ハードモードなリリなの転生モノ(旧代:リリなのテンプレ転生モノ) 作:振り米
「次の技!
「はあっ!!」
腕を振る。果たして何度目だろうか。
集中力はとうの昔に限界を迎えているはずなのだが、疲れすぎたせいか、他のことに一切頭が回らないせいで最初よりも集中して行えているのではないかと錯覚するほどだ。
「もっと、もっと魔力を一箇所に集めてもう一回!」
「はあっっっ!!!!」
腕を振り下ろす。肉体的疲労というものは存在しないはずなのに、腕すらもまともにあげることが困難だ。
それでも、体に鞭を入れて無理やり動かす。
「よし、次の技!
声は届いている。意味も理解できる。
それだと言うのに体が、脳が、言うことを聞かない。
「聞こえてんのか! 次だよ」
「おらっ!!」
そう言ったはずなのに、耳から聞こえてくるのは獣の咆哮のような何か。言葉が言葉にならず、意識も形を失って行く。
腕を引き、突きを繰り出す。
すると、同時に体の力が一瞬で抜ける。まるでブレーカーが落ちたみたいだった。意識も感覚もほとんどないまま俺は地面に倒れこみ──
目を覚ます。
ここは教室の中。
頭の中は未だに、霞でもかかっているかのように不鮮明だ。ひどく頭痛がする。身体中が汗で濡れている。指先まで震えている。
先生の声がする。黒板とチョークの擦れる音がする。外から体育の時間の生徒の声が聞こえる。どこからかリコーダーの音色も聞こえる。
ああ、ここは学校で、今は授業中で、俺は精神世界で修行をしていたのだった。
しかし、先ほどまで修行をしていたはずなのに、どうして意識が戻ってしまったのだろうか。
……駄目だ。頭がうまく回らない。風邪をひいている時か、あるいはそれ以上の倦怠感が身体を襲う。どうやら本当に不味い。疲労が並では無い。
──おかしいだろ。
精神世界での修行だと言うのに、高められた集中と精神によって、修行後に実際の体とイメージ内での体のダメージに乖離が生じ、脳がそれを理解できずに全身は麻痺でもしたかのような状態になる。
そのせいで、現在の俺は脳の疲労と肉体の疲労の二つを感じることになったのだ。
『おい、坊主。大丈夫か』
念話で語りかけてきたのは、先ほどまで俺に指導を行っていたシナツヒコ。
『すまん、流石にちょっと休ませてくれないか? 体が動きそうになくて』
『勿論だ。謝る必要はない。お前はよく頑張ってるよ』
珍しく優しい言葉をかけると、念話はそこで終了する。
それにしても、不味いな。
いくら授業中であるとは言え、机に突っ伏したまま体を動かすのもままならない。体の痺れがいつ取れるのかもわからないし。
先生はどうやらこちらの様子には気がついていないようだ。
身体中が痺れてはいるものの、少しずつではあるのだが体が言うことを聞き始める。
それにしても頭が非常に痛い。
時間を見るに、今は3時間目の途中といったところか。ならば、残りの時間は睡眠休憩に当てさせて貰うとしよう。
そうして、寝やすい位置に顔を動かす。腕との兼ね合いで、横を向きにちょうどいい形を見つける。さて、寝るか。
そう覚悟したのだが、偶然俺が向いた先には、高町なのはがこちらを心配そうな目で眺めていた。
『ど、どうしたの一縒くん』
『いや、ちょっと眠くて』
なのははこちらを向いたまま念話を飛ばしてくる。授業中などは本当に便利だ。
『そうじゃなくて、顔が真っ赤だよ』
『え、マジで?』
『熱とか出てるんじゃ』
熱、か。あるかもしれない。
精神空間でのトレーニングで脳に負荷を与えすぎたのだ。オーバーヒーを起こしていてもおかしくない。さらに、先程から意識は定かではないし、症状も熱の時と似ている。
『かもしれない。ちょっと怠い』
『わかった、ちょっと待ってて』
待ってて?
一体何をだ。
その言葉をなのはは念話で俺に飛ばすと、すぐさま挙手をしながら立ち上がる。
「先生!」
「ん、どうしたの、高町さん」
「一縒くん、すごく体調悪いみたいなので保健室に連れて行っても良いですか?」
ああ、そういうことか。
正直それは助かる。保健室ならベットの上で寝たりでもすることができるだろう。
「大丈夫? 大神くん」
先生はそう言いながらこちらに近づいてくる。目の前までくると、こちらのおでこに手を当てる。
「結構熱いわね……うん、保健室に行った方がいいわ」
「はい」
そう言われ、なんとか足腰に力を入れて立ち上がる。よし、大丈夫そうだ。体の痺れも治まってきている。
先生も多少安心したのか、俺に背を向けて教卓の方へと向かい始める。
俺もそれに合わせて一歩踏み出そうとしたのだが──
「やべっ」
まだ痺れていた足をうまく動かすことができず、ふらついてしまう。まずい、このままでは倒れてしまう。
世界が斜めになる。いや、俺自身が倒れかけているから、自分が斜めになっているだけか。
来るであろう衝撃に備えて目を強く閉じてしまう。実戦であったら目を閉じるなど悪手だな、とどうでもいいことを考える。
が、衝撃はいつまでたっても襲ってこない。代わりに感じたのものは、温もりであった。
「だ、大丈夫!?」
耳元からはなのはの大きな声が。
目をゆっくりと開くと、倒れかけの俺はなのはによって支えられていたのだ。
「……すまん、助かった」
突然大きな声をあげた高町に反応したのか、先生もこちらを振り返る。
「大丈夫!? 大神くん!?」
こちらの様子を確認すると駆け足で再び近づいてくる。
「先生、私が保健室まで一縒くんを連れて行きます」
「お願いしていい? 高町さん」
「はいっ」
そう言うと彼女はこちらの腕を肩に乗せる。
「立てる?」
「ああ」
「ゆっくり歩こうか」
「……ありがとう」
それを聞くと彼女はゆっくりと一歩を踏み出す。合わせて俺も足を動かす。
先程まで不安定に感じた大地も、彼女の支えによりなんとか安定感を取り戻す。腕から感じる彼女の熱から、落ち着きを感じる。
そのままゆっくりと教室の外へ向かう。途中アリサやすずかと目があった。ぱっと見でもわかるくらいには心配の表情を見せていた。
廊下に出てから、階段の方へとたどり着く。ここなら声を出しても他の授業の教室には聞こえないであろう事を確認してから口を開く。
「その、ごめん、なのは。ありがとう」
「にゃはは、二回も助けてくれたお礼だから気にしないで」
「それでもだ」
二回とはおそらく、一昨日の午前中に階段で足を抑えて蹲っていた彼女に手を貸したのと、その同日に起きた昼過ぎの神社での戦闘についてだろう。
階段を降りていくと、まさに昨日なのはが蹲っていた踊り場にたどり着く。そこに差し掛かると、なのはが何かを言いたげな表情でこちらの様子をチラチラと窺ってくる。何かを言おうか言わまいかと思慮しているようだ。そのまま放置しておいても気になるし、問題があっても困るので、俺は声をかけることにした。
「どうしたの?」
「いや、ええと……」
こちらが声をかけると、少しばかり驚きを見せる。眉をハの字にしながら、もう一巡だけ迷ってみせると今度は何かを決心した様子で口を開く。
「一縒くん、昨日はああ言ってたけど、もしかして一昨日の戦いの疲れがまだ残ってるのかなぁ、って」
──正確に言えばもちろん一昨日の戦闘の疲れが残っているわけでは無い。
しかし、こうも疲れている様子を露わにしすぎては流石に「賞味期限切れのプリン」で誤魔化すわけにもいかなくなる。
いつかは彼女も勘付くとは思っていたが、こうも早いとは思っても見なかった。いや、俺がオーバーワークでぶっ倒れたのが原因か。
どちらにせよ、修行のことを正直に話すべきでは無いと思う。もし彼女がそれを知ってしまえば、彼女も過度な特訓などをしかねないし、そうでなくてもこちらの行為に制止を入れるかジュエルシード回収への参加に制限をかけられかねない。
だからと言ってあの戦闘での疲れがまだ残っていると言うのも、これまたジュエルシード回収への参加に影響が出るわけである。
──であれば、上手い感じにブレンドをした答えを出せばいいだけである。
「……それもそうなんだけどさ」
「……やっぱり。一縒くん、ジュエルシードの回収は私とユーノ君で──」
概ね予想通りの反応だ。
私とユーノ君でやるから、君は参加しなくてもいいよ、とでも言おうとしているのだろう。だが、それを許すわけにはいかない。正確に言えば、それでは俺が許されない。自身の責任分くらいは行動で示さなくてはならない。
「実はさ、戦闘で足手まといにならないためにと思って、ちょっとだけ朝に魔法の練習をしてきたんだよ」
「──へ?」
「そしたら残ってた疲労のせいでこの有様ってわけ」
「そう、なんだ」
「流石にアホなことをしたとは思ってるよ。明日からはもっと考えてやるさ」
俺の発言をあまり納得しきっているようには見えないが、なんとか言いくるめる事には成功したようだ。相手に有無を言わせず自己完結させる、最低の技だが仕方がないのだ。俺はそれでも戦わなければ、戦って歪みを正さなければならないのだから。その責任があるのだから。
「それならさ」
「ん?」
一息に言い終えて、なんとかこの場をやり繕ったことに安堵を感じた、そのすぐ直後であった。
「それなら、私と一緒に魔法の練習やらない?」
──ああ、そう言えば。相手が高町なのはであると言うことを考慮できていなかった。
彼女は、高町なのははこうなのだ。
あの程度の言いくるめで言いくるめられるほどの人物では無いのだ。本当に心の優しい子だ。俺にはやはり、眩しすぎる。
故に、ズキリと胸に痛みが走る。
この世界を変えてしまったこと、それにより彼女にも影響を及ぼしてしまったこと、それらに対する罪悪感。それはもちろんのことだ。昨日今日の間で、胃が痛くなるほどに何度も何度も感じている。だが、それは責任の一つとして受け入れるしかないのだ。
しかし、それだけではない。彼女に対して憧れに似た嫉妬を感じているのだ。自分は、こんなに強く優しくはなれないから。兼ね備えた器というべきか、そもそもの規模が違う。
「私もね、毎朝ユーノ君に魔法のこと教えてもらったりしてるからさ。一緒にやったら無理したりしないだろうし……」
断る理由は、無い、な。
「それじゃあお願いしていいかな?」
「うん! もちろんだよ」
ちらりと横に目をやると、彼女もこちらを見るや否や満面の笑みを見せる。
俺は恥ずかしさのあまり視線を外してしまう。いや、おかしいだろ。なんでドキドキしているんだ。いくら俺の心が体に引っ張られているとはいえ、小学生の女の子に惹かれるなんてありえないだろ。だからこれは、俺の勘違いだ。
きっと彼女の優しさに感動を覚えているのだ。
きっと、そうに違いない。