Fate/Grand Order CCC tearDrop 作:アマシロ
――――――なんという、ことだ。
正直ないなー、と思っていたのだ。
あんなどこぞの小悪魔系後輩を名乗る電脳魔(BB)の宝具みたいな、というかそれそのものの注射器を刺されて元気になるわけがないと。てっきり逆鱗に触れてしまった故の逆襲かと思った。
のだが。
痛みが消え、気力は漲り、魔力の通りも良く。
むしろ今まで生きていて一番健康かもしれないという――――。
「……そうもなります。なんですか、その身体。微小なダメージが降り積もってあちこち機能不全、とまではいきませんが自覚症状くらいはあったのでは?」
心なしか、桜の視線も冷たい。
事情を知っているダ・ヴィンチちゃんは「まあ仕方ないんだけどねー、もうちょっと自分を大事にしてね?」という感じだったし、カーマとかは「うわぁ、自殺志願者なんですかぁ?」という感じだったのだが。
治療に協力する気のない問題患者みたいに見られている気がする。
―――――まあ、なんというか。
月に一度は何かしらの騒動(イベント)に巻き込まれていたというか……一年半かけて世界を救って、一年間で魔神柱の残りを討伐して、それから2年くらい異聞帯を攻略して。集めた聖杯が54個、倒した人類悪がⅠからⅣというところなわけだが。
「―――――はーい、そこに横になって下さいね。点滴もしておきましょうか」
にっこり笑顔なのに、凄まじい気迫を感じる。
馬鹿な、仮にも世界を救い、契約サーヴァントは200に届こうかというこの藤丸立香が幼女に気圧されている――――。
「後はもう一本お注射ですね。あれだけのSmをつぎ込んだのに人類が回復しきれないなんて……もしかしたらダメージが霊子体の元になる肉体・精神・魂に蓄積しすぎて適正にマスターレベルが上がっていないのかもしれません」
―――――すみません、桜さん。もうSmが無いんですが……。
「はい? なにかおっしゃいましたか……?」
く、黒いオーラが背後から溢れているかのようだ……。
ナイチンゲールよりはまだ切除してこないだけ優しいが、同類のような何かを感じる。
「――――わかりました、では藤丸さんに憑いている“何か”にも協力してもらいましょう」
――――――え。
桜色の光が全身を覆ったかと思うと、どこかで聞いたようなというかしょっちゅう聞こえてくるクハハな高笑いが遠ざかっていく。同時に、Smがジャラジャラと増えていくのだがこれはまさか―――――。
「―――――“ウイルスチェッカー”。抵抗されなければウイルスの類を浄化・分解・正常化できます」
――――エ、エドモーン!?
いや抵抗しなれければってことは同意してくれたのかもしれないが。ウイルス扱い!? いや精神に間借りしているという点ではアレだが、ハッカーとホワイトハッカーくらいの違いはあると思う。
Smは欲しかったが仲間?を失いたくはなかった……。
「――――さて、完全に除去していないのでサーヴァント一騎分とまではいきませんでしたが、それなりのSmが手に入りました。ついでに無駄に溜めてこんでいた悪性情報も還元しておきましたよ。――――では、治療しますから、横になって下さいね?」
あ、完全除去じゃなかったのか良かった――――っていや、ちょっと待ってほしい。回復はもう十分したから、そろそろ戦力が欲しいなーと……思、うんだけど。
なんならSmは呼び出したサーヴァントに集めてもらって、それから治療すればいいのではというか、その方が最終的には生き残れそうな気がするのだが。
反論した瞬間、真顔になった桜がゆっくりと、噛み砕くように説明する。
「いいですか、藤丸さん―――――貴方の身体にはどうしてそれほど溜め込んだのかよく分からない悪性情報と、発狂していないのが不思議なくらいの精神的ダメージと、何度死にかけたのかよく分からないくらいの累積ダメージとそれを魔術的に回復してきたことによる“ひずみ”があります」
………うん、まあ。
昔のことのようにも思えるが、よくドクターにも申し訳無さそうな顔をされたっけ。
とはいえ、世界を救えるのは――――白紙化を戻せるマスターは自分だけという現状、そして破壊してきた異聞帯、去っていった仲間たち――――どんな場所であれ、死ぬわけにはいかない。
問題は、割と目の前の誰かを見捨てられずに死にかけることかもしれないが。そういう意味では確かに自分は人類最後のマスターとしても人間としても不適切かもしれない。
でも、もう―――――。
『聞け、この場に集いし一騎当千、万夫不当の英雄たちよ――――!』
『最後に一度くらいは―――――先輩のお役に、立ちたかった』
『カルデアの指揮官として、最後の命令を出すよ――――』
『―――――本当に、美しいものを見た』
『いいや、キミたちならできるとも! だって、私はそういう人間だから手を貸したんだ!』
“違う”んだ。
巻き込まれただけだったかもしれない。わけもわからずに流されていただけかもしれない。でも、それでも―――――これまでの旅路を、無意味なものにはしたくない。
数々の英雄たちが築き、支え、救った人理が、あっさりと消え去ってしまうようなものではないということを、証明し続けたい。
戦うことはできない。
自分の力で助けることができるわけじゃない。
生き延びてきたことだって、皆に助けられてようやくだ。
けれど、自分がいた意味は確かにあった。あったんだ。
本来ならば、世界を救うはずだった人たち――――それに相応しいリーダーだった人に、
だから―――――立ち向かうことが、自分自身で選んだ、此処にいる“意味”だと思う。
「藤丸さん――――――では、どうあっても治療を拒否されるんですね?」
桜は冷めた目でこちらを見てきていた。
いや、ちょっと待ってほしい。治療拒否ではなく、先にサーヴァントを召喚した方が確実だと思うということを分かってもらえないだろうか。
「主張は分かりました。ですが私は健康管理AIなので」
くっ、元気になってくれたのは嬉しいのだが。
なんとか説得できないものか――――。
と、そこで桜が諦めたように小さくため息をついて言った。
「……はぁ、仕方ないですね。一部のSmで戦闘用ドールを用意して、残りは治療に注ぎ込むというのはどうでしょうか」
む。戦闘用、ドール……?
弱そうというか、なんというか。
―――――なんかそのへんのエネミーにいそうだが、大丈夫なのだろうか。
「チュートリアルで使われる由緒正しいものですけど。本来の聖杯戦争においてはこれで戦うことが一種のマスター選抜試験となっていました。――――なので、これで戦うことで不正アクセスな藤丸さんのことも一応、聖杯戦争の参加者でありマスターと認めます」
――――は、はは。
まさかの参加者とは認めてもらえてなかった…。
もちろん不正アクセスなので参加者でもなんでもないのだが。
「……ええ、まあ岸波先輩の陣営でもそのままムーンセルに通報して消去してもらおうべきだと考えてました。藤丸さんを分解して得られるリソースより通信手段を用意して通報するのに使うリソースの方が大きかったので止めましたが」
――――危なっ!?
容量が大きかったら分解されてたのか…。
「あと、無茶した分だけ注射させてもらいますからね?」
―――――できれば少なめにしてもらえるとありがたいというか……。
「では点滴から始めるので一週間くらい入院を―――――」
――――注射でいいんでドール貸してください……。
……………
………
…
―――――これが、ドール…。
名前そのままというか。
よく特異点とかでも動く人形を見かけるが、雰囲気は若干似ている。しかしマスターの指示に従うようにできているらしい。
アタック、ガード、ブレイクの三種の指示ができるらしいがつまりはクイック、アーツ、バスターみたいなことだろう。
アタックにはガード、ガードにはブレイク、ブレイクにはアタックが有利という三竦み。少し雰囲気は違うがバスターはクイックでスキを突き、クイックはアーツで受け流して反撃、アーツはバスターで粉砕とでも覚えておく。
――――よし、では早速外に……あの、桜さん?
「はい、なんでしょうか?」
いつの間にやら例の注射器を用意した桜がドールと並んで後ろについている。
もしかして、ついてこられる?
「―――――ケガをした時は、私に任せてくださいね?」
いや、普通に外は危ないと思うんだが――――まさか、その注射器。
「はい。注射器は“流し込む”だけじゃなく“吸い出す”こともできるんですよ」
やばい、桜やばい。
逆らったら全身のリソースを吸い出されて干からびるかもしれない。
「………あの、健康管理AIに“マスターを害する”権限は無いので、聖杯戦争のマスターであれば心配しなくて大丈夫ですから。ええ、マスターなら」
やばい。なんか犯行予告されていないだろうか。
背中を見せてはいけない相手に背後につかれている気がする。
心なしか早歩きで――――とはいかない。
まあ初見のバーサーカーに背中を任せるよりよほど優しいし…。アビーとか最近、俺のSAN値を狙ってるような気がするし……。夜トイレに行こうとしたら突然“扉”から“目”を見せてきたりするのほんとやめてほしいんだが。
あと気がつくと布団の中にバーサーカーとかアサシンとかに侵入されるよりよほど…。
「……むぅ。ちょっとくらい怖がってくれた方が健康を守る気になってくれそうなのに」
――――悪いが慣れてる。
「それもう精神的な病気なんじゃ……むぅ」
――――ふはは、なんか勝った! ってやめて背後からいきなり注射しないで!?
「やっぱり治療しておきませんか?」
ごめんなさい、許して下さい。
そんなふうにふざけている間にも月海原学園の外に出て、先程岸波さんとギルガメッシュ王が倒した丸いエネミーがこちらに向かってくる。
―――――流石に、一度完璧に攻略されたのを見ていれば問題はない。
無駄に力を溜めたエネミーにドールを突進させ、そのまま一息に殲滅……するには火力が足りないので、反撃をガードで潰しつつ完封。
そうこうしている間に、ふと妙な気配を感じた。
――――ガード!
「――――ん? なんだこりゃあ」
瞬間、どこからか飛来した青い影―――――クー・フーリンの手にした紅い槍が一撃で防御態勢を取ったドールを粉砕した。
それはもうあっさりと、景気よく。
腕の一本どころか全身粉々になり、ころころと頭が転がる音がやけに響く。
「よし取った! いいわよ、その調子で一気に―――――って、あれ? 何それ、予選で使ってた人形じゃない」
近くにあった低木の影から現れたのは、イシュタル……にものすごく似ている人。
そして、粉々に砕け散ったドール。
クー・フーリンは破壊したドールを見ながら頬を掻いた。
「あちゃー。……なあマスター、なんかこいつらマスターじゃないんじゃね?」
「へ!? いやどう見てもって、桜!? なんで保健室の健康管理AIが……しかもなんかちっさいし!」
―――――せ、せっかくのドールが……いや、ちょっと待ってほしい、桜。これは事故なので情状酌量の余地が――――。
「――――残念ですが、藤丸さんのドールは破壊されました。他マスターの予選介入は明らかな越権行為ではありますが、ムーンセルが正常に機能していない以上は仕方がありません」
――――いや、桜さん!?
「貴方は無価値であると判断されます。―――――今、すぐに、サーヴァントを召喚できるSmを供出できない場合、貴方は消去されます」
――――流石にアイルランドの光の御子は事故みたいなものでは!
というかまだ、やるべきことが―――――。
「――――あー、もう! ちょっとタンマ! どういう状況なのよー!?」
「残念ですが、遠坂さんが破壊したドールはこの藤丸さんの予選のためのドールでしたので、藤丸さんは予選失格となります。ドールでは、絶対に、何があってもサーヴァントには勝てないハンデ戦の上に不意打ちでしたが負けは負けです」
「いやだって、“あんなの”が暴れまわってるんだしレオも陣営を増やしてるしで、もう不意打ちするしかないじゃない!?」
「――――はい、後60秒で消去開始です」
「私が、予選中の、マスター候補を、サーヴァントで一方的に蹂躙したって言うの!?」
「はい、そうですね。AIは嘘を言いません。後39秒です」
「む、ぐ、ぐぐぐ……い、幾ら必要なのよ」
「100000Smですね。後17秒です」
「高っかぁ!? ちょっと、もっと安いサーヴァントいないの!?」
「ドールなら安かったですが、もう破壊されてしまいましたし。では藤丸さん、さようなら――――」
「――――払うわよ! 払えばいいんでしょう!? それで今のはチャラ! いいわね、不意打ちじゃなくて今のは事故! ただの事故だったのよ!」
「そうですか、ではお支払いをお願いします」
なんだろう、凄まじく不運だと思ったのだが。
……自分よりもっと不幸というかお人好しな人がいる――――!?
というか桜さん、容赦なさすぎでは。
「――――私は、ルールを守らない方は、あまり好きではないので」
「うぅっ、せっかく集めたSmが……」
吐き出すようにつぶやく桜の目のハイライトは無かった。
そして遠坂さん?の目は涙で光っていた。