幻想郷の洋菓子屋さん   作:振り米

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パフェ イズ “メイド” バイ ぺストリー・シェフ

 自分の現状に、何ら不満はない。

 紅魔館に使える身として、お嬢様の下で働く事には充足感を得ているし、尊敬もしている。他の住人たちも、一癖も二癖もある者たちばかりではあるが、そこそこの長さになるそんな付き合いは、むしろ心地良く感じる。

 だから、この関係を崩すつもりなんて更々ない。

 

 だから、この憧憬は、そのままで良い。

 

 お嬢様が、彼の事を好きな事は知っているから。

 

 だから、せめて、この、週に一度の邂逅くらいは楽しませてもらいたい。

 

 この時間が好きだから。

 

 彼のことが──

 

 ・

 

 木製のドアの前で軽くスカートをはたく。特に意味はない。

 少しだけ深呼吸をすると、ゆっくりとドアノブに手をかける。

 緊張は、見てわかる通りに、している。

 しかし、この緊張は嫌いなものではない。

 そして、この時間も嫌いなものではない。

 

 もう一度だけ深呼吸をする。

 私は、ゆっくりとドアを引いた。

 

 ぎい、と。木のドア特有の軋みのような音を立てる。彼のお気に入りであるドアベルも、まるでドアと共にジャズソングでも奏でているかのようにリズムの良い音を響かせる。

 店の中を覗き込むと、何時ものように穏やかそうな表情を浮かべる人物がカウンターの向こう側に座っている。

 ドアベルの音で誰かが入店したと言うことに気がついた彼は、手元の小説から視線をあげて、こちらの方に目線をやる。

 

「お、メイドさん。今日もあのワガママ娘のお使いかい」

 

 そんな言葉が飛んでくると、時間を止めてカウンターの前に行き、わざと不機嫌そうな顔をして彼の返事に答える。

 

「……その呼び方は辞めて下さい。それとお嬢様は、多分そんな方ではありません」

 

 少しだけ怒っているかの様なそぶりを見せるが、男は気にした様子をちらりとも見せず軽快に笑う。

 

「ははは、ごめんな、咲夜」

 

「謝るくらいでしたら最初からそう呼んで下さい」

 

「まあ、お詫びと言ってはあれだが、好きなやつ選んでいってくれ。味は保証するから」

 

 柔和な笑みを崩さずに、先程からのやり取りを繰り広げていた人物。名前は天永地久。

 幻想郷随一の洋菓子店『reve』の店主であり。

 

 ──お嬢様の思い人。

 

 お二方の出会いなどは聞いていないのだが、彼は以前、世界中を旅して回った経験があるそうであり、人妖問わずに様々な者たちと深い交友があるそうだ。

 お菓子を物色しながら、ちらりと彼の方を見る。

 黒色の短髪は、無造作でありながらもそこそこまとまっており、柔らかくパーマをかけたような感じとなっている。本を片手に、優しそうな表情で、カウンターの向こう側に座っている。

 私に見つめられていたのに気がついたのか、彼も視線をこちらに移す。

 

「──どうかしたか」

 

 目が合う。

 別にどうってこともないはずだ。

 しかし無性に恥ずかしくなり、さっと目をお菓子に戻す。

 

「いえ、今日はメレンゲにでもしようかと思って」

 

 目の前にあるココナツメレンゲ。

 色々あるメレンゲ系の菓子の中でも、この店の中では彼のおすすめのものだそうだ。

 

「そうかい、確か、レミリアもそれ好きだったよね」

 

「そう、でしたね」

 

 私は袋詰めされているココナツメレンゲを手に取ると、彼の目の前に行き、会計を済ませる。

 

「はい、250円ね」

 

「では」

 

 お金を彼の手の上に置くと、私はそのまま外へ向かおうとする。

 

 ……一瞬であった。本当に一瞬であった。

 楽しみな時間と言えど、所詮私はお客さんに過ぎない。

 お菓子を選んで、金を払えばおしまい。そんな関係。

 それでも構わない。0と1なら1が良いに決まってる。だからと言って10や100は望まない。高望みするつもりも無い。

 

 ……だけれど、それでもちょっと、やっぱり寂しい。

 頭でそうだと割り切っていても、心はそうだと割り切ってはくれない。

 

「咲夜」

 

 彼に背を向けて、この店から出ようとしたちょうどその時であった。

 呼び止められたことに、少しだけ心が躍るが、あまり期待しすぎるのもあれなので、やはり、いつも通りに極めて冷静なふりをして返す。

 

「はい、何でしょうか」

 

「ちょっと、手伝って欲しい事があるんだ」

 

 ・

 

 店内にある、小さなテーブル。私は、その前の椅子に座っている。

 ゴトンと目の前に置かれたのは、透明で大きめの、コップサイズの容器に詰められた何か。

 

「あの、これって……」

 

「ああ、これか。これは、苺パフェだ」

 

「いちご、パフェ」

 

「あれ、パフェ、知らなかったかい」

 

「いえ、知ってはいます」

 

 ──嬉しい。

 このようなエクストラタイムを手に入れる事ができるとは微塵にも思ってはいなかったから。

 しかし、突然降ってきたそれに、嬉しいという感情に先立って、つい呆然としてしまっている。

 

「これが試食して貰いたい新商品なんだ」

 

「でも、私なんかで良かったんですか?」

 

「いやあ、咲夜だからってのもあるんだけれどね」

 

 苺パフェの試食。

 店から出ようとした私を呼び止めたのは、彼にそれを頼まれたからだ。

 

「私だから、とは、そのどういった意味でしょうか」

 

「まずは、いつもご贔屓にしてくれてるから、そのお礼も込めて」

 

「でも、買いに行くのは私ですけど、買ってるのは実質レミリア様なのですけれど」

 

「ははは、細かいことは気にしないでくれ」

 

 何時ものように軽快な笑みを浮かべると、さらに言葉を続ける。

 

「もちろん理由はそれだけでは無いさ」

 

 彼も椅子を引き、私と向かい合うように座る。

 

「咲夜は、料理とか得意だから、味見とかであてになるかな、と思ってさ」

 

「……そんなに期待されても困りますけど」

 

「まあ、気にしないでもらっていいさ」

 

 そう言うと彼は両肘を机につき、その手を顎の下に持っていく。

 ……ニコニコしながらこちらを見つめてくる。

 

「その、そんなに見つめられると食べにくいのですが……」

 

「ああ、ごめん」

 

 特に慌てた様子もなく彼は窓辺へ首を向ける。

 柔らかな日差しを頬に受け、穏やかな表情で窓の外を見つめる彼は憎たらしいくらいに様になっている。

 

 ……とりあえず、食べなければ。

 

 パフェの上部には、大輪の花のように、ずっしりとした質量を持った苺たちが沢山添えられている。そして、花の中央に添えてあるのは生クリーム。

 その美しい造形を崩すのは多少気後れするものの、壊さなければ美味しさを体験し得ないので、仕方がないのだ。

 半分にカットされた苺と、生クリームをえぐりとるようにデザートスプーンを突き刺す。倒れないように慎重にそれを引き上げると──口の中に放り込む。

 口の中を苺の酸味と、クリームとの調和が取れた甘みが襲う。苺は驚くくらいにみずみずしい。

 ──そして、冷たい。

 

 これは、アイスクリームか。

 

 もちろん、幻想郷にもアイスはある。カキ氷や棒アイスなど、あまり見るものではないのだが、確かに存在はする。

 しかし、このアイスは一味違かった。

 まず、今まで食べてきたどのアイスとも違い、舌触りに雑さが存在しない。

 どこをどう舐めても滑らかなそれは、濃厚かつ繊細な苺とミルクの味が混ざり合い、それこそが土台となってこのパフェを完成させる。

 

「……凄い」

 

「凄い、か。それはどう言う感想なのか」

 

「その、上の新鮮な苺もさることながら、中にあるアイスが、とっても濃厚で、凄く美味しいってことです」

 

 この感動をうまく伝えんがために、なんとか思ったことを口にするが、これでは足りないほどだ。どうも口足らずになってしまった。

 しかし、私の言葉を聞いた彼は、一段と眩しい笑顔を見せる。

 

「そこまで言われると照れちゃうな」

 

 ……そこまで眩しい笑顔を向けられると、こちらこそ照れてしまうではないか。

 赤くなりかけた顔をカモフラージュするために、赤い色をしたそのパフェへ向ける手を急かす。

 それにしても美味しい。

 

「その、地久さんが言ってた新しいものって、このアイスクリームですか?」

 

 彼の店に、以前はアイスを置いていなかった。別に置いていなかった事に対して違和感を持ったわけではなく、言われてみればという感じなのだが、これほど美味しいメニューが追加されるのならば、多くの人が喜ぶだろう。

 

「そう、ちょっと前にね。霖之助の家に行った時にたまたまアイディアを得られて」

 

 今度商品化したらお嬢様に買っていこう。時間を止めてしまえば、溶ける心配もない。

 

「アイス、凄く良いのでぜひ商品化して下さい。お嬢様も、きっと喜びます」

 

「そうだな、子供とかアイス好きだし」

 

 お嬢様は子供ではないが子供だ。

 そして味覚も大体は子供感覚だ。確かに子供はアイスクリームが大好きであることが多いし、お嬢様も例に漏れず好きであろう。

 

 スプーンを進めると、下の方の層へ突入する。そこには少し小さめに切られた苺、イチゴ味のアイスとソース、そしてサクサクとしたシリアルにぶつかる。

 多重の食感が口内を刺激する。パフェの上部とはまた違った感覚は、食べるものを全く飽きさせない。

 しかし、美味しいものは待ってはくれない。無心のうちにスプーンをさらに奥へと進めれば、たどり着くのは容器の底。

 もう終わってしまったという悲しみと、それを覆い尽くしてさらに上回る満足感が体を支配する。

 

「──ご馳走様でした」

 

 はっ、と我に帰り彼の方向を見る。

 そういえば途中から、食べる事に集中しすぎて、彼を意識の外に置いてしまっていた。

 

「いやあ、そんなにも美味しそうに食ってもらうのは、洋菓子屋冥利に尽きるよ」

 

 ……頬が熱を帯びていくのがわかる。

 つい無心になってがっつき過ぎてしまったようだ。

 

「いえ、本当に美味しかったからですよ」

 

 照れを隠すようにそう言い放つ。

 

「──ありがとうな、今日は本当に」

 

 彼は、おそらく今日一番の笑顔を此方に向ける。

 

 ……余計に恥ずかしくなってしまうではないか。

 

「でしたら、今度はぜひ紅魔館に来て下さい。そろそろ、お嬢様が拗ねてしまう頃なので」

 

 ・

 

 今日は、予想外に良い時間を過ごすことができた。毎週のように訪ねていたことが、ちょっとした幸福につながったのだ。

 

 レミリア様の思い人である天永地久。

 

 ──故に、決して叶わぬ恋。叶えてはいけぬ恋。

 

 だから、私はこうして、毎週のこの時間を楽しむのだ。

 0時になると魔法が解けるシンデレラのように。

 

 所詮私は脇役である“メイド”。

 主役の大抜擢などあり得ないのだ。

 

 

 だから、せめて、この週に一度の邂逅くらいは楽しませてもらいたい。

 

 この時間が好きだから。

 

 彼のことが好きだから。

 

 だから、せめて、この時間だけは夢を見させてほしい。

 

 ほんのり甘い、だけれどもちょっぴりすっぱい、苺パフェのような夢を。

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