仮面ライダージャオウ   作:否下

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メロス:太宰治の小説「走れメロス」の主人公。単純でのんきな男だが、邪悪は許さない強い正義感の持ち主。ジャガーマンシリーズでは、朗読素材を編集する「朗読ジャガーマン」と呼ばれる動画スタイルの1作目として「走れメロス」の音声が使われたことからか、独立したキャラクターとして独自の個性を与えた動画もみられる。


EP04 トゥルー・ブレイブ****

「はぁッ!」「ふッ!」「とりゃァ!」

 

 アナザーメロスと相まみえるマーゲイは、大した飛び道具もパワーも持たないアナザーメロス相手に優位に戦いを進めていた。この分なら、ジャオウが現れる前に叩きのめせるかもしれない。

 

 背負ったクロスに振り回されるかの如く暴れるアナザーメロスを、肘鉄で弾き飛ばす。

 

「これでどうだ!」『大沢たかお!』

 

 腕のホルダーから外されたのは、青い上蓋のウォッチ。

 

『アーマータイム!』

 

 彼女の前面に、青いカーテンの前に立ち、左上を無心に見つめるようにも見える平面として、アーマーが顕現した。じりじりと後退してゆくそれは、前面からの攻撃を防ぐ役割も担う。ウォッチに内包された力の持ち主の顔があったであろう部分は、黄色い「たかお」の字となっている。

 

 こちらに向かってくる薄い壁。描かれた男と同じ方向を向きながら、マーゲイが壁に向かって走る。

 

『たかお!』複眼の3文字が輝いた。後ろで、微笑みを浮かべながらナカヤマが見ている。

 

 細く白い縞の入ったスーツを模した胴アーマー。背景のカーテンは、マントとして現れ、マーゲイに羽織られた。その他のアーマーと比べれば、手の部分に追加される装甲がないなど、簡素な作りになっているらしい。身軽さを生かせる、マーゲイには好都合な姿だ。

 

 翻るマント。アナザーメロスが苦し紛れに繰り出す拙い攻撃を、マーゲイはたやすくかわし、いなしてゆく。

 

 マントの後ろから、客車の底面にあるような車輪が2つ。腿の、脚の裏を這い、足に装着された。その風体は、さながらローラースケート。

 

 足部の車輪群(ミッドナイトエクスプレスエクスプレス)が高速で回転し、特急よりも早くマーゲイの身体をアナザーメロスに向かわせる。マーゲイが構えた鋭い拳が、怪人の身体を貫かんばかりに突き刺した。衝撃は身体を突き抜けて十字架に。前進を続けるマーゲイに押され、彼方吹き飛んだ。ゲートを越え、じゃんぐる側に押し戻されたような形である。

 

『フィニッシュタイム!』『たかお!』

 

 すかさず、マーゲイは必殺の態勢に入った。腰を低くすると、起き上がれぬままのアナザーメロスに突進する。

 

 しかし、マーゲイの姿は一撃の寸前で消え去った。

 

 足を折り曲げ、どうにか立ち上がった怪人の背後から、マーゲイがアッパーを食らわせる。空に押し上げられるアナザーメロス。

 

 疾走。再び姿を現し、落ちてくる十字をまたも上空へ戻す。

 

 消えては現れ、消えては現れを繰り返すさまは、まるで死霊ファントムのようだ。マーゲイは足裏の車輪で怪人の直下を往復し続ける。重力に従うまま、アナザーメロスは抵抗も満足にできない。

 

 側部に装着されていた車輪がマーゲイを離れた。落下しきらぬアナザーメロスに突進し、はるか上空へと押し上げる。

 

『ノルマ達成・タイムバースト!』

 

 上空で車輪が消滅、アナザーメロスは地表へと真っ逆さまだ。激しい勢いで落ちる身体を、マーゲイが鋭敏に蹴り付けた。針のように刺す一撃に、アナザーメロスは爆散したのである。

 

 怪人の断末魔と、駆け付けたジャガーの驚く声が聞こえたのは、ほぼ同時の出来事であった。爆発の向こうに倒れた男の半裸体に、ジャガーが走り寄る。

 

「君、大丈夫っ!? あっ、おにいさん、水持ってきて!」

 

「……全く、人使いの荒い魔王で」陰で見ていたナカヤマ。のそりと出てきた彼が渋々放ったバケツは虚空に消え、やがてジャガーの目の前にたっぷりと水を満たして現れた。大きい川の水より澄んでいるところを見るに、サバンナの水場からすくってきたものだろうか。

 

 ジャガーはバケツ一杯の水から一すくい、大の字に横たわる男に与えた。口に含み、ごくり飲み干す。

 

 彼の口から、ほうと長い溜息が出た。顔には希望が戻ったような。彼が元々希望を持っていたかなどわからないが、ジャガーにはなぜか「戻った」という言葉が思い浮かんだ。

 

 男が起き上がった。

 

 朝の時と同じように、彼は辺りをきょろきょろと見回し、ぱちりと瞬く。獣の耳を持った少女がいる状況を、当然ながら全く呑み込めていないようだ。

 

「あぁ、よかった。元気になった、のかな」ジャガーがぐっと顔を近づけると、男は驚いて大きく後ずさりした。怯えているようにも見える。マーゲイはその様子を遠巻きに眺めている。

 

「ご、ごめん。えっと、あたしはジャガー。君は?」

 

 顔色を変えられたジャガーは、何とかフレンドリーに振る舞おうとする。

 

 男はしばらく黙っていたが、ほどなくゆっくりと口を開いた。だが、発せられる言葉は前と同じ。

 

「――セリヌンティウスは……どうなった?」

 

「えっと、セリヌンティウス、ってのは、誰?」ジャガーが問う。

 

 それを聞き、男の顔は暗くなったように思われた。

 

「……私は、負けたのだな」

 

 やんぬる哉、と男がまたも大地に身を投げ出す。どこか遠く、彼女たちの知らないところを見つめる瞳。しかし、彼は訝しんでいた。燦燦と輝く陽が視界に写り込む。

 

「そこの……ジャガー! 今は、その、何刻だ?」

 

 ジャパリパークに、はっきりとした時間の概念はない。何を訊かれているのかわからず、困ってジャガーはナカヤマに視線を向ける。

 

「真昼時は過ぎました。夕刻までは、まだ長いです」

 

「――そうか」

 

 聞いて、男の目はわずか輝きを取り戻したように見えた。ついさっきまで立ち上がることもかなわなかった足に、力が戻っているのだ。

 

 すっくと立ちあがった男は、ジャガーのもとに近づく。

 

「申し遅れた。私はメロス、助けて頂いたな」

 

「メロス……!?」ジャガーの顔がほころぶ。直感が当たった、のだろうか。何故だかここに来なければならない気がしていたが、まさか探していたメロスがここにいたとは。

 

「メロス……!?」マーゲイは目を見張った。ヒョーマジャオウの手に握られていた力のうちのひとつ。つまり、彼が持つはずだった力をジャガーが手に入れてしまったことが、ヒョーマジャオウを生む一因になったということだ。だが、ジャオウはどのように彼らの力を手にするのか。マーゲイにはまだわからなかった。

 

 彼らの中に割って入るべきか、はたまた静観か。葛藤するマーゲイをよそに、微妙な雰囲気の2人であった。

 

 突然メロスが言った。

 

「夢……かもしれん。だが、私はお前と1度会ったことがある」

 

 そうして彼は、その精悍な手に握られた何かを、ジャガーに見せた。

 

 ブランクウォッチ。

 

「……えっ」ジャガーが驚嘆する。声には出さないまでも、遠くでマーゲイも目を見開いていた。

 

「ずっと、返さなければと思っていた。さあ――」

 

 そう言いかけたとき、周囲の空間が波打つことを、メロスは「見た」。ジャガーをはじめ、周りのものはその波を受けて止まったように思われる。だが、メロスは動く時に取り残されている。

 

 気づけば、どこからともなく現れた骸が後ろから、彼のもとに歩いていた。

 

 モウジャは呆れたように溜息をつくと、彼の背を這うような声で語る。

 

「なぜ、魔王になる者と親しげに? そこにいるのは、あなたが憎むべき存在じゃないですか」

 

「また、お前か。幻で無かったのだな」

 

(タイムジャッガー……ですって?)

 

 時が止まった中においても、マーゲイの意識は動いていた。まさか……マーゲイが勘繰る。

 

 止まったジャガーに一瞥をくれ、メロスは強く息を吸う。「彼女は私を助けたのだ。お前とは違う」

 

「何?」モウジャの眼窩の中に渦巻く闇が深まる。

 

 そのまま、メロスの背に腕を突っ込み、強引に体内からウォッチを引きずり出し、起動した。

 

「あなたの感情など聞いていない。ここで止まられては、困るんですよ!」

 

 モウジャがウォッチをメロスの身体に突き出す。

 

 だが、ウォッチが彼の身体に刺さることはなかった。メロスは、向けられた腕を身軽にかわしたのである。

 

 メロスの眼差しが、モウジャを厳しく睨む。

 

「言っておくが、私は王になどならぬ。村の一牧人程度が性に合っている」ボロボロになった衣服が風になびく。「……一度はお前の誘いに乗った。けれども私は、お前の出所のわからぬ力より、水をたった一すくいで、身の芯から湧き上がる胆力の方が余程良い」

 

「契約破棄ですか? この期に及んで……ッ!」体を震わすモウジャ。骨の鳴る不気味な音が、時の止まった無音空間にこだまする。

 

 舌打ちがわりに歯をきしませ、モウジャが無理やりにでもウォッチを埋め込まんとするその前に、メロスは走っていた。

 

「悪魔め。私は、正義のために走る」朽ちかかった頭蓋骨にひびを入れるほどの勢いで、メロスは腕にうなりをつけてモウジャを殴った。衝撃で気が緩んだか、時間停止が解除される。アナザーウォッチは骸骨の手を離れ、道の外へと落ちてゆく。

 

 時が止まったり動いたり。当惑するジャガーのもとに、メロスがすっ飛んでいった。手には、力強くウォッチが握られている。

 

「改めて、これをお前に返す」メロスの目は鋭かった。あの時のオレと同じように。

 

 彼がそう言うやいなや、ウォッチは光を帯び、オレンジの上蓋のライドウォッチに変化した。

 

「どうやら、この道を進んでもシラクスには着かぬようだ。お前が、私の代わりに走ってくれ。友を、救ってくれ」

 

「――わかった。君の頼み、引き受けたよ」

 

 ジャガーの眼がメロスを見据える。どこからともなく飛んできたタイムマジーンが、彼女の頭上で扉を開いた。

 

 去ってゆくタイムマジーン。遠ざかる機影を存在しない瞳で見ながら、モウジャはマントの中で口惜しく地団駄踏んだ。

 

 

 

『ココガ、《走れメロス》ノ世界ダヨ。古代ぎりしゃダカラ、言葉ガ通ジナイカモ』

 

 モニターに映し出された昼下がりの風景。一人の男が、峠道をよろめきながら下っている。メロスだ。

 

「あの子だ! ボス、急いで――」ジャガーの頼みは、ナカヤマに制止された。

 

「彼がアナザーメロスにされるまで、待たなあかん」今まさに地べたに倒れ込んだメロスを無慈悲にも映すモニター。

 

 あのような姿を見ては、何でもいい、何かして救おうと思うのは当然だ。ジャガーの性格からして、すぐにでも向かって助けたくなる。しかしナカヤマの言うとおり、ここで手を差し伸べては、この世界に赴いた意味がなくなってしまう。不本意ながら、ジャガーは従わざるを得なかった。

 

「今は遠くから様子を見るのみですやんか。タイムジャッガーに感付かれても厄介です」

 

 ――時が止まった。路傍の草原に身を横たえたメロスに、深緑のマントを身に着けた骨が歩み寄る。

 

 メロスの口が動くも、声は出てこなかった。荒い呼吸が、喉にダメージを与えていたのだ。

 

(何者だ……?)

 

 骸はしゃがみ込むと、耳元に囁き始めた。「私はタイムジャッガーのモウジャ。あなたに少しばかり悪い知らせと、飛び切り良い知らせを持ってきました」

 

 メロスの瞳には、モウジャが「飛び切り良い知らせ」を運んできた死神のように映る。間に合えば、私は殺される。間に合わなければ、セリヌンティウスが殺されるのだ。自分のもとに死神が現れても不思議はあるまい。はたまた、疲れ故の幻か。

 

「まず悪い知らせです。あなたはこのまま倒れ伏していれば、刻限に間に合わない」

 

「続いて良い知らせ。私と契約すれば、あなたは街まで走り続けられる。日没に間に合うかもしれない」

 

「どうしますか? ……と言われても、あなたは話せないでしょうね」『メロス!』

 

 起動されたアナザーウォッチが、身を起こせないメロスの胸に埋め込まれた。呻き声さえかすれ消え、強引に直立姿勢にされたメロス。背後に現れた十字架に両腕がくくられる。

 

『メロス!』とても十里も走れるようには見えない、不健康そうな姿に変貌したメロスを尻目に、モウジャは時を戻して立ち去った。

 

 再始動した時の中、モニターに映るアナザーメロスをジャガーが確認する。「今だよボス、急いで!」『分カッタ』

 

 刹那、ガーが空を超特急のように泳ぎ、メロスの数m先に回り込んだ。ジャガーは滑らかに降車。行く手を塞がれたメロスは憤り、牙のように尖った犬歯を見せて唸る。

 

「二度までも邪魔をするか……実に呆れた王だ」

 

「あたしは王じゃない。でも――」

 

 頭をよぎる、キングコブラの慈愛に満ちた眼。「――でも、王じゃなくても、みんなが頼れるようなあたしになる。そのために、君との約束を果たす」『ジクウドライバー!』

 

『ジャオウ!』

 

 真正面からアナザーメロスを見据えたまま、手元を見ることなくジャガーはベルトにライドウォッチをはめ込んだ。

 

「行くよ……変身!」

 

『ライダータイム! 仮面ライダー(ウィー)ジャオウ!』

 

 背後に展開された文字盤から飛び出したマゼンタの「ジャガー」が、強行突破を試みたメロスを阻む。遥か未来、異国で発明されるであろう文字(カタカナ)に視界を遮られた彼は、直後に飛んで来たジャガーの拳に気付けなかった。山賊との戦いで疲弊した身に、パンチが直撃する。

 

 しかし背負った十字は、彼が倒れることを許さなかった。ついさっきまでメロスの脚を痛めつけていた急勾配に、十字架が引っ掛かる。それにとどまらず、一たび後退すれば坂に十字架の角が刺さり、ただでさえ制限されている行動の幅がさらに狭まってしまうのだ。

 

 乱れ飛ぶジャガーの攻撃を、メロスは受け流すこともできず食らい続ける。胸に拳が突き刺さり、アナザーメロスの口から紅い液体が噴き出た。

 

「――!」紅のしぶきを受けた胸部装甲が、じゅわぁと泡を立てて溶けてゆく。味を占めたメロス、ジャガーの顔面を目掛けてさらに溶解液を吐いた。

 

 目くらましの隙をついて、シラクスまで走り切ろうとしているのだ。ジャガーの横を、下り坂の加速も利用してメロスは駆け、去ってゆく。

 

「まずい! でもっ……」焦る彼女の視界に入ったのは、メロスに渡された橙のウォッチだった。

 

 ――私の代わりに走ってくれ。

 

 彼から預かった言葉を思い出す。ジャガーには、彼に託されたウォッチが光輝いて見えた。

 

 もう、メロスの姿は砂粒ほどの大きさにも見えない。だが。「……今から追い付けばいいんだね?」

 

『メロス!』日が、次第にかげり始めている。1回転したジクウドライバーは、ジャガーの装いが変わることを声高く告げた。『アーマータイム!』

 

 ジャガーの横に姿を現したのは、オレンジ色の長方形。走る最中に足を上げた、その一瞬を切り取られたような男の絵が描かれている。その絵は長方形から飛び出て立体化すると、四肢を伸ばし、ジャガーの体を覆った。

 

『「走れ!」メロス!』

 

 オレンジ色――文庫本の表紙から、こちらも飛び出た「メロス」の文字。走るヒトの脚のイメージを落とし込んだマゼンタの3文字が、若干融け落ちていた「ジャガー」に代わって顔に装着された。

 

「祝え! 全フレンズの――」「ありがたいけど、後にしてくれない?」わざわざタイムマジーンを下りてまで祝わんとしたナカヤマだが、不貞腐れたような顔で機内に戻る。「よくわからんけど、追いつける気がする!」ジャガーはそう言うが早いか、街に向かって駆け出した。

 

 メロスアーマーの脚部装甲は、長距離走に特化した人工筋肉。峠下りの敵・接地時の衝撃をしっかと受け止めて大地を蹴り、さらなる加速を生む。「……いた」十字のお陰でよく目立つ。路行く人を跳ね飛ばして走るメロスがはっきりと視認できた。太陽はずんずん沈んでゆく。「まだ――いや、絶対間に合わせる!」黒い装甲のジャオウが、風のように峠を駆け下った。

 

 走る中で、少しではあるが距離が詰まりつつあることをジャガーは感じていた。麓を過ぎ、道沿いの草原が風に波打つ。メロスの行程は曲がりくねっていた。彼が通った道を示す、獣道のように草が倒れた野原を縦貫する筋を、ジャガーは忠実になぞった。瓶がひっくり返った、中断された酒宴の中を突き抜け、散乱した小銭を蹴り飛ばし、犬の身を驚愕のあまり飛び出した糞を跳び越え、沈んでゆく太陽の十倍も速く彼女は走った。

 

 悪に堕ちた一牧人にジャガーが追いついたのは、身軽な者ならそつなく越えられるであろう小川の手前。アナザーメロスにのしかかった十字架は、ここでも彼の走りを妨げたのだ。

 

 凄まじい速度のジャガーは急ブレーキをかけ、川を越えられずにつまずいたメロスの寸前で何とか停止した。満足に後ろも向けぬメロスが立ち上がり、「誰だ」と尋ねる。

 

「あたしは――」「祝え!」

 

 ジャガーの言葉を遮ったのは、上空に浮かぶタイムマジーン機内から叫んだナカヤマ。

 

「全フレンズの力を受け継ぎ、時空を超え過去と未来をしろ示すけものの王ジャ。その名も仮面ライダージャオウ・メロスアーマー。また1つ、新たなフレンズの力を継承した瞬間である!」

 

 見上げてメロスは、声の主が乗る、見覚えのある飛行物体を認識した。メロスはかすれにかすれた声で息巻く。

 

「しつこい奴だ。そこまで私の邪魔をしたいか」

 

「"君に"頼まれてるからね。何度でも邪魔するよ」ジャガーは高く跳び上がり、爪で切り裂きにかかる。攻撃そのものは十字架に阻まれたが、上からの強烈な衝撃はメロスのバランスを崩すには充分だった。よろめいたメロスに飛鳥の如く俊敏に襲いかかり、痛烈な正拳を見舞う。どうやら、このフォームは爪を扱わず格闘するのに向いているようだ。余談だが、野生のジャガーは「猫パンチ」で獲物を仕留めることがある。

 

 その本能的な格闘センスも味方したか。ジャガーはアナザーメロスのタックルを苦も無く受け止めつつ、破壊力抜群のストレートを何発も食らわせていた。山賊を殴り飛ばしてきた実に強靭なメロスの肉体を模した、ジャオウの装甲。正義のため、信実のため、友情のために振るわれたその力こそが、このアーマーに限界を超越した、数字では表し難いほどのパワーを与えるのだ。

 

 体をよじらせ、制限された行動の中で可能な限りの攻撃手段を講じるアナザーメロスだったが、身体の疲労には敵わず、再び足を動かせなくなった。ジャガーは仮面の向こうでそっと目を閉じ、両ウォッチのボタンを続けて押す。

 

『フィニッシュタイム!』『メロス!』

 

『太宰治作・タイムブレーク!』わけのわからぬ大きな力が、メロスに向けて彼女を引きずった。「えっ、えぇぇ~っ!?」最初こそ戸惑っていたものの、オレアーマーの時の隕石と同じようなものと考えればジャガーにも理解できる。わかってしまえば、勢いをつけるために利用するのみだ。

 

 アナザーメロスの右頬を、ジャガーは周囲一帯に鳴り響くほど音高く殴った。

 

 ゆっくりと倒れたメロスは、ジャガーを巻き込んで爆発。炎の引いた奥ではアナザーウォッチが砕け、変身の解けたジャガーの足下で、全裸体の男が横たわっている。

 

 数秒の間、ジャガーは無言で立っていた。

 

 ……でも、こうしなきゃいけない。

 

 ジャガーは潺々(せんせん)と流れる小川に急ぎ、清水を一すくいすると、起き上がる気配のないメロスの口を開いて飲ませた。ジャパリパークの時には精気を取り戻したメロスだったが、疲労困憊、まどろんでいるようにも見える。聞こえていなくてもいい。ジャガーはブランクウォッチを彼の手に握らせると、二言だけ、耳元で伝えた。

 

「――あたしは代わりには走れない。君が、セリヌンティウスを救うんだよ、メロス」

 

 タイミングを計って飛来したタイムマジーンに、持ち前の跳躍力で飛び乗り、ジャガーは《走れメロス》の世界を後にする。目蓋を細く開いたメロス(勇者)が、空に開かれたタイムトンネルの下、歩き出せるほどに疲労を恢復し、立ち上がらんとしていた。

 

 

 

 ジャガーが帰還したさばんな・じゃんぐる間のゲート前には、もう誰もいなかった。わざわざ、ここを発った時間の数分後に合わせて帰ってきたというのに。

 

「……おかしい」何となく、ジャガーが違和感を覚える。「メロスのにおいがしない」

 

 その時ひょうと吹いた強い風が、その違和感をかき消したと同時にナカヤマを何処かから呼び寄せた。

 

「全く、儀式を途中で遮るのはやめてほしいやんか……」

 

「え? あぁ、あれはその、急いでたからさ。えへへ」

 

 屈託のないジャガーの笑顔は、ジャガーの決意に満ちた晴れやかな心を正面から映していた。

 

 最高最善の王。カワウソや、TSUYOSHIや、みんなを守れるように、もっと大きな力が欲しい。

 

「キングコブラのとこ、行こうかな。おにいさんも行く?」

 

「遠慮しておきます。やらなあかんことが……」前にも聞いたような理由でナカヤマは断ると、ジャガーに見えないようににんまりと笑んだ。

 

 

 

 かくして、ジャオウはメロスの力を得た。ヒョーマジャオウへの覇道を着々と歩む彼女だったが、マーゲイに次ぐ新たな障壁が立ちはだかる――

《ジャガマニズム》の世界。赤い翼の悪魔人間、白いサイボーグ的存在、虎柄の面のトリオが、パソコンの画面に齧り付き、何かを楽しそうに待っていた。「まだかーっ!」「待てない」「あ、始まりマスク」彼らの聴き慣れたイントロが、生放送の開始を知らせる。

『見えてるかな……? 大丈夫だよね? じゃあ、始めます。どーも……! バーチャルジャガマニスト・此処――』

 配信が、突如途切れた。

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