若者の全て   作:白夏緑自

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最ッ低のMC

 投開票はその日中に行われるが、結果が出るのはほとんどの生徒が帰ったあとの放課後だった。

 俺たち暫定シェア部は結果を部室で待っていた。

 張り出しされる予定時刻は十七時四〇分。それまであと一〇分程。

「それじゃあ私たち見てきますね」

 奈々先輩とレア先輩が、結果の張り出される掲示板のある中庭へと出ていく。

 部屋には俺と塚端だけ。

「……」

「…………」

 二人とも、何も喋らない。勢いとは言えあんなこと言ってしまった手前、俺から何か話すべきなのだろうが……。

「あのー、塚端、さん?」

「なに?」 

「お話いいでしょうか?」

「んー、今誰かさんのおかげで忙しいからな~」 

 塚端は部室に来てからずっとスマホを操作している。指の動きからしてメッセージを送っているようだけど。

 そりゃあ、そうだろう。俺があんなことを言った手前、問い詰められないほうがおかしい。迷惑をかけている。間違いなく。

 これは塚端の青春を邪魔することになるのではないだろうか。彼女は青春部の活動について、合宿しか挙げなかったが、きっと恋愛も含んでいるだろう。しかし、俺が演説であんなことを言ってしまった手前、学園の男は寄り付かなくなるんじゃ……。

 謝るしかない。今の俺にできることはそれだけだ。

「塚端、ごめん」

「……」

「俺、塚端のこと何も考えず、つい……。もし塚端が嫌だったら全部取り下げるから……。その、本当にごめん」

「…………っ、」

 塚端が口を開きかけたとき、

「大変です!大変です!」

 息を切らした奈々先輩が走り込んでくる。その後ろにいるレア先輩は何も言わず、神妙な顔をしている。

「ど、どうしました?」

 まさか、落選した?それとも失格?学園を敵に回すようなことを言ってしまったからありえない話じゃない。

 先輩が息を整えている間、僕は何度もつばを飲み込む。

「七四〇対三です!」

「そう、ですか……」 

 レア先輩と奈々先輩、それに塚端も入れてくれたのか。こんなことになってしまったのに、本当に申し訳なさすぎて泣けてくる。これじゃあ、塚端はただ恥をかかされただけだ。

「違うよ。章後輩は勘違いしている」

「え……?」

 いつの間にか教室に入ってきたレア先輩が口を開く。予想が外れたとでも言いたげな自嘲的な笑みだ。

「七四〇は君が得た票だ。清き票も不純な票もほとんど全て君が集めてしまった。正直、これは予想以上だ。今だから言うが、君が相馬に勝てる見込みはそれこそ五分五分だった。敵がいないなんてその気にさせるために言ったに──」

 レア先輩の言葉はほとんど聞こえなかった。

七四〇。

その数字がずっとリフレインする。

あの熱狂は嘘じゃなかった。

 俺があの場に吐き出した熱した鉄みたいな言葉は確かに届いていた。

「よかった……」

 現実感のない喜びにふけってしまいそうな俺を現実へ引き戻したのは、意外な来訪者だった。

「あー、日下部君っている?」

 その人物は練習終わりなのか、シャツが暑そうに張り付いていてなお爽やかさが消えていない俺の対抗候補。

「相馬先輩……」

「お疲れー、ちょっといい?」

 呼び出され、連れていかれたのは結果が張り出されている中庭だった。張り出されて少し時間が経っていて最終下校間近であるからか人の姿は無い。

「まずは、すまなかった」

 相馬先輩が頭を下げる。

「何のことですか?」

「今朝から広まっている君の噂だよ。あれ、どうやら俺のツレが中学の友達経由で貰った画像だってさっき聞いてきた。二度とこんなことするなって言ったが、すまない!」

 爽やかさが売りみたいなものだった先輩からはただただ重い調子の謝罪が出てくる。

「やめてください。その感じだと先輩は知らなかったんですよね。先輩が謝ることじゃありません」

「だけど、出回ってしまった画像は消すことができないし、演説でも嫌な思いをさせて……」

「だから、それはもういいです。だって、」

 だって、

「あれが無かったらたぶん勝てなかったですから」

 掲示板に張り出された投票結果。

 七四〇対三。

 全校生徒が約七五〇人。 

 ほとんどが俺に入れてくれたことがわかる。

 相馬先輩に入った三票は、きっと先輩にも俺にとってのシェア部みたいな人がいるのだろう。何があっても相馬先輩が相応しいと信じてくれる人が。

「舞台袖で先輩の演説を見てるとき、圧倒されました。声の出し方、身振り手振りの使い方、息継ぎのタイミング。どれも、俺には無かった。普通にやっていたら負けていたと思います」

 あの噂が広まって、バカな質問が飛んでこなかったら、俺はあの観衆の熱気を生み出すことはできなかった。確かにそれまでの厳かだった空気は崩壊してしまったが、だからこそ出来た演説だったと思う。

「確かに、言葉は汚かったけど俺も熱くなれた」

 相馬先輩が苦笑する。そうなってた時点で負けてたんだな、と。

 俺はずっと気になっていた質問をする。

「なんで、相馬先輩は生徒会を目指したんですか?」

 なぜ、立候補者たちは生徒会入りを目指すのか。なんで、本気になれるのか。

「なんでって、やっぱり自分のエゴを満たすためでしょ」

 何でも無さそうに先輩は言う。

「生徒会長とか副会長とか、それぐらいのポジションになればまた違うだろうけど。庶務なんて有っても無くても変わらないポジションになりたがるやつなんて、ちょっと特別な人間になりたいだけのやつが目指すちょうどいいところだよ」

 言葉は矮小な人間とそのポジションを卑下してるくせに、清涼飲料水みたいな声のせいで嫌味に聞こえない。

「俺もそのうちの一人だけどね。二年でバスケ部副部長、さらに生徒会庶務、だなんて盛った設定だろ?」

「ええ、まあ……」

 確かに、普通の人ならちょっと重すぎる肩荷だ。相馬先輩ならなんなくやってしまいそうな気がするけど。

「俺はそんな肩書が欲しかった。恥ずかしい言い方をすると特別になりたかった。で、そのためには皆に認めてもらわなくちゃいけない。みんなが一票にどんな思いを込めているのかは知らない。ぶっちゃけ俺も去年までは適当に選んでいた」

 ただ、

「ただ、適当でも。やっぱり二人の内どちらかを選べとなったら、それなりに悩んだ。どっちが自分にとって認められるべき人間か。具体的項目なんて無いけど、それでも自分が信じたいと思える人間を選んでいたんだと思う」

 先輩が掲示板を見て、俺も視線を向ける。

「七四〇対三。俺に入れてくれたのは三人だけかー。ま、予想はつくけどな。皆、お前を信じたいと思って入れてくれた。で、俺たちは多くの人に信じて欲しいから頑張った。たぶん、白河に生徒会なんて意味ないって言われたんでしょ?」

「え、あ、はい」

 その通りだ。レア先輩は教室でもあの調子なのか。

 レア先輩は言っていた。生徒会なんて無意味だと。なのに、俺はいつしか本気になっていた。シェア部の復活の足掛かりのためなんて目的は二の次で、何か別のものを満たすために。

「でも、白河も生徒会選挙の時は本気でやっていたと思うよ。色々走り回ってたし、それを見て俺たちは白河に入れてたのかもしれない」

 レア先輩がそんな風に行動するところを信じられなかった。あの人はいつも余裕に振る舞って、いつの間にか勝負に勝っているような。あせくせと動くところを想像できない。

「それじゃあ俺そろそろ行くわ」

 人と待ち合わせをしているらしく、スマホでやり取りしていた。

「はい、ありがとうございました」

「お礼言われる筋合いはないって。俺が謝らなきゃいけないぐらいだ。

 ──マニフェスト、頑張れよ。俺はあんまり嬉しくないっていうか困るけど」

「あ、あぁ、はい……」

 勢いで言ってしまったとは、それもどうにかしなきゃいけないのか……。俺を信じてくれた人たちのためにも、知らぬふりはできない。

「て言うか、意外ですね。相馬先輩なら彼女とかいそうですけど……。恋愛禁止だと人目を気にしたりしませんか?」俺は演説でそこを突いたのだ。窮屈なルールを撤廃してやる、と。

「ん?いや、俺、彼女三人いるんだよね」

「は?」

「この学園恋愛禁止だろ。だから、三人にはほかの人には絶対言うなよってことにしてる。俺も言わないし。そうしたら付き合っているって知っているのはそれぞれ自分だけ。だからバレない。俺が三人と付き合っているって知っているのは俺と、お前だけ」

 合法になったら手を繋いで登校してとか言われるのかな、バレるな、面倒だな……と相馬先輩は俺がマニフェストを達成したときの心配を始める。

「なんで俺に教えてくれたんですか?」

「今日の噂の詫び。これでチャラにできるとは思えないけど、まあ好きにしていいよ。あ、けどすぐはやめてくれ。せめて文化祭が終わった後。そのときは任期終わってるか。じゃあ、お前がマニフェストを達成した瞬間言いふらしていいから」

 最後にとんでもない爆弾を渡してきて、爽やかな笑顔で去っていった。今から会うのも彼女の一人らしい。あの人ぐらい恋愛に軽く割り切れたら、それはそれで人生は楽かもしれない。真似しようとは思えないけれど。

 最終下校のチャイムが鳴って、慌てて部室へ戻る。

 入ると、塚端だけが椅子に座って待っていた。

「先輩たちなら帰った」

「あぁ、うん」

 塚端も帰ればよかったのに。わざわざ待ってくれなくても。

「何か言うことない?」

 塚端は椅子から立ち上がり、帰り支度を始める。

 気を張って警戒したライオンみたいに総毛だっている。

「え、あ、待っててくれてありがとう……?」

「どういたしまして!それもだけどもっと大事なこと!」

「演説の時、勝手に名前使ってごめん」

「そう、それ!あんたどういうつもりで言ったのよ!俺と、つ、塚端が手本を見せてやるって……!」

「どういうつもりって……」

 俺は思い出す。

 壇上からの光景。

 熱くなる心臓と速くなる鼓動にドラムみたいに打ち付ける血管の音。

 全部一気に吐き出さないように気を付けて、飼いならした自分の中の怪物。

 暴れそうになる視線を抑えつけてくれた塚端の姿。

 めちゃくちゃなことを言っていることを自覚していた記憶はある。もう後戻りできないところまで踏み込んだことも。だから、俺は考えた。どうせやらなくちゃいけないなら、誰とがいいだろうって。

 探して探して、すぐに見つかった。いや、それはただの確認作業だった。他にいないか、自分の中で迷いが無いかの、確認作業。

「どうせなら、塚端がいいなって……」

 俺の言葉を聞いて、塚端は警戒態勢から攻撃態勢へ移る。

「どうせなら⁉最ッ低‼あんた意味わかって使ってる⁉あんたはどんだけ自己肯定感低いし⁉どうせそんな自分でも私みたいな安い女なら、いろんな人に見せつけるのには手頃に可愛くて料理もできて気立てもあってだけどちょっとちょろくて扱いやすいなって思ってるんでしょ⁉」演説の後からずっと溜めこんでいたのか、マシンガンの如く言葉を吐き出す。砲身となっている顔は発熱して真っ赤だ。

「思ってないよ!」

 ていうか塚端は自分のことそんな風に思ってるの?それこそ自己肯定感低くない?

「俺は塚端がいいと思ったから言ったんだよ……。あ、けど料理できて気立てもあるっていうのは思ってるかも……」

 作ってくれる料理はいつも美味しいし、この選挙中もボロボロになりそうなところを何度か助けられた。

「可愛いも思え!」

 二の腕を鞄で叩きつけられる。今までで一番痛くて、重たい一撃だった。心臓が一音跳ね上がる。当たっていない胸が締め付けられる。

「……マニフェスト、達成しなさいよ」

痛みの正体が気になって動けない俺を置いて、塚端は部室を出ていく。

 そうだな、達成しないと。

 この胸の痛みは、欲望の塊だ。

 火薬を詰め込んだ風船みたく膨れ上がる欲望。仕舞っている場所は火花が散りばめられた胸の内。

 これを俺たちは誰かと共有したくなるのだ。

 誰かに咎められようと、抑えがきかくなくなって、青春なんてあやふやで実体のない言葉を盾にして。

 俺も欲望を抱えた。

 演説中、誰かと共有したい衝動に駆られて、大勢の人に引け散らかした。

 だけど、まだ一番望む人とはできていない。

「待って」

 俺は急いで鞄を掴み、部室を出てその人を追いかける。

 今はまだ欲望を一人で抱えたまま。もう、その人には気づかれて、見つかっているだろうけど。

 だけど、まだ、これは俺だけのものだ。

 いつか、堂々と言えたらと思う。

 返事を訊けたらと思う。 

 それまで、この感情は俺個人のものだ。

 誰もいなくなった廊下を俺たちは二人歩いていく。

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