スランプ脱却からは程遠いですがどうぞ
春の来ない異変の後日談
開幕でございます
昼下がり
冷たい風を避けるように俺は居間に用意されている炬燵の中に足を入れて特に何かを考えることなく天井を見上げている
ふと正面に視線を戻した
対面に座る紫は炬燵に体を寄せてウトウトと目が閉じかけている
右に視線を向けるとそこに居たはずの橙の姿が消えている、体を横に傾けて覗き込むと橙は頭だけ炬燵から出して眠ってしまっている
体を起こして今度は左に視線を送る
茶を飲んでいる藍と目があった
何を言うでもなく藍はクスリと笑った
「ふふっ家族みたいだな」
「お前らは家族のようなものだろう?」
橙と微睡んでいる紫を起こさないように俺と藍は声を抑えて話す
「お前も含めてだよ虚」
「旦那は俺で橙は娘か?」
「妻役は私と紫様だな」
藍は微笑みを浮かべながらそう言った
俺は後ろに重心を移してドサリと音を立てて倒れた
自分の腕で眼を覆い隠した
一瞬それも良いかなと思ってしまった、そんな自分に自己嫌悪した
「虚よ、大丈夫か?」
藍は困ったように笑いながらそう言った
何故俺が倒れたのかはお見通しらしい
「なぁ藍」
「どうしたのだ?」
「尻尾一本貸してくれ」
俺は何を言っている?
思わず言った瞬間自分で突っ込んでしまった
何の脈絡なくいきなり藍に尻尾もふらせろって俺は何を考えてる?いや考えてなかったのだろう
ここからどう言い訳をしようかと悩んでいると手にモフモフとした感触、視線を送ると黄色い尻尾が手元に伸びていた
「あまり……乱暴にするでないぞ?」
藍は少し気恥ずかしそうに、そして照れくさそうに頬をほんのりと赤らめて笑った
俺は尻尾を毛並みに沿って撫でる
藍の狐の尻尾は上等な絹のように触り心地は良い
顔を押し付けてみる
微かに石鹸の匂いがする
控えめに言って悪くない
「んっ!これ虚くすぐったいぞ」
そう言われるが声に怒気のようなものは感じられない
あまり怒ってはないようだ
「悪い」
「本当にそう思っているのか?」
「……あまり」
「全くお前という奴は……」
尻尾の影から藍の顔を見ると藍はヤレヤレと苦笑していた
「あまり満更でもないって顔してるぞ?」
「布団の上以外でお前が私に甘えるなどなかったからな」
藪をつつけば蛇が出る、そんな言葉が頭に浮かんだ
「…………そんなことより藍」
「露骨に話を逸らしおったな?まぁ良いだろう、なんだ?」
クスクスと藍は笑ってそう言って俺の言葉の続きを促した
「俺の中ではもう春なんだが、冬長くないか?」
「あぁその事か、少し前から冥界の結界が崩れておってな、春が冥界に流れておるからこっちはいまだに冬のように寒いのだ」
冥界の結界が崩れている
冥界とは霊が滞在する場所そんな場所と現世を隔てる結界が崩れている、下手をすれば怨霊と呼ばれるような霊が現世に雪崩れ込んで来るのではないのだろうか?
「直さなくて良いのか?」
「直さなければいけないな」
藍は全く焦ったような様子はなく答えた
「怨霊とか問題ないのか?」
「あぁなるほどな、冥界とは言うがそこはもう閻魔の裁判が終わり、後は転生を待つだけの存在しかいない、わざわざ現世に出てくるような物好きは居らんよ」
どうやら俺の認識が少し間違っていたらしい
「そうなのか……しかし壊れたものは早めに直した方が良くないか?」
「まぁそれはそうなのだが直せる術者が……なぁ?」
藍の視線が動くのに合わせて俺はムクリと起き上がる
正面には机に頭を乗せてスースーと寝息を立てている紫を見ながら藍は困ったように笑った
「起こすか?」
「しかし、こうもよく眠っておられると起こしづらいものがあるだろう?」
「……まぁ確かに」
もう一度紫の顔を見るととても安らかに寝ていて起こすのは忍びない
「なぁ藍これはわざとなのか?」
「これとはなんだ?」
「いや……胸」
俺の視線の先の紫はゆったりとした服の上からでも分かる胸を机の上に乗せている
「まぁ楽なのは否定せんよ、よいしょ」
「何故に藍も乗せる?」
「ん?やはり重いからな、触っても良いのだぞ?」
藍は妖しく笑う
自身の手を胸に添えている辺り視線を誘導しに来ているのが分かる
「触るか」
俺は誘導される視線を逸らしながら短く答えた
「そう言えば昼間は恥ずかしいのだったな?」
ニヤニヤとした笑みを浮かべながら俺の顔を覗き込むように見て藍は言う
「ノーコメントだ」
「ふふっ照れんでも良いのに」
藍はクスクスと笑う
とても楽しそうに笑う
「あぁ、良いなこれは……うむ、これはとても良いものだ」
藍は軽く頷きながら呟くようにそう言った
「良いこと?」
「まぁ簡単に言うとだ、私は幸せと言うことだよ」
「……そうか」
俺はそれだけ返して黙る
「蜜柑食べるか?」
そう藍は言いながら俺にいつの間にかに剥いた四分の一程の蜜柑を差し出した
その蜜柑に手を伸ばすと藍は子供からおもちゃを取り上げるように蜜柑を上げた
「あーん」
藍は笑いながら子供にこうやるのだと教えるように口を開けながらそう言って蜜柑を差し出す
俺は軽くため息を吐いて藍の差し出す蜜柑を口に咥える
藍が手を離したのを見て俺は口で蜜柑を上に放り投げる
蜜柑は重力に従って俺の口の中に落下する
「……うん甘い」
「やはり私の目に狂いはないな」
藍は数度頷きながらそう言って蜜柑を食べている
蜜柑って外から甘さの見分けついたっけなぁ……
そんなことを考えつつ俺も炬燵の上に積まれていた蜜柑を一つ掴んで剥く
実に着いている白い繊維を軽く取り払って半分に分けさらに半分に分けその四分の一の蜜柑を食べる
「これも甘いな」
「む?お前は私の眼を信用してないないのか?」
藍はジロリと俺を睨むように見る
俺は機嫌を直してもらうため、一房の蜜柑を先程の藍のように藍の口許に持っていく
「いや、そう言うわけではないが…まだ食べるか?」
はむっと藍は俺の差し出した蜜柑を食べた
藍は嬉しそうに目を細めて蜜柑を口に含んだ
「……虚、私にも頂戴」
声のした正面の方向を見ると紫が寝ぼけた目を俺に向けながらそう言った
「ほれ紫」
「あー」
俺は蜜柑を差し出すが紫は手を炬燵から出さずに口を開けてここに入れてくれと言外に言った
「はいはい……」
俺はそう言いながら一房紫の口に入れてやる
「ありがと」
「さて、紫様目が覚めたのでしたらそろそろ冥界の結界を直しに行きましょう、また巫女に苦情を言われますよ」
「分かってるわよぉ」
紫は大きく伸びをしながらそう言った
しかしその目はまだ眠いというのがありありと見える
紫が一つ欠伸をしたと思えば指を振って一閃
指の軌跡をなぞるようにスキマが開き、紫の姿がスキマに隠れてしまった
「あ、紫様!」
体が後ろに引き寄せられ誰かに抱き締められた
目線だけ後ろに向けるとそこに居たのは上半身だけスキマから出している紫だった
「何よ、別に逃げたりなんかしないわよ、幽々子から直してって連絡もらってるし」
「……紫抱くのは良いが耳元に息を当てるのは止めてくれ、くすぐったいんだ」
紫は俺の肩に顔を埋めるように抱きついていて、何か喋る度に耳元に息がかかってくすぐったい
「藍には許して私は駄目なの?」
「いや、藍にも止めてくれって言ってるぞ?」
「あら、あまり嫌がってないように見えたのだけど?」
俺は黙り込んだ、否定しきれない
確かに無理矢理にでも突き放すような態度を俺は取っていなかった
「沈黙は肯定よ?」
俺は軽くため息吐いて紫に体を任せ紫の手を上から重ねるようにしてそっと握った
紫の腕が少し驚いたように一瞬ピクリと震えたが、すぐに俺を抱き締める腕の力を強めた
「……まぁつまりこういうことだ」
俺は首を少し捻って紫の顔を見る
紫は目尻を下げて笑みを浮かべた、とても嬉しそうだ
「ふふっ大好き」
紫の少女のような笑みに俺も笑いを溢す
俺は無言で紫の手を握る力を強めた
「……さて紫様、お楽しみのところ悪いのですが先程も言いましたように早めに結界を直した方がよろしいかと」
「はいはい、分かったわよ」
紫はため息を吐き少し名残惜しそうに俺から手を放してスキマの中に入った
視線を正面に戻すとスキマは消えておりそこには紫の姿はなかった
「虚、隣座るぞ」
藍は炬燵から出ると俺の隣に来て俺と同じ辺の炬燵に足を入れて座った
それなりに大きな炬燵だが大人の男女が同じ辺に足を入れて座ると流石に少し狭い
少し間を開けようと端に寄ろうとすると脇腹に手を回され藍の体に引き寄せられた
「ほれ虚、少し寒いだろう」
藍は俺の体に数本の尻尾を擦り付けるように巻き付けた
首や着流しの少し開いている胸元にサラサラとした肌触りの良い尻尾が擦れてくすぐったい
「急に積極的になったな?」
「そうだろうか?私はいつもこのようなものだぞ?」
尻尾の力と藍の腕力で俺と藍の距離は零になっており、布越しからでも分かる藍の柔らかい肢体が押し当てられている
誘ってるんだろうなぁ……
そんなことを思いつつ天井を見上げようとするとヒョコヒョコと動くものが目に入った
白い布と札に隠れている藍の耳だ、それが布越しから少し分かる程度に動いている
「お前は本当に耳が好きだなぁ」
俺の視線がそこに固定されていたのに気がついたのか藍はクスクスと笑いながら言った
「暖かそうな藍が悪い」
「だからこうして私の体温を感じさせているだろう?」
藍は尻尾を軽く動かしさらに俺の体を密着させる
俺は軽く息を吐き、藍の手の下に自分の手を滑り込ませ指を絡めた
「……このくらいは、良いだろ?」
「あぁ構わんよ」
藍は目を細めて笑った
時折藍は絡めた指で俺の手の甲をトントンと意味もなく叩いている
それがまるでちゃんと私はお前の側にいると主張しているようで何か俺の方が気恥ずかしく感じてしまう
「虚、お前は暖かいな」
藍は俺の肩に頭を乗せ俺と目線を会わせる、そのためか自然と下から俺を見上げる形になった
「藍の方が俺としては暖かく感じるがな」
「どうせこれがだろう?」
藍は俺に巻き付けている尻尾を軽く動かしてそう言った
「否定はしない」
「そこは否定して欲しいところだがな」
藍はジトリとした視線で俺を見る
俺はその視線から逃げるために目を逸らした
暫く逸らし続けるていると肩の重みが離れて藍がため息を吐いた
「……まぁ良い、それもお前だ」
「なぁ藍、紫遅くないか?」
紫が着替えると言ってスキマに引っ込んでそれなりの時間が経っている気がする
「ふむ……確かに少し遅いかも知れぬな」
どうやら俺の勘違いではないようで藍も頷いて同調した
次に藍は袖から見覚えのある札を出し、その札を指に挟んで空を切る
その指の軌跡をなぞるように見覚えのある空間が開いた
「やはりそうでしたか、紫様!」
俺は藍の後ろからその空間、スキマの中を覗いた
黒とも赤とも言えないような空間に
その上には入った時に着替えようとした努力の痕跡か服がはだけた紫が眠っている
「まぁ炬燵の時から眠そうだったしなぁ」
「紫様起きてください、紫様!」
藍はスキマの中に入りユサユサと眠る紫を揺らして起こそうとしているが紫の眠りは深そうで一向に起きる気配がない
まだ幽々子の所に行くにはまだ少し時間が掛かりそうだなぁ……
俺はそんなことを思いつつ新しい蜜柑を剥き始める