若者の全て   作:白夏緑自

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こんなぶっこわれた国で

 その日、俺は生徒会に入って、初めてまともな仕事をした。

 月一で行われる、生徒会、各部活の部長が一堂に介する活動報告会。

 報告会、と言ってもその中には各部活の問題のヒアリングもある。

 各人の発言や返答、会議の議事録の制作は書記の仕事だが、庶務である俺にも仕事はある。

 そう、俺は、板書係。

 各人が口々に発する意見を限られたスペースに記していく。

「体育館を完全冷暖房にしてくれ」みたいなくだらない意見なんて書かなくていいだろ、と放置してみても、庶務が仕事をしていないと睨まれるのでそんなこともできない。昨日のまこに睨まれてから、誰かに睨まれてばかりだ。

 生徒会長が話題を部員数の状況に移す。

 ほとんどの新入生が部活を決め、部員数が固定されてきたので把握しておきたい、とのことだった。

 各部活が人数を報告していく。

 バスケ部二〇。野球部十五。テニス部五十五。……。

 最初の順番のほうは力もあるし、メジャーな部活なので運動系、文科系問わず人数も豊富だけど、終わりに向かっていくほどその数は減少していく。

 生け花部、箏曲部、ラクロス部、競技かるた部……辺りなんて四人を下回っている。報告する声は今にも消え入りそうなものがほとんどだ。

 レア先輩に教えられた校則を思い出す。〝部員数四名以下の部活は原則廃部とする〟。

 先輩が悪法と評したこの規則。それが今、弱小部活に対して牙をむこうとしている。

 レア先輩や奈々先輩はこんな部活を助けたくて、シェア部を復活させようとしているんだよな……。自分たちの居た居場所が奪われようとしているのに、何もできないなんて。

 周囲の人数の部員が多い部長たちはどんな顔をしているのだろう。気になって、ホワイトボードから視線を外して、伺ってみる。

 これも、様々だった。御愁傷様、と目を伏せる人。消えかけの部活の部長と仲がいいのか、心配そうに見つめる人。哀れむ人。明らかにバカにしている人。鼻で笑っている奴もいた。

「あ、あの、やっぱり、私たちの部活は廃部になってしまうのでしょうか……」

 生け花部の人がメガネの奥に不安げな瞳を持って、会長に問う。

「まだわかりません。確かに原則、部員が四名以下の部活は廃部ですが。あくまで原則であり、例えば大会での成績などを考慮して存続してもらうこともあり得ます」

 まるで事務作業を捌くみたいな口ぶりだった。

「そうですか……」

 会長の返答で、生け花部部長はさらに俯く。

 自分たちの部活にそんな考慮してもらえるものが無いのだろう。悔し気な雰囲気が出ている。他の部長も、生け花部部長と似たような表情を浮かべている。どこの部活も似たような状況なのも当たり前だ。人数集めすらままならない部活が、良い成績を治めることも難しいはず。運動系の部活だったら練習するだけでも一苦労することが考えられる。

 議題はこのまま終わっていくかと思えば、そうともならなかった。

「人数少ない部活のこともいいけどさ。俺たちみたいな人数多い部活のことも考えてよ」

 発言したのはサッカー部部長。嫌味な言い方をするからどんな奴かと思えば、生徒会選挙の時、俺の演説中にまことの関係について質問してきたやつだった。相変わらず腹立つ顔をしているし、思い出して余計腹が立ってきた。こいつの発言は全部無視して、ホワイトボードに書くのやめてやろうかな。

 会長の閉口を詳しい説明の催促だと思ったのか、サッカー部部長──大前賢治──

はさらに舌を回す。

「いっぱい入ってくれるのはいいんだけど、ちょっとしんどいと思ったらすぐユーレイになるやつもいるし。士気に関わるんだけど」

「あー、それウチも」「私の部活も」「モテそうとか、楽そうとか思われて入られても困るんだよねえ」「とりあえずルール知ってるし入っとけみたいな」「監査もあるのに」

 一人を皮切りに、規模が中堅以上の部長たちも声を上げる。部員が少数のことで悩んでいる部活にしてみれば、贅沢な悩みなのだろう。しかし、彼らには彼らの、例えば幽霊部員が多すぎると部長として顧問に小言を言われるなど、大変らしい。

 結局、この日はやる気のない部員についての愚痴大会になりかけたところで、会長が終了を提案して、そのままお開きとなった。

「幽霊部員については、各部活で話し合ってください。それでは」

 最後まで、冷徹なロボットみたいな言い回しだった。

「生徒会は独自で予算組み込まれるからいいよな。しかも、ことあるごとに経費申請できるんだろ?実質無限じゃん」

 帰り際、わざとらしく聞こえてきたこの会話が本当なのか、恥ずかしながら知らなかったので会長に訊いてみると「だからと言って自由に使えるわけじゃありません。せいぜい任期の間はおやつに困らない程度です」とのことだった。職権乱用もいいところである。

 

 この話──現生徒会長の職権乱用ではない──を後日、シェア部部室でみんなの前でしたら、どうやら奈々先輩とレア先輩は既に見解を持っていたようで、

「日下部君、そのためにシェア部があるんですよ」

 そのため?と俺とまこが疑問を浮かべていると、奈々先輩は少し微笑んで、

「シェア部に特定の活動は無いというお話はしましたよね?」

「ええ、最初のほうに」

 初めてこのコンクリート剥き出しの部室にやってきたときに。あれからまだ二週間しか経っていないのに。俺の周り、あるいは俺自身の変化が多すぎる。だいぶ昔のようだ。

「各人がやりたいことをやる部活がシェア部、ですよね?」

「その通りです。元からこの学園にやりたい部活は無いけど、個人的にやりたいことはある……と言う人はシェア部に入部して、それを頑張る。ある意味で受け皿的な部活でもあったみたいです」

 実際、ここにいる奈々先輩は詩歌部──ポエムを書く部活──が無く、さらに同志を集めることが出来ないのでシェア部の復活を目指している。こう言うと、なんだか奈々先輩に友人がいないみたいだが、校内ですれ違う時、いつも友人たちと一緒だから杞憂な心配だと思う。例え、友人が多くいたとしてもポエムを書くことに、部活と言う組織単位で付き合ってくれる人はなかなかいないのだろう。部活に所属することは、考えている以上に労力を使うのだ。

 それなら一人で、家で勝手にやる、というわけにいかないのがこの学園の校則だから質が悪い。

「まあ、私個人的な意見としては、仲間たちと部活で汗を流すっていうのも悪くないと思いますけどね」

 遠慮がちに発言したのはシェア部内に青春部なるものを作ろうとしている塚端──もとい、まこだ。

 彼女は購買で買ったビスケットをつまみながら、

「私、中学の時は運動部だったのでそう言う楽しみがあるっていうのは分かるんですよねー……。もちろん、大変なこととか辛いこととか、人間関係とか面倒くさいことも多いですけど。そう言うの乗り切ったら何だかんだいい思い出になるって言うか、青春って言うか」

「まこちゃんの言っていることわかりますよ!辛い状況を仲間たちと協力して乗り越える!これもとっても素敵なことです!私たちだって、今こうしてシェア部復活のために頑張っていますしね!」

 まこが奈々先輩の言葉に感銘を受けたのか「奈々先輩!」と抱き着いていった。今の説明に感動するところあるか?お前の言ったことをほぼ繰り返しただけだぞ。それでいいなら、それでいいけど。嬉しいことは多いほうが良いもんな。

 さて、奈々先輩とまこがお互いにビスケットを食べさせるなどいちゃつき始めたら、いつものパターンが始まる。

 レア先輩が苦笑して俺のほうを見て、思わず同じ表情をしてしまう。

 俺たちも、言ってしまえば同じ志のもとに集まった同志なのだ。口にしたら背中が痒くなるからしないけれど、心の中では認めている事実でもある。そう言えば、レア先輩も同じかもしれない。

「こうなり始めたら、私と章後輩だけの会話が始まるね」

「今日もよろしくお願いします」

 レア先輩はさらに苦笑を濃くする。

「まったく、お互い浮気性のパートナーを持つと苦労するね」 

 俺は先輩に倣って、まこと奈々先輩の方を見る。「あぁ、私、素敵な後輩がいっぱい入ってきてシェア部がドンドン素敵になることを想像したらドキドキしてきちゃいました!心臓の音、聞こえます?」「いや、その、ちょっと色々邪魔して遠くて聞こえないですね……」

「ならもっと近くに……」「うぉっ、わっ、デカ……ちょっとした敗北感……聞こえないし……」「章後輩にだけ教えると、こう、真ん中をぱっと、モーゼの十戒のように分けて耳を直接押し当てると聞こえるよ。後頭部と前面に暖かいものが押し寄せてくるのもいい。圧迫感が凄い」言わなくていいよ、そんなこと。少し意識してしまいそうだし。

「それよりも、」

 レア先輩はなんだか嬉しそうに俺を見て、

「まこ後輩のことをパートナーと認めたね?」

「え、あ、いや、それは」

 何となく失言してしまったような気がして、言い訳──考えてみれば付き合っているわけでも無いのだから、する必要もないのだけど──を必死に組み立てる。

「あの、レア先輩と奈々先輩の関係と同じですっ、何もないですから」

「私と奈々は恋人だよ?」

 ああ、そうだった。明確な言葉で聞いたのは初めてだけど、時々見せる会話の姿とか状況とかで予想はしていたけども……。

「て、俺たちは違いますからね!」

 これはもう、本当なことなので否定するしかない。まことはまだ、仲の良い友人の関係だ。

 まだ、と自分でも思ってしまうことに熱を感じるが、期待の表れでもあるのだろうと、落ち着かせる。

「わかっているよ。まだ、ね。いつか君がマニフェストを達成したその時が楽しみだ」

 からかうレア先輩に抗議しようとする俺を「恋愛禁止の学園で恋人がいることを教えたんだ。それで許してくれたまえ」と宥められてしまった。上手く言いくるめられただけな気もするけど。

「さて、さっきの話の続きだが」

「部活に入ることは悪くない、でしたっけ?」

 まこはもっと個人的な思いを言っていたけど、話の流れでは確かこのようだったと思う。

「そう。学生が部活に入ることについてだが。章後輩は、私が部活と言う制度についてどのように考えていると思う?」

 なんだか、試すような口ぶりだ。それこそ、初めて出会ったときの値踏みされるような目で見られたりはしていないが、それでも気が引き締まる。

「たぶん、レア先輩も部活についてはそこまで否定的じゃないですよね」

「そのこころは?」

「だって、否定的なら全校生徒が部活に入部しなければならない、なんて校則を無くすように行動しそうですから」レア先輩なら、それぐらいやりかねない。征服を謳うぐらいだ。ルールの改定なんてその一歩だろう。

 かつて、レア先輩は二つ、この学園の部活に関する校則を俺たちに教えてくれた。

 

・所属する生徒は部活動又は生徒会執行部及びそれに付随する組織に所属しなければならない

 

・部員数四名以下の部活は原則廃部とする

 

 この二つだ。

 そして、このうち、はっきりと悪法だと評したのは後者だけ。生徒全員が部活動に入らなければならない校則については肯定していなければ、否定もしていなかった。

「正解だ。私をわかってくれて嬉しいよ」

 魅惑的。そんな言葉が似合う表情と声で詰め寄られて、思わずたじろいでしまう。

「章後輩の言う通り、私は部活動に所属することについて否定はしない。他者との関わり方は生きていくうえで必要なことだからね」

 この人はいったい何年分の人生を歩んできたのだろう。俺より一つ上だと思えない、妙な説得力がある。

「だから、部活動所属を半強制的に求められるこの学園のルールについても、百歩譲ることができる。逃げ道が皆無というわけじゃないしね」

 そうだ。ルールから逃れようと思えばできる。生徒会に所属すれば、俺や、去年までのレア先輩や奈々先輩のように入部しなくてもいい。

 もちろん、生徒会に当選できなかったり、任期が終わるなどして生徒会所属の身でなくなれば入部を求められるのだが。

「だけど、悪法が存在する」

「〝部員数四名以下の部活は原則廃部とする〟ですよね?」

「君はこの校則について、どう考える?」

 まこと奈々先輩が絡み始めたときはいつものパターンが始まると思ったけれど、今日はなんだか違う流れを感じた。

 俺への質問が多いな。

 いつもはレア先輩が語り、俺が疑問を浮かべて、先輩が答えてくれるけど。

 今日は、最初から俺への質問が多い。

 もちろん、レア先輩は自身の中に確固たる答えを持っている。それでも俺に訊いてくれるのは、認められているってことなのか──。自信とカリスマに満ちた先輩に認められていると考えると、浮かれてしまいそうになる。悟られないようにしないと……。

「そうですね──」

 心を落ち着かせて、脳に血を巡らす。

 悪法、とレア先輩は評した。俺も同じ考えだ。

 先日の定例会議を思い出す。

 生け花部やラクロス部、およそメジャーとは言えない活動を行っている部活は、当然のようにどこも人数不足で。廃部になることが決定事項のように話が進み、雰囲気がその色に染められていった。その中で俯く部長たちの顔は見ることができなかったけど、たぶん、きっと、悔しかったはずだ。

 自分たちが時間と努力を捧げてきた場所がルール一つで奪われようとしていて、何もできずにいる。もしかしたら過去、校則を変えようとしてきた人たちはいるかもしれないけど、現状は現実が物語っている。

 たかが一つの校則で哀しむ人がいるのだ。

 部員が四人以下の部活が存在したって犯罪じゃない。全国探せばいくらでもある。なのに、この学園では許されない。

 理不尽だ。

 この理不尽が牙を向いた部活に所属していた部員たちは、居場所を失い、望まない場所への移動を強いられる。

 他の部活へ。

 そこで、流れ着いた人たちはどうなっていくのだろうか。

 いや、もうわかっているじゃないか。

 はっきりと見聞きしたわけじゃない。

 だけど、推測はできる。

 あの、いけ好かないサッカー部部長の発言がヒントをくれていた。

 来なくなるのだ。

 やりたくないことをやらないために、逃げていく。

 みんなが汗を流している場所から逃げ出して、一度死ねば、段々と戻って来られなくなって、やがて存在だけをギリギリ残す幽霊へと成り果てていく。

 俺は、どうしてもその人たちを責めることができない。自分だって、生徒会に入らず、よくわからない部活に所属させられたら同じようなことをするかもしれない。少なくとも、全否定はできない。

 望む場所で望む活動を行うことを制限する。

 そうして、半強制的に流れ着かせた地でどのようになろうとお構いなし。

 制限されて流された側も、受け入れた側もそれぞれに問題を抱える。

 俺はこの校則について、どう考えるか。

 どう思うか、という感情的なことを訊かれているのではない。

「この校則、一見、人数の少ない部活にばかり風当りが強そうですけど、実は違いますよね?」

 一つ、一つ確かめていくように。

 大事なのは、部活が廃部にされた瞬間のことだけではない。そのあとのことも考えないと。

「廃部になったら、その部活に所属していた人たちはどこか別の部活へ入っていく。もしくは、入れられていく」

 部活動に所属していない生徒は、主に担任の判断によって決められた部へと入部させられる。この流れがどのような結果を産むか。

「部員数が多い部活は、それだけ纏めるのに苦労しますよね。幽霊部員も多くなる」

 来ないやつなんて放っておけばいい。その考えがわからないでもない。やる気がないやつが、やる気あるやつの足を引っ張る。それが認められていい訳じゃない。

 だけど、

「だけど、自分で望んで入ったわけじゃない部活が楽しくなくて行かなくなって。それで幽霊部員なんてレッテルを貼られるのは、あまりにも理不尽です」

 誰も望んだ結果じゃない。

 居たい場所にいられなかった人も。

 受け入れざるを得なかった場所の住人も。

 誰も望んでいない。

 望んでいないのに、不幸になる人がいる。

 誰も幸せにならないのに、不幸だけが量産されていく。

 改めて思う。レア先輩の言葉そのままだ。

「やっぱり、俺も悪法だと、そう思います」 

 何の捻りもない回答。

 だけど、この単語以上に相応しい語彙を俺は持ち合わせていなかった。

 俺の回答を聞いて、レア先輩は薄い笑みを浮かべる。目は鋭く、得物を捉えたように。だけど、獲物は俺じゃない。俺も同じものを見つけた。

「おかしいんです」

 理不尽と不条理を一言に集約させる。

 おかしい。

 認められない。

 俺は当事者ではないが、同じ学園に望まぬ不幸に取りつかれている人のことを考えると、胸が熱くなる。

 苦しくはならない。

「良い眼をしているね」

 レア先輩の青みがかった瞳の奥に、俺の顔が見える。

 その顔はレア先輩と同じ目を持っていた。

「私も、同じようなことを考えていたよ。あの校則は誰も幸せにしないと。そればかりか、誰かが不幸になる。一人だけの部活が対象なら、新たな地にいる五人以上が新たに不幸になる。そんな調子で不幸な人を増やしていくだけだ」

「校則を変えようとは思わなかったんですか?」

「考えはした。だけど、それよりもいい方法を歩鳥先生に教えてもらい、知った。何かわかる?」

「シェア部ですか?」

「そう。さっきも言ったね。私自身、部活という組織単位は嫌っていないんだ。同じ志を持った人間が集まったとき、そこに発生するエネルギーは凄まじいものになると信じている」

 逆に、人数が少ないと発生するエネルギーには限界がある。

「多いのと少ないのとでは多いほうがいいに決まっている。私はその光景を見てみたいんだよ。性別も学年も、シェア部へやって来た目的も違うのに。しかし、誰かのために同志となり、手を取り合い進んでいく。こんなに素晴らしいことがあるだろうか」

「そんなに、上手くいくでしょうか」

 同じ志を持ってやって来たわけではない人たちが集まる。誰もが違う目的を持っている。言わば、烏合の衆だ。そんな人たちが他人のために手を貸せるだろうか。自分でも嫌悪してしまいそうな考えが、どうしたって脳裏からやってくる。

「君の心配もわかる。どこへ行く当てもなく、目的も無くシェア部へ入ってくる人もいるだろうね」

 俺は頷く。

「ただ、どこかへ流されるのが嫌で。さらには目指すべき場所すら見つけられずに。シェア部ならのうのうとそんな自分を学園の目から誤魔化せる隠れ蓑にできると思いこむ輩が」

 レア先輩の目と口がどんどん鋭くなる。基本的に、レア先輩は優しい。このシェア部を作る目的も、つまらない校則で不幸になる人を救うためだ。だけどそれは、一つの側面。いや、本来の目的の途中に出現した通過点でしかない。

「そんな、楽だけをしようと考えることも私は許さない。シェア部は私の正義の場だ。誰のことも助ける気が無い人などいらないし、そうはさせない。何も目的が無いと言うなら、見つけてあげるだけだよ」

 誰に対しても、レア先輩は公平であろうとする。一部が不幸を被ることも。一部が楽だけをしようとすることも認めない。それが正義であり、その正義で学園を照らそうとしている。大胆に、剣と天秤を携えて。

「と、まあ、ここまでがこのシェア部の方向性だ。目新しい話は無かったけどね」

 レア先輩はパイプ椅子の上に足を乗せ、胡坐をかく。スカートでやるものだから膝が剥き出しだ。

「さて、熱っぽい話はここまで。ここからは冷たくて少し現実的な話をしよう」

 

「現実的な話、と言うのはお金の話なのだけどね」

「本当に現実的ですね……」

「どんな革命家も金庫に潜む敵に怯えるものさ。まあ、私たちは敵の金庫の心配をしているのだけどね」

「学園の、ですか?」

「そう。章後輩が資料倉庫で見つけてくれた部活動予算があっただろ?」

「ありましたね」

 正直、あれから文月・章のことばかり考えていて、シェア部の復活方法なんて考えていなかった。

 レア先輩が任せてくれと言ってくれているけど、なんだか申し訳ない。

「あれを見ていたらね、部活数は減少して、予算の額も減少している」

「それは、そうなんじゃないですか?」

 入学者を増やすか減らすかしない限り、在校生の数は大きく変動しないはずだ。だとすれば、入部する人数も変わらないし、部活も存続する。逆に、人数の少ない部活は廃部となり、数を減らしていく。

 そう言えば、

「定例会議のとき、明らかに廃部になりそうな部活がありましたよ。あれは、毎年のことなんですか?」

 レア先輩は縦に首を振る。

「私も一年しか在籍していないから毎年、なんて大きな範囲をカバーできるかわからないが。少なくとも、去年もいくつか廃部にしたよ」 

 したよ、と過去形なのは、去年はレア先輩が生徒会長だったからか。この人もいくつかの部活を廃部にする処理を行ったんだな……。心臓に刺さったナイフを一ミリだけ押し込んだ過去を思い出しながら、レア先輩は続ける。

「部活が減った分、割り振られている予算が増えているかと言われたらそうじゃない。むしろ減っている」

 見つけた資料から現在まで部活数は一〇も減っているのに、予算額は三〇万近くも減っている。二十五年の間で物価も変わっているだろうから、数字以上に大きい変動じゃないか。

「では、ここからある一つの事実──状況、と言い換えてもいい──があるのだけど。章後輩はわかる?この学園で部活をする者には周知の事実なのだけど」

 それって全校生徒の常識ってことじゃない?この学園の生徒、ほとんど全員部活に入っているんだから。

 俺は知らない。

 聞いたことないしな……。

 それでも、推測はできる。

「予算を取り合うことになる……ですか?」

「正解。この学園の部活動予算はまず、大きな袋の中に金貨がいっぱい詰まっている。それを各部活に分配していく。

 もちろん、公平均等に分けるわけじゃないよ。活動内容、成績、部員数、部員数の実働数などを加味して考えられている」

 定例会の時、どこかの部長が言っていた〝監査〟という言葉を思い出す。この学園に監査と名の付く組織はなかったはずだ。だとすれば、部の活動状況を調査するのは生徒会か教師の仕事だろう。

 その調査内容をもって、予算の割合を決めていく。

 固い唾を飲む。

 俺も、そんな仕事をいつかしなくちゃいけないのか。全力で頑張っていることに優劣をつけなくてはいけない。考えただけでも気が重くなる。

「これは生徒会の先輩として章後輩に教えるが、部費の大小は活動に大きな影響を与える。体育会系の遠征費もそうだが、意外と文科系のほうが活動にお金がかかったりするんだ。備品が消耗品なことが多いからね。だから、実績が無くとも必要最低限、ということで割合としては多めの額を与えている。覚えておくといい」

 部員数が四名以下だと報告していた部活のほとんどは文科系部活だった。予算を食う、部活が事実上消えていくのを確信して、存続を許されていく部長たちはどんな思いで彼らを見ていたのだろう。誰も幸せにならないと思っていたけれど、現金な部分だけは喜べるのかもしれない。

「だから、ほとんどの部長は、いや、ほとんどの生徒は新しい部活が誕生することを歓迎しない。取り分が減るからね」

「あれ?けど、部の承認は生徒会と、各学級委員長の承認が必要なんですよね?」

 裏を返せば、

「部長の承認は必要ではないから、この場合、部長たちのことは考えなくていいんじゃ……」

「ちょっと、甘いね。思い出して、この学園の生徒、ほとんどはどこかの部活の生徒だよ」

「あ、じゃあ、学級委員長も」

「うん、ある意味で部の代表者。同じ部の仲間たちから承認するな、なんてことを言われているかもしれないね」

 それはそうだな……。部長でなくても自身の部の予算は多いに越したことはない。

母数が増えれば、どれだけ自身の取り分割合が多くても、貰える額は少なくなっていく。だとすれば、反対するのも当然だ。行く当てもなく入ってきた幽霊部員の対処は目を瞑れば、という条件付きだが、それはどこも同じだろう。

「私たちは、全校生徒に対し、シェア部の有用性を示さなくちゃいけない。学園長に説明するのとはまた別の方向でね。ただ、私たちの活動が尊いことを説くだけでいい学園長のほうがまだ楽かもしれない。生徒に対しては予算を頂くに値する価値をアピールしなくちゃいけないからね」

私たちにとって敵は全校生徒だ。

 レア先輩が俺の後ろ、窓、その奥に新緑を輝かす木々をなめてそびえ立つ校舎を見据えて言う。いや、校舎じゃない。そこで日々を過ごす、生徒たちを捉えている。

 俺も振り返る。信用とか人気を勝ち取るために動き回ったと思ったら、いつの間にか敵として見做している。こんなこと知られたら、相馬さんにどつかれるかもしれないな。あの人も、バスケ部だ。俺にどれだけ不利なことをやらかすんだって。

 俺たちは改革者だ。新たな正義を持って、この学園に横たわるくそ面倒くさい校則から級友たちを解放しようとしている。だけど、それは誰にも理解されない。まだ、このコンクリートむき出しの部室棟の端っこで燻っているが、俺たちの計画が世に出たとき、果たしてどうなるか。大勢がこの部屋に押し寄せてくるのか。冷たい視線が差し向けられるのか。そのどれもがあり得る未来だ。

 でも、その先。

 全てのステップを登り切ったとき。

 その頂きの上に立つ俺たちを、人々はどんな眼差しで見上げるのだろう。太陽として眩しく目を細めながらか。あるいは月のように不変ではないその姿を尊んでか。

「…………」

 俺はなぜだか、後者を予想していた。この世に普遍が無いことを知っていたし、なぜだか、レア先輩その人のことを太陽のようだとはどうしても形容できなかったから。

 月は満ち欠けを繰り返す。今日満月だったとしても、明日の夜は欠けているかもしれない。その逆また然りなのだが。レア先輩に関してはどうしたって不可逆にしか考えられなかった。つまり、満ちて欠けることはあっても。欠けて満ちることはないのだと。

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