【完結】Sorge il sole   作:あきまさ

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第二十一話 新たなる時代へ

 ひとまず手を取り合うことへこぎつけはしたものの、それからが大変だった。目の回るような忙しさとはこのことを言うのだろう。厨房に閉じこもっていたアバン以外、勇者一行は一斉に取り囲まれ、もみくちゃにされた。

 多くの人間がダイとバーンについて知りたがった。神の涙のおかげで人にあらざる二人の想いが伝わったのだ。人間より強い力を持つ者が必ずしも狂気に満ちた獣ではないと知らされた彼らは、事実を確かめるべく殺到した。

 バーンに遠慮ない質問を浴びせかけるような命知らずはさすがにいなかったが、話しかけたそうにしている好奇心旺盛な者はいた。

 大魔王は元・魔界の宮殿へ帰ろうとしたが、レオナがひとまず城で休息し、宿泊もするように勧めた。表にこそ出さないものの、損耗が深刻であるため、彼は渋い顔で承諾した。

 監視と護衛をかねてヒム、ラーハルト、クロコダインが一室に配置され、何ともいえない表情を交わし合っている。

 扉の前に立つ三人にも握手を求める人間や質問をぶつける者がいたが、クロコダインの方はバダックなどある程度人間との付き合いがあるためうまく受け答えしていた。反対に、ヒムやラーハルトは顔を見合せ憂鬱そうだ。

「こんな時どうすりゃいいんだ?」

「さあな。バラン様にもこういった事態の対処法は教わらなかった。正直、敵と戦う方が気楽がだ」

 どこからまぎれこんだのか、少年達が輝く目と荒い鼻息で情熱をぶつける。

「すげー! 兄ちゃんの体キラキラでツルツルじゃん! なんかやべー!」

「鎧の兄ちゃんも強そうだって! 勇者様と一緒に戦ったんでしょ? 聞かせて聞かせて!」

 すげーすげーと連呼する子供を相手に、地上でも並ぶ者がいないほどの強さを誇る二人は圧されていた。

 質問攻めから救おうと、レオナがダイとポップを羽根でつついて回復させながら一室で話をさせた。そのため幾らか勢いは減じたが、そんなことをしているうちにあっという間に夜になった。

 

 

 宣言通りアバンの手料理が振舞われる。テーブルに並べられた豪勢な料理を、体力を取り戻したダイとポップが平らげていく。次々と空になる皿の勢いは王宮のそれではなく、まるで一般家庭の食卓のようだった。

 食事の場にはベンガーナ王やフローラ、ロモス王など各国の要人も緊急事態ということで招かれていたが目を白黒させて若人の食欲に驚嘆している。

「しかし、驚きましたな。まさかあの大魔王が和平交渉に応じるとは」

 王達の表情は複雑だ。手放しに喜んでいるとは言い難い。

「彼の扱いはどうなさるおつもりか? 降伏したわけではないため罰して罪を償わせるわけにはいきませんが、彼の爆撃で世界数か所が消し飛び、地上そのものも無くなるところでした。幾つもの国を滅ぼすよう命じたのは彼なのですぞ。その罪は消えるものではない」

「神々が魔界に押し込めなければよかったのですが……」

 魔界の映像が蘇る。ほんの一部の限られた者以外、あの地で平穏な生活を送ることは困難だ。魔族の価値観が殺伐としているのは、生まれ持った性質だけが原因ではない。日の射さぬ世界では形成される価値観も違ってくる。

 自分達も魔界に生まれればおそらく太陽の恩恵を欲しただろう。彼の場合、地上征服ではなく地上消滅というあまりに過激な手段だったが。

「話をわかりやすくするならば、凄まじく環境の悪い国が侵略してきたというところですかね。原因は遥か昔にあって、力ずくで住まわされたと」

「我々の生活も彼らの境遇を知らずに築かれていたものだったわけです。無論、罪のない人々を殺していい理由にはなりませんが」

「人間の基準に最初から当てはめようとするのは無茶です」

 身体的特徴も形成された価値観も大きく異なっている。全てを合わせて考えようとするのは無理な話だ。

「戦闘の結果双方被害が大きいため停戦、という形にするのがよいでしょう。処罰だ処刑だと言っては争いの種をまくことになります」

「被害者はそんなものでは満足しませんぞ」

 国益と国民感情はそう簡単に一致しない。そちらの方が望ましいと理屈でわかっていても、受け入れるのは難しい。

「しかし、歩み寄りの姿勢を見せたのに死んで詫びろというのは……向こうも聞き入れますまい。もし今戦闘が再開されれば、互いに壊滅的な被害を受けることになります。まずは国力を回復させねば何も始まりません」

 食事の味が消し飛びそうな白熱した議論が戦わされる。ダイとポップは場違いな思いを噛みしめつつお代わりしたスープをすすっていたが、ふと疑問に思ったため問いかけた。

「バーンを呼んで話し合うわけにはいかないの?」

「鉄は熱いうちに打てと言いますし、早速会議を開きますか」

 鍋つかみを手にはめ、頭に三角巾をかぶったままアバンが提案した。フローラが頭痛を堪えるような表情で彼の姿を眺めまわす。

「あ・な・た・も出席してくださいね」

「……はい」

 鞭のような声音に、素直にアバンは従った。

 

 

 それから各国の王と要人、アバンらが会議室に招集された。あの大魔王が人間の会議に参加するのかという疑問があったが、レオナがあっさり首肯した。

「泊まる代わりに和平会議に出なさいっていったのよ。こんなに早く開くとは思わなかったけど。あいつもプライド高いから一度約束したことは守るでしょ」

 大魔王相手に取引を持ちかけるとは、度胸があるのか恐怖心が鈍いのか。ダイとポップはひきつった笑いを浮かべた。さすが大魔王にナイフで斬りかかって屈辱を味わわせた少女だ。

 時計の秒針の音が響く中、彼らは待った。

 やがてズタズタになった布の代わりに黒と薄い青の衣を身にまとったバーンが入ってきた。

 アバンの眼が細められる。ダイとポップも異変に気づき顔をこわばらせた。すでに天帝との戦いでの傷は回復しつつあるが、新たに全身に傷が刻まれている。傷はふさがっているため血は流れていないが、まだ斬られたばかりのようだ。

 もしや大魔王に恨みを持つ者の仕業か。和平に応じた矢先に人間が襲いかかってくればただでは済ませないだろう。

 一同の顔が蒼くなり、冷や汗が流れる。

 一体誰がこのようなことを。

 声にならない叫びを読んだのか、バーンは気にするなと言うように手を振った。

「キルバーンが暗殺を仕掛けただけだ」

 さらりとと語るバーンに、王達はどう返答すべきか迷ったように視線を彷徨わせた。散歩してきたような軽い口調で語られても反応に困る。

「ミエールの眼鏡で城内に怪しげな気配を感じたのですが……やはりあの男の仕業だったんですね。首をはねられて死んだはずなのに」

「何故キルバーンが? 奴の主はあなたのはずでは」

「元々隙あらば余を殺すつもりで従っていた。余の力が弱まった今、最大の好機と見て本来の仕事に戻ったのだ」

 人々がキルバーンの話題から離れようとしないので、バーンは仕方なく話し始めた。

 

 

 扉の前のヒム達が質問攻めにされ、一応怪我人と言えなくもない大魔王の神経に障るといけないため人々を移動させようとした一瞬の隙に、それはやってきた。

 バーンの部屋はアバン達が押し込められていた一室よりははるかに広く、椅子やベッドも豪華なものであったが、魔界の頂点に立つバーン自身にはむしろ貧弱なものとして映っただろう。

 彼は文句も言わずに椅子に座り、腕を組んで思索にふけっていた。眠っているかのように目を閉ざしたまま身動き一つしない。

 突如背後の空間が歪み、鎌が振りかざされた。心臓を狙って襲いかかる刃先を指二本で挟んで止め、バーンは眼を開けた。

「何の用だ、死神」

 謁見している時と全く変わらぬ声に応える死神も、同じく飄々とした口調だ。

「今が最高のチャンスだと思いまして」

「近辺に仕掛けた罠は潰されたようだが」

「そうなんですよー、あのムカつくアバン君にね。チェッ」

 忌々しげな口調は演技ではないのか、舌打ちには力がこもっている。

 気分を切り替えるように一息ついて、彼はバーンを指さした。

「でも今なら……ミストは手出しできない」

 キルバーンの見立ては正確で、表に出られないほどミストの消耗は激しい。人間に例えるならば、いつ深い眠りから目覚めるか分からない状態だ。

「彼が知る前に。何も知らないまま。終わらせます」

 標的にとって冷酷な宣言は、優しげに紡がれた。

 

 

 不敵な発言にバーンは怒りを見せなかった。面白がるように口元を緩め、己の胸に手を添える。

「あやつは『知らなかったから仕方ない』では済ませぬと、理解しておらんのか?」

「ちゃんと分かってますよ、後で大変なことになることくらい。でもやっぱり知られない方がやりやすいので……仕事も含めて、ね」

「よかろう」

 指で挟んだ刃をへし折り、彼はゆっくり立ち上がる。そこへ無数のトランプが襲いかかるが、カイザーフェニックスが全て焼き尽くした。

 止まらず飛来する火の鳥に向けてキルバーンは掌を向け、翻す。

 上方から落下した黒い布が炎の体に被さり、かき消してしまった。やはり威力が低下している。

 キルバーンはトランプを懐から取り出し、扇のように広げて余裕たっぷりにあおぐ。

 挑発じみた仕草に大魔王は床を蹴り――鮮血が滴った。

 全身に見えない刃が食い込み、斬り裂いたのだ。素早く周囲に視線を走らせるが、凶器は見つからない。

「不可視の刃の檻の中で死んでください。バーン様」

 刃先を折られたとはいえ十分な殺傷力を持つ鎌を死神が構えた。

 動けぬ獲物をいたぶりながら殺す快感。それが死神の仕事の何よりの楽しみなのだ。喉を鳴らしながら葬ろうとした死神の眼が見開かれる。

 バーンはためらいなく突進した。腹部を、両腕を、足を切り裂かれても気に留めずに前進する。

 死神は一瞬呑まれたものの、すぐに反応する。

 彼は残っていた仕掛けを発動させるべく腕を上げ、指を鳴らそうとした。

 その瞬間動きが鈍った。

「なッ!?」

 腕に、黒い何かがまとわりついている。今にもちぎれそうな帯が指のように伸びている。凝視すれば、帯が暗黒闘気で構成されていると分かっただろう。

 闇色の手が死神の指に絡み、押さえた。

「『知らなかった』で済ませるわけがなかろう」

 にじむ声の主は、主か部下か。

 手刀の一閃で死神の首が飛んだ。

 首を刎ねられる直前、彼の視界に映ったのは、周辺の空間に伸びた数本の影の糸だった。それらは役目を果たしたように儚く消える。

 バーンは身を裂かれることは覚悟の上で攻撃を選んだ。ファントムレイザーで斬られた際におおよその位置を把握し、残りの刃は暗黒闘気の糸が知らせた。糸を編んだ者が万全ならば細かく張り巡らせて精確に割り出し、もっと傷を浅くできただろうが、そこまでは至らなかった。

 

 

 落ちてくる頭部を受け止めた大魔王は握りつぶす真似はしなかった。

 首の切断面を観察し、人形であることを確認した後、呪文を唱える。

 慌てたように物陰から現れた使い魔が、おどおどしながら大魔王の様子を窺っている。

「滅ぼされたくなければ余の元で働いてもらうぞ。真のキルバーンよ」

 キルバーンと呼ばれていた男が人形であるならば、本体は共にいたピロロしかいない。

 頭部を投げられ、受け止めたピロロはどうしたらいいかわからぬというように抱えた。指がそろそろと動くが、続く言葉に止まる。

「黒の核晶を使用しても無駄だ。まだ擬似的な皆既日食の影響下にあるのでな、凍れる時間の秘法をかけさせてもらった」

 彼の魔力が回復していないのも、世界各地の核晶を回収し、秘法で時を止めていたためだ。

 通常の皆既日食と同じではないから完全とは言い難いが、悪用される可能性は少なくなる。ヒャドで一度止められたが、下手に扱うと危険であるため、より安全な凍れる時間の秘法を使ったのだ。

 ピロロは奥の手を見抜かれたため凍りついている。

「何故分かったんです? 仮面の下は、見ていないのに」

「奴の手下が人形に仕込みそうなものとくれば、見当はつく」

 ピロロは「なるほど」と小さく呟きながら肩をすくめる。

「ミストを休ませる……と見せかけて、備えてもいたんですか? こういう事態を想定して」

 バーンは沈黙で答えた。人の悪い笑みが、両方だと告げている。

 護衛不在という隙を晒せば命を狙う輩も出てくる。危険分子を焙り出すつもりだったが、バーンの予想は一部が当たり、一部が外れた。

 バーンは死神以外にも覇気のある魔族が首を獲りに来る可能性を想定したが、彼らはそれどころではない。

 世界の激変に馴染む間もなく滅亡の危機に直面し、死力を尽くしてかろうじて回避したのだ。強者だと自負する者こそ、力を示さねばならぬ局面だった。

「はあ……ミストも苦労するなぁ。働きすぎて燃え尽きないか心配ですよ」

「奴にとってはこちらの方が楽だろう」

「確かに精神的な負担は少ないでしょうけど」

 彼の性格を考えれば、主の危機に行動できないことを気に病むはずだ。自分が消耗せずに済むとしても、何もせずにいることを望まないだろう。

 大魔王は人形の頭部を再び手に取り、仮面を外す。胴体と合わせて確認し、精巧な出来栄えに感嘆したように笑みを浮かべる。

「驚いたな。人形に凝らされている技術もさることながら、胆力や演技力も見事だ」

「お褒めいただき光栄ですが、薄々察していたでしょう? ミストの方は全然気づいてませんでしたけどね」

「今も気づいておらん。再び眠っているようだ」

「といっても、正確に知ったからには伝えるでしょう。貴方は」

 バーンは無言で、当然だと言うように頷く。

 ピロロは虚空を見上げ、深々と溜息を吐いた。

「あーあ。ミストに嫌われたらツラいなァ」

 人形を嫌うミストからすれば、友情を感じ語り合ってきた相手が腹話術の人形という事実は衝撃的だろう。

 関係の終焉を憂いて肩を落とす小人の姿は、わざとらしいとも本心ともとれる。

「ヴェルザーの様子はどうだ?」

「意識を失っていて、世界の変化に気づいていませんよ。封印解かれて復活したと思ったら操られて、あの方も大変ですね。じきに復活するでしょう」

 バーンは満足そうに含み笑いを漏らした。

「驚く顔が目に浮かぶわ。お前は世界の変化から奴の気をそらし、復活まで情報を与えぬようにせよ。最大限に驚かせるのもまた一興……そう思わぬか?」

「ははあ、サプライズって訳ですか。面白そうなんでいいですよ。で、ボクは他に何をすればいいんです?」

 ピロロは正体を見抜かれたため演技をやめている。小人にぞんざいな口のきき方をされても、バーンは気にせずに答える。

「余の決断に異を唱える者も多いはずだ。ハドラーのように正面から力をもって挑むならば喜んで受けて立つが、小賢しいやり方をする奴らを監視し、報告せよ」

 監視と報告と言うものの、死神に命じるからにはそれだけで済ませるつもりはないだろう。

「人間に化けて扇動したり、魔族の悪印象振り撒いたり、対立煽って付け込むような連中ですか?」

「今までならともかく、世界の姿が変わったのでな。そのやり方でこられると面倒だ」

「分かりました。それにしても……いいんですか?」

 自分を暗殺しようとした相手をあっさり受け入れる彼へ、ピロロは呆れたような目を向けた。本人はよくても、主を命に代えても守り抜こうとする側近がいるのだ。

「あやつが余の決定に異議を申し立てると思うか?」

「……いえ」

 答えを一瞬で悟ったピロロは小さく首を横に振る。

 大魔王はもう会話する意思はないと示すように頷いた。

 人形の体を抱え消え去ったピロロに視線を向けず、再び大魔王は椅子に腰を下ろし、瞼を閉ざした。床に血が飛び散っていることを除けば異変は何も感じられない。

 そのまま会議に来たというわけだ。

 

 

「彼が機械仕掛けの人形だったなんて……どうやって作ったんでしょう?」

 アバンが好奇心を刺激されたように身を乗り出した。地上の技術ではいかに精巧な人形を作ろうとしても遠く及ばない。

「詳しいことは本人に訊いてくれ」

 バーンの口調がやや投げやりになったため彼らは話題の転換を図った。

 領土や交易など話し合うべきことはいくらでもある。広げられた世界地図を新たなものに書き換えつつ、バーンが領土の確認をする。天の弓停止のための指示を出し、黒の核晶を改めて止めるため世界を飛んだ彼が最も正確に地形を把握しているだろう。

 海が広がるばかりで何もなかった場所に元魔界の地は出現しているが、一部は地上の陸地と接している。

「しばらくは魔界の者達は元魔界の地で暮らす。互いに侵入は不可。もちろん攻撃もだ。一部の者はすでに人間と知り合い親しくなっているようだが、例外にとどめていた方がよいだろう」

 いきなり垣根を取り払ってもすぐに互いを受け入れるのは難しい。少しずつ慣れていかなければならない。まずは戦の終結による復興や地形の変化への対応を考えねばならない。

「地上に比べると魔界の地は実りが少ないのではありませんか。少しずつ豊かな土地にしなければ」

 土地からもたらされる物に差がありすぎるようでは、すぐさま戦乱へと発展しかねない。隣国が豊か過ぎても困るが、あまりに貧しくても悩みの種となる。

「交易という形で魔界にある鉱物と地上の植物を交換すればよいのでは」

「そもそも土地がやせているわけですから大地そのものの変革が必要ですな。肥料などを使って……」

「マグマがたぎる地だったようですのでどの程度効果があるのか甚だ疑問です」

 農業談義で盛り上がりそうな者達をアバンが制した。

「そういったことに関しては次回で良いでしょう。肝心なのは――」

「余の扱いではないか?」

 電流に打たれたかのように鋭い空気が一同の肌を刺した。

「口にこそ出さぬが、余の処遇に頭を悩ませているであろうことはわかっていた。投降したわけではないから捕えて処罰や処刑も出来ぬし、国を滅ぼしピラァで各地を空爆した余の行いを許すことも出来ぬ。うかつに余を糾弾して戦端が開かれれば壊滅的な打撃を受ける、とな」

(悪魔の目玉でも仕掛けてたのかよ)

 ポップは背に冷たいものが走るのを感じた。晩餐での会話を聞いていたような言い草だ。

 強大な力を持つため力押しで戦う印象が強いが、思考力も侮れない。絶対の自信ゆえに策を弄することは少なかったが、もし存分に策謀を駆使していれば地上はとっくに滅んでいたかもしれない。

「大切なものを理不尽に奪った相手に復讐したい気持ちは余にも理解できる……が、大人しく殺されてやるほど殊勝でもない。お前ならどうする? 勇者ダイ」

 ダイは迷うように唇を噛んだ。

 誇り高い戦士へと変わった部下ごと黒の核晶で邪魔者を吹き飛ばそうとし、そのせいで父が死んだ。他にも無数の人々が目の前の男一人のせいで苦しめられた。今も苦しみは続いている。終わることはないだろう。

「おれは、父さんを奪ったおまえを許せない。それは変わらない」

 レオナが顔を伏せる。大人達は自分の半分の年月も生きてない少年を穴があくほど見つめ、言葉を待っている。

「でも、おれが仇を討とうとして、そのせいでまたたくさんの人が傷つくなら……我慢する。おまえに命を救われたのも事実だ」

 大人びた表情で言葉を紡ぐ彼は、青空のように澄み切った目でバーンを見ている。

 大魔王がいなければ天帝との戦いに勝つことができなかったのも事実だ。今頃世界は天帝の手によって滅ぼされていただろう。それに、神の涙が伝えた想いには共感する部分があった。

 バーンはレオナに視線を向けた。

「そなたはどうかな。レオナ姫」

「個人的な感情で言うなら、あんたにはいろいろ恨みがあるからたっぷりビンタをお見舞いしてやりたいところだけど……ダイ君もああ言ってるからね」

 滅ぼされたリンガイアのバウスン将軍や、カールの女王フローラも頷く。

「被害を受けた民はおさまらぬと思うが?」

 皆ぐっと言葉に詰まる。いくらレオナ達が復讐をよしとしなくても、それでおさまらないのが感情というものだ。人々が呑み込まれ、暴走したら、止めるのは難しい。「国」というものにダイの両親は翻弄された。一度火がつけば、いくら冷静な者が説いて聞かせても無駄だろう。

 重くなった空気を吹き飛ばすかのようにアバンが口を開いた。

「今は復讐どころではありませんよ。世界中に二人の共闘が伝わりましたし、世界の危機が頻発したため厭戦気分が高まっています」

 朗らかな口調も眼鏡の下の穏やかな瞳も、静かな確信に満ちている。

「あなたが復讐で殺されると困ります。あなたを無理に殺して魔界の住人をバラバラに行動させるのと、まとめてもらって危険を減らすのと、どちらが面倒が少ないか……言うまでもなく統制してもらった方が楽です」

 滑らかな説明に大魔王は言葉を挟まずにいる。返答の代わりに笑みが深まっている。彼にとっては現実的な利点について述べられる方が、よほど実感が湧くだろう。

 バーンの反応を確かめたアバンの眼鏡がキラリと光り、続きを述べる。

「条約を結めば、それを反故にするような部下の勝手な行動は許さないでしょう? ……大魔王の沽券に関わりますからね」

 大魔王の名を守ろうとする性格を見透かしての発言に、バーンもにやりと笑ってみせる。

「要するに、下手に刺激するよりは魔界の者達――特に凶暴な連中を抑える枷になってもらう方が都合がよいということか。お前達と余の当面の目標は同じ……民の暴走を抑えつつ国力を回復させることになりそうだ」

「そういうことです。分かってもらえたようで何より」

 大魔王相手にいつもの調子を崩さないアバンに王達は尊敬の眼差しを向けている。それはレオナやダイにも当てはまる。大魔王を「おまえ」だの「あんた」だの呼べる人間はそういない。

 目標が明確になったことで張り詰めていた空気が和らいだ。

 一足飛びに人と魔の共存というわけにはいかないが、これまでの敵対するだけの関係からすると上出来だ。しばらくは魔界の住人は元魔界の地で暮らすだろうが、さらに歩み寄る日がいずれ来るだろう。

 来させてみせる、とダイは拳を握り締めた。

 きっとこれが竜と魔と人、全ての要素を合わせて生まれた自分の果たすべきことなのだ。

 条文が具体的に決められるのを聞きながらポップは胸が高鳴るのを感じていた。

(おれは……新しい歴史の幕開けに立ち会っているのかもな)

 特別な血を持たぬ自分がこの光景に貢献できたのが誇らしく、嬉しかった。

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