ハードモードなリリなの転生モノ(旧代:リリなのテンプレ転生モノ)   作:振り米

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5話

 高町なのはは目の前で起きたことを理解できなかった。

 魔法少女となりまだ2日だというのに、いきなり死の恐怖を感じさせられただけでなく、目の前に急に現れた同級生が吹き飛ばされる姿を目の当たりにしたのだから当たり前であろう。

 

 しかもそれが、大神一縒であったから。

 

 高町なのはは友達が多い。彼女の明るい性格と、柔和な態度に反感を覚える者は少ないか。それはもちろん大神一縒に対しても変わらないのだが、考えてみると、彼との接点は多そうで少ない。

 

 自身の親友の一人であるアリサと彼の仲は、非常に良い。大抵はアリサの方から絡みに行くのだが、それに対応する大神も何処か楽しそうであるのは明らかだった。

 自分の親友の親友(?)である大神一縒。

 そうであるならば自分も大神と仲が良くてもおかしくはないはずなのに、基本的に交わす言葉は「おはよう」程度だ。

 そんな、近くて遠い存在であった大神一縒が、今、突然目の前に現れ、そして突然のうちに吹き飛ばされたのだ。

 

「お、大神くんっ!!」

 

 やっとの事で口が動く。

 冷や汗が背中を流れる。何故なら、普通の人があの一撃を耐えられるはずがないから。要するに、魔法も使えない一般人があれを喰らえば、百パーセント命を落とすからだ。

 

 そして、叩きつけられた大神は社の方まで吹き飛ばされて、ピクリとも動いて居ない。どうにか彼の安否を確認しなければならない、高町はそう思うのだが、如何せん状況がそうさせない。

 もし、今気を抜いたら高町なのははあの魔物の餌食になる。とはいえ、彼の命を見捨てる真似は絶対にできない。

 

「……レイジングハート、なんとか出来ない?」

 

 縋るように、懇願するように声を紡ぐ。

 しかし、返ってきたのは色よい返事であった。

 

「Yes,my master」

 

「ありがとう……よし、いくよ!」

 

「Ok」

 

 高町なのはは意識をレイジングハートと同化させる。想像するのは動きを止めることのできる拘束具、創造するのは魔力の枷。

 

「バインドッ!」

 

 掛け声とともに魔物の四肢に現れたのは桃色の拘束魔法。魔物は大きな咆哮とともに踠き、抵抗を見せる。四肢の筋肉は膨張し、血管が浮き出る。もちろん魔力も多く込める。

 ──しかし、彼女の強い意志を伴ったそれは圧倒的な堅牢さを誇り、強化された魔物であっても簡単に破ることは出来ない。

 

「大神くん!」

 

 先ほどとは違い、意志のこもった強い声で。動揺もなくしたまっすぐな声で。その言葉とともに大地をかける。

 彼を救うために。誰も傷つけさせないために。

 

「大丈夫!?」

 

 駆け寄ると、倒れ込んでいる大神の横に腰を下ろす。

 だが、分からない。生きているかどうかの判断の仕方が分からない。それもそうであろう。彼女はあくまでも普通の小学生であり、当たり前のことなのだが、目の前で人が死にかけるシーンを直接見たことがあるわけではないのだから。

 

 ──ええと、こういう時って、確か、心臓が動いてるかと、息をしているかと、あと一個なんだっけ。

 保健の授業か、何らかの特別授業か、はたまたテレビで見た知識かは覚えて居ないが、頭の中にある情報を総動員させる。そうはいってもやはり、この状況に動揺は隠せるはずもなく、考えれば考えるほど思考の糸は縺れ絡まり、余計に複雑になる。

 ──なんでも良い、とりあえず今の二つだけでも確認をしないと。

 それでも彼女は冷静であった。まず自分のできることからやる、緊急事態時にその回答に辿り着くことは大人でも容易な事ではない。

 しかし事態はさらに複雑な方向へ向かう。

 高町なのはが大神一縒の胸に手を当てようとした時であった。

 彼のブルゾンジャケットの右側にある胸ポケットから、新緑を思わせるような鮮やかな緑の光が優しく灯っていたのだ。

 光を灯すのは、綺麗な透かし彫りが施された、刀の鍔のようなもの。

 何だ、と彼女は思わなかった。知っていたのだから一瞬で気がついた。

 

 ──魔力。

 

 そう、これは魔法の光。

 この刀の鍔のようなものから、確かな魔力を感じていた。

 ならば、と高町なのはは思う。彼は、大神一縒は無事なのではないかと。

 

「大神くん!」

 

 彼の体を揺らしながら精一杯の声で叫ぶ。希望はまだ潰えてなどいないのだから。もう一度、さらにもう一度、彼の名前を呼ぶ。何回めであっただろうか、彼女は見逃さなかった。彼の身体が少しだけだが動いたことを。

 ──無事だ。

 彼女は安堵の表情を浮かべる。目の前の彼が命を落とさなかった事に。希望は確かにつながっていたことに。

 彼の手を強く握る。

 ──生きていてくれて本当に良かった。

 高町なのはは誰よりも優しい。どんな命でも彼女は失うことを良しとはしない。故に彼女はその一つの命がつながった事が何よりも嬉しく、希望であり──

 

 そしてそれは同時に絶望を孕んでいた。

 

「…………えっ」

 

 高町は、自身の両手足に違和感を感じる。急に身動きが取れなくなったのだ。視線を下におろすと、そこにあったのは先ほど自分が発動したものとそっくりな魔法が。

 ──バインド。そっくりなどではない。完全に同じだ。

 ただ、その色を除いて、の話だが。

 高町なのはの両手足を拘束するバインドは毒々しい紫色。この色は先ほど魔物が放った魔力の斬撃に非常に酷似している。

 

 パリン、と音がする。

 

 首だけ後ろに回すと、そこにはバインドから抜け出した魔物の姿が。

 そうして、自分の手足には、おそらくあの魔物が発動したであろうバインドが。

 魔物はその脚に魔力を込める。

 筋肉は膨張し、魔力は高まり、大地は震え、地はめくれ上がり、その威圧感はこちらにまで届く。

 動くことは出来ない。

 

 精神的にではない。手足のこの魔力の枷が、高町なのはが抵抗することを食い止めるのだ。

 

 魔物は高く跳ぶ。

 その赤く滾る獰猛な双眸を2人に向けて。

 

 ○ ○ ○

 

 二度の死を経験する人など、まず居ないだろう。

 当たり前の話なのだが、既に死んでいる人はもう死ぬ事は出来ないのだから。

 生きているからこそ人は死ぬ事が出来るのであり、死者は生きてなどおらず、それは死ぬ事は出来ないという意味である。死と生は不可逆な関係であり、生から死へはどう頑張っても一方通行なのだ。

 

 であるというのに俺はその例外に当てはまる。

 一度目の死は冷静に取り繕おうと必死であったのだが、今回の死はどうも冷静でいられた。不思議と違和感はなかった。それもそうだろう、死とは俺にとって既にある経験なのだ。

 今更驚くべきことなど特にはない。人間が驚くのは大抵初めてのことであるから。

 とは言え、結局どちらの世界でも俺は何も成せなかったし、何者にもなることはできなかった。

 本来ならばそのことに関してもっと後悔していたかもしれないが、先程の戦闘で、自分の惨めさは十全に見せつけられたため、最早そのような気力も浮かばない。

 所詮俺はこの程度の人間であったのだ。

 

 それで良いのかよ。

 

 きっと自分は特別だ、と信じて止まなかった二度の人生であった。第三者から見ても非常に滑稽であっただろう。俺は舞台を演じる道化師にすらなれない、唯の成り損ないなんだ。

 

 本当に後悔はないのか。

 

 俺がいることで発生した、あの世界、『魔法少女リリカルなのは』の世界で生じたズレは、俺が消えることで解消してくれるのだろうか、そこだけが唯一の気がかりであった。自分の責任で多くの不幸を生んでしまうことだけは考えたくなかったから。

 

 逃げんなよ。

 

 後悔なんてしていないし、逃げることが悪だとは思っていない。

 

 都合が悪くなると正当化か。

 

 正当化して何が悪い。そうでもしないと人間はやっていけない。耐えることができない。耐えられるわけもない。

 

 だからこうして否定をし続けなければならない。だから自分を正当化しなければならないんだ。

 

 葛藤したところでどうなると言うんだ。

 生き返ることができるのか?

 生き返ってどうするんだ。あの魔物を倒すのか?

 どうやって。不可能だ。もう一度犬死するだけだ。

 たから割り切るしかないんだ。出来ないことはできないと。

 人間諦めが肝心とよく言うではないか。

 実にその通りだ。高望みはしてはいけない。

 

 力も無い、勇気も無い。

 

 俺には肝心な要素が欠けているんだ。

 

「つまり、坊主は力があればいいって事だな」

 

 ……今度こそ誰だ、お前は。お前は俺じゃない。先ほどの自問自答とは違う。完全に別の何かだ。

 

「力なら、俺がてめえにくれてやる。あと必要なのは勇気だ。それはてめえでどうにかしろ」

 

 ──何を言っているのだ。力をくれる? 勇気を出せ? 馬鹿げている。

 

「いいか、よく聞け。お前みたいな中途半端に頭のいいバカは変に考えるんじゃねえ。お前はどうしたい。お前は何のために動く。お前は何だ」

 

 ──俺は、何だ。

 

「このままお前がおっ死んだらあの女の子もお陀仏だぜ。たとえお前が死んだところでお前が乱した因果は変わらないし止まらない。それを変えることが出来るのはお前だけなんだよ」

 

 ──無理だ。そんな覚悟、俺には無い。

 

「まだ覚悟がつかないのか、力はくれてやると言ったんだ。あと一歩はてめえで踏み出せ。てめえが勇気を出せ」

 

 勇気。

 俺にだってある。それくらいは。

 お婆ちゃんに席を譲った、委員長に立候補した、チャンスでタイムリーヒットを打った、授業中に率先して発言した、告白もした、ボランティアに行ったし、人助けだってした。色々した。

 だがそれは、ただ人並みの勇気を持っていただけであった。

 今必要なのは人並みはずれた勇気。

 でも、そんなものは俺にはない。

 

 声がする。自分を呼ぶ声。朦朧とした意識の中、高町なのはが必死にこちらに語りかけているのがわかる。しかし体は動かない。

 

 彼女の表情が変わる。彼女の、優しく、強く、魅力的な顔は絶望に染まる。

 

 ああ、そんな顔はしないでくれ。

 

 俺のせいで、俺の責任で。

 

 「ーーーーーーっ」

 

 痛みを感じる。先程切った指か? それとも魔物に吹き飛ばされた時の痛みか?

 違う、痛いのは、もっと体の内側にあるもので、どうしようにも手の届かないところだ。

 

 変わるのか、世界は本当に。

 俺のせいで。

 俺のせいで多くの人の命が失われるのか。

 自惚れていた。死ねば許されると思っていた。でも、俺程度の死でそれらを償いきれるわけが無い。だったら、どうすればいいのだ。

 

 俺には、勇気がない。

 あったとしても人並みの、本当にちっぽけなものだ。

 

 しかし俺には、責任がある。

 

 何よりも大きな責任。このセカイの責任。

 俺は逃げてはならない。全てをもって償わなければならない。

 俺は責任に耐えられないから逃げようとした。

 

 だとしたらこれは償いだ。この責任を一生抱き続けることは俺の償いだ。これから始まる、辛く長い人生を、セカイを背負うのは俺の償いだ。

 

「なあ、あんた」

 

 声をかける。見知らぬ人物に。先程からこちらを責め立てる人物に。

 

「なんだ」

 

「俺は、強くなれるのか」

 

 問う。

 俺には勇気がなかった。しかし代わりに責任があった。

 あと必要なのは強さだ。どうやらそれは彼が提示してくれるらしい。

 

「そりゃ、おめえ次第だ」

 

「なんだ、それ。さっきと言ってることが違うじゃん」

 

 苦笑が溢れる。

 ──もう覚悟はできた。

 

「想像しろ。お前は唯の刀使い。纏うのは洒落っ気も無い袴。手に添えるのは不朽の、お前と同じただの名刀」

 

 何もないはずのこの精神空間で感じたのは、心地よい一陣の風。

 頬を撫でるそれは、何故か懐かしく感じる。

 

「行くぜ、あんた」

 

「おう、坊主」

 

 ──デバイス、起動。

 

 やるべきことは、この刀で因果を断つこと、それだけだ。

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