後日談、というと俺たちのやるべきが全て終わってしまったかのようになってしまうので、相応しくない。しかし、入学してからの一カ月間を一つの区切りとするならば、他に言葉が見当たらない。
奈々先輩とレア先輩が学園長と交渉を行い、まこと歩鳥先生が毒を飲みあったその後の話だ。
俺たちの悲願は達成され、シェア部の設立へ認められた。ただし、部活動としてではない。生徒会直属の組織として、だ。つまりシェア部は、生徒会の一部として再建したのである。
この結果は決して、奈々先輩とレア先輩が学園長、ひいては学級委員長たちとの交渉により余儀なくされた、苦肉の末路ではない。レア先輩による、まさに土壇場で生み出された最終兵器によるものだ。
まこが思いついたシステムではどうしようもなく、唯一決定的な案が出なかった、より多くの部費を欲しがる部活動たちを納得させる具体案。
この学園の部費は、一つのプールから分配されていく。つまり、部活が一つ増えれば取り分が減っていく。それを懸念して、承認がされにくい現状があった。だから、レア先輩はそのプールから部費を貰わない方法にシフトした。別の資金源に手を出したのである。
生徒会予算だ。
生徒会予算は部活動予算と別に組まれているし、別途申請すれば、認可次第ではほぼ無限に支給される。ほとんどの部活動に影響が出ないのだ。
新しい生徒会組織の設立には全校生徒の承認が必要になる。もちろん、反対者もいたが、生徒会のメンバーがほとんど──五人しかいないうち俺は賛成だから残り四人──だけだったし、先輩方と沢辺による事前のプロパガンダ的根回しによって全校生徒の九割の賛成をもってして設立。生徒会直属組織なのに、生徒会本部と確執を抱えたままの誕生だったけど、それは今後の課題だ。
そして、なぜ、フェンスは二十五年間取り換えられてこなかったのか。
まず、二十五年前、学園の予算に手を出していたのは理事長の娘だった。それまでうまくセコく袖の下に仕舞いこんでいたのが、突然の出費に誤魔化し切れなくなった。その時は仕方なく、フェンス一枚だけのお金を返し、取り換えた。当然、空になった学園の財布から出てきて、赤字なしではあり得ないので赤字として処理。しかし、父親の理事長にバレるが、その理事長も娘可愛さに事実を隠したのである。大きな赤字があると周囲の目を騙し切れないと考えた理事長は、やはり娘と同じように一枚だけ取り換える意向を示す。そのためには、文月・章の転落死が事故ならば安全確保のために全てのフェンスを取り換えなくてはならないところを、自殺として故意的にフェンスが壊されたことにすれば、その一枚だけの修理で済む。なぜなら、他のフェンスはなんら問題なく、取り換える必要が無いのだから。
もちろん、自殺として認めたくない人たちがいた。学園を経済的に運営するのが理事長側の理事たちであるならば、教育的に運営する学園長筆頭の教師陣だ。
ただ、学園長も実直に教育者として真っ直ぐにその道を見つめることができる人間ではなかった。欲に眼が眩んだのだ。
理事長は文月・章の死を教師陣側の問題である自殺である事を認めさせる代わりに、学園長に対し恒久的なポストを用意した。そうして、三十年以上その席に座り続ける、学園長が誕生した。
文月・章の真実は理事長が放った黒紅色の欲の光と、歩鳥先生の罪悪感が混ざり合って発生した熱と水蒸気による蜃気楼と霞に隠されていた。
それでも、なぜ、シェア部の廃部が文月・章の死から二年後だったのか。この真相だけはわからないままだった。つばささんが教えてくれた、そのころ勢力を増していた部活も確かにあったけれど、シェア部を潰さなければならない理由はどこにも見つけられず、もしかしたらもうこの学園にはそれを探る手がかりは残されていないのかもしれない。
ここまでが、後日、奈々先輩とレア先輩が学園長から聞き出した真実と俺の想像をかけあわせて作った、二十五年前の顛末。そもそもの原因となった理事長とその娘も、この学園から去っているが、しっかり足跡は残している。おかげで俺たちは多大な苦労をしたのだけど。
レア先輩の正義に反していた学園長は果たしてどうなったのか。実は今でも朝礼では俺たちの前に立ち、学園の長として有難い話を聞かせてくれている。利用できそうだから利用する、それが先輩たちなりの罰とのことだった。
入学して一カ月で様々なことがあった。まだこの学園で何も固まっていないのに、あるいは固まっていないからこそ流動的、激動的に取り巻く環境が変わっていった。
けど、それもしばらくは鳴りを潜めるだろう。
もう、俺の居場所は定まった。
生徒会とシェア部。二つは仲が悪いけど、両方俺の居場所だ。
「遅くなりました」
生徒会室に寄ってからシェア部部室へと入った俺を、奈々先輩、レア先輩、それに沢辺が出迎えてくれる。
「まこちゃんは一緒じゃないんですか?」
「あいつは三者面談です」
今日は三者面談の初日。親子と生徒が学園の様子や成績、進路について話す日が始まった。
「そうですか、それじゃあ来てからお茶にしましょう!」
まこに血縁のある人間がいないことを知る奈々先輩は申し訳なさそうに、けれど努めて明るく、新しく手に入ったという茶葉を見せてくれる。
大丈夫ですよ、と心の中で奈々先輩に告げる。
まだ、秘密だから声に出しては言えないけれど、大丈夫です。
俺は窓を開け、入り込む風に梅雨の気配を感じながら校舎を見上げる。すっかり散ってしまった桜の木に邪魔されて、俺たちの教室がどこだかわからない。
奈々先輩が申し訳なく思う必要はない。
確かに、まこには血の繋がりがある人はこの世にいないけど。
それと同じくらい濃い繋がりをあいつは掴んだ。
あの日、屋上で、涙と嗚咽と迫りくる騒ぎのなかに唯一聞き取れた言葉を思い出す。
「あの人の子どもは、私の子どもでもあるから」
事実関係として、そんな風に捉えることもできる。でも、大事なのは本人たちが認めるか。
俺たちの教室で、二人はどんな会話をしているのだろう。
担任と生徒として、成績と可能性のある進学先を話し合っているのか。それとも、親と子として、目指してほしい場所と、本人の望む場所とのギャップで言い合いを繰り広げているのか。どちらにしても、仲良くやってほしい。あの二人はもう、一つの屋根の下に暮らす、不慣れで紛れもない母娘なのだから。