ハードモードなリリなの転生モノ(旧代:リリなのテンプレ転生モノ) 作:振り米
騒がしい朝を終えて、現在は休み時間の終わり頃。俺は図書室から教室へと戻る途中である。
小学校の図書室なんて大したことない。なんてなめていた自分がいたのだが、その認識を改める必要がある。
ここが私立小学校だからなのかもしれないが、有名どころの小説などはたくさん置いてあるのだ。流石に新書の類はあまり無いのだが、新書では無く小説は驚くほどに収蔵されている。夏目漱石や芥川龍之介、他にも著名な作家たちの本達はもちろん、村上春樹や現代の作家の本なども置いてあるのだ。さらに俺自身、本を読むのには十分すぎる時間を持て余している。さらに、手塚治虫の名漫画、火の鳥も置いてあり、意外にもここの図書室では飽きがくることは無い。
今は宮沢賢治の詩集を借りて来たところだ。詩集など自身が子供の頃は全く読まなかったのだが、歳をとってから宮沢賢治の詩集を読んでみると、その音の響きと言葉使いには文字とは思えない勢いが詰められており実に素晴らしい。
教室へと向けて階段を登る。春というには少し遅めの柔和な陽光が子供達の行き交う廊下を彩る。一歩一歩階段を登っているというのにどこかから聞こえてくる喧騒によって足音はかき消される。
以前より小さくなった体を以前より軽快に動かして見せると、転生前後での体の変化に少し困惑を感じてしまう部分もある。
実際転生したての頃は自分の体に不慣れであったが、この体になってから歳月を重ねていくと、むしろこちらの体に慣れてしまい、昔の感覚も殆んど無くなりつつある。踏みしめるようにして、一歩一歩階段を駆け上がる。
「……っ」
──階段の踊り場に差しかかろうとしたところで、少女の呻き声のようなものが聞こえてきた。
温かい雰囲気の周りとは対照的に思えるそれは妙に印象に残った。
一瞬の間、呆けてしまう。しかし、そのような呻き声は中々学校で聞かないようなものである。何かあっても後味が悪い。そう思った俺は駆け足で踊り場まで駆け上がる。誰かが怪我でもしているのならば保健室にでも連れて行かなければならない。
二段飛ばしで残り僅かとなった階段を飛ぶように登る。あっという間に踊り場に差し掛かったのだが、目の前に広がるその光景に、俺は再度困惑の表情をあらわにしてしまう。
何故なら、どうしてもその光景が信じ難いものであったのだから。
「たか、まち?」
壁に寄りかかりながらへたり込んでいたのは、先ほどの呻き声をあげたのは、彼女、高町なのはであった。
予想などしていなかった、出来るはずもなかった、何故なら高町が怪我をしていたなんて描写は少なくともこの魔法少女になった1,2話の間では存在しなかったのだから。
──今はそんなこと関係無い。
困惑が先立ってしまい、一瞬だけフリーズを起こした機械のようになってしまう。が、なんとかこの状況を飲み込む。
倒れている少女を目の前にして自分の都合で思考を優先させるのは違うだろう。とりあえず今俺にやるべきことは彼女に手を貸すことではないのか。
「大丈夫か、高町」
彼女の方に駆け寄ると、彼女は一瞬だけ驚いたような表情を見せるも、すぐさまその表情を戻し、大したことはなかったかのように振る舞う。
「大丈夫だよ、ちょっと転んじゃって足首挫いちゃっただけ」
彼女はこのように言っているのだが、真偽のほどは定かでは無い。
本当に今この瞬間に怪我をしていたのだとしたら、このシーンは単純にアニメで映していなかっただけか、はたまたアニメでは起きなかったことが起きてしまった怪我であるのかという二択が考えられる。
しかし、もう一つの考え方もある。
──もし、昨日の戦闘で彼女が怪我をしていたら。
昨日、初めて魔法少女になって、初めての戦闘を行なった彼女が怪我をしていたとしたら。
もちろん、そんな描写はアニメには存在しなかった。
しかし、今目の前に広がる光景、高町なのはが足首を怪我する光景自体がアニメになかったわけであって、確かめようが無いのだ。
とはいえ、今はとりあえず彼女の容態を正確に識別することが優先だ。
「ちょっと足、見させてもらうぞ」
気丈に振舞ってみせた彼女であったが、その硬い笑顔からは大丈夫であるように到底思えない。
少しだけあった距離を詰めて、彼女の目の前で屈むと彼女がその手で押さえていた方の足をそっとこちらに引き寄せる。その時にスカートが少しだけはだけてしまいそうになったのだが、俺自身にそんな趣味があるわけでは無いので気にせずに足の様子を見ようとする。
しかし、彼女にはもちろん抵抗や羞恥心があるわけであって、先ほどまで足首を押さえていた両手で、今度はスカートがめくれないようにと押さえつける。多少だが、申し訳ないことをしてしまった気持ちになる。とはいえ、今はそんなことを言っている暇はないので、少しそれた意識をもう一度足首の方へ向ける。
足首を見ると、くるぶしの上あたりの方に大きく、痛々しい青あざができていた。
彼女は、やはり嘘をついていたことになる。
これはどう見ても捻挫ではない。別段怪我に詳しいわけでもない俺でも一見でわかってしまうほどにだ。
足首にあるその痣は、野球の硬式ボールでデッドボールを当てられたそれに似ており、打撲や打ち身の類だろう。もし彼女のいう通り、捻挫だとしたならば、腫れや痛みはもう少し下の方、基本的にはくるぶしより下から足の甲にかけてになるはずだ。
「これ、捻挫じゃ無いでしょ」
その問いに対して返事はない。ただ、無言で戸惑う彼女の姿から、それが事実だということはわかる。
となると、やはりこの怪我は昨日の件であろう。魔法少女としての初戦であった昨日、この怪我をしたのだろう。それ以外ではこんな傷は受けそうに無い。
……アニメでは、確かに無かった。
高町なのはがこのような怪我をするシーンは無かった。
それが、単純にアニメで描写されていなかっただけなのか、それとも、この世界はアニメの時空からズレてしまっているのか。
それはわからない。
「とりあえず、保健室行こう」
そう言い、俺は彼女に背を向ける。もちろんしゃがんだまま。
「ふぇっ?」
後ろから困惑の声が聞こえる。
わかっていないのかな。
「ほら、背中乗せてやるよ」
「う、うん……」
恥ずかしいのか、尻すぼみになる声が聞こえる。そして、肩に手をかけると、ついで背中に温もりを感じる。
「よし、それじゃあ立つぞ」
ぐっ、と足腰に力を込めて立ち上がる。小学生ということもあり、高町はそんなに重いわけでは無いはずなのだが、かくいう俺も小学生であり筋力は大して無いわけであって、流石に重く感じてしまう。
「だ、大丈夫? 重く無い?」
なおも恥ずかしそうにそう質問してくる。
「ああ、全然重く無い。大丈夫」
少しだけ強がって見せる。女性に対して重いなど、原則的には言っていいものでは無い。
その言葉に安心したのか、背中から安堵の息が漏れるのを感じる。
休み時間も終わりかけの頃なので、教室へ戻ろうとする人達とは完全に逆走をしているのであり、また男子が女子をおんぶするという非日常的な状況に対して、物珍しさからかチラチラと視線を感じる。最初は少し気にしている様子の高町であったが、流石に慣れてきたのか、もう気にはしていないようだ。
その後は特に会話の無いまま保健室へと向かった。
○ ○ ○
その休み時間からずっと拭いきれない違和感を感じている。それはやはり高町なのはについてだ。
彼女の足の怪我、もしあれが本当にアニメに存在しないものであったのなら、俺の持っている特別なアドバンテージ、「情報」が意味を持たなくなってしまう。そうすればこれから先、長い目で見れば『魔法少女リリカルなのは』という物語自体にも影響が出かねないのだ。
もしそれが魔法世界だけの話であればこちらも、流石に罪悪感はあれど、問題はない。しかし残念ながら、それは、この物語の変容は、最悪の場合にはこの世界の消滅につながる。
とはいえ、現状でわかることは一つ。
どうしようもない。
残念ながら今のは俺には情報が欠けている。情報の欠落こそ最も恐るべきことであろう。
故に、俺が次にやるべきことは一つ。
ストーキングだ。
勘違いはしないでもらいたい。俺にそういった趣味があるわけではない。このストーキングは情報収集のために行うものだ。いわば探偵だ。変態ではなく探偵だ。今度からホームズかポアロとでも呼んでくれ。ちなみに俺は推理小説の中ではアガサクリスティーの『予告殺人』が好きだ。初めて読んだ時はミステリーと描写の緻密さに感動したのを今でも覚えている。ちなみに予告殺人の主人公はポアロではなくミス・マープルなのだが。個人的にはポアロシリーズよりマープルシリーズの方が好きである。
……話が逸れた。
さて、話の舵を進行方向に切り直そう。
今回のストーキングに関してなのだが、高町なのはの第2陣である、神社での戦闘を確認するということだ。
どういうことかというと、この世界はアニメの『魔法少女リリカルなのは』とは違う可能性が存在する。今の所、存在した違いといえば、高町なのはの足の怪我。そしてそれは物語の幹である部分の、魔法少女としての戦闘中に起こっている。単純に考えるなら、次に違いが起こるならば戦闘中だろう。
つまり、俺自身が持っている唯一にして最大であるはずの「情報」というアドバンテージの優位性が損なわれてしまわないかどうか、それを確認しなければならない。
アニメで描写されていない、またアニメとは異なる事実が存在するならば、その情報を手に入れて損はないだろう。
思い立ったら吉日。というか、偶々であるのだが、まるで狙ったようにちょうど本日戦闘がある。
──しかれば、確認すべきだろう。これから先の運命がどう転ぶか。
鬼が出るか蛇が出るか、パンドラの箱は開けて見なければわからない。最後の最後には「希望」が託されていいるのかもしれない。
と、かっこよくまとめて見たものの、やはりというべきか、結局やる事はストーキングなのだが。
○ ○ ○
現在は学校を終え、神社に足を向けている最中であり、なおかつ小学生の身としてはいささか厳しい石段を一歩一歩と登っている最中だ。
春というには少し暑く感じる昼下りの日差しは、階段をなんとか登る俺に対して容赦無く降り注ぐ。おかげで額には少しずつ汗が滲んでくる。
俺は現在、高町なのはのストーキングの最中であり、ギリギリ見えるか見えないか程度の位置にいる彼女の背中を追っていた。
目的はもちろん、原作との乖離が起きているかどうかの確認だ。
確かこの戦闘、彼女にとって2個目のジュエルシードとなる、凶暴化した犬との戦いは、階段の最上段、鳥居の真下くらいで行われていたっけか。
階段を登りきる少し手前、荘厳に佇む鳥居と、その奥に見える境内が、無言の労いをかけてくれた気がする。
とはいえ、これからやることは不躾で罰当たりなことなのかもしれない。
高町の背中が鳥居の下に見えると、俺は急ぎ足で右手側にあった草の茂みに隠れる。バレたら取り返しのつかないことになるし、さらに言えば、巻き込まれたら自衛手段のない俺などひとたまりもない。
草木に隠れながら、もう少し上の方まで上り詰め、ちょうど鳥居の真横あたりに到達する。待っていたかのようにちょうどいい大きさの茂みがあったので、そこの背後に入り込む。
ここにいれば、おそらくは安全であろう。
しゃがみこむと、露がついていた春の草木に蒸される感覚と、先の細長い葉たちのくすぐるようにつついてくる感覚を感じる。そうして俺は茂みの隙間からこっそりと覗く。
全てがここから変わるとは、本当の物語はここから始まるとは知らずに。
──戦闘は、まるで俺が隠れることを考慮してくれていたのように、茂みに入るとすぐに始まった。
それはあまりにも唐突に始まり、どうしても現実感が湧かなかった。
凶暴化、肥大化した犬のような魔物が、鋼鉄のように鋭利な爪を立てる。あたふたとした様子の高町が、その近くにいるフェレットもどきに声をかけられ、なんとか魔法少女になってみせる。刹那、離れた位置にいるこちらにまで届くほどの衝撃が迸る。
見えなかった。
一体何があったのかわからなかった。
俺程度の人間では、今起きた事象を肉眼で追うことなど出来るはずもなかった。
もしかしたら、彼女は無事ではないのかもしれない、ちらりとそんな嫌な想像が頭をよぎる。原作との乖離が、もうすでに始まってしまったのか、と。
背筋に汗が流れた。
それでも、幸運なことにその想像は裏切られた。砂埃から現れた高町なのはは無事であった。
一瞬で大地を駆った魔物は、高町へ向けてその獰猛な爪を振るっていた。しかし、高町は桃色の魔力を円状に展開し、魔物から放たれた、人一人の命を奪うのには十分な威力を誇る斬撃をすんでのところで受け止めている。
目の前で起きていることの異常さに、その一撃に、たったその一撃に、俺は呆然としてしまう。
俺は完全に怖じ気づいていた。足腰はとうに竦み、逃げることさえままならない。
──情けない。
だが、知らなかったのだ。命をかけた戦闘がどういうものなのかを。俺は、なんと浅く軽い気持ちでここまで来ていたのだ。そして、彼女はどんな気持ちでこの戦いに身を投じているのか。
魔力壁に攻撃は阻まれ、膠着状態に陥る。ジリ貧なその状況に業を煮やしたのか、魔物は攻撃の手を止めると、バックステップの要領で背後に下がり高町から距離を取る。
だが、俺は違和感を感じていた。
その魔物の表情が、余裕に満ちていたから。
しかし、それに気がついていないのか、高町は取り敢えずの危機を脱したことに安堵し守りの手を緩める。が、それは恐らくは奴の思う壺であった。それを確認するとほぼノーモーションで魔力の刃がその魔物から放たれた。両手の爪を模したそれは、三本の爪が二対、計六本の魔力刃となり高町に向かう。
予想外の一撃に対して、もう一度、なんとか咄嗟に防御魔法を展開して見せるが、緊急的に発動したそれには十分な魔力が備え付けられておらず、すべてを受けきった頃には幾重もの亀裂が走り、防御を行なう物としては余りにも脆く弱い姿になっていた。
──違和感。
あれ、違う。
こんなシーンは『魔法少女リリカルなのは』には無い。
あの魔物は魔力弾のような攻撃は決して放てるような敵ではなかった。
そして、それを見逃す道理など無い。いつの間にか高町の目の前に詰めてきた魔物は爪を横一閃に薙ぐ。既に脆くなっていた防御魔法は、紙のように一瞬で破られ、その斬撃は高町なのはに直撃する。
無い、こんなシーンも無かった。
彼女が直接ダメージを受けるシーンなんてなかった筈だ。
その攻撃に耐えきれるはずもなく、呆気なく吹き飛ばされると地面を数回跳ね、モノのように転がる。
──俺の隠れる茂みの目の前に。
……無い、無い。このシーンも俺は知らない。
少女が、ボールのように吹き飛ばされた。
だと言うのに、この期に及んでも俺は声を上げることすらできなかった。
怖かった。
手足が震えて力が入らない。情け無い。情け無いのはわかっている。でも動けないのだ。
俺の心の中にある人並みの正義感など、人並みの良識など、人並みの勇気など、人並みの力など、何にも役に立たない。何が転生者だ、何が他人より有利だ、何がいい大学に入れるだ、何が前世より良い生活が送れるだ。
結局、俺は凡人なんだ。何回人生をやり直しても凡人なんだ。驚くほどに無力な、笑えるほどに非力な。不愉快なほどに情け無い。
だが、彼女は違った。
彼女は立ち上がった。デバイスを杖にして、立ち上がったのだ。
その瞳には不屈の闘志が宿っていて、その姿は今の自分とは正反対のモノであった。
俺は彼女のそんな姿に呆然とする他が無かった。俺は、こんな幼い少女と比べ、なんで惨めなんだ。
しかしそれは、高町なのはの立ち上がりは、非情なことに無駄な抵抗であった。
獣は力を込める。こちらからでも見てとれるほどに足の筋肉が膨張を始める。高町はそれを見てもう一度プロテクションを展開する。
──が、おそらく無理だ。素人目に見てもわかる。何度かの衝突で磨耗した高町のプロテクションは余りにも弱々しく、対して未だ平然とした魔物は、今までよりも一段と多くの魔力を溜めているのが目に見て取れる。
死ぬのか、彼女は。高町なのはは。
魔物は大地を蹴る。腕を大きく後ろに引くと、勢いのまま前方に鋭く強く突き放つ。
その凶暴で強力な一撃は、案の定弱々しくなった高町のプロテクションを──
「プロテクションッ!!」
破らなかった。轟音を立ててその爪は黄緑色のプロテクションに激しくぶつかっていた。
そのプロテクションの主は、あのフェレット、いや、ユーノ・スクライアだ。
「ぐぅうううううっ!!」
彼もまた、おそらく消耗しきっていた。であると言うのに、その一撃をしかと受け止めていた。それは彼の限界をおそらく超えていた。それだというのに彼は未だ抑え続ける。
──しかし、抑えることはできても、耐えきることはできない。プロテクションは破られ、彼もまた吹き飛ばされる。
だが、プロテクションにより、確実に、そして大幅に威力を軽減することは出来たようだ。高町なのはへのダメージは一切無かった。
しかし、これもたかが一撃を止めたに過ぎなかった。魔物にとってはその一撃を止められたところで、どうということでは無い。
また再び、攻撃をすればいいだけなのだから。
嘘だ。おかしい。ありえない。信じられない。
だって、アニメにはこんなシーンは無かったのだから。
だが、現実は違う。目の前で起きていることは俺の考えが嘘であることを示している。
でも、いったい何故。何故アニメと違うのだ。こんなにも敵は強く無かった。彼女の怪我を見て感じた俺の心配は、考え得る限り最悪な形で当たってしまったのか。
何が違うんだ。アニメと何が違ったのか。
わからない。
この、たかが数年ではあるが、俺が過ごした9年間では何も違いなどなかった。何も違いなど見出せなかった。
何が違うんだ、どうして、どうして──
「痛っ」
堂々巡りをし、混乱していた思考が一瞬で現実に呼び戻される。
草むらに手をかけていた右手の指に鋭い痛みが走る。慌ててみると、ちょっとした傷口があった。草で切ったのだろう、ゆっくりと、ちょっぴりと、しかし確かに血が流れる。
血が肌を這う。
俺の指の上を、俺の血が流れる。
……あ。
気がついた。気がついてしまった。この世界と、魔法少女リリカルなのは世界の違いを。
──「俺」だ。
この世界には本来居なかったはずの、この世界に生を受けてしまった、俺という存在。
このセカイに存在する最初にして唯一の違いは俺なんだ。
では、これは。
目の前に広がるこの光景は。
これから起きてしまうかもしれないバッドエンドは、
今この場で助かることのない高町は、
救済の無いフェイト・テスタロッサは、
止まることなく悲劇を積み重ねる闇の書は、
一人きりの八神はやてと絶望に染まる彼女の騎士達は、
彼女たちに助けられるはずの大勢の人は、
セカイは、この物語は。
どうなってしまうのだ。
誰のせいなのだ?
……。
俺のせいだ。
俺の責任だ。
俺という存在がこのセカイに生まれてきたからだ、生まれてきてしまったからだ。
俺が、このセカイの因果を壊してしまったのだ。
不意に、腹部に痛みを感じる。そして胃から逆流してきた吐瀉物がせり上げてくる。一度は口内で耐え忍んで見たものの、なお奥から続くそれに耐えきることは出来ず地に吐き出す。特有の饐えた臭いが立ち込める。
耐えられなかった。自分の責任に耐えることが、人並みの正義感しか持ち合わせぬ俺にはできなかった。
視界には腕を振り上げる魔物が映って居た。高町なのはにトドメを刺すためにだ。
だが、混乱した頭とは裏腹に、気がついたら足が動いていた。
どうしてなのか。
なぜ、凡庸なただの人間が、この俺が、動くことができたのか。
高町なのはを守るためか?
──条件付き可決。
残念ながらそのように主人公みたいな格好の良い動機で動けるほどの人間では無い。
正確な答えは「逃げるため」だ。
自分の責任から逃げるためだ。
耐えられなかった。だから逃げるのだ。だから選ぶのだ。
死を。
このセカイの重圧に比べたら、死を選ぶことなど造作ないことであった。
俺は既に一度死んでいるのだ。もう一度死ぬことはもちろん怖いのだが、もうどうでもいいのだ。
死ぬことの恐怖より、他人を巻き込むバッドエンドの方が、セカイの重圧の方が余程恐ろしい。
だから、これは逃げであり言い訳だ。口実を作るのだ。高町なのはを守ったという口実を作るのだ。そうすれば多少は自分への責任が減る気がしたから。
故に俺は決してヒーローなんかではない。死に慣れただけのモブに過ぎないのだ。
一度目の死は一瞬であり、あまり覚えてはいなかった。だが今回のそれは、はっきりとわかった。死の直前の映像はスローモーションになるとはこの事かと納得できた。
いつの間にか自身は高町なのはの前に立って居た。楽になれる気がした。
背後から自身の名を呼ぶ少女の声が耳には入ったが、音が耳に入っただけで聞いてはいなかった。
だから、俺は振り下ろされた腕を呆然と見ていた。
ぷつりと、ブレーカーが落ちたように、意識は遠くへ向かった。