【完結】Sorge il sole   作:あきまさ

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第二十二話 黄昏

 各々が寝室に引き上げたのは夜遅くになってからだった。

 昼の喧騒が嘘のように、城内は静かな闇に満たされている。天空には月が煌き、青白い光が差し込んでいた。

 バーンが己の部屋に向かうと、ヒムが腕を組み、壁にもたれて立っていた。ラーハルトとクロコダインはすでに隣室でぐっすり眠っている。大魔王が何も言わずに通り過ぎようとするのを引き留める。

「お前らがいなけりゃダイは死んでた。礼の一つでも言っときたくてよ」

「余はダイを助けるつもりなどなかった。神を倒すという目的が一致しただけのこと」

 仲良く手を取り合うにはほど遠い。現在共闘したこともあってダイを対等の相手と認めているが、馴れ合いとは無縁だ。己の強さに絶大な自信を持つ大魔王だからこそ譲れぬことも多い。

 必要とあれば、どれほどダイが強くても戦うだろう。それはヒムも理解している。

「それから、ミストバーンさんにどうしても言わなきゃならないことがあるんだ」

 ミストは大人しく主の体から出てきた。単に回復したためか、真剣な眼差しに応じる気になったのか、読み取ることは難しい。

 続きを待つ彼に、ヒムは頭を下げる。

「寄生虫とか言って、悪かった!」

 予想しなかった言葉にわずかに目を見開いた相手に、ヒムは訥々と語る。

「オレ、あんたのこと誤解してた。正体だけで冷たくて陰険な奴だって決めつけたけど、間違いだった」

 ヒムの言葉に裏は無い。結果的にダイの力になったことをありがたいと思ったからバーンに礼を言い、ミストの忠誠心を見て己の言動を反省したから謝っただけだ。

 体質を理由に内面まで決めつけ蔑む行為はミスト側もヒムにしたのだが、そこを追及する様子はない。自分の発言に問題があったから謝る以外のことは考えていないのだろう。

「助けてくれて、ありがとう」

 率直な言葉に圧されたようにミストの視線がヒムの髪に流れ、そのまま逸らされる。

 バーンは部下の心情に言及せず、扉を閉めた。

「ふー……」

 心の重りを下ろしたヒムは腰をおろして休息の姿勢を取った。神との戦いや今の状況を見れば、亡き主と仲間達はどう思うだろうか。

『あんたとは美味い酒が飲めそうだ』

 ミランチャの言葉を思い出し、今ならその気持ちがわかる気がした。一度戦っただけの相手だがヒムの心に刻まれている。

 ヒムは廊下の窓から外を見た。天界があった方向――天空に輝く月を見上げ、杯を差し出す仕草をした。

 

 

 ダイとポップは毛布にくるまっていたが眠れなかった。

 窓から月の光が差し込む中、二人とも天井を何も言わず見つめている。互いに起きていることは気づいていたが、会話もないまま時間だけが流れていく。

 ダイが口を開くのをポップは辛抱強く待っている。

 やがてダイが言葉を発した。

「あのさ……消える直前に天帝が言ったんだ。『賭けは、私の勝ちだ』って」

「賭けだって? バーンみたいにか」

「その後こうも言った。『だが……負けたよ』って」

「どういうことだ?」

 反射的に訊き返した後、ポップは首をかしげた。

「そういや結局わかんなかったな。何で神があんなタイミングで計画を知らせたのか」

「おれにはわかった。神さまたちの記憶が流れ込んできたから」

 

 

 人の神キアロが最初に世界破滅を唱え、それに魔族の神ジェラルが食ってかかった。地上だけではなく魔界もだと訂正したキアロに竜の神ファメテルネも疑念を露にしたが、彼は疑問に答えずダイ達に宣戦布告した。

 まともに説明せず強行したキアロに対し、通信を切った後で他の二名が真意を問いただした。

 ジェラルの怒気は凄まじく、キアロの胸ぐらをつかんでつるし上げ、至近距離で睨みつける。

「いきなり何を言い出すかと思えば……頭がおかしくなったか? 元からか」

「ごめんごめん。あそこで宣言しないと役者が減ってしまうからさ」

 キアロは降参するように両手を挙げ、助けを求めてファメテルネに視線を送る。

 蒼白い肌を怒りで紅く染めるジェラルと違い、ファメテルネは冷静さを保っている。

 ジェラルの頭を冷やすため、ファメテルネはあえてゆっくりと尋ねた。

「何のために、あんなことを?」

「団結して健闘した人々に感動して、さらなる輝きが見たくなった。試してみたくなったんだよ」

 キアロの言動についていけず、他の神は言いたいことをこらえて続きを促す。

「異なる種族が、協力して困難に立ち向かえるか。思想も力も隔たっている者達が、心を一つにできるのか。魔界も含めてね」

「今更期待するのか? そいつらが敗れたらどうする」

「滅ぶに決まってるだろ」

 当然のように言い放ったキアロにジェラルは毒気を抜かれた。手から力が抜け、解放されたキアロは安堵した様子で喉元をさする。

 ジェラルはしばし沈黙した後、かろうじて質問を探し出した。

「……相手はどこから調達するつもりだ」

「僕だよ。彼らと同じ舞台に立って演じたい!」

 はしゃぐキアロに頭痛を感じ、ジェラルは眉間を押さえる。ファメテルネは黙ったままだが、賛成とは言い難い様子だ。

「ずっと疑問に思っていたんだ。僕らが世界と種族を分けた結果、どんな結末を迎えるのか。で、今回ようやく分かった。数千年後に今度こそ地上が消し飛ぶかもしれない」

 喋るうちにますます興奮したのか、キアロは早口でまくし立てる。

「せっかく彼らが素晴らしい輝きを見せてくれたのにそんな結末耐えられない。じゃあ別の道はどうだろう? 異なる結末に至れるかな? もしそうならばどんな内容になるだろう」

 唾を飛ばしそうな勢いで喋られ、ジェラルは反射的に顔を離した。

「それを確かめるというのか? 貴様の命で」

「過ちは正されねばならん、ということか」

 ようやく口を開いたファメテルネの声も苦々しい。

 反応が芳しくないにも関わらず、キアロは嬉々として提案する。

「賭けようか? 僕が勝つか、大魔王が力でねじ伏せるか、勇者達と力を合わせるか。僕は力を合わせて打ち破るに一票」

「我は大魔王が力でねじ伏せると思う」

「貴様の勝ちに賭けておく……が、俺も戦うぞ。貴様一人にあの時の判断の正否を任せるのは気に食わん」

 キアロの行為のせいで多くの者が巻き込まれ、傷つく。それでも彼が実行するのは、はるか昔の決断の是非を問うためだとジェラルとファメテルネは解釈した。

 神々が力を合わせた者達に滅ぼされるなら、その可能性を遠ざけた隔離は間違いだったということになる。

 キアロはそれを確かめたいのではないか。最大の理由は輝きを見たいためだが、心の奥には世界のあり方を見つめ直す気持ちが残っているのかもしれない。

 二人はそう推測したのだ。

 ジェラル達の考えが合っているかどうか、キアロの表情からは読み取れない。仮に当たっているとしても、やろうとしていることを正当化する理由にはならない。

 仏頂面のジェラルに代わってファメテルネがキアロに問いかける。

「しかし急な話だな。今から準備を始める気か?」

「元々備えはあっただろう。本来の用途とは異なるけれど」

 住む世界を分けた際、戻す仕組みも同時に作り、残していた。魔界浮上はそれを使えばいい。

 天界が侵攻された時などに備えて強力な補助呪文の数々も伝わっている。

 秩序維持や滅亡阻止のために作られたものを転用する。

「どんな方法を用いるにせよ、向こうが何もできずに終わっては意味がないのだろう? 相手側に対抗手段が無い可能性を考えているのか?」

「いざとなればヒントをあげるよ」

「待て、全部その場で喋るのか? 必要な情報を仕込んでおくなど準備が必要だろう」

 ジェラルも口を開き、議論に加わった。

「精霊達はどうする。貴様が死ねば天界も滅ぶのだぞ」

「人身御供呪文で取り込もうかな。一旦吸収した後どうなるかは……迎える結末次第だ」

 三者の表情はそれぞれ異なるが、皆熱心に考えている。

 

 

 地上と魔界に天使が派遣された後、オディウル、ミランチャ、ガルと数名の精霊――ヴェルザーの封印に力を貸した者達だ――が三神の元を訪れた。

 彼らは何かが起ころうとするのを察したのだ。

 事の次第を説明され、オディウルの口元が歓喜とも悲嘆ともつかぬ形にゆがんだ。

 彼女が口を開こうとした刹那、キアロは優しく微笑んだ。

「来てくれたから教えてあげたけど、付き合う必要ないよ。地上に避難すれば、契約していても人身御供呪文から逃れられる」

 穏やかな口調だが、オディウルは鞭で打たれたかのように身を震わせた。彼女は仮面の上から目を覆い、俯く。

 オディウルとは対照的に、ミランチャは気楽な姿勢で槍にもたれるようにして立っている。彼は不精ひげだらけのあごをぽりぽりかきながら呑気に呟いた。

「俺もお供しますよ。アナタが死んでも化けて出ないようにあの世で見張らねぇと」

 ミランチャは床に視線を落とし、溜息を吐く。

「俺はもう十分生きたし、主を一人で死なせちゃ酒が不味くなるもんな。他の連中は酒飲まないからいいでしょ」

 それを聞いたガルは心外だと言うように目を見開き、斧の柄を軽く床に叩きつけた。家族がこの場にいないことに感謝しながら息を吐き出す。

「失敬な。ワシも同じ気持ちだというのに。……望むものはラファエラの生存くらいだ」

 彼らが選択したのは戦いだった。戦う力を持たぬ精霊も最後まで見守るつもりのようだ。

「気持ちはありがたいけどさ、自分が演じることに夢中になると思うよ。他人に気を配る余裕なんて――」

 言葉は苦しげな呻きでかき消された。キアロの襟首をジェラルが掴み、つるし上げたためだ。

「これまで目を逸らしてきた奴が何を言う! 結局踏みにじるくせに取り繕うな……!」

 ジェラルの説教を浴び、キアロは意外そうに目を瞬かせた。

「よく見ているねぇ」

 茶化すような口調には、鋭い舌鋒に心を抉られた様子はない。

 舌打ちで応じ、ジェラルは乱暴に手を離した。

 

 

 天使達が退室してから、キアロはジェラルとファメテルネに軽く拳を突き出した。

「公演の日は近い。彼らの力を引き出すために、ベストを尽くそう」

 今回の計画は今までの試みの中でおそらく最も刺激的だろう。最強と呼ばれる大魔王バーンと、彼をも追い詰める勇者ダイ。その二人を相手に、力を合わせる必要を感じさせるほど追いつめねばならないのだ。天界の全てをもって立ち向かわねば不可能だ。

「我々は出来損ないの神だから気合いを入れないと」

 さらりと出てきた単語にジェラルが目を見開いた。冗談で流すことができない口ぶりだった。

「……そんな風に、思っていたのか」

「彼らが失敗作なのは、不出来な我々が生み出したからだろう」

 普段の陽気な口調からは考えられぬほど、キアロの声は冷えていた。

 濁った光を湛えているキアロの眼を凝視し、ジェラルとファメテルネは苦虫を噛み潰したような顔をした。

 平穏をもたらそうとして世界が荒れ、悩み、迷走してまた世が乱れる悪循環。

 そこから抜け出そうともがいていた男はいつしかあがくのをやめ、虚ろな笑みを顔に貼りつけるようになっていた。

 全盛期のキアロは年を取った、鬚を蓄えた堂々たる容貌だったが、今の彼は若返ってしまっている。それは彼の力が衰えただけでなく、苦悩ごと感情の一部を抑え込んだことを示していた。

 ファメテルネは溜息を吐き、哀れみを含む目で遠くを見つめた。

「下界に一切手出しせずにいれば、こんな風にならなかったのだろうか。生きる世界が違う相手との関わり方を間違えたのか……?」

 遠く隔たっているのは場所だけではない。価値観や一生の時間、目の届く範囲。受け止める声の数。様々なものがかけ離れている。

 互いに助け合い穏やかな日々を送る人々がいても、キアロにとって十分な成果だと感じられなかった。踏みにじられる者達の姿や、彼らの救いを求める声に意識が引きずられてしまったのだ。

 思考が後ろ向きになれば、負の側面ばかり目に付くようになる。そしてまたネガティブに考える。その繰り返しだ。

 手ごたえを味わえずにいるうちに、何が成功か分からなくなり、何もかもが失敗だと映るようになった。

 彼の認識通り、世界が失敗だらけで本当に駄目になったならば、彼の好む輝きも生まれないはずだ。しかし、捉え方が偏ってしまった彼は、それに気づかない。

 最初に描いた理想との距離が縮まっていると信じられず、目標の光景は薄れていく。彼は見えなくなったゴールを目指し、道に迷ってしまった。

「我らの見る、ただの夢で済ませておけば……」

 三名の中で最も人々に肩入れし、最も歪んでしまったのがキアロだ。

 最初から所詮別世界の住人だと割り切っていれば。一時の、安らかな夢や荒んだ悪夢にすぎないと受け止めていれば。

 血みどろの戦いが繰り返され、神に助けを求める声や神を呪う言葉を浴び続けても、精神は摩耗しなかったかもしれない。

 ジェラルも嘆息し、短い髪を掻く。

「とにかく、失敗作を生み出してしまったのは俺達だからな。捨てることで責任を果たそう」

「それを捨てるなんてとんでもない! 有効活用するんだよ、間違えないでくれ」

「……変わったな、貴様は」

 キアロを見つめるジェラルの眼には、悲痛な光が瞬いている。

 キアロは、英雄達の敵を演じられれば、結末がどうなるにせよ満足して退場するだろう。一瞬の輝きを目にするためならば、心が痛むと嘆きながらも他者を犠牲にするだろう。

「『皆に希望を与える太陽になる』と言ったのは誰だった?」

 ジェラルの問いにキアロは盛大に顔をしかめた。目を逸らし、俯き加減で吐き捨てる。

「……大昔の話だ」

「フン、未練たらたらで引きずっているくせに。中途半端な」

 馬鹿にしたように鼻を鳴らすジェラルに、キアロは大げさに手を振って否定する。

「太陽なんて嫌いになったよ。世界を照らして失敗だらけだと突きつけてくる」

 彼にとって太陽は希望の象徴ではなくなった。それどころか、無慈悲で残酷な存在かもしれない。

 かつて抱いた夢を思い出させ、現実との落差を浮き彫りにするのだから。

 過去を掘り起こされて恥ずかしいのか、躍起になって否定するキアロにジェラルはますます苦い顔をした。

 キアロは太陽を嫌いになったと言いながらも憧れを捨てきれずにいる。遠い日の夢の残骸を抱えて、憎い存在になりたがっている。

 彼は世界の姿だけでなく、自分の心さえもまともに認識できていない。

 二人をとりなすべくファメテルネが口を開いた。

「恥じる必要はないだろう。皆に希望を与え、見守りたいと願うのも。力無き者のために涙を流したのも」

 遥か昔神々は、間違っていたかもしれないとはいえ、世界の在り方をよりよい方向へ変えようとした。

 特に人間の神は、力無い者達の苦しみに涙し、力を持つ者が弱い者を守る姿に心を震わせた。

 争いの続く世界に胸を痛めつつも、必死に生きる者達を愛する。それが在りし日の姿だった。

「もう疲れた。泣くことも、希望を抱くことも」

 返答するキアロの声は乾いている。

 長い年月を経て、キアロは心を震わせる存在に魅せられながらも、それが生まれる土壌を尊重することはなくなった。

 世界全体に目を向ければ――未来を築こうとすれば、苦しみを味わうのだから。

「随分と偏った見方だな」

 ジェラルの声にはうんざりした響きが宿っている。後ろ向きな思考に凝り固まった姿は、見ていて気持ちのいいものではない。

 思ったことをそのまま口に出した彼に、キアロは意地の悪い笑みを浮かべた。

「そう言う君は、魔族達とまともに向き合ってきたのかい?」

 ジェラルの表情が痛いところを突かれたようにこわばった。

 軽い口調で問いかけたキアロは一旦口を閉ざした。整った相貌から笑みが消え、感情のこもらない声が吐き出される。

「早々に見切りをつけ、目を背けていたのだろう。どうせ魔界の住人はいつまで経っても変わらないと」

 言葉に毒が塗り込められていたかのように、ジェラルの体が震える。

 立ち尽くすジェラルを励ますようにキアロは肩を叩いた。

「それもいいさ。昔の僕みたいに勝手に期待して失望するよりは賢いよ」

 キアロの声には感情が戻ったものの、笑みの仮面は外れたままだ。青年は目に不気味な火を燻らせながら問いをぶつける。

「君が僕に苛立つのは、鏡を見ているようだから。……違うかな? 僕以外にもそんな相手がいるかもしれないね」

 常にそうであるわけではないが、ふとした拍子に自身の欠点を克明に映し出す。

 ジェラルがぶつける怒りと言葉をそのまま跳ね返す。

 ジェラルにとってキアロは、そんな存在の一つだ。

 他人事のように呟いたキアロは、ファメテルネにも視線を送りつつ厳かに告げる。

「君は、君達は、魔界の住人を愛しているか?」

 重力を倍加させる沈黙が場を包む。

 先に口を開いたのは魔族の神。

「……分からん」

 肯定でも否定でもない言葉は、ただの誤魔化しにしては真剣だった。苛立ちと戸惑いを孕んでいた。

 竜の神は仲間の曖昧な返答を咎めるでもなく、続いて答える。

「愛し方が、分からなかった」

 竜の瞳が翳ったのも一瞬のことで、すぐに暗い光は消え去った。

 キアロは彼らの返答に反応を見せなかった。感情を読ませない眼差しのまま、彼はジェラルに向き直る。

「改めて訊くよ。何故僕に付き合うの?」

「……俺が命をかけるのは、友だった者への責任を果たすためだ」

「友……? 初めて知ったよ。そんな相手がいたなんて」

 キアロはうっすらと微笑を浮かべた。中身が空洞の人形が笑ったような感覚にジェラルの背が凍る。

 ジェラルはようやく理解した。世界も自身の心もまともに見えなくなっている男は、仲間に対しても同じであることを。

 

 

 ダイが語り終えるとポップは憤りに満ちた口調で言葉を吐き出した。

「ってことは、皆が一つになるかどうか賭けで試したのか? 天界の奴らも巻き込んで、俺達は駒のように操られてたってことなのか!? 心が一つになったのも全部掌の上かよ……!」

 自分達が懸命に奔走した結果、迷惑な男の身勝手な願いを叶えただけだったのか。身を震わせるポップに対し、ダイは静かに否定した。

「違うと思う。それなら消える時、別のことを言っただろうから」

 本来は、望みを叶えてくれたことに対する感謝の言葉、もしくは健闘への称賛を告げて、満足げに笑いながら死んでいくはずだった。

 元々、台本の結末の部分は白紙だった。

 天帝が勝ったりバーン一人で倒したりする可能性の方が高かっただろう。キアロは皆が力を合わせることに賭けたものの、心から信じてそうしたわけではない。

 結果だけ見れば彼の予想通りだが、最期の表情には悔しそうな色があった。

 今まで通りならば、結末が勝利であれ敗北であれ、満足して戦いを終えるはずだった。

 そうならなかったのは、執着が芽生えたのかもしれない。

 心が一つになった者達の紡ぐ物語を見てみたいと。

 最後の最後で、今を楽しめれば世界や未来がどうなろうとかまわないという思考に亀裂が生じた。

 そしてようやく気づいたのだ。踏みにじったものの重さと、それを見失っていた己の愚かさ。さらなる輝きが生まれる可能性と、それらを助け、見守ることができない末路に。

 暗部ばかり捉えていた目がようやく光を映すようになった途端、時間切れで退場だ。

 どうでもよくなったはずの「先」を見たいという希望。それがかなわぬ絶望。両方を叩きつけられ、舞台から追い出された。

 

 

 再び二人の間に沈黙が流れた。

「これからが大変だな」

「うん。魔族たちとの共存って言う前におれが疎まれるかもしれない」

 ポップは一瞬息を止め、荒々しく上体を起こした。

「んなことさせねーよ! 分からず屋ばっかじゃないって」

「……だったらいいな」

 ダイの希望に胸を痛めつつ、ポップは再び布団をかぶった。そう言われると返す言葉もない。苦いものが心の中に広がるのを感じつつ、おやすみ、と告げて瞼を閉ざす。

 やがて疲労が彼らを心地よい眠りへと誘った。

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