『打倒 生徒会選挙』
デカデカとそう書かれたホワイトボードを背に、レア先輩が仁王立ちする。
「生徒会選挙だ!さぁ、このままでは無意味で空虚な学園生活を浪費するしかない愚学徒たちから、無意味で無味で達成されるはずの無いマニフェストと、顔で注目を集め、無意味で無駄でしかない投票用紙に名を記してもらい、当選した暁には無意味で虚しいだけの半年を送る生きる屍の生贄に成り下がるのは、」
レア先輩が俺と塚端を見る。
どちらかが立候補しろ、とそう言う話を金曜日にしていたのだ。しかし、これはもう結論が出ている。
「あの、それは俺が出ます」
「うん、私もそのほうがいいと思っていた。君が適任だ」
「ありがとうございます……とはならないですからね。どう言う意味ですか⁉」
生徒会選挙のことをひたすら無価値だとかなんだと言ったの聞いてたからな。挙句、当選しても無意味で虚しいとか。無意味って何回言ったよ。どれだけ意味がないんだ。
「大丈夫、意味あるものにするのは君次第だから。生徒会室がヴァルハラになるか、ヘルヘイムになるかは半年後の君が証明するだろうね」
それ、どっちも死んでるじゃないか。生きてはいられないのか。いや、ヘルヘイムなら生き返れるのでは?
「日下部君、安心してください!私たちはナスとキュウリのお馬さんを作ってここで待っていますから!」
奈々先輩が慌ててフォローしてくれるが、やっぱり結局死んでるじゃん。
「と、言っても当選しなければ意味がない。今日はその話をしよう」
今日の議題は選挙への対策会議ということになった。部活の復活のためなんて、他人の学園生活のことなど何も考えていない動機で立候補することになったが奈々先輩曰く「その代わり面倒事を押し付けられますから。ギブアンドテイクだと考えましょう」とのことだった。相変わらず、フワフワしたノリで現実的な前提を持ちだす。
「章後輩、当選に必要なのは何だと思う?」
「知名度……ですか?」
「惜しい。半分正解だ。もう半分、大事なのは知名度を得るために必用なものだよ」
レア先輩が口の端を上げる。いたずらっぽく、明らかに答えを待っている。自分で言うのではなく人に言わせたがっている。
でも、俺らは先輩の求める答えを導き出せず、唸ることしかできない。なんだろう?マニフェストもさっき無意味だって言ってたし。て言うか、先輩の前置きが無かったら一番に必要なものはマニフェストと答えていただろう。ヒントはくれていたのだ。じゃあ、あの中に答えが?
先輩は言っていた。無意味な学園生活。無意味なマニフェストと、顔で注目を集める。無意味で無駄でしかない投票用紙に名前を書いてもらって。当選しても無意味な生徒会で過ごすだけ……。
あー、これはもしかして?
「もしかして、顔、ですか?」
先輩は顔にだけ、無意味とはつけなかった。捉えようによっては無意味な顔と受け取れなくもないが、思い返せばわざわざ一拍置いていた気がする。
「正解。必要なものは顔。美貌、スタイル、美しさ、どれを捉えてもらっても構わないが、見た目はかなり重視される」
「え、ええ……」
自分たちの長を決めるのにそんな上っ面を判断材料にしていいのか……?
「なぜ、私が一年生の最初から生徒会長なんて出来たと思う?」
これは、当選と、仕事の両方の意味でだよ、と再び考える時間を与えられる。
が、今度は塚端がすぐさま手を上げる。
「レア先輩が可愛くて綺麗でカッコいいから!」
「大正解だ」
レア先輩が塚端の頭を撫でる。
「私は入学当初、この学園に対して無知でしかなかった。だが、有難いことに天より授けられた美貌がある。これを活かさない手はない。だから、立候補してまずは全ての教室を周った。適当なマニフェストを引っ提げてね」
「その時のマニフェストってなんだったんですか?」
レア先輩、マニフェストは意味がないって言ってたし、きっと当たり障りないことを掲げていたのだろうが参考までに訊いてみることにする。
「購買のプリンを全てぷっちんプリンにする」
「意味ねえ!」
とんでもなく無意味な公約だった。学園生活に影響を与えると思えない。
だから購買にプリンの紙皿セットなんて売ってるのか。
「意味なくなんかないですよ!日下部君はぷっちんプリンをぷっちんするときのプリティーな見た目を知らないんですか⁉」
「そうよ日下部!あんたやっぱりセンス無いわね!ぷっちんプリンのぷっちんしたときのプリン具合は癒し効果絶大よ!」
「と、まあマニフェストなど無意味と言ったが、下は一年生、上はプーチン大統領まで意外と好評だったりした」
プーチン大統領は嘘だろうけど、好評なのは本当なんだろうと思う。昼休みにはいつも完売しているし。
レア先輩は再開する。
マニフェストではなく見た目の重要さについて。
「一年生──同級生の教室にはリーダー然として。私は、この通り高校女子にしては身長がある。所謂、大人な雰囲気を出すことが可能だ」
確かに、レア先輩はかなり大きい。というか僕より身長がある。
「日下部は小さいからアレですけど、レア先輩普通の男子より大きいですもんね。」
色々羨ましい、と塚端は胸を抑えながら俯きがちになる。胸が痛いのは俺もだよ。
「大丈夫!塚端さんもきっと大きくなりますよ、青春して素敵なことでドキドキしてたら!ほら、期待で胸が膨らむって言うじゃないですか!希望を持ちましょう!」
「ま、奈々の胸は私が大きくしたんだけどね」
レア先輩が空中で謎のダイヤルを回しながら言う。止めろ。
「日下部君も制服合わせで身長が伸びる伸びないでお母様と喧嘩したらしいですけど、大丈夫!反抗期は第二次成長期の証です!そのうち身長が伸びますよ!」
「なんで奈々先輩まで知っているんですか⁉」
「え?有名な話ですよ?当日の制服採寸と合わせて行われた説明会の手伝いの生徒たちが見聞きしたりしていますから」
「当日の手伝い筆頭は当時生徒会だった私たちだ。いやあ、打ち上げでこの話をしたら大受けだった」
「広めたの先輩ですね⁉」
味方だと思っていた人は敵だった。
て言うか、
「全然話進んでないですし、早く続きお願いします!」
「ああ、そうだね。少し逸れ過ぎた」
レア先輩が咳払いをして、話を再開する。
「同級生には高身長のスタイルを活かしてリーダー然として。
逆に上級生たちにはあえて、小動物の如く弱々しく行った」
「そのときのレアちゃんは今でも覚えています」
奈々先輩が懐かしみながら言う。
「二年生の教室の前でわざと、立ち止まるんです。ノックするか迷ったようにして、少し離れて。またドアの前に立って。見かねた誰かが声をかけるまで。それで、連れられて入ってきたらか細い、だけどよく通る声で名前とマニフェストを言って。チラシを配るときもわざと躓いたりするんですよ?笑顔もぎこちなくして。もう、スタイルのいいレアちゃんに皆はギャップでやられてしまって」
選挙期間の最後のほうなんて、いろんな上級生からお昼を誘われたりしていたんですよ?と、おそらく誘った本人であろう奈々先輩は締める。たぶん、一番一緒に食べていたのは奈々先輩だ。勝ち誇った笑みが物語っている。
そんなしおらしい時期もあったのか。不敵な笑みを浮かべる今のレア先輩からは想像できない。いや、時期があったのではなく演出していたのか。
「恥ずかしい私と奈々の馴れ初めが流出してしまったが、だいたいわかっただろうか?」
「ええ、まあ……」
恥ずかしい俺の話を流出させたからおあいこだ。
「だけど、今の話は、何というか女性限定……っていう気がしますね……」
「別に女性だけが見た目を武器にできるわけではないが、そうだね。章後輩には扱えない武器だろう」
改めて言われると辛い現実だな。
しかし、
「しかし、君はさっき自分で言ったじゃないか。選挙に必要なものは知名度だと」
「それは半分だけ正解で」
「そう、半分だけ正解だ。もう半分を合わせたら完璧な回答になるが、少なくとも不正解じゃない」
レア先輩が指で俺の胸を叩く。
「なまくら刀も砥げば名刀へと生まれ変わる。使い手がよければスペック以上の力を持つ」
思い出して、とレア先輩は言う。
半分は知名度。もう半分はそれを得るために必用なもの。
「正解の半分は必要ない。なぜなら、君はもう得るべき武器を得ているのだから。知名度というね」
「あ……」
「君はもう、この学園では有名人だ。制服の採寸時、親と喧嘩を繰り広げるという、前代未聞の偉業を成し遂げた、不名誉な栄光を手に入れている」
体の内から熱さがこみ上げてくる。既に持っているもので勝負する。自分だけが持っている物を、文字通り身一つで。もしかして、レア先輩もこんな感じなのだろうか。望んで得たものではないが、価値に気づいて、磨けば研ぎ澄まされる武器を振るいたくなるこの衝動。
「嬉しくはないですね……」
「今はまだ、ね。選挙終了後には過去の自分を褒められるよう頑張ろう」