いよいよ、シェア部の復活のための第一段階。学園長への交渉を明日に控えた今日。
結局、俺はレア先輩からのお願いを叶えることが出来ぬまま、生徒会の仕事(今度は生徒会長に頼まれた)で屋上に来ている。職員室に屋上へ上がるための許可と鍵を取りに行った際、一緒に付いてきてもらう先生に歩鳥先生を探したけれど職員室に見つけることができず、仕方なく鍵を渡してくれた体育教師の飯田に頼んでみたけれど「一人でいけよ。学生じゃあるまいし」と言われてしまった。学生だよ。
それでも、生徒だけで屋上へあがってはいけないルールもあるし付いてこなくていいのか訊いてみたが、どうやら生徒だけで屋上へあがるのを阻止する決まりはないとのことだった。それなら、歩鳥先生が付いてきた理由が嘘になってしまうが、そんな事実を認めたくないので飯田のほうが嘘をついているのだろうと問い詰めても、どうやら彼のほうが正しいようだった(周りの先生もそんなルールは知らなかった)。無いルールに従ってもらうこともできないし、先生と一緒の空間に二人きりというのも息が詰まるので、かえってその方が好都合であるのだが。歩鳥先生がルールを間違えて記憶していたのだろうか。
──かつての級友が屋上から飛び降りたのだ。心配でついてくるための口実だったのかもしれない。一番合点の行く予想だった。
相変らず掃除の行き届いていない埃っぽい階段を上り重たい扉を開ければ、前回来た時と代わり映えの無い景色が広がる。
鼠色の地面に、錆びついたフェンスたちの列。
頼まれた生徒会の仕事は、今度はフェンスの数の確認だった。
この学園のフェンスは巨大な一枚が外縁を囲んでいるタイプではなく。独立した長方形──工事現場でよく見るタイプ──のフェンスだ。それが、人間やモノが外へ飛び出していかないよう囲んでいる。
しかし、欠点があって、このフェンスたち、下に空間が開いているのだ。欠点、というよりも欠陥に近いかもしれない。これでは何かの拍子に下から転がって落ちていくこともあり得なくはない。と言っても、実際はこのスペースを利用して屋上から横断幕を吊るすので、誰も文句は言えないが……。フェンスの数=横断幕を下せる数なので、俺の今日の仕事はその可能数を調べることになる。
改めて見て思ったが、スペースと言ってもどうやったって人間が通れる広さもないし、対しても問題にする人もいなかったのだろう。俺だって、ここから自殺者が出ていたと知らなければ気にも留めていなかった。
確認はすぐに終わった。全クラス分の幕とプラスで何枚かは可能な数だ。誰でもできる仕事ではあるが、念のため一枚一枚歩きながらの作業だったので何気に疲れた──気がした。たいした運動量じゃないから錯覚なのは間違いない。気分的に疲れた。
未だ太陽で熱くなっていない地面に胡坐をかいて俺とシェア部のことを考える。レア先輩曰く、胡坐は一番頭が回るそうだ。
まず、シェア部について。
シェア部の復活についてはレア先輩たちが任せてくれと言っていたから深くは考えていないし、あのレア先輩たちだ、どうにかしてくれるだろうと安心もしている。
ただ、二点、決定打にかけるとかで難航しているらしい。
一つは、シェア部廃部の理由。ひいては文月・章自殺の理由とされているシェア部部長の負担の解決。
かつての二代目部長である奈々先輩のお母さんからヒアリングしたとのことで、そこで出てきた注目しているポイントは、
・各人、やりたいことがバラバラである(共通性が無い)
・全員一丸となってやることが決まっても、どこか温度差がある
とのことだった。それでもやり遂げ、次のつばささんに引き継いだうえに、つばささんの口からはシェア部を纏めることを「大変では無かった」と言わせしめたのだ。きっと一年の就任期間の間に上手く取りまとめたのだろう。その見事な手腕は娘に受け継がれていないようで、しっかり受け継がれているのを知っている。奈々先輩は、なんだかんだと孤高に飛び回りそうなレア先輩を手なずけているのだ。他にできる人なんているのだろうか。
しかし、そんな手腕を持っている奈々先輩たちは自分たち以降、他の誰もが部長になっても問題の無い体制づくりを目指している。復活して数年で、また深い眠りに落ちてしまわないように。レア先輩の正義がこの学園に浸透し、征服を達成するために。
難航しているのは二点目。自部活の予算の確保を狙う他生徒たちをどうやって納得させるか。
一番、楽な方法は、こちらから部活動予算を最安値で提示し、他部活にほとんど影響が出ないことを理解してもらうこと。
ただ、シェア部が様々なジャンルの活動を行う予定である以上、予算は多ければ多いほうがいい。価格交渉で妥協して、首を締めるのは自分たちだ。何でもできる部活を目指したのに、お金の都合で不可能を生んでしまっては本末転倒になる。現状、奈々先輩は、他部活の幽霊部員を受け止める役割であることをアピールし、それを交渉材料に予算を獲得していくつもりらしいが、それでも五分五分とのことだった。
奈々先輩たちはこれらのことに頭を悩ませているけれど、さすがなのは何だかんだシェア部の復活は決定事項として考えていることだ。予算についての話も、彼女たちはそれがネックで承認されないなんて微塵も思っていない。いくらまで分捕れるか。そのことだけを考えている。
明日からきっと俺たちをとりまく環境は変わっていく。劇的に変化することを想像できないけれど。今立っている場所が一つの舞台装置だとしたら、小さな歯車から動きを変えて、やがて大きく立ち位置も見える景色も変えてしまうかもしれない。
ならば、俺自身も、そこに立つに相応しくならなければならない。
未だ、レア先輩や奈々先輩と肩を並べられる自信も実績もない。まこにだって、ずっと励まされて、頼ってばかりだ。頼まれたレア先輩や、まこの憂いのためにも俺は、文月・章の自殺について答えを見つけなければならない。
決意を新たにしたものの、未だ、廃部の理由の最有力候補は文月・章の自殺だ。
正直、弱気になりかけている。
本当の理由もなにもこれしかないんじゃないのか。
このことをまこに漏らしたら「それならなんで自殺したんだろう」とのことだった。微妙に答えになっていないけれど、確かに俺も気になるところであった。
レア先輩のお母さん──つばささんも言っていたが、自ら命を絶つような理由が思い当たらないのだと。
それは、当時の恋人であったまこのお母さんにもわからないところであった。
誰もがわからない文月・章の本心。
雲一つない青空を見上げる。
文月・章はどこへ行きたかったのだろう。シェア部の初代部長ということは、彼が創り上げた場所もそこのはずなのに。なぜ、そこから逃げたのか。恋人にも何も告げず。
校庭から大きな掛け声が聞こえてきて、立ち上がって、他より新しさを感じるフェンス越しに覗いてみる。土の上で汗を流す運動部たちの姿。そこから視線を真下に向ければ、黒光りするコンクリートが見える。腰から下が濁流に呑まれたようにすくんでしまう。文月はここから一歩踏み外し、あそこに落ちたのだろうか。新聞記事にはほぼ即死と書いてあったから、頭から落ちたのかもしれない。どれだけの苦しみがあったら、そんなことができるのか。誰にも頼ることのできない、そんな事情を抱えたまま。
なぜ、ここから飛び降りたのか。
確かに、高さはある。二十五年前の状況を詳しく分からないが、周辺の建物の中でも一番高所にあり、尚且つ侵入しやすい場所であることには間違いない。
フェンスの位置も、扉から入ってきて真正面だ。自死を決意した人間が、死に場所に拘らないのであれば、ここへ真っ先に辿り着いてもおかしくない。
そして、フェンスを切り、落ちて行った。
迷いは、無かったのだろうか。
制止する人もいなかったのだろうか。
まこのお母さんをはじめとして、当時のシェア部の誰も理由がわからなかったのだ。止めることも相談に乗ることもできなかったのか。この場合、文月・章にいささか薄情な印象を抱いてしまうのは不謹慎になるかもしれない。
いや、止めると言えば目撃者は?
飛び降りた日までに、文月・章の異常に気付ける人間がいなかったとしても、屋上の淵に立つ現場を目撃している人がいてもおかしくはないし、止めようとする人がいたはずだ。
時間は放課後。詳細な時間は出てこなかったが、夜や未明と表記されていなかった辺り、きっと今、授業が終わり、部活が活発に活動している時間帯のはずだ。いくら、活動に集中しているとはいえ、校庭に出ている人間が一人も気づかないとは考えにくい。
それに、文月・章はフェンスを切っている。
難しくはないが、時間がかからないとも言い切れない。老朽化してほとんど千切れかけていたとかじゃない限り。
そう、その限りじゃなかった。
そのはずだ。
なぜかって、新しくなっているフェンスは今、俺が触っているこれ一つだけだから。
他は、新しくする必要が無かった。
たった、それだけの事実だ。
だけど、どこか見逃している。
資料倉庫で見つけた天使の顔をした事実に何かを隠された。
二十五年前に、歴史の土壌に埋もれて、発掘できぬほど深く。
違う。まだ、見つけられるはずだ。
これまではヒントがある場所に導かれるように連れていかれてきた。偶然か、故意か。今はどちらでもいい。だけど、最後の一歩は俺自身で決めなくちゃいけない。どこへ行けばいい。何をしに行けばいい。
わかっている。
もう一度、天使がいた場所にいけばいい。
容易く開く扉を何枚も潜り抜ければ天使がいる。
けど、きっと、はっきりとした姿はそこにいってもわからない。ぼんやりとして、霞と蜃気楼で隠されている。
だったら俺は天使の姿を想像し、産み出せばいい。真実を知りたい人間はもう、二人しかいない。そのうちの一人が、今日まで俺たちを導いてきた人だ。
天使の姿を見て、その人は笑えるのだろうか。そして、もう一人のほうは許せるのだろうか。まだ一枚も扉を開けていないけれど、辿り着いた先の未来だけが少し不安だった。もしかしたら、誰も幸せにならない。俺はまた、毒を作り、誰かを悲しませることになるかもしれない。そのとき、いつもと同じようにまこに励ましてもらえるのか。そのことですら、不確定で、不明慮だった。
でも、やると決めたのだ。
首を突っ込んで、勝手に傷つくことになったとしても。一度、約束したのだから。