孤独を愛したバーテンダー   作:格好いい囲い

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雨の来訪者

夏も終わりに近付き少し肌寒い雨の夜に店のドアが開かれた。

 

「…いらっしゃいませ」

 

少し濡れてしまった客人にさっとタオルを渡し席に案内する。

やれやれ…どうやら俺も気遣いのプロになってしまったようだ…と自惚れていると少し前までの同級生とは思えない疲れきった王子様が席に座る。

 

「こんなところにバーがあるなんて知らなかったよ…雨宿りついでに一杯もらえないかな?」

 

「…ご注文は?」

 

雨を拭き取り一段落した葉山に声をかける。

 

「そうだな…お酒だけどお酒じゃない物…なんてワガママかな?」

 

酒じゃない物か、少し悩むな…どうもすでにいくらかの酒を飲んでいるように見える。

さて、どうしたものかと店にあるもので作れるものを考えていると再び声をかけられる。

 

「それにしても君がバーテンダーなんてね」

 

「似合うか…?」

 

ふっと笑い両手を広げてみせた。

 

「どうだろうな…?でも少なくとも前みたいに嘘つきではないみたいだ、俺と違ってね」

 

やつれた顔でそう呟いた葉山に目をやりながら鍋に火をかける。

 

「葉山、これは俺の師匠から教えてもらったんだが…」

 

そう言って含みを持たせてから語る。

 

「世の中に絶対にお客様を裏切ってはいけない仕事がある。ひとつは医師、薬剤師」

 

「もう一つは…バーテンダーか…」

 

「どちらも処方ひとつで毒にも薬にもなるもの売ってるからって教えられたよ」

 

あの人、バーテンダーのプライドは凄かったからな。

最初の方なんて仕事をただ見とくだけで何もするなっていじめられてるのかと思ったもん。

 

「君はいい師匠に恵まれたんだな…羨ましいよ」

 

「バーテンダーの意味って知ってるか?」

 

何を言ってるんだ?という顔で葉山はこちらを見返す。

 

「バー=止まり木、テンダー=優しい」

 

「優しい止まり木…か」

 

コンコンとカウンターを軽く叩く。

 

「この木がバー、これだけじゃ酒を置くだけの板だ。でもそこにバーテンダーがいるから…」

 

「バーにテンダー…優しさが生まれる…か」

 

そう呟いた葉山に自分でもらしくないな、と思いながら出来上がった物を出す。

 

「これは…?」

 

「どうぞ…ブルショットです」

 

葉山の困惑した顔を見ながら自分でも心の中でくっくっくと笑う。勿論表情に出さないように。

まぁそうだろう、まさかバーでティーカップに入ったスープが出るなんて思わんだろう。

そうしているうちに葉山がスープに口をつける。

 

「驚いたな…ただのスープのように見えて何かアルコールも入っている。それに…うまい」

 

折角だ、ここぞとばかりに師匠の真似をしようと決め葉山に視線を向ける。

 

「1950年代アメリカのステーキレストラン、コーカス・クラブのオーナー、レスター・グルーバー作と言われてるらしい」

 

決まった…あの人が酒と共に知識をすらすらと語る様は男の俺でも惚れてしまう。

そう、この葉山でもな!

 

「疲れた体の芯まで染み込んで生き返る気がするよ…」

 

あれ?聞いてないのかな?

と、思いながらも心中を察する。

俺には分からん苦労をしてるんだろう、コイツのことだしな。

 

「高校の時に、俺は皆に皆の葉山隼人を演じていた。それでいて都合のいい時は君を利用していた。」

 

沈黙を決めて次の言葉を待つ。

 

「君は俺には出来ない方法で色んな人を救った。周りからどんなに罵られようがそれでも自分のやり方で…今じゃ本当のクソッタレは俺だったんだ…」

 

「でもそれは口に出せない、それが仕事だ。」

 

「バーテンダーも人のイヤミに耐えて金を稼ぐクソッタレな商売か…」

 

「葉山、ワン・フォー・ザ・ロードって言葉を知ってるか?」

 

俯き懺悔するかの様に語る葉山は顔をあげこちらを見る。

 

「辞書には別れを惜しんで酌み交わす一杯って書いてあるんだが、じゃ誰と別れを惜しむのか…」

 

「店のバーテンダーか?」

 

「それもあるだろう。でもな、時には自分を偽り誤魔化しながら生きてくのが大人の世界だ。それでも毎日がいいことばかりじゃない。だからワン・フォー・ザ・ロード=帰り道のために飲む一杯、バーの一杯で本当にサヨナラを言うのは今日一日の嫌な自分、クソッタレな自分かもな…俺が言うのはなんだが」

 

突然恥ずかしさがこみ上げ鼻をポリポリと掻き照れ隠しをする。

 

「この一杯で気持ちを切り替える…か」

 

ぐっと飲み干した後に少し明るい顔をこちらに向ける。

 

「ワン・フォー・ザ・ロードにもう一杯はルール違反かな?」

 

「気にするな…ついでだ、ブルショットにレモンジュースとトマトジュースを加えるとブラッディ・ブルになるんだ、こっちもどうだ?」

 

「あぁ貰うよ」

 

俺はコイツが嫌いだ。コイツも俺が嫌いだ。

でもそんな関係でも、間違いでもいいじゃないか。

昔を少し思い出しながら昔話に興じる。

 

「偶然とは言え面倒な注文して悪かったな。また来るよ」

 

晴れやかな顔になった葉山がそう言って席を立つ。

 

「例え偶然でも一番苦しい時にバーテンダーの自分を頼ってくれた。店の扉を押してくれた。そう考える事も出来る。お前の仕事と一緒でな」

 

そういうと軽く笑みを浮かべ、手をあげて帰っていく。

男前だなっと思うと同時にやっぱりコイツは好きになれねぇと思ったが、今日は少しだけ良く寝れそうだと一人笑った。

 

ーー翌朝ーー

 

父の仕事を手伝いながら今日の予定に目を通す。

遺産分割に子供の養育権、さらに離婚が二件か…どれだけ自分が周りを取り繕っても自分勝手で嫌になる…っと言ってもいけないか。

 

「一番苦しい時に自分を頼ってくれた。そう考えることも出来る…か」

 

そう言えばよくバーに通ってる人がいたな…名前は何だったかと思いだそうとした時にちょうど目的の人物が目に入る。

 

「やぁ今いいかな?」

 

「はい!どうしました葉山先輩?」

 

少しだけ昔の後輩に似ている彼女を捕まえ話を振る。

 

「確かバーが好きだったよな?ブルショットって知ってるか?」

 

「ブルショット?それってカクテルですか?それともミステリーの?」

 

「ミステリー?それってどんな話なんだ?」

 

少し待てと考えるふりをする後輩の言葉を待つ。

 

「確か…クソッタレが口癖の強面のやり手、ただし背が低いのがタマに傷。でも本当は心優しい弁護士が活躍するそんな話のミステリーだったかな…?」

 

「本当は心優しい弁護士か…」

 

やっぱりアイツの事は好きになれないなっと心の中で笑う。

 

「ところで今日の仕事が終わったら一杯どうかな?」

 

「えっ!?いいんですか!?」

 

「あぁいいバーを見つけたんだ。バーテンダーはクソッタレだけどね」

 

少しだけ過去から前に進めた事を思い、まだまともに名前を知らない後輩に心の中で謝罪をする。一歩また一歩、ゆっくりでいいから名前を覚えるところから始めよう。

昨日までの嫌な自分にサヨナラを言うために。

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