幻想郷の洋菓子屋さん   作:振り米

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洋菓子屋さんと素敵な巫女さん

 ちちち、と小鳥が鳴く。

 小説に没頭していた意識が鳴き声に呼び起こされるようにこちらの世界へ戻される。目を強く閉じてから、眉間を二本の指で軽く押す。効力があるのかどうかも知らないし、意味があるのかどうかも知らないが、活字を追って疲れた目が心なしか軽くなった気がする。

 読みかけの本に名残惜しさを感じながらも栞を挟んで強制終了。机に置いてから、驚くほど暇であった今日の店内をぐるりと見渡す。何時もであれば、この時間にならお客さんが居るだろうに。

 いつのまにか傾いた日差しが窓枠を通り越して店内を捉える。ポケットに収まるくらいの気怠るさを感じるが、それ以上に今の時間が知りたい。そう思い徐に時計の方に目をやった。

 時計の針は几帳面な九十度でこちらを見下ろす。昼の3時である。

 確か、前にお客さんが来た時刻は10時過ぎの話であり、それから5時間も経っている計算だ。

 時計を見て少しだけ驚く。5時間もお客さんが来ないことなんてあり得るのか。自慢ではないが、ここは幻想郷にある数少ない洋菓子屋としてなかなかの人気店舗であると言うのに。

 

 ──ついでに、あることに気がつく。

 

「昼ごはん……食べてないや」

 

 それに遅れて、腹の音の合図が聞こえた。

 そこでようやく、お腹が減っていたという事実に気がつく。人間というものは、「何か」を意識に置いた上で初めて「何か」を認知するものだ。

 空腹も例に漏れない。

 何を食べようか。

 いつもなら店にある適当な洋菓子をつまみ上げて食べるものだが、いかんせん今日は甘い物を口にしたい気分ではなかった。和食か何かが食べたい。

 であれば、里の方に行って適当な飯屋でも入るか。

 今はたくあんが食べたい。確かあそこのどんぶり屋さんは食べ放題のたくあんがつけ置いてあった気がする。

 店を出ると言ってもたかが30分程度閉めるだけだ。準備するものなどお金くらいしか無いし、思い立ったが吉日だ。早速、行こうではないか。

 なんて考えていたちょうどその時であった。

 

「開いてるかしら、開いてるわよね、まあ開いてなくても入るけど」

 

 などとふざけたことを言いながら、乱雑にドアを開け放つ影が一つ。

 夜空のように澄んだ黒髪に、奇抜な形状をした巫女装束。まだあどけなさが少し残る顔立ちと、それでいてどこか達観でもしているような表情。

 ──名前は博麗霊夢。

 この幻想郷と呼ばれる大地に存在する博麗神社と呼ばれる場所にいる、簡単にいえば巫女みたいな人物だ。

 あまりの間の悪さにバツが悪いという表情を大袈裟に作って見せつける。それを知ってか知らでか、おそらく前者であるだろうが、彼女は言葉を続ける。

 

「あら、ちょうどいいタイミングだったみたいね」

 

「俺にとっては、見事なまでにバッドなタイミングだったよ」

 

 確かに、店の前の看板は「CLOSE」では無く「OPEN」のままであった。そうであれば人が入ってくるのは当然のことであり、間が悪く入って来た彼女に非は無いかもしれない。

 しかし、だからと言って、それを知った上で、ニヤつきながらこちらの様子を伺う彼女はどうかと思う。

 

「お客様が来たんだからもっと真面目に接客しなさいよ」

 

「だったらいつも、ちゃんと金を払って欲しいんだけどね……」

 

「なによその言い方、いつも私が払ってないみたいじゃない」

 

「自分のしてきたことを忘れたとでも言うのか」

 

 そう、目の前のこの博麗神社の巫女こと博麗霊夢は、この店にとってA級警戒度を誇る、ただ飯ぐらいなのだ。

 

「なによ、私以外だってタダで食べてる人もいるじゃない」

 

「そういう人達は、大抵お礼さ」

 

「あらそう。なら私もそれこそ無料で貰うべきじゃない」

 

 ……はて、俺は彼女に何か借りでもあっただろうか。

 

「私が来てあげてるんだから」

 

「はあ」

 

 唐突な超理論に脳が追いついていかない。

 

「だから、私がわざわざこの店に来てあげてるんだから、その分の料金ってことよ」

 

 キャバクラなんかよりも全然タチが悪い。

 水商売すら可愛く見える。

 こちらから頼んだわけでも無く、勝手に押しかけて来ておいて、それを理由にケーキの無償提供を要求するとは一体どんな了見なのだ。

 

「……はあ、まったく。今回だけだからな」

 

「わかったわよ」

 

 このやり取りも何回目であろうか。結局はいつも俺が甘えさせる形で論争は終結する。

 とは言いつつもなんだかんだで俺は彼女とこうしている時間が嫌いではない。だからこそつい甘くしてしまう。

 ……まったくだ。

 

「あら、これ美味しそうじゃない。今まで置いてなかったやつ。これ一個頂戴よ」

 

「お、霊夢にしてはなかなか良いのに目をつけたじゃ無いか」

 

「私にしてはってどういう事よ」

 

「別に」

 

「……まあいいわ、それでこれはどんなやつなの」

 

「それはキャラメルポワールって言って、名前の通りキャラメルと洋ナシを使った洋菓子だ」

 

「洋ナシ?」

 

「そう、洋ナシ。正確に言えば洋ナシの蒸留酒を使ってる。ポワールと言うのはフランス語で洋ナシの蒸留酒って意味さ」

 

 蘊蓄を垂れ流しているのだが、彼女は俺のその発言はどうでもいいのだろう、気の抜けた相槌を取る。

 ──しかし、こちとら洋菓子屋。一度出した蘊蓄は最後まで言わないと気が済まない。

 

「もちろんトッピングとして上に洋ナシはあるけど、ビターなキャラメルをクリームに絡ませた味わい深い大人な一品、かな」

 

 ふーん、と聞いていたのか聞いていなかったのかよく分からないような返事をする。しかし、食い入るように見てるその姿からおそらく今食べるのはこれでいいという事だろう。

 

「それならこれにしよう。最近作ったやつで、結構おすすめさ」

 

「そう、ちょっとだけ期待してるわ」

 

 ちなみに、この「ちょっとだけ」という言葉を頭につけるときは、経験則的には、かなり期待しているときである。

 

「飲み物は紅茶でいいかい」

 

「ええ」

 

「じゃあ紅茶を淹れてくるから、適当に食器とか用意しておいてくれ」

 

「わかったわ」

 

 そして俺の能力によって一定の温度に保たれているお湯を取り、茶葉を用意する。と、このようにさりげなく俺の能力の伏線をチラつかせる(回収するつもりは無いのだが)。

 今さらではあるのだが、俺という人間は非常にチョロい。俺の力作に少し興味を持って貰っただけでこうも高揚するとは。

 それとまあ、この店が経営難であろうと実は俺の私生活には関係ないので、美味しそうに食べてもらうことが目的であるこの店にとってしてみたら、ある意味彼女も正真正銘のお客様なのかもしれない。

 厨房にあるシンプルな白い器のティーセットを取り出す。いつもより少しだけ軽い気がしたそれらに違和感を感じ、少し考えてから答えを思い出す。

 そういえば角砂糖は切れていたっけか。

 

 ・

 

「……美味しい」

 

「そっか、なら良かった」

 

 場所は、店の奥にある、俺が普段生活している場所であるリビング。店の方は目を離しているが、霊夢がドアにかけてある看板を「CLOSE」にしてきてくれたそうだ。

 それならば店から少し離れても問題無い。

 

「あんたのお菓子作りの才能だけは本当に凄いわね」

 

「"だけ"って、その言い方は喜んでいいのやら……」

 

「もちろんよ、褒めてるもの」

 

 などと、適当な言葉の応酬をしながら、適当なティータイムを過ごす。

 

「そう言えばさ」

 

「ん?」

 

 いつもと変わらない調子で何事も無いかのような言い方で話しかけてくる。

 

「あんたって好きな人いるの」

 

「はあ?」

 

 意外な言葉に呆気にとられてしまう。

 

「……俺のこと、好きなのか?」

 

 好きな人のことを聞く場合は割とその人の事に興味があったりする。もちろん例外もあるのだが、普通の人はそう勘繰るのが適当だろう。

 

「自意識過剰なんじゃないの」

 

 しかしあまり興味なさそうにそう答える。

 確かに、この巫女に関して、いやこの幻想郷においては人妖問わず恋愛沙汰の与太話を聞くことがかなり少ない。もちろん理由の原因として、この幻想郷に強い男性が少ないというのもあるのだが、やはりこの強烈な女性陣の面々は色恋沙汰など滅多に聞かない。

 しかし目の前の少女はあくまでも人間である。妖怪であったりエゲツない年数を生きていたりとしていないぶん、恋愛とかに興味があってもおかしくない年頃だというのに全くその手の話を聞かない。

 

「こりゃまた手酷い」

 

「あんたが調子に乗るからよ」

 

 そう言うと、つまらなそうにしながらティーカップを手に取る。

 

「しかし何でまた恋バナなんてしようと」

 

「別に、深い意味はないわよ」

 

 口元に向けたティーカップを軽く傾ける。

 自分も質問を最初に投げかけたと言うのに、こちらの質問に対しては非常に無関心そうだ。

 

「俺は、そうだな、昔はたしかに居たもんだが、最近は無いな」

 

「へえ、どうして」

 

「俺にはどうもそういったものは向いてないらしくてな。束縛されるのが嫌いなんだ。いい歳して恥ずかしい理由だろ」

 

「ふーん……」

 

 一瞬だけこちらの言葉に反応したとも思ったが、相も変わらず興味無さげな反応を見せる。

 

「どんな人と付き合ったりしたことあるの」

 

 今度は少し興味ありげな態度で質問をして来る。

 恋愛沙汰は聞かないとはいえこのお年頃。恋バナとかは好きなんだろう。

 

「うーん、別に普通の人だよ、大体は」

 

「大体は、って」

 

「まあ、時おり変な奴らがいたことは否定しない」

 

 そう、例えばこの幻想郷にいるとある妖怪であったり。

 まあ、この話はまた今度でもするとしよう。

 

「そんな曖昧に言ってぼかさないでよ」

 

「別にそういうつもりはないんだけどな、こうも長生きだと忘れてしまうものだよ」

 

「……まったく」

 

 こちらもティーカップに手をかけて、そのまま口元に運ぶ。

 

「──霊夢は」

 

「なに?」

 

「いや、霊夢は好きな人いるのかと思って」

 

 その言葉に少しだけ考えたようなそぶりを見せる。

 

「そうね」

 

 おや、てっきりいないものだと思っていたのに意外と真剣に考えている。いったい誰なのだろうか。里の方の人なのか、はたまた霖之助のような男性にしては珍しいこの世界の異能力者なのだろうか。

 

「──秘密」

 

「はあ?」

 

 なんて考えていると、予想のナナメ上のセリフが返ってくる。

 

「秘密って」

 

「秘密は秘密よ」

 

 少しだけ落胆。こう見えても俺だって恋バナは好きである。こうもはぐらかされてはやり切れない。

 

「……俺は答えたのに、そんな答え方なんてアンフェアじゃないか」

 

「あんただって『居ない』なんていう適当な答えだったじゃない。おあいこよ」

 

 ……おあいこだろうか、違う気がする。こっちは答えた、あっちは答えて居ない。そこには明確な違いがある。

 まあ、別に構いはしないが。

 

「しかし案外乙女チックなとこもあるんだな、霊夢にも」

 

「──なっ」

 

 ちょっとした仕返しだ。

 初めて動揺らしい動揺を見せる。少しだけ頬に赤みが見える。

 

「ち、ちょっと、それってどういう事よ」

 

「いやあ、恋バナを自分からしだして『ひ・み・つ(ハート)』だなんて言われたものだから、お前にもそんな可愛いとこがあるのかな、なんて思っただけだよ」

 

「ちょっと待って、そもそも私『ひ・み・つ(ハート)』だなんて一言も言ってないわよ」

 

「似たようなもんだよ」

 

 飄々としたこちらの態度に何を言っても無駄だと気が付いたのか、不服そうな顔をしながらもそこで言葉を止める。

 

「ははは、すまなかった」

 

「別に、怒ってないわよ」

 

 気がつくと残り一口になっていたキャラメルポワーレを口の中に放り込む。

 うん、いい酸味だ。甘酸っぱい。

 

「なんか、負けた気がする」

 

「負けたって、何に」

 

「あんたによ」

 

「それはまた一体どうしてかい」

 

「……長生きってズルいわね」

 

「知っているさ」

 

「そりゃそうよね」

 

 正直、俺にとっては彼女はまだ子供みたいなものという認識であった。

 が、どうやら改めなければならないらしい。

 

「──いや、今日は実質俺の負けみたいなもんだ」

 

 その言葉に少しだけ驚いたような表情を見せる。

 

「それってどういう──」

 

「なに、深い意味は無いさ」

 

 またか、とでも言いたげな表情でため息をつく。そうして顔を窓の方へと向ける。

 つい先ほど、年柄もなくその物憂げな姿にドキッとしてしまったのだ。

 ──少しだけだが。

 

「……またそうやって子供扱い」

 

「いや、そんなことは無い」

 

「嘘つけ」

 

「本当だって」

 

 本当だ。

 俺は彼女のことを、どうやらもう子供扱いは出来ないらしい。

 ──しかし、大人になるとは一体どういったものなのだろか。

 俺なんて強がってはいるが、所詮大人の皮を被った子供にすぎない。

 ある意味では目の前の少女は俺なんかよりもよっぽど大人だ。

 

 もし、俺が本当の意味で若い頃に、博麗霊夢と会えていたら。

 なんてありえもしないifを一瞬だけ考える。

 

「キャラメルポワール、か」

 

 ちょっとビターなキャラメルと、爽やかな酸味と香りのポワレ。今の気分にはちょうどいい。

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