若者の全て   作:白夏緑自

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今際の際で

 結局、俺が暫定シェア部部室に着いたのは夕日が空を茜色に染め始めてからだった。

 扉を開けて入れば、決戦前──決戦と呼んでいるのはもちろんレア先輩──ということで、交渉内容について詰め込みを行っていた。

 俺に最初に気が付いたのはまこだった。

 その次はレア先輩。

 最後は奈々先輩だけど、最初に声をかけてくれたのも彼女だった。

「お疲れ様です、日下部君!生徒会の仕事は終わりましたか?」

 まこに一度視線を合わせ、同時に眼で頷き合って、奈々先輩に変事をする。

「はい、すみません、遅くなって」

「構いませんよ。これは私たちの仕事ですから」

 ホワイトボードには、明日の交渉材料についていくつか書き込まれている。

 シェア部復活。これが奈々先輩たちの仕事。

「うん。そして、君の仕事はどう?何か掴めた?」

「はい」

 そう、掴めた。

 結局、姿形ははっきりとしていないままだったけど、想像を形作れるだけの骨組みぐらいは掴んだのだ。でも、

「でも、ごめんなさい。シェア部の復活のためには使えなさそうです……。ただ、一つだけ」

 ただ、一つだけ、役立ちそうな情報はあった。

「二十五年前の設備費、少しだけ越えていましたよね」

 レア先輩は記憶を巡るために目を伏せるが、すぐに辿り着いたようだった。

「そうだったね。でも、それは、文月・章が屋上から落ちたときに破ったフェンスの修理費だろう?」

 そうだ。予算は基本、配分された分はフルで使う。そうせずに、もし余るような使い方をしてしまえば、多く分配する必要なしと判断されて、来季からの配分が少なくなってしまうからだ。

 だから、設備費もギリギリまでフルに使いこみ、しかし予想外に発生した一枚のフェンスの修理費分だけ越えてしまった。その分がどこから出てきたかまではわからない。

「何も不思議なことじゃない。与えられた金額をギリギリまで使いこむことは間違いではないからね」

「そうです、俺も、そう思います」

 だけどどうしても腑に落ちないことがあった。

「屋上のフェンスは一枚だけが新しく──新しくと言っても古びていますけど──それ以外はもっと古いんです」

「だからそれは、文月・章が落ちたところだけ新しくしたのだろう?それ以外が古いままなのは何もおかしくはない」

「そうです、おかしくない。でも、同時に、一枚だけ取り換えられたのもおかしい話なんです」これまでも、これからもただの推測だ。ご近所のスキャンダルを捏造するような下世話な辻褄合わせだ。

「毎年、与えられた予算をしっかり使い込んでいるのに、自殺者が出た屋上の設備には投資してこなかったのでしょうか」

 水の流れを手の平だけで変えようとしているみたいに、実体のない感触だけが通り抜けていく。それでも、今の俺がシェア部にできることはこれぐらいしかなかった。わずかな事実から、事の顛末を予想し、披露する。

 何度も、自分自身の無理のある説明に躓きかけながら、全ての説明をし終えたとき、レア先輩は、

「──」

 砂漠の真ん中で四つ葉のクローバーを見つけたかのように目を見開いていた。

「詭弁だね」

「そうかもしれません……」

 まさにその通りだ。思わず肩をすくめる。例え、今説明したことが真実だったとしても、シェア部復活にはほとんど貢献しない。その程度の真実なのだ。

「君は、このことが真実だったとしても何の役にも立たないと思っているね」

 その通り過ぎて、小さく頷くことしかできない。何でも見透かす人だ……。

「それは杞憂と言うものだよ、章後輩」

「え?」

「どう使うかは奈々と私次第だ。役に立つ、立たないは君が決めることじゃない」

「安心してください、この情報は有効に使ってみせますから!」

 そう言って、奈々先輩はホワイトボードに脅しポイントと新たな項目を書き加えていく。

「大丈夫ですか?まだ本当だって決まったわけじゃないし。下手したら名誉棄損とか……」

 フフッと、奈々先輩が陽だまりのように微笑む。

「心配性ですね。別に全校生徒に喧伝するわけじゃありませんから、自分の生徒を訴えるようなことはしないと思いますよ」

「奈々の言う通りだ。それに、最初から確定次項のように喋らなければいい。最初はカマをかけて。もし、本当だったらじっくり脅せばいい。違ったら違ったでその時だ。フェンスの老朽化について生徒なりに意見を持っていることにしておこう」

 レア先輩は奈々先輩が自身の発言を書き加えていくのを横目に見届けながら、

「言っただろ?私の名前はアストレア。正義を判別する者だよ。二十五年前から続く歴史が正義かどうか確かめるのは当然のことさ。そう言う意味では、君は私のお願いをきっちり遂行してくれたことになるね。感謝するよ」

「いや、まあ、はい……」

 この人に褒められると少しだけ誇らしくなって浮かれてしまいそうになるので、それを悟られないようにするのに内心苦労する。

 それよりも大事なことは、と切り替える。

「私たちの過去に正義への不義理は無いんだね?」

 俺は自身を持って頷く。

 誰も何も、いかなる罪も犯していない。

 文月・章の死に、悪意は絡んでいない。

 誰も悪くなかった、とは言い切れない。だからと言って、俺たちが責めることができる人がいないこともまた現実だ。

「それならよかったです」

 奈々先輩が安心したのか少し気の抜けたため息をこぼす。

「そうだね。それに、私たちが一番気になることを聞くのは野暮なのだろう?」

「はい……。最初に伝えたい人たちがいるんです」

 レア先輩や奈々先輩はまこを見て、「二人?」と首を傾げる。まこもまこで、他に誰かいるのかと疑問の顔だ。わからなくて当然だ。まだ、誰にも言っていない。真先に伝えるのはまこともう一人だと決めている。

「わかった。君にはマニフェストの達成と色々と待たされてばかりだね」

 それもいつになるのやら。文月・章のことが手一杯で何もできていない。校則を変えるためにまず何をすればいいかも知らない。生徒会長に訊けば教えてくれるかな。冷たく生徒手帳とか叩きつけられるだけかも。

 なんとなくバツが悪くなって、話題を明日のことに戻してみる。

「学園長にはどうやって説明するんですか?」

 部や生徒会組織の発足のために学園長の認可が必要になる。しかもそれは形骸化したハンコ仕事をお願いするのではなく、実際に対面し、学園にアピールするために論と証拠が必要になってくる。

 特に、俺たちが復活させようとしているシェア部は一度廃部になっているので、二の舞にさせないことも示さなければならない。 

 色々な目的を持った人間が集まる部である以上、纏まりの無い集団になることは予想しているし、学園長もそこを突いてくるだろう。三十年もその椅子に座る老人だ。かつてのシェア部を廃部にしていることも覚えていても不思議じゃない。

「シェア部廃部はただの廃部じゃない。生徒の死が関わっているショッキングな出来事でもある。もしかしたら、理屈以上に感情や意地の部分で反対されるかもしれない」

「その時はどうするんですか?」

「どうもしないよ。策は何もない。強いて言えば、こちらも情に訴える。それだけ」

「はぁ、なんかごり押しみたいな……」

「最後はね。その最後の一押しが上手くいくように理屈だけは練っておくのさ」ちゃんと説明していなかったね。まず、

「一番ツッコまれるのは、ここだ」

 レア先輩がホワイトボードの一部分を色と形のいい爪で叩く。

「部長にかかる負担が多すぎる」

 これを理屈で解決しなくてはならない。

「ゴールは簡単だ。部長の負担を減らせばいい。単純な考えでいい。何かわかる?」

「仕事を減らすか、人を増やすか……?」

 前者はわかるが、後者は自分でもバカだなと思う。部長は一人しかなれないだろ。

 それでも俺の意見は中らずと雖も遠からずといったところらしかった。

「部長を増やすことはできない。誰かと兼任と言う形にしてもいいが、それでは部長同士の衝突が起きる可能性があるからね。内部分裂でもしたらそれこそ本末転倒だ」

「じゃあ、どうするんです?」

「私が説明してもいいのだけど、ここは発案者にしてもらおう。横取りみたいで味気悪いからね」

 レア先輩は腰を下ろし、紅茶が入ったカップに口をつける。

 発案者?何か思いついたのか。

 でも、レア先輩じゃないとしたらいったい誰が。

 奈々先輩?

「私じゃないですよー」

 手を振って俺の視線を横へとずらしてくる。

 横。まこがいる位置だ。

 それじゃあ、発案者って。

「そ、私。なにその疑わしいものを見る目」

「いや、ごめん、ただ驚いて……」

 別にこれまでまこのことをアホでバカとか思ったことはないけど。それでも、奈々先輩とは違う、真のあどけなさとも呼ぶべき雰囲気からは、問題の解決案が出てくるなんて予想していなかった。なんだか、まったく期待していなかったみたいで申し訳なくなる。

「そ、それで、どうしていくことにしたの?」

「なーんか腑に落ちないけど。まあ、いいわ」

 まこは机に置いてあったファイルから五枚のA4用紙を取りだし、並べる。

 並べられた四枚の紙には、ある程度整ったフォーマットで何か書かれていた。

 右側が二頭身のデフォルメデザインの人物イラスト。左側がその人物に関する説明──なのかな?読んでみると、《シェア部、真の部長》《ゆるふわ系》《空気洗浄機》《実は肝っ玉》と書かれていた。なにこれ、誰のこと?と、イラストを見てみれば、それは見事な奈々先輩だった。写実的とは程遠いデザインだったけど、大きなリボンとツインテール、大きな人懐っこそうな目など人目で奈々先輩だとわかる。

「すごい、誰が描いたの?」

 まこやレア先輩でもなければ、もちろん奈々先輩でもないのだろう。

「沢辺君だよ」

 名前を聞いて、俺は選挙ポスターとビラの件を思い出す。奈々先輩デザインじゃあまりにもあまりにだったから、沢辺にお願いしたのだ。結果は大好評だったし、たしか、あの二つも描かれた人物はデフォルメ調だった。

「まず、何から聞きたい?」

「は?」

「いや、この紙たちについて、さ。何から説明していいかわからなくって……」上手く説明できる自信もないし、と声が頼りなくなっていく。

「なるほど……」

 別にそんなこと、気にせず言いたいことから言ってくれてもいいのだけど。そりゃあ近くにレア先輩みたいな雄弁な演説家がいたら気後れするよな。

「じゃあ、沢辺に頼んだ経緯から。なんで沢辺は引き受けてくれたの?」

 とりあえず、まずは答えやすそうなジャブの質問からしてみる。俺でもある程度は予想というか、想像はつく。

沢辺には一度、選挙の時にお世話になっているから頼みやすくなっているのだろうし、彼自身も、人の頼みを突っぱねるタイプじゃない。なんだか、人の性格につけこんでいるみたいで、後ろめたくなるけど……

「うーん、実はね」

 と、まこにしては珍しく後ろ髪を引かれながらの語りだしだった。

「沢辺君、あまり美術部でうまくいってなかったみたいで。描きたい絵と美術部で描かなくちゃいけない絵が違ったみたいで」

「う、うん」

 待って、何の話?そのことと、このイラストたちは関係あるの?口を挟む間もなく、説明は続けられる。

「それで、やっぱりシェア部ってそんな部活のミスマッチした人を受け入れる部活でもあるわけじゃん?だから、沢辺君もどうかなって誘って、描いてもらった」

「ちょっと待ってね」

 まこの自信の無さは胸を張っていい。レア先輩がいるとかいないとか関係なく、単純に説明が下手だ。たぶん、話が三段ぐらい飛んでいる。どこから埋めていこう……。

「後ろのほうから質問すると、誘った、って何を?」もしくはどこに?

「一つしかないじゃん。シェア部だよ」

「え、ど、どうして?だって、沢辺は美術部じゃ」

「だから、その部活でうまくやれてないんだって。あ、誰かと仲が悪いとかそんなんじゃないから安心してね。絵の方向性の違いってやつ」

「ああ、うん、わかった……」

 まこは、表現したい絵と、部活として求められる方向性が違うことで苦悩していた沢辺をシェア部に引き入れた。まだ正式な部になっていないから、一時保留扱いかもしれない。

「ちなみにその沢辺君は退部届を提出するそうですよ」

 奈々先輩がにこやかに教えてくれる。

「いいね。素晴らしい覚悟だ」 

 覚悟って、決め過ぎでしょ。これで復活できなかったらどうするんだ。また、もう一度美術部に入部するのか。それはそれで凄い根性がいるぞ。

「これで、私たちはますますシェア部復活に身を捧げないといけなくなったね」

「ですね……」

 ここまで俺たちのことを助けてくれて、挙句の果てにはその身を預けてくれるところまでになった。これで全て無駄になりましただなんて、絶対に回避しなければ。

「沢辺が方向性の違いで悩んでるってよく知ってたね」

 頻繁に沢辺と会話する俺でも知らなかった。

「これは、ここだけの話なんだけど……」

 本日二度目の、言いにくい真実をまこは告白する。

「実は、私、同級生全員のSNSアカウントわかってるの。たぶん裏アカウントも全部」

「……え?」

 全員。いや、このご時世だし一人一個、何かしらのサービスのアカウントを持っていたとしてもおかしくはないし、見つけ出そうと思えば、フォロワーとか辿って見つけることも不可能ではないだろう。でも、今なんて言った?裏アカウント?あの、聞かれたくはないけど発散はしておきたいことを垂れ流す、場所によっては香ばしい腐臭が漂うアカウントも?基本匿名のSNSだが、他人に聞かれたくないことを放流する裏アカウントはさらに匿名性が高い。できるだけ特定されないように心掛けているはずだ。なのに、それを見つけた?

「さすがに全員がアカウントを複数持っているわけじゃないだろうし、逆に二つだけとも限らないから全員の全部を見つけた、とは言い切れないけど、少なくとも一人につき一個は持っているでしょ。それは見つけた」

「じゃあ、俺のも……?」

 持っていない、としらばっくれたら良いものを、俺はこのときマヌケにも暗に認めてしまった。

「たまーに投稿に〝いいね〟しているアカウントがあるよね。あんたはラッパーの呟きが好きなの?それとも、毎回呟きと全く脈絡がなく貼られているグラビアのお姉さん方が好きなの?」

「前者!前者だよ!画像はおまけみたいなもんで!」

 それはまあ、どちらかだけが好みで、もうどちらかには一切の興味がないともいいきれないけど……。レア先輩はゲラゲラ笑っているし。奈々先輩はあらあら、なんて上品に言っている暇があるなら俺を助けてください。

「まあいいわ。その話はまた今度ゆっくり。

 それで、私は当然、沢辺君のアカウントを見つけた。悩んでいることもわかった。これは好機、と頼んでみた&勧誘してみた。結果は御覧の通り」

 得意気と後ろめたさが六対四の割合で混ざった声。凄いことであるけど、大きな声で言えることじゃないな……。勝手に個人情報を漁っているわけだし。犯罪にはならなくとも、気味悪がられるかもしれない。「だから、ここだけの秘密にしといてね」頷いて、約束する。

 奈々先輩以外の他の三枚を見てみれば、それぞれ俺、まこ、レア先輩とわかるイラストが描かれている。イラストの隣には箇条書きの説明が付随している。レア先輩には《情熱家》。まこには《観察眼》。俺には《暴走野郎》。暴走野郎ってなんだよ。

「あんた、演説の時めちゃくちゃなこと叫んでたじゃん。あれ、その場で思いついたやつでしょ?みんな、投票してくれたからよかったけど、若干引いてたからね」

「そうですか……」

 できればそんなこと聞きたくなかった。

「そもそも、これなんなの?」

「これはシェア部部員の情報カード。それのサンプルになるのかな?」

「情報カード?」

 単純な名前だけど、用途がいまいちわからない。

「まずね、部長の負担の正体から考えてみたの」

「いろんな人を纏めることが大変だってこと?」

「そう、その原因がなんだろうかって。

 私たちは、誰がどんなことをしたいのか。どんなことしたくないのか。どんな人と相性がいいのか知らないと大変だろうなって考えた」

 いい?と繋げていく。

「シェア部は個人個人が好きなことをできる部活。でも、同時に誰かの好きなことも助けなきゃいけない」

 でも、

「でも、二代目部長──部員が多くなってきた──のころはみんな自分のことばかりで、纏めるのが大変だった。もちろん、表立って非協力的な人なんていなかっただろうけど。やっぱり人間だから、乗り気なときとそうじゃないときはあったと思う」

「まあ、そうだろうね……」

 俺もどうしてもやる気が出ないときはある。自分から踏み込んで、逃げ出したくなったときもある。

「もちろん、部活のルールだからって半ば無理やりお願いすることだってできる」

 以前、そのことについてレア先輩は多少ならそんなことも必要だと言っていた。組織として成り立つための必要な正義、秩序だと。

「もしかしたら、これが必要になるときは来るかもしれない。でも、できるだけ無いほうがいい。それでね、」

 と、ここで、まこが件の情報カードを手に取る。

「誰が、誰を、どんなことなら快く手伝ってくれそうかわかりやすくしてみたの」

 それは、どういうことか。いまいち要領を掴みかねるまこの説明を頭の中で咀嚼していると、レア先輩が助け舟を出してくれる。

「つまりね、私たちはシステムを組んだわけだ」

「システム?」

「そう、そう!システム!」

 レア先輩は、それ以上何も言わず、カップに口をつける。あくまで、説明はまこに任せる気だ。

「だからね、誰がどんなことなら、もしくは誰にならやる気を出してくれるかわかりやすくしてみたの!そして、その人たちを紹介させて個人の目標や夢を叶えていく」

 言うならば、

「部活内マッチングシステム!」

「出会い系……?」

「それはあんたの仕事でしょ!早く恋愛解禁しなさいよ!私たちのは互助会!部活斡旋って呼んでもいい!」

「俺の仕事はそんなんじゃねえよ!」

「マニフェスト」

「そうでしたね!」俺の生徒会庶務としての仕事は学園に公式に恋愛を認めさせることだった……。

「部活斡旋って何をするの?」

「さっきも説明したけど、かつてのシェア部は色々な人が目標や夢を持っていた。だから、他の部員を助けることに乗り気になれないときもあった。それはしょうがないよね、だって、皆、自分のことを頑張りたいもの。

 だけど、手伝ってあげたくなる人だっているはず」

 この、手伝ってあげたくなる人、には双方向的な意味がある。

 手伝う人と、手伝われる人。面倒を見る人と、面倒を見られる人。おせっかいな人と、思わず世話を焼かれてしまう人。

「手伝いたくなるって色んな理由があると思う。目標が同じになったり、近かったり。仲がよかったり、恩があったり。ぜんぜん接点はないけど、興味が沸いてやりたくなったり。

 手伝ってもらう人たちもきっといろんな人がいると思う。気の合う、合わない。一人でも大丈夫。いろんな人に魅力を伝えたいとかね」

 このカードもそのシステムによって作られた。いわば、試験運用の産物だという。

「自分の望む絵を描きたい目標を持っている人と、沢辺の絵を必要としている私たち。お互いのメリットが合わさって、こんなに良いものができる」

 そうして、

「私たちはシェア部に入ってくれた人たち、全員分のカードを作る。私がその人の目的や特徴とか性格を掴んで、沢辺君にわかりやすく一枚のカードにまとめてもらう。そして、出来上がったカードを見て、私たちはマッチングをしていけばいい。こうすれば、たぶん、どこまで上手くやれるかわからないけど、二十五年前よりは難しくはないと思う」

 これが、学園長にたたきつける秘策。

 シェア部廃部の理由の一つ、有象無象を纏め上げる部長へ集中していた仕事量やストレス。それを、かつてのシェア部にはなかった方法で解決を目指す。どうだろう、どこまで通用するのだろう。実際に使ってみないとわからないし、ただ流れに乗るようにしていてもダメだとわかる。

 一つだけ、質問があった。

「だいたい、わかった。けど、これ、まこや沢辺が卒業した後とかどうするの?レア先輩も言っていたけど、誰か特定の人に頼ってるだけじゃ、その人がいなくなったとき回らなくなるよね?」

 それに、このシステムはイラストを描く沢辺や、その人となりを調査するまこに負担が集中する。もちろん、俺も手伝うけど、沢辺のような絵はどうしたって無理だ。

「うん、だから、しばらくの課題は技術の後継者の育成だと思う」

 やっぱり、そうなるんだな。それは仕方ないのか……。けど、明日に向けて何一つ策がないよりはいい。俺はこの件に関して貢献していないのだ。代案なき反対を言う権利はない。

「どう……?」

 一通りの説明を終えたまこは、俺の反応を不安げに上目で伺う。

「いいと思う」 

 素っ気なさすぎたな、と慌てて次の言葉を探す。

「ここまで考えてたら、学園長も納得してくれるんじゃないかな」

 決め手として足りなかったとしても、明日実際に交渉するのは奈々先輩とレア先輩の二人だ。この二人がまこの案を採用したのだから勝算があるのだろう。

「……もっと褒めてくれてもいいじゃん」

 落ち葉が風に押されて土と擦れたほどの声を、俺は聞こえないふりをする。不甲斐ないことに、俺はこんなときに告げるべき言葉を持ち合わせていなかった。後日、このことを奈々先輩に「日下部くんに足りないのは甲斐性ですね」と指摘されてしまった。相馬先輩にでもこんな時に使える言葉を教えてもらおうかな……。

「と、まあ、そのフォローなどは二人の時に。その方が章後輩もやりやすいだろう?」

「え、いや、」

 俺の返答など待たず、レア先輩は話題を次に移す。

「さて、まこ後輩が説明してくれたシステムが、明日学園長に突きつける唯一にして最大の武器だ。章後輩からは何かある?」

「そうですね……」

 案でも、質問でもないが、

「各部活へはどうやって納得してもらうんですか?」これはもう、交渉による値段交渉を行う方向に舵を切っている。再確認に近い。

 部への発足には、全学級委員長の三分の二の承認が必要となる。そして、特別な例外に属さない限り全校生徒は部活に所属している。つまり、学級委員長たちはすべからく各部活からの代表者でもある。そして、各部活はシェア部に限らず、新しい部活が誕生することを快く思わない。割り振られる部費が減るからだ。ちなみに、なぜ部の発足の承認に部長ではなく学級委員への同意が必要なのかと言うと、部活の人間だと公平さに欠けるから、らしい。全生徒が部に所属しているので、空振りした配慮と言わざるを得ない。

 まこ、奈々先輩とレア先輩と、シェア部内で獲得できる学級委員の席は全て持っている。それでも、全体の三つでしかなくて、心許ない。

「うん、本当はこのシステムぐらい決定的な策があるといいのだけどね……」

 今ある交渉材料は、

「シェア部は幽霊部員の受け入れ先になる、とこれぐらいだろうね」

「受け入れ先ですか?」

「大型の部活のほとんどが抱えている問題として、幽霊部員の存在があったろ?」

「はい」

 一カ月に一度、生徒会と部長たちが集まる活動報告会。先日行われた今年度一回目の最中、サッカー部部長が幽霊部員についての施策を生徒会に求めたことをきっかけに、会の話題はそれでもちきりになった。結局、生徒会長は各部活の問題だとして干渉しない方針を表明したけど。それでも、ホットなトレンドになるほどにはどこの部活も幽霊部員について問題にしているということだ。人数が少ない弱小部活からして羨ましい話でしかないけど。

「幽霊部員が多いと来季の予算に関わる査定に響くのも知っているね?」

「ええ、そのうち俺もその仕事をしなくちゃいけないんですよね……」 

 少し、気の重たい仕事だ。真面目にやっている人に罪は無いのに、罰の影響を受けるのはやはり真面目にやっている人なのだから。

「だから、幽霊部員はシェア部で預かる。そうすれば、我々は前途ある部員を集められるし、各部活は扱いに困っていた部員を手放すこともできる。──部員の数も予算配分の考察項目に入っているから、手放しで頷いてくれないところもあるかもしれないけどね。今はそのことは度外視しておこう」

 完璧な、とまでは言えないでも、それでも体裁としてはWin-Winの関係にはなっている。

「ただやっぱり、部費についてクリティカルに突けてはいないね。誤魔化し、と言われたらそれまでだ」

 ここまで来て、やはり最後に悩まされるのは金か……。現実的なぶん、俺たちじゃ出来ることに限度がある。

「ああ、お金が空から降ってこないかなー」

「いいですね!青空からひらひらとお札が降って来て、皆が太陽に向かって手を伸ばすなんて素敵です!」

 奈々先輩のそれは太陽にじゃない。お札にだよ。高いところから眺めたら人間の醜い顔がいっぱい見られるんだろうな。想像するだけで素敵とは程遠い。

「でもまあ、確かに、無限にお金があったらいいですよね……ってレア先輩?」

 相槌がなくレア先輩を見れば、形のいい顎に手を当て何か考え込んでいた。

「無限に……たしか生徒会が……」

「レア先輩?」

「ああ、うん、ごめん、章後輩。今日はここまでにしよう」

「大丈夫ですか?何か引っかかることでも……」

「安心して、悪いようにはならない。勝利だけを祈って」

「はあ……」

 ハッキリとしない、珍しいレア先輩だった。今日は校門を出て別れるまでずっとその調子。だけど、俺もまこも心配はしていなかった。たぶんあれは、膝を曲げているだけ。レア先輩の頭がハッキリとして、膝を伸ばしたとき、天高く届く一撃が生まれる。俺たちはそれをただ待っているだけでいい。

 明日は決戦の日。

 先輩たちは学園長に。

 俺は、

「まこ、あのさ。明日、文月・章のこと話すよ」

「わかったの?」

「うん、全部じゃないけど。たぶん残りも、明日にはわかると思う」

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