「で、結局どうしてるの?毎晩抱いて寝てる?」
塚端の家で、彼女が作ってくれた夕食を食べながら、奈々先輩から貰ったチラシの話になった。
「いや、引き出しのファイルの中。あれを見るとなんだか奈々先輩のことを思い出しちゃって……」
何となく身体に倦怠感が生まれるので出来るだけ見ないための措置だ。
「ふーん、先輩のこと好きなの?」
飲んでいた味噌汁を吹き出しそうになる。
「な、なんだよ藪から棒に」
「慌てる方が怪しいし。今の思い出すは明らかに恋している人のセリフでしょうよ」
「違うだろ……」
「付き合うなら自分から告白しなさいよ~。受け身はみっともないよ」
「それは塚端個人の意見だろ」
「さあね~わかんないし~」
具体的な反論もできず、飲みかけていた味噌汁を飲み干す。
結局、週に三、四回は塚端の家で食事を共にすることが多くなった。理由に両親の仕事が忙しくなり、晩飯を家族で食べる機会が減ったこと。そして、その時は食事代を渡されるが、どうせならそのお金でコンビニ弁当を食べるより出来立てのご飯を食べたかったこと。
塚端も出来合いのものを食べるより自分で作ったもののほうが良いらしく、お互いの利が一致した結果である。
食べる頻度が増えたので、俺専用の食器も置かれるようになっていた。
「でも、まさか対抗候補が出てくるとは思わなかった」
レア先輩の計画では、一番人気の無い〝庶務〟ならば対抗候補も出ずに楽に当選できるだろう、ということだった。
だが、出てしまった。二年生のバスケ部副部長、長身の細身、スポーツドリンクの似合うイケメン、相馬亮人。何もかもが俺の逆みたいな先輩だった。自分で言うのもなんだが、主に身長が。
「レア先輩も計画通りにならないことがあるんだね……」
先輩だって人間なのだからあって当たり前なのだが、何となくあの雰囲気から失敗しないだろうと、俺たちは考えていてしまった。まあ、「最後に勝っていればいい」なんて言っていたから大丈夫だろうけど。
だけど、全部先輩の言う通りにしていればいいと言うわけじゃない。俺たち自身もやることをやらなくては、勝利は遠くなる。
例えば、チラシのデザイン。奈々先輩が作ったものではとてもじゃないが注目を集められそうになかった。それで、差し替えることになったのだが、その役目を俺たちは引き受けた。だけど、実際にデザインしたのは俺たちじゃない。
「チラシのデザイン、すごくよくなったね」
俺は鞄の中からデザインが一新されたチラシを取りだす。
奈々先輩の思い描いていたイメージはそのままに、ポップなキャラクターが目を引くデザインになっている。
「沢辺がこんなの得意だったなんて」
確か美術部に入部したと聞いている。これだけ絵が上手かったら納得だ。
「前、ノートを少し見せてもらったの。ほら、生物の先生、字が小さいじゃん。それで渡し見えなくて」
「ああ、」
塚端ほど目が悪くない俺も、その先生の板書は苦労している。
「それで目がいい沢辺君に頼んでノートを見せてもらったんだけど、わかりやすくイラストが描いてあって」
塚端はそのことを覚えていて、レア先輩にデザインを得意な人──沢辺──に任せて欲しいと進言した。
「いやあ、けど、最初頼むのも苦労したよ。沢辺君、全然自分の上手さに気づいていないんだもん!勿体ないよね!」
そのなかなか受け入れてくれない沢辺を説得したのは、レア先輩曰く、人をその気にさせる天才の塚端だ。
結果は大成功。
対抗候補はもちろん、どの役職の候補者のチラシよりも素晴らしいものが出来上がった。
受けも上々で、印刷しても印刷してもすぐにハケていく。
「ちょっとずつデザイン変えているのがいいかもね」
「だね」
これはレア先輩の発案だ。とにかく注目され続けるためには、チラシを手に取ってもらい続けるのが一番。だが、一度受け取ったものをもう一枚貰おうだなんて誰も思わない。
「だったら違うものにすればいいってところまでは先輩の作戦だけど、まさかストーリーものにしてくれるとは」
沢辺は単純な絵柄違いにはしなかった。
それは言ってしまえば漫画のようだが、文字は一切使っていない。一枚一枚で一つのイラストとして楽しめるが、繋げてみればストーリーが浮かび上がる。皆、続きが気になって手に取っていく。
「奈々先輩なんて全部PDFで保存しているらしいし」
「あの人らしい……」
それぐらい、刺さる人には刺さるということだ。
演説も立ち止まって聞いてくれる人が多い。それはもう、俺の身長が低いことを知っている人がいて、シークレットブーツでレア先輩よりでかくなった俺に驚いて立ち止まるのだが。それでも、聞いてくれることに変わりはない。
「先輩方からは可愛いって言われてるらしいわよ?」
「やめてくれよ……」
そんな風に褒められて喜べる神経は太くない。いや、これもレア先輩のように武器として扱えばいいのか?
「まあ、アンタが可愛いのは身長だけだし。顔とかじゃないと思うわ」
「わかってるよ!」
ちょっと武器に使ってやろうかと思った自分が恥ずかしい。
「心配することないよ。奈々先輩の学年もレア先輩の学年も空気感では勝ってるて言ってたし」
そう、現状、対抗候補の相馬先輩よりも空気感では勝っている。正直、その自覚はある。安心していい。だけど、どうしても今日レア先輩に言われた「ここまで来たらどちらが相応しいかじゃない。君が相応しいかどうかの勝負だ」という言葉を思い出す。
「塚端はどう思う?レア先輩が言ってたやつ」
「勝負がどうのこうの?」
「そう」
彼女はうーん、と腕を組み、
「私はあなたを応援する立場だから、何が何でもあなたになってほしいと思うけど。ほかの人は違うのよね?」
俺は頷く。その通りだ。シェア部の人たち以外の大多数が、結局のところ誰がなっても同じなのだ。この生徒会選挙は結局のところ人気取り勝負なのだから。誰がなったところで、自分たちの学園生活に影響しないことを知っているのだ。
「それで、皆は今、あなたになったらいいなって期待している。たぶん、それは何となくでしかないんだと思う。なんとなく、あなたがいい、みたいな」
「うん……」
わかってはいたし、作戦としても誰も彼もが「なんとなく」で選ぶことを逆手に取っているのだけど、まざまざと突き付けられれば、自分がやってきたことが別の誰かに取って変わられた気がする。結局、俺は、俺の何をアピールしているのだろう。
「考えたけどわかんないや。たぶん、ヘマするなってことだと思う。明日の演説スピーチは完璧?最後のアピールの場だからそれこそヘマできないよ?」
「一通りは暗記したし、本番もカンペを持って行けるから大丈夫なはず」
自分に言い聞かせるつもりで言ってみた。大丈夫、今でも思い出せる。奈々先輩と考えながら書いた原稿をそのまま、自分の言葉にして言える。怪しいところなんてどこにもない。それでも正体のわからない不安は拭えない。
この後、スピーチの練習をみっちり二時間しても、それは同じだった。
唯一の救いは塚端が俺への期待を言葉にしてくれたこと。思い出すだけで、なんとかバラバラに砕けないでいられた。