孤独を愛したバーテンダー   作:格好いい囲い

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始まりと終わりのグラス

バーには色んな客が来る。

例えば

今日はとても良いことがあった。と幸せな客。

今日はとても忙しく大変だった。と疲れた客。

今日はとても不幸な一日だった。と悲しむ客。

様々な客が訪れるバーでは良い客もいれば悪い客もいるだろう。しかし、その中でバーに相応しくない客などいない。

相応しくないサービスがあるだけ。

 

お客様が居心地が悪く、お酒を美味しいと感じないとしたら、それは全てバーテンダーの責任だ。

常連でも初めてのお客様でも常にそれが最初で最後の一杯だと思って作る事。散々言い聞かされてきた師匠の教えである。

それでも苦手な客はいる。そうコイツみたいな。

 

「せーんぱい!来ちゃいましたー」

 

「…いらっしゃいませ」

 

コイツは昔から厄介事を運んでくる。生徒会長選挙やクリスマス、それにバレンタイン。

社会には抗えない秩序や権力があるように、責任と言う言葉で逆らえない俺に無理難題を押し付ける一色いろはが苦手だ…

 

「あ、なんか露骨に嫌そうな顔してませんか?」

 

「生まれつきこんな顔だ。悪かったな」

 

「ふーん…ま、いいですけど」

 

「で、どうすんの?そろそろ閉店なんだけど帰る?」

 

「なんでですか!折角可愛い後輩が飲みに来てあげたのに、そんな事言うと小町ちゃんに言い付けちゃいますよ?」

 

可愛い顔して恐ろしい事を言う。

やめろ。その攻撃は俺に効く。

 

「冗談です。止めてください。お願いします。帰る場所なくなっちゃう」

 

いつの間にか仲良くなりやがって…最強の人質をフルに利用してくるから雪ノ下さんより厄介だ。

 

「はぁ…もういいです。何か一杯ください」

 

はぁ…はこっちだよ。攻めの小町に守りの小町なんて無敵じゃねーか。それだけで比企谷軍の8割は壊滅なんだぞ。

あ、そもそもかーちゃんは最初から小町の味方だからとーちゃんと俺は島流し確定じゃん。ナニコレ、辛い。

 

「ほら…これ飲んで早く帰れ」

 

そう言って皿の上に一つだけ角砂糖を乗せカウンターに差し出す。

 

「バカにしてます…?」

 

さっと携帯を取りだそうとする一色に慌てて弁明する。

 

「待て待て、これに酒を染み込ませて飲む飲み方があるんだって本当だから!」

 

アブサンと言う薬草系リキュールに用いられる事がある飲み方で世間にはあまり知られてない為、バカにしていると思ったのか、小町コールをしようとする一色を宥める。

ま、バカにしようとしたんだけどね。テヘペロ!

 

「そうみたいですねーでもこれ度数めちゃくちゃ高いじゃないですか!」

 

携帯で調べたのだろう。確かに使う酒の度数はどれも高い、50~70度位はある為普通に飲むのは難しい。

 

「え?ダメなの?」

 

「もしかして酔わせてから何か変な事しようとしてます…?酔い潰れた所を優しく介抱して家まで送ってくれるのはドラマみたいで憧れますけど今日は普通に飲みたいんで無理ですごめんなさい」

 

「なわけねーだろ…ちょっとした仕返しだ。ハイボールでいいか?」

 

「ハイボールですか?まぁいいですけど…」

 

不服そうな一色にあまり馴染みないであろうハイボールを作る。今回のポイントはウイスキーとグラスを十分に冷やし、炭酸を少し高めから注ぐ事だ。

 

「でも、どうしてハイボールなんですか?」

 

「この店には後輩に出す酒はハイボールって決まりがあんだよ…ほら、ハイボール」

 

なんとなく、平塚先生からの教え…みたいなもんか。

 

「え?これがハイボールなんですか?氷入ってないですけど」

 

「確かに、最近じゃ何処でも氷が入ったハイボールが馴染んで居酒屋なんかじゃド定番の酒になったな。でも、昔はよく冷やしたウイスキーと炭酸だけで作るんだ」

 

「へーそうなんですか、でも、こっちの方が氷が無い分ウイスキーの香り?が増して美味しいですね」

 

今まで自分が飲んだハイボールを頭の中で飲み比べながら頬に人差し指を当ててそう言う一色は相変わらずあざとい。

 

「居酒屋のハイボールは手軽に飲める分、氷を入れれば爽快感も増してのど越しがいい。それに値段も安くなって財布にも優しい」

 

「それって私の為に手軽じゃない作り方をしてくれたんですか?」

 

「合コンとかで酒に詳しければ色々と便利だろ…?自分だけ弱い酒で相手に強い酒を飲ませるなんて得意そうだし、あたしーなんだか酔っちゃったみたいー、なんてな」

 

「むっ!まるで私が合コン狂いみたいな扱いですね!」

 

「ち、ちげーよ。ほら、あれだ、ウイスキーには飲み方が沢山あるから教えてやろうと思っただけだ!お前、人付き合いとか多そうだし」

 

慌てて最終兵器小町へのコールを阻止する。もうこれ植民地じゃん…

 

「うわぁ…なんですかそれ。遠回しに口説いてます?今回は全くときめかないんで普通に無理です。ごめんなさい」

 

はぁ…とため息をついて話しを続ける。

 

「自慢じゃないが後輩ってまともに呼べるのはお前位なんだよな…」

 

酒の知識とかいっぱい披露したくても中々出来ないし。小町とか全然聞いてくれないし…でもコイツは少々ドヤっても何故か気にならない。年下には無条件でお兄ちゃん属性が発動してしまうのだろうか。

 

「まぁそうみたいですね。不服ですけど、でもこんなに可愛い後輩がいるなんて先輩も幸せ者ですよね!」

 

「あーはいはい。で?次は何飲むんだ?」

 

ぶっきらぼうにあしらうと少しムッとしたのだろうか、顔に力が入る。しかし、目が合うと途端にコロリとあざとい顔に変わる。

あーあざといあざとい。

 

「んーじゃあ最後に相応しいのがいいですねー」

 

少し腕を組みながら考える。最後…最後か、そういやコイツには丁度いいのがあるな。

 

「最後…ね。なら丁度いいのがある。」

 

そう言ってコトコトとボトルをカウンターに準備する。

 

「ホワイトラム、コアントロー、レモンジュース、これをシェイク。このカクテル名はある界隈じゃもう後がない、助けてくれって合言葉でもある。まるで誰かさんみたいにな」

 

そう言ってシェイカーからグラスに移したカクテルを一色に差し出す。

 

「アルファベットの最後、これ以上後がない。カクテル名は『XYZ』」

 

味わいはハードボイルドなんかじゃなく、コメディよりの優しい口当たりをしている。

 

「あ…これ美味しいです!さっぱりしてて、柑橘系の甘味の中に少し苦味があって…最後に飲むにはいい味ですね」

 

「そりゃ良かった。」

 

美味しいの一言が聞ければそれで満足だ。きっとこれがエンディングならば止めて、引くだろう。

 

「それにしても掲示板で連絡なんて今でも出来るんですかねー?」

 

「日本中から人が殺到して掃除人もお手上げだな」

 

俺の絶対に許さないノートが開かれる。きっとそんな奴等がいっぱい出てきそうだ。

 

「怖い世の中になりそうですね…」

 

「そうなったら日本の明日を考えてるのはきっと気象庁だけだろう」

 

「ぷっ…なんですかそれ、でも私にはシティなハンターさんに頼るより先輩がいますからきっと大丈夫ですよ」

 

「はいはい、あざといあざとい」

 

「あざとくないですー、それより先輩もう閉店ですよね?夜食食べに行きましょう!夜食!」

 

「いやね、モノを食べる時はね。誰にも邪魔されず、自由で、なんというか、救われてなきゃあダメなんだ。独りで静かで、豊かで…」

 

「はいはい、ボッチなのは分かりましたから、小町ちゃんにはもう連絡してるんでさぁセンパイ行きますよー!」

 

「はぁ…分かった分かった…店仕舞いだけ手伝ってくれ」

 

ズル休みも出来ない分、これもう奉仕部の時より逃げ場が無い気がするんだけど…

小町ちゃん…帰ったら緊急家族会議だよ…

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