東方暇潰記   作:黒と白の人

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かなり遅くなりましたが
明けましておめでとうございます
今年も暇潰にお付き合いください


第94記 八雲の式との昼下がり

風呂から上がり、体から湯気を立ち上らせながら俺は歩く

昨日の夜、紫と酒を飲んだ桜の見える春の縁側で日向ぼっこをするように陽の光に当たる

 

暫くそうして時間を潰していると藍が茶を持ってきた

 

「ほれ虚、茶だ」

「ん?あぁ、ありがとな」

 

藍は俺の隣に腰を下ろし足を外に投げ出した

 

「……仕事はもう良いのか?」

「ん?…ふんふんふん……あぁ家事は粗方終わったしな、後は買い出しが残っているくらいだ、何ならお前も一緒に来るか?」

 

藍は空を仰いで鼻歌を歌うように頭を揺らして指を一つ一つ折り曲げ、確認が終わったのか一つ頷いた

 

「良いのか?」

「うむ、それにな、二人きりで里に繰り出すなどまるで…逢引のようではないか、そう言ったものに私は少し憧れておってな……」

 

藍は少し照れたように笑った

チラリと藍の背中を見ると尻尾がユラユラと少し揺れている、それは犬が嬉しいと感情表現しているようだった、その九本ある尻尾の内一本が俺に巻き付く

 

「……くすぐったいぞ」

「良いではないか、お前も好きだろう?」

 

藍は体を前に倒し、下から俺を覗き込むように俺と目を会わせる

 

「……まぁ嫌いではない」

「ならば私の好きにさせよ」

「へいへい」

 

俺がそう投げ遣りに返事を返すと藍は俺に巻き付かせている尻尾の本数を増やした

藍は俺との距離をさらに縮め、俺の肩に自分の肩を押し付けるように近付いた

 

「なぁ虚よ、これを覚えておるか?」

 

藍は袖に手を入れ中から一つの櫛を取り出した

今朝は気付かなかったがその櫛はかなり使い込まれた形跡があり、もうボロボロで何度も修繕を繰り返され、物としての寿命をもう迎えているように思えた

 

「また懐かしい物を……」

 

それは以前藍を紫に預けた時に渡した櫛だった

 

「ふふ、これはお前との繋がりの証だからな、今もまだ使わせてもらっているよ」

 

藍はその櫛を懐かしむように撫でる

 

「……そこまで良いものではないのだがな」

 

藍に渡した櫛は決して高価な物ではなく、そこらで安価に買うことができる安物だ、さらに言えば能力で創り出した物であるから金すら掛かっていない

 

「確かにそうだ、私が宮廷に居たときの物に比べれば安物だろう、だがこれは他ならないお前から貰った物だ、それだけで宮廷時代の物よりも遥かに上等の物に変わるのだ」

 

俺はバツが悪そうに頬を掻いて言うと、藍はコクリと頷きそれを認め顔を綻ばせてそう返した

 

「……もうその櫛使えないんじゃないか?」

 

俺は櫛を指差しそう言った

 

「あぁ、悲しいことだがな」

「……直そうか?」

 

藍は少し顔を俯かせ頷く

俺はため息をついてそう言う

藍は顔を上げるがその顔は曇ったような諦めの顔だった

 

「もう直しようがないと思うのだがな」

「ほら少し貸せ」

 

俺がそう言って手を差し出すと藍は櫛を差し出し俺の手の上に置いた

俺はそれを手に取り裏と表を見てパチンと指を鳴らし櫛の傷と劣化を(無かったこと)にした

 

「なっ?!」

「ほらこれで良いか?」

 

突如新品同然のように変わった櫛を見て藍は驚いた声をあげた

俺は櫛を渡し藍はその櫛を様々な角度から見て観察している

 

「……ふふ、ありがとな虚」

「どういたしまして」

 

藍は柔らかな笑顔で礼の言葉を述べた

俺も釣られるように笑ってそう言った

俺は藍が持ってきていた茶に口をつけ湯飲みの茶を飲み干した

一息吐いて再びお盆の上に置くと肩への圧力が消えるのを感じ俺は藍の方へと視線を向ける

 

「……」

「どうした藍?」

 

藍は何も言わずにニコリと笑い、自身の腿をトントンと叩いた

暫く俺は何もせずに藍を見続けた

 

「分からんのか?頭をここに乗せよと言うのだ」

 

藍は首をコテンと傾かせて俺と目を会わせそう言った

 

「……膝枕かい?」

「うむ、ほれ頭を寄越せ」

 

藍は再度自身の腿をトントンと叩く

俺は言葉に従って頭を腿の上に乗せた

藍が俺の目を隠すように手を置くと尻尾が毛布のように俺の体を覆っていく

 

「……藍って尻尾を巻き付かせるの好きだよな」

「ふふ、そうだな、こうやってお前を包んでいると言い知れぬような征服感が私を襲ってな、今私の最愛の人はこの腕の中に存在しているのだと言うのを感じれるから好きなのだ」

 

心なしか俺に毛布のように巻き付く尻尾に力が込められ始めている気がする

藍は俺の髪を撫でる

 

「ふむ、この艶は羨ましいな、下手な女より艶があるんじゃないか?」

「男が女っぽいって言われた時の心へのダメージを考えてくれませんかね?」

 

俺は桜の見える庭から視線を外して藍の声が聞こえる上を見上げる

 

「ふふっすまないな、たが羨ましいのは事実だ」

 

藍は笑いながら軽くそう謝って俺の髪を再び鋤くように撫で始める

シュルリと何かを(ほど)く音が聞こえた

 

「藍?」

「まるで引っ掛かる気配がせぬな……」

 

どうやら俺の長い髪を縛っている濃紺の紐を藍は(ほど)いたらしい

 

「そらさっき体を流したからな、あと藍少しくすぐったい」

「ふむ、そうなのか、あとどちらがくすぐったいのだ?」

 

藍は俺の髪を鋤いていた手を動かし、同時に尻尾も俺の胸をくすぐるように動かす

 

「どっちもだ」

「ふむ、そうか」

 

そう藍は返事を返すだけで尻尾も髪の手も退かす気はないらしい

 

「人里に買い物に行くんじゃなかったのか?」

「あぁ行くとも、だがまだお前の重みを感じていたいのだ」

「……帰ってきてからでも良いんじゃないか?」

 

藍はクスリと笑って言った

 

「ふふ、言質はとったぞ、帰ってくれば私の好きにさせてくれるのだな?それでは行くとしよう」

 

藍はそう言いながら尻尾と手を退けた

 

「……言質なんか取らなくてもお前はそうするだろうに」

「だがお前からの許可があったのだからどんなことをしても文句は言えんよなぁ虚?」

 

顔が見えないが藍はニヤリと笑った気がした

俺はため息を吐いて頭を上げて起き上がる

 

「もとから言うつもりはない、それにその辺は……昨夜の、言葉通りだ」

 

俺は髪を結んでいた紐を取って藍から顔を背け髪を纏めて結びつつそう言った

 

「……そうか!」

 

藍は嬉しそうな声でそう言って俺の背中に抱き付いた

 

「わっと藍!?」

「許せ!これはお前が全部悪い!その言葉は正に反則だ!」

 

藍の腕がギュウッと俺の体を締め付け、背中に一番柔らかい感触を感じ、尻尾も俺の体に絡み付くよう巻き付き和服の袖から入り込みモフモフとした感触を感じる

 

「くふは、藍!止めっ…!ハハッ!落ち着けって!」

 

俺の体を藍の尻尾が這いずるように動き柔らかく細かい毛が体に触れてくすぐったい、もがこうとしても藍の腕と尻尾で思うように体を動かせない

 

「ならば落ち着くまでこうさせろ!」

 

俺はくすぐったさに身を捩りながら藍にされるがままにされる

そのまま暫くすると落ち着いたのか藍は荒くなっていた息を整え、最後に一際強く俺を抱き締めると藍は離れた

 

「……よし、だいぶマシにはなった、それでもまだ物足りないが」

「これ以上何する気だ」

 

落ち着いたと口では言っているがそれに反してソワソワと体を動かし、尻尾も忙しなく俺に近づいては離れてを繰り返し今にもまた飛び掛かってきそうだ

 

「私としてはナニで構わないのだがな?」

 

藍はニヤリと笑ってそう言った

 

「こんな真っ昼間からは止めてください」

「わかっておる、全く冗談の通じぬ男だ……」

 

藍はハァとため息を吐き、ヤレヤレと言うように首を横に振った

 

「じゃあ先程俺が何も言わなかったらお前は笑いながら俺に冗談だと言うのか?」

「さてそれでは人里に下りるとしようか」

 

藍は俺と目を会わせることなく立ち上がった

 

「返事をくれませんかね?」

「ほれ人里に下りるのだろう?早く立たぬか」

 

縁側を少し進んだ藍はチラリと俺の方を見て俺の言葉はどこ吹く風と聞き流してそう言った

俺はジトリとした目で藍を見て大きくため息を吐いた後立ち上がり藍の後を追った

 

 

 

先に藍は外に出たと思っていたのだが外には藍の姿形もなかった

 

「藍?」

 

周囲をキョロキョロと見回し、藍の名前も呼んでみるが返事は返ってこない

暫くそうやって待っていると藍が廊下を歩いてこちらに向かって来ているのがわかった

 

「すまないな、少し忘れ物をしていて取りに行っていたのだ」

「それか?」

 

藍は手に風呂敷で包んだ何かを持っていた

 

「うむ包丁が少し刃こぼれしていてな、研ぎを依頼しようと思っていたのだ」

 

どうやら風呂敷の中身は包丁らしい

 

「ふむ、そのくらいならさっきの櫛のように直せるぞ?」

「いや、彼女の腕は良いからな、元に戻すより切れるようになるから任せる方が良いのだ」

「そう言うものか?」

「そう言うものなのだ」

 

藍はそう言いながら袖から一枚の札を取り出しそれを空中に浮かべ中心に五芒星を描く、すると空間が二つに裂けスキマのようなものが開いた

 

「こうやって外に出てるのか」

「紫様はあぁ見えて少し人見知りでな、だから結界を張ってこのような場所に住んでおられるのだ」

「……息苦しくないか?」

 

藍は迷いなく首を横に振った

 

「そんなことはない、こうして転移符も貰っているから好きなときに外に出られる、とは言っても仕事で何時でもとは言わないがな」

 

藍は笑顔を浮かべる、そこに偽りや作ったようなモノは見えず、手の掛かる主で苦労しているがやりがいがあると言いたいような屈託のない笑みを浮かべていた

 

「こう言った時に側で常に支えてくれるような男が居れば違うのだがな?」

「チラチラ俺を見ても何も出ないぞ」

 

藍はチラチラと俺を誘うように見る

俺はそれを無視して開かれたスキマに身を投げた




ふむ、これはまだ脈なしと見るべきなのであろうな……昨夜の言葉から大分傾いているのは間違いない、ならばあと少しか……

「まぁ良い、焦って逃すのは愚の骨頂、ジワリジワリで構わぬのだ、私も紫様もそして虚も、時間はたっぷりとあるのだ……」
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