孤独を愛したバーテンダー   作:格好いい囲い

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きっかけ

丁度二十歳を越え、誰も祝ってくれるはずない夏休みを悠々自適に過ごそうかと家でゴロゴロしていた時、普段は静かな携帯が鳴り響く。

画面に表示された恩師の名前を確認し、出ないと地獄まで追いかけて来るだろうと諦めの気持ちで電話をとった。

 

「…はい、もしもし」

 

「おや?珍しいじゃないか、君がすぐ電話に出るなんて、これから大雨でも降るのか」

 

久しぶりの一言がえらい言われようである。

もしかしてこの人まだ千葉村のこと恨んでんの?

 

「出なくても雨は降るんじゃないですか?血の雨が」

 

「なに、やまぬ雨などありはしないよ」

 

ここで俺が結婚の話しでもしようものなら本当に雨が降りそうだ。しかも最後の雨が。

 

「君が成人した祝いに酒でも飲み行こうと思ってね。今日が誕生日だろ?」

 

少し泣きそうになる。成人した時にこんな気遣いが出来るなんて二つの意味で泣きそうになる。

どうして結婚出来ないの?この人

 

「…はぁ、でも俺酒なんて飲めるか分かんないっすよ」

 

「安心したまえ、とっておきのいい店があるんだ。」

 

そう言って集合場所と時間を伝えた後に電話を切られた。

それにしても場所が銀座とは、あの人そこら辺の公園で一升瓶片手にいてもおかしくないだろ。

そもそも銀座なんて俺みたいなボッチが行けるような場所じゃねーよ!

異世界転生して特典も貰わずに魔王を倒して来いって言われてるのと一緒だから!

早く小町神に頭下げてコーディネートしてもらわないとザオリクも出来ないただの腐った死体になってしまう。

 

くだらないことを考えて準備しているうちにあれよあれよと時間は過ぎ、なんとか約束の10分前に到着した。

 

「殊勝な心がけだな、少しは大人になったじゃないか」

 

「世界は残酷ですからね。とりたくなくても勝手に歳をとりますから」

 

集合場所に現れた平塚先生に嫌味を含めた言葉を投げる。

少し眉間にシワが寄った気がするが我慢したのだろう。

すげー大人ってすげーっと思っていると顎で行くぞと合図する。

 

「…で?どこに行くんですか?俺、財布の中に自信はないんですけど」

 

「私から誘ったんだ。奢りに決まっているだろ?それに成人祝いにいい店があるんだ。隠れ家バーとでも言うのか?君も気に入りそうなね」

 

と言って少し階段を降りた。

薄暗い扉を前に、ここだと平塚先生は目配せをする。

おいおい、本当に大丈夫か?怖いおにーさんが

へへっ痛い目みたくなきゃ分かってんだろーな?

とか言った後、平塚先生がボコボコにしちゃうんじゃないの?

勝っちゃうのかよ

 

「いらっしゃいませ」

 

「ハイボールを二つ」

 

さっと注文を済ませて席に座る。

流石に出来る女は違うなー見た目だけは出来るからなー

と思ってそわそわしながら席に座る。

 

「ハイボールって何のお酒ですか?」

 

「ウイスキーだよ、それを炭酸で割ったものさ。そこら辺の居酒屋でも飲める。まずは馴染みやすいところから入れば肩肘張らず丁度いいと思ってね」

 

確かにちょっとお洒落すぎて落ち着かない。

幸い…と言っていいのか分からないが他に客もいないのが助かる。

 

「どうぞ」

 

コトっと小さな音をたてて二つのグラスが置かれる。

乾杯と言って軽くグラスを持ち上げるだけ、平塚先生にあわせて自分も真似る。

乾杯のイメージと言えばグラスを当てるのが浮かぶが、バーでは控えた方がいいらしい。

あらかじめ恥をかかないよう勉強したかいがあった。

 

「どうだい?初めての味は」

 

「…おいしい…ですかね。まだ味を語るなんて全然ですけど」

 

「難しいだろ?大人になるってことは」

 

「そう…ですね。まだ大学で働いてもいない俺が言うのもあれですが」

 

くだらない話しも混ぜつつ、高校を卒業してからの事を話し、奉仕部の奴らとも上手くやってると思い出話しを自虐風に語っている時に互いのグラスは空になった。

お任せで、と平塚先生が一言告げるとマスターは少しだけ考えるとさくさくと準備を始めた。

 

「比企谷、一つバーのルールを教えてやろう。それも、教師仕込みのな」

 

突然何を言い出すのかと思えば急に教師の顔になった彼女の顔を見て話しを聞く体勢になった。

 

「いいか?バーでは肘をカウンターの縁より奥に置くな。背筋も伸ばし前を見て飲め、背中を丸めて飲むと酔いも早い、酔い崩れれば店の雰囲気も悪くする」

 

そう言われて無意識に丸まっていた背筋を伸ばす。

 

「でもお酒は酔う為に飲むもんじゃないんですか?」

 

「それは違う。バーではどんなに飲んでいても酔ってはいけない」

 

何故?という視線を先生に投げ掛ける。

 

「やせ我慢を学ぶためだよ。苦しいのに苦しそうに見せない。酔っても酔った顔を見せない」

 

「難しいんすね…」

 

「ああ…だが、大人になるとはそういうことなんだ。君は周りよりも少し大人びていたがな」

 

そう言いながらふっと笑い彼女は煙草に火をつける。

 

「賢明に、そしてゆっくりと…速く走る奴は転ぶ…安酒をガブガブ飲んだからって大人にはなれないんだ」

 

「そう…ですね」

 

いつまでたってもこの人は一生俺の先生なんだろうな…と思いマスターがいつの間にか出してくれた酒を飲み干す。

それは、今日と言う日がとても記憶に残る味だった。

 

「さて、今日は付き合わせて悪かったな」

 

「いえ、いい経験になりました。それに静かで落ち着いた雰囲気が俺には合ってましたから」

 

別れ際の会話で少し酔っているからか早口気味に話す。

夏の蒸し暑い帰り道は夜になって酔いを覚ますには丁度いい風だ。

そう思っていると平塚先生は不思議な事を言いだした。

 

「それにしてもあのマスターはお喋りでイカンな。それがあの店のいいところではあるのだがね」

 

「え?少しも喋ってませんでしたよ?」

 

遂に幻聴まで聞こえるようになってしまったのかと恩師を可哀想な目で見つめているとこちらを向いて嬉しそうな顔で話し出した。

 

「マスターが最後に出したカクテルはオレンジキュラソーを使った物でね。オレンジの香りは緊張をほぐし落ち込んだ気分を取り払う効果があると言われている」

 

「やっぱ緊張してるように見ましたかね…?」

 

自分では出来てると思ってもやっぱりプロの目からみればただのガキだもんな…と思っていた。

 

「とても優しい味だっただろ?」

 

「そうっすね、ジュースっぽいですけどちゃんとしたお酒でした」

 

「カクテル名は"グルーム・チェイサー"」

 

「憂鬱な気持ちを追い払う…ですか」

 

「それだけじゃない、他の意味も込められているんだ。真心を込めて人助けが出来る才能の持ち主…」

 

何を言ってるんだと思ったが、ふと気付いた顔で平塚先生を見つめ返す。

 

「いい店…だろ?」

 

「はい、…最高にいい店です」

 

僅かの時間、人柄や少しだけの俺達の会話を聞いたマスターに出された酒の意味を教えられて俺はバーテンダーと言うモノに引かれていった。

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