いほうがいい。

「見てみよう」

「よし。……えっと、お母さんが二十七の時に私を産んだから、さらにその九年前?からシェア部があって」

 親の年齢から卒業した年を割り出し、目当ての記録を広げる。

「あった。部活動予算」

 そこには今もある野球部やテニス部の予算から、今は無き落語研究会(部)やへヴィメタルバンド部(昔はあったことに驚きだ)まで様々な部活と部員数、割り振られた予算額が記されているが、

「シェア部……ないね?」

 シェア部の文字を見つけることができなかった。

「計算間違ったかな?」

 情けないことに俺たち二人は自分たちの計算に自信を持てなく、次の年度の同じ項目を見ることにした。

「あ、あった。シェア部。……多くない、けど、少なくもない……。人数が多いからか。へヴィメタル部よりかは貰ってる。楽器代とかかかりそうなのに」

「その次の年もシェア部有ったよ」

 俺は堪えきれず、そのさらに次年度の予算も見てみるが、そこにはシェア部の名前は無かった。二年分しか記録が無い?レア先輩は三年ほど活動を続けたと言っていた。だったら、三年分の記録があっていいはずだ。何かがおかしい。そんな気がする。

 記録を見つけたことに変わりはないと、二つの記録を写真で保存して──人生で一番ドキドキした──また掃除に戻る。

 こんなとき、素直に掃除に集中すればさっさと終わらせてシェア部の部室にでも顔を出せばよいのだが、俺も塚端もそんなことができる人間ではなかった。面白いものを見つければついつい見てしまう。

 次に見つけたのは歴代の卒業アルバムたちだった。分厚い青い背がずらっと並べられた棚には当然、塚端の母が卒業した年のアルバムもあった。

「お母さん、捨てちゃうんだもん」

 このサボりは母の物持ちの悪さが理由だと言い聞かせるように、一冊を手に取る。

「文月・章と同じクラスだったんだ……」

 クラス写真の撮影時には欠席していたらしく、右上に縁に囲まれた写真が貼り付けられている。そして、誰か亡くなっているのだろうか。一人分空けられたスペースに花が供えられている。

 塚端の母も同じ写真の中からすぐに見つかった。今度は計算が合っていた、というより最初から間違っていなかったようだ。

「本当にそっくりだ」

 遺影の中で見たよりもずっと若い。塚端と同じぐらいの歳だからか、見比べると親子と言うより双子の姉妹だ。違いと言えば、母親のほうが、目元が腫れぼったいぐらい。あと、能面かと言うぐらい無表情だ。何かを堪えているみたいに。笑えばきっと、これの百倍ぐらい素敵なのに。カメラに緊張するタイプ?

「強いて言うならどっちのほうが美人?」

「えっと、今の感性だから塚端……かな?」

「素直に認めろし!」二の腕を毛ばたきで叩かれた。

 塚端の家に遺されていたページだけじゃわからなかった情報が次々と判明する。

 シェア部は塚端の母と文月・章が卒業する年代に設立されたこと。

 シェア部の初期メンバーは五人であったこと。

 文月・章もシェア部のメンバーであり、部長であったこと。

 歩鳥先生が塚端の母と文月・章と同級生であったこと。

 卒業アルバムからでもこれだけの情報がわかった。

 もしかして歩鳥先生はシェア部のメンバーと仲が良かったのだろうか。だから、シェア部の顧問を暫定だけど引き受けてくれている?

「この年代から三年後に廃部になったんだよね?部長さんが自殺して……」

「たしか……」

 俺と塚端は各部活動で撮られた写真を集められたページを眺める。

 設立されたばかりだからだろう、予算が配分されていなかったシェア部のメンバーはそれでも楽しそうな表情を浮かべている。

 大きなツインテールをぶら下げた少女。

 片目を隠したポーズでカメラに対して斜めに身体を向けている少女。

 緊張した面持ちでカメラを睨む黒髪の少女。

 そして、優しく微笑んだ塚端の母に文月・章。

 三年後には部長が自殺するなんて微塵も考えられない雰囲気が写真の向こう側、二十五年もの年月を越えた今この場でも感じられる。埃に埋もれてもなお、輝きを失っていない青春がそこにある。

「この中から、誰か部長になったのかな?」

 塚端が固く強張った声を出す。まるで誰かの死を選ばなくちゃいけないみたいだった。

 そうだ。シェア部の廃部理由は部長の自殺。この中の誰かが自ら命を絶っていたとしてもおかしくはない。

 三年、いや、この年が一年だから二年後に誰かが部長となって自殺している?

「私、この二人は違うと思う……」

 塚端が指をさしたのはツインテールの少女と、片目を隠した少女だった。

「どうして?」

「なんとなく……。うん、なんとなく、少なくともあと十年は生きてると思う」

 確証の持てない勘のようなものらしく、それ以上の理由は出てこなかった。「また、はっきりしたら言うね」とのことなので、いったん置いておく。それなら、この黒髪の少女だろうか。確かに、プレッシャーを感じやすそうな表情をカメラに収められてはいるが……。

 なんだろう、これは。

 違和感が背中にのしかかる。

 ずっと、何かが違うと囁いてくる。もっとよく見ろ、と。

「お母さんこのときはメイク上手くいったのかな?」

「え?」

「ん、いやほらこれ」

 塚端が指さしたのは母親の目元だった。

「すごいパッチリしてる!いやあ、さすが私のお母さん!メイクしたら絶世の美女じゃん。ま、私はそんなの無くとも絶世だけど~……ってなんか言いなさいよ」

「ああ、うん、俺もそう思うよ」

 振り上げた平手をもう片方の手で抑えつけている塚端の声に曖昧に返事しながら、考える。確かに、美人だ。さすが塚端のお母さん。メイク一つでここまで変わるだろうか?いや、もっと考えよう。きっとメイクで変わる。これは間違いない。遺影で見た写真も凄く綺麗だった。でも、あれはこんなに若々しいメイクじゃなかった。そう、呼び方が正しいかわからないが、ナチュラルメイクというやつかもしれない。ほぼノーメイクだ。大人になってメイクの仕方を変えた?あり得る。だけど、これも違う。欲しい答えはこれじゃない。

 黒髪の少女が目に入る。塚端が自殺してしまった、この写真の時間で言えば自殺することになってしまう候補者から外さなかった少女。カメラを緊張の面持ちで見つめている。写真が苦手?だから、こんな表情?でも、必死に笑顔を作ろうとしているのか口の端は引きつっている。引きつっている?笑おうとすればそうなるよな。

「あ、ちょっと!」

 塚端からアルバムを奪い取ってページを捲る。クラスの集合写真。文月・章が欠席し、塚端の母が無表情の写真。一人分空いたスペースに供えられた花束。

 まさか。まさか、そんなことは無いだろう。色々おかしくなる。辻褄が合わなくなる。なぜ、自殺が起きてすぐに廃部しなかった?二年間見逃されながら活動を続けられたのか?

 そうじゃないとしたら。辻褄が合うとしたらシェア部が廃部なってもおかしくない。三年間で部長が二人も命を絶つ部活。もう一度、シェア部部長が自らの命を奪ったとしたら。そこはもう、死神の鎌が近い場所。断頭台へと続く階段の一段目。それなら、廃部になっても当然だ。

 けど、どっちかが真実だ。辻褄が合わない真実か。シェア部が自らの命を奪ってしまうような場所なのか。そのどちらかが真実。もしかしたらその両方かもしれない。そして、そのどちらでも、俺たちは──俺たちよりも塚端が深く傷つく。俺がやろうとしているのはそう言うことだ。知らないままでいいことを知ろうとして、塚端に傷を負わせる。

 だけど、手は止まらない。最後の扉を容易く開けて、潜り抜けて、あざ笑う天使に会いに行こうとしている。

 文月・章たちが卒業した年の決算書類。最終決算。予算と実際の支出。部費関係や備品代はほとんど同額使われている。設備費だけが少し予算を越えているが、知りたい情報はこれじゃない。

 確かめたかったのはどの項目にも当て嵌まらない〝その他諸経費〟。使われている。備考欄には報告のため使われた目的が記されている。

「香典代……っ」

 あった。予想通りだ。だけど、まだだ。まだ、この扉は一枚目。もう一枚、確かめなくてはならない。この時点で辻褄が合わなくなってしまったが、シェア部が死の匂いを纏っていることを否定しなくてはならない。

 今度はシェア部が廃部になった年の決算書類を見る。部費は割り振られている。このときはまだ存在を許されていた。ならば、〝その他諸経費〟は?使われている。だけど、その理由は実にくだらない数百円のお茶代だ。

「ねえ、どうしたの……?」 

 香典の二文字に縛られた俺を解放してくれたのは塚端だった。心配そうな表情で俺の顔を覗く。

「青い顔してるよ?何かわかったの?良くないこと?」

 俺は、正直に言うべきか迷っていた。扉の先で見た天使の姿を彼女が知れば、どうなってしまうのだろう。喜べるだろうか。傷つくだろうか。哀しむのだろうか。

 初めて彼女の口から母の話を聞かされたときの、荒縄のような憎悪を思い出す。今でもあの怒りは彼女の中で煮えたぎっているのだろうか。なかなか見せないけど、抱えたまま生きてきたのだ。無くなってしまったら、彼女は何を燃やして生きていくのだろう。

 それに、彼女は彼女の母親を信じることができるのだろうか。あの遺影の前で、もう一度手を合わせてただいまと言ってあげられるのか。俺が知ってしまったのは、塚端だけじゃない。塚端のお母さんまで傷つけること。親子の絆をギタギタに切り裂いてしまいかねない事実。

「保健室いこ?変な汗もかいてるし。絶対やばいって」

 彼女が立ち上がって俺の腕を引っ張り上げてくれるけど、立つ気にはなれなかった。脚が鉛のように重たい。けど、決心はついた。

 乗り掛かった舟じゃないか。

 俺は塚端と約束したんだ。

 文月・章なる人物を一緒に探す、と。

 そして、俺は見つけた。天使と塚端の母、そしてもしかしたら歩鳥先生も隠していたかもしれない文月・章を。彼はずっとここにいる。

「塚端、君の父親は」

「文月・章?いいよ、そんな眼鏡でキザッぽくて何でお母さんが好きになるかわかんない男のことなんて。そんなことより保健室に」

「君が父親だと思っていた人物は」

 塚端の力が弱まる。目が大きく見開く。俺も逸らさないから、一緒に受け止めよう。

「もう死んでいる。二十五年前に。この学園を卒業する直前に」

「うそ……、だって、それじゃあ」俺の手首を掴んだままの手に力が籠められる。現実感の無さで離れてしまわないように。

「そう、合わない……。塚端のお母さんが君を身籠ったときには文月・章はとっくの昔に亡くなっている。だから、きっと、君の父親は文月・章じゃない。君の父親には違う人がいる」

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