俺が塚端に尊敬するところに切り替えの速さや割り切りの良さがある。
俺が文月・章が父親ではない可能性を告げても、驚きはしたがそれ以上の感情を見せることなかった。それどころか「先輩たちにもそろそろ言わなくちゃかもね」と自身が天涯孤独である事実を話す決心がついたようであった。
「これがまこ後輩の母君か。君に譲った面倒見や気配りの良さで助けられた人も多くいただろうね」
今、俺たちはシェア部の先輩たちと一緒に塚端のお母さんの前にいる。
「今は無くなってしまいましたが、二十五年も前からシェア部と言う私たちの場所を作ってくれたんですね……」
俺たちは手を合わせてこの出会いをお母さんに感謝する。そうだ。廃部になっていたとしても、シェア部を作ったのはこの人だ。熱さを教えてくれた場所。俺にとって大事なものと巡り合わせてくれた場所を。
「それで、おかしいことがあるとはどういうことかね?」
俺と塚端は顔を見合わせて、頷く。
「ここじゃ何ですし、場所を移りましょう」
お母さんの前で過去の話をするのにも気が引けたので、リビングへと移動する。
「すみません、こんなコップしか無くて……」
普段からこの家で植字することが多い俺と塚端にはガラスのちゃんとしたコップがあるが、客人用のまでは用意していなかったので、先輩たちには紙コップで勘弁してもらう。
「構わないよ。それよりも話を聞きたい」
奈々先輩もお願いします、と頷く。
俺は、資料倉庫で見つけたいくつかの情報を話す。
まずは学園長や、生徒会と部長たちへの交渉材料になりそうな情報。
シェア部の予算のこと。活動中の平均部員数。
「うん、それは有益な情報だ」
「お金のことがわかれば、職員室側と細かく駆け引きできますし、他の部活に所属している学級委員の人たちから承認することのデメリットを和らげる説明に使えますね!」
生徒たちが部活動を承認することのリスクに予算分配が減るリスクがある。部活全体への予算はそうそう増えないが、分配先の部活が減れば、その分取り分が増える。逆もまた然り、分配先の部活が増えれば、取り分が減る。それを懸念して承認してくれないケースがあるのだと言う。
さらに部員数も大事なデータだ。大人数を抱える部活はいいが、少数でやっている部活にとっては一人減ることが相当な痛手となる。だから、こちらからどれくらいの人数がいれば、シェア部として満足かを伝えることは交渉としては重要になる。言うならば部員も、予算のように各部活で取り合う大事な数字だ。
「まあ、遠慮するのは最初だけだがね」
レア先輩はシェア部によるこの学園の征服が目的なので、最少人数である五人では満足しないだろうが。とにかく、部活を発足するためには認めてもらうほかない。
「しかし、そんなことを伝えるためにここに呼んだわけではないね?もちろん、私たちとしてはシェア部の礎を築いてくれた先人に会わせてくれたことに感謝するが」
「もちろんです。
レア先輩、シェア部が廃部になった時期と理由って覚えていますか?」
「それは私が君に教えたことだろう?
部活の発足から三年後。シェア部の部長がそのポジションと受験勉強の重圧から逃れるために命を絶った。それだけのことだよ」
「そうです。けど、先輩は具体的な年代まで知らないですよね?」
「どう言う意味?」
「これです」
俺はまずスマートフォンのカメラで撮った、資料倉庫で見つけた文月・章や塚端のお母さんが写っているシェア部の集合写真を見せる。
「写っているのは、まこ後輩の母君。それとこの唯一の男性が、」
「文月・章です。私のお母さんと付き合っていて、父親……だと思っていた人……」
先輩たちは飛び交う情報のジャンルの違いに戸惑っていた。
説明ベタの俺たちにも先輩たちは優しく訊きかえしてくれる。
「思っていたとはどういうことです?」
「そうだ、申し訳ないが私たちはまこ後輩についてほとんど何も知らない。教えて欲しい、と言えないが……」
「いえ、今日は先輩たちにも知ってもらおうと思って、お呼びしましたから」
それから塚端は語る。
塚端のお母さんが病床に伏せたとき、病に苦しみながら呟いていた名前──文月・章が父親であると予想していたこと。
その人物が、母親と同級生であることを破いて一枚だけ遺された卒業アルバムから知っていたこと。
父親がどのような人物であったのかヒントを得るためにこの学園に来たこと。
天に昇ったあと、一人遺された自宅に突然、父親だと名乗りながら、しかし関係性以外は決して父親だと名乗らなかった男がやってきたこと。
今の生活はその男に生活を保障してもらっていること。
だから、今でもどこかで暮らしているのだろうと考えていたこと。
だけど、
「だけど、違った。私が父親だと思っていた人は亡くなっていたんです。二十五年前に。シェア部があるうちに」
この事実が紡ごうとする、もう一つの事実。塚端が、塚端の母親と父親のもとでどのような形で出生したのか。どうしたって嫌な想像が働いてしまう。あのレア先輩ですら沈黙でしか応じるしかなさそうだった。
レア先輩の隣に座っていた奈々先輩が何も言わずに塚端を抱きしめる。「ありがとうございます」と身を委ねるが、涙は流したりしない。気丈なまま、説明を俺にパスする。
「文月・章は自殺でした。新聞にも出ています」
俺はネットの海底に埋もれていた昔のニュース記事を開く。
そこには二十五年前。放課後、生徒が校舎の屋上の金網フェンスを切断し、その間から飛び降りたと書かれていた。発見時、仰向けのままフェンスの下敷きになった状態で発見されている。この現象については、地面と追突し、死亡した後もしくは気絶した後に上から切り取ったフェンスが落ちてきたのではないかと推測されている。学生の飛び降り自殺というショッキングなニュースだが、なにぶん古いからか情報はこれ以上出てこなかった。自殺の理由も書かれていない。
「つまり、シェア部廃部の原因とされている部長の自殺。その部長こそが、この文月・章ということだね?」
俺は頷く。
何の因果か。塚端の抱えていた憎悪の対象とシェア部復活のための足掛かりがここに繋がった。
「はい、でもおかしいところがあるんです」
俺は元のスマホのアプリを写真フォルダに戻し、部活動予算編成の写真を開く。
「これが、シェア部が活動していた三年間の予算と同時に部活動の一覧になります。
最初の一年は、恐らく予算編成後に発足したからでしょう。部活の名前も予算もありません」
「この年にシェア部がまだなかった可能性は?」
「ありえません。この年の卒業アルバムには写真がありましたから」
その写真がさっき見た文月・章と塚端のお母さんが写っていたものだ。
「そして、これが次の年。ここから二年間はシェア部の名前もあって、予算も組みこまれています」
しかし、その次年度からは再び名前が消えている。
「三年の活動の後、廃部となった。なるほど、リンクはしている。しかし、これのどこがおかしいと言うんだね?」
「レア先輩は、かつてのシェア部の廃部の理由は部長の自殺と言いました。確かに、二十五年前、部長だったと思われる文月・章は自殺しています。でも、それからすぐ廃部になっていない。二年間も活動を続けている」
本当は、これだけが理由であったらよかったと思う。とても単純で、一本の張りつめた釣り糸を辿るみたいに問題点をすぐ見つけ出して学園長と話せたのに。だけど、実際は鞄に突っ込んだままだったイヤホンみたいに絡まっていた。
「……つまり、君が言いたいのはこうだね。シェア部廃部の理由は部長の自殺なんかじゃないと」
「はい、そうだとしても恐らく一要因でしかないです。本当はもっと別にあります」
俺の説明を聞き終え、コップのお茶で唇を濡らしたレア先輩が「でもね」と切り出す。
「本当の理由がもっと別にあるなら、学園にとっては都合がいいんだ」
いい?と先輩は続ける。
「人が死ぬって言うのはそれだけショッキングなことだ。ましてや学校と言う閉鎖空間で起きた人死には、例え自ら選んだ死だとしても管理責任や保護責任、教育的責任など問われるものが多く有る」
レア先輩は己の発言で塚端が傷を負わないのか気になるのか、何度か俺から視線を外して、彼女を伺う。
俺も釣られて見るが、彼女は奈々先輩に抱かれたまま何も言わない。ただ目だけはじっと俺たちを捉えている。続けて欲しい、とそういうことだ。
「特に教育的責任は重大な問題だ。なぜ、若き命を自ら捨てる段階まで放置していた。どんな指導をしているのだ。イジメは?体罰は?などとね。そうなってしまっては些細なことでも布を裂くように広げて、実際より大きな事実として報道され、知れわたり、学園に大きなマイナスイメージをもたらす」
近い記憶を辿れば、春休み中に起こったバス事故の報道がそうだ。運転手の勤務態度や会社の管理体制がまるで欠陥だらけの悪質なものとしてワイドショーで取り上げられていたが、その実、調べてみれば法令──現行の法令に問題があるのかもしれないことは置いておくとして──には何の違反もしていなかった。この時点で、バス会社側が責められる理由の半分は失っている。
ちなみに事故の原因は運転手の突然の心臓発作。そして、その運転手は亡くなっている。極悪人を批判する顔で語っていた司会者も、この事実が判明してからはまるでアフリカの子どもたちを憐れむかのような顔で語りだしていた。
「世の中が大事なのは事実かどうかじゃない。言葉を選ばずに言えば、面白いかどうかだ。人々は、真偽はともかく面白そうな情報に飛びつく。だから、当事者たちはできるだけ迅速に面白くない事実を見つけ出し、発表しなければならない。学び舎で起こった自殺なんてよろしくない事実は、そうじゃないほうが、学園にとっては都合がいいのだから」
だけど、世間が面白がってくれない事実は見つからず、自殺のまま世間に流布され、そして時が流れた。
屋上で自殺なんて、それこそ学校の怪談として語り継がれていられてもおかしくないが、入学してから一度もそんな話を聞いたことが無いのが不思議ではある。七不思議らしき噂話はあるが、そのどれも屋上とは関係の無い。
「ともかく、自殺は事実だし、歩鳥先生から聞いていたシェア部廃部の理由が、かつての部長が激務により自殺したことになっていることも確かだ。職員室側の承認、それを得るための〝学園長への説明〟の際に使う足掛かりは以前にも話した通り〝シェア部部長の負担を減らす仕組みづくり〟を使う」
一息。
「使う、と言っても肝心の仕組みがまだできていないがね。それも迅速に進めていこう」
「はい……」
やっぱり、そうなるのか。なんだか、水の無い水車を回していた徒労感が降りかかってきた。もしくは井戸を掘ったけど水が出てこなかったような。実体のないものを掴みかけて、実際は何も変わらなかった。こんなことで気落ちするのもどうかと思うが、体を床に投げだしたいのも本音だ。
そんな俺の心を見透かしたかのように奈々先輩がレア先輩に声をかける。
「でも、私は本当のことが気になりますよ。なんで、廃部が自殺から二年越しなのか」
奈々先輩がただの優しさで言ってくれていないことはわかる。だってその言葉は一ミリも俺に向けられていない。一言一言が羽を閉じ、鋭気を養っている鷲を目覚めさせるための鐘の音だ。
「──。ああ、私も完全に同意だ。表向きな理由が部長の自殺だったとしても不可解な点が大きすぎる。それはたったの一点だとしても、真っ白なカーペットに広がったコーヒーのシミのように悪目立ちが過ぎる」
「それじゃあ、レアちゃん」
「ありがとう、奈々。危うく私は、私の名に恥じる行動をするところだった」
レア先輩がギラついた危ない目で俺を捉える。俺たちの学園の部活に関するルールについて語っていた時と同じ目。
「章後輩、それにまこ後輩。君たちにお願いしよう。シェア部の廃部の本当の理由。それを調べてくれ」
徒労感が吹っ飛び、背筋が伸びる。なんたってこの人は、こんなにも熱くさせてくれるのだろう。選挙と同じように、戦場に放り出されて、脚がすくう前に奮い立たされる。でも、
「でも、なんでですか?シェア部の復活には関係ないんですよね?」
激務による自殺を理由に掲げられている以上、この〝激務〟を解決して学園長に示す必要がある。たとえ、どんな真実が隠れていようとも、この前提は崩れない。俺たちが暴きかけていることだって、役に立つかどうかもわからないのだ。
「そうだ、復活には関係ないのかもしれない。だがね、復活した後、私たちは胸を張って迷える学生たちを迎え入れ、シェア部と言う正義で包み込み、やがて学園を征服していかなくてはならない。そのために、私たちの歴史に一点の曇りがあってはならないんだよ。わかるかい?それは二十五年前から今までも対象内だ。ずっとずっと、私たちの正義に曇りがあってはならない」
レア先輩が立ち上がり、手を広げる。大空があればそのまま飛び立ってしまいそうなぐらい気持ちよさげに。窓も開けていないのに風が彼女にだけ吹いている。
「そのために、君たちには過去を暴いてほしい。過去に何があったのか。もし、私たちの過去に罪があるとすれば償おう。もし、学園側に罪があったら、様々な形で償ってもらおう。もし、何もなかったとしたら、私たちは手を上げて歌おうじゃないか」
星のごとき輝きを雄弁に語る。
「私の名前はアストレア。剣と天秤を持ってして正義を確かめる者だ。何も見えぬ私に、真実を暴いて見せてくれ。そのためなら出来る限り手伝おう」
正義の女神が最初に救援を申し出たのは俺ではなく塚端だった。塚端は待ってましたと言わんばかりに、俺にシェア部の集合写真を表示させる。
そこに写っているのはさっきと変わらない五人。
塚端のお母さんと文月・章。
緊張の面持ちでカメラに引きつった笑顔を見せる黒髪の少女。
それに、大きなツインテールのフワフワした雰囲気の少女に、片目を隠してポーズを決めている小柄な金髪の少女。
「この、ツインテールの人と、ポーズを決めている人。先輩達のお母さんですよね?」
「え⁉えぇ⁉」
塚端の背後で奈々先輩が声を上げる。位置的に机の上に置いたスマホがよく見えないのか塚端の方から顔だけ乗り出してのぞき込んで、大きいツインテールで塚端は隠れる。
塚端はそのツインテールをこれまた顔だけ避けて出す。
「良く気づいたね……、私も知らなかったよ、母が同じ学校の出身者だなんて。何なら、私だって母の高校時代の姿を見たことが無い。まだ確証が持てないぐらいだ」
「なんとなくです。ただの勘と言うか……。よかった、間違ってたら恥ずかしかった……」
レア先輩が首を横に振る。
「ううん、君は誇っていい。やはり君には人を見る眼がある。人の内側も、外側も両方の本質を見抜く目だ」
「先輩に褒められると嬉しくなっちゃいますね、ってきゃっ!」
後ろから奈々先輩が塚端をもう一度強く抱きしめる。
「まこちゃん凄いです!私も母の若いころを見たことがありませんし聞いたこともありません!しかもそんなに似ていないですし!」
「いや、奈々先輩は割とそっくりって言うか……」
それは俺も同感だ。塚端母娘ほどじゃないが、奈々先輩もかなり似ている。顔よりも何というかオーラが。最高学年なのに威厳が無いところとか。いや、奈々先輩のお母さんは写真の時は二年生か。なら、ますます奈々先輩に威厳が無いことになる……。
でも、レア先輩は全然似ていない。髪色は同じと言えば同じだが、それでもお母さんのほうはまだ髪の色素が薄い日本人の色だし。体格も違いすぎる。レア先輩はランウェイが似合うモデルのような姿だが、お母さんは小柄だ。顔もずっとレア先輩より幼い。本当に良く気づいたなこんなの。
「たぶん、お母さんたちなら何か知っているかなって思うんです。なので、話を聞いてもらってきても」
レア先輩は塚端の頼みを拒む。
「いや、さっきも言った通り真実を暴くのは君たちだ。アポは取るが、話は君たちで聞き給え。大丈夫、私はいつまでも待っているよ。君たちが真実を持ってきてくれるときを」