【完結】Sorge il sole   作:あきまさ

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最終話 太陽は昇る~Sorge il sole~

 ヒムとの会話の後、部屋に入ったバーンはすぐには就寝せず、椅子に座った。

 灯りをつけないまま傍らのテーブルに置かれた酒瓶を取り、グラスに中身を注ぐ。液体をじっと眺めてから、口に運ぶ。

 極上の美酒を散々呑んできただろうが、それらに劣らぬ品のようにじっくりと味わっている。

 長年の間、豪華な宮殿に住まい、大勢の侍女にかしずかれてきた。贅を尽くした料理を味わい、給仕も任せてきた。こうやって一人で静かに酒を飲むのも久しぶりである。

 何かできることはないか探そうとするミストを止め、バーンは紙に書かれている文章を読み上げるような調子で呟く。

「キルバーンについて、伝えておく」

「はっ……」

「正体は機械仕掛けの人形だ」

「ッ!?」

 驚愕のあまり言葉も出ない部下にかまわず、バーンは続ける。

「頭部には黒の核晶が埋め込まれていた。本体は使い魔を装っていた、あの小人だ」

 凍りついているミストに、バーンは無感情に告げた。

「あやつにはこれからも働いてもらう」

 だからこそ、次にキルバーンが命を狙った時にミストが対処できるよう明かしたのだ。

「キ……キルが……」

 呆然と呟くミストに、バーンは何も言わない。

 真実を知ってどのような態度をとるかはミスト次第だ。彼らの友情を引き裂くことも、補強することも、バーンはしない。

 死神の力が役立つ仕事はいくらでもある。忠誠心厚いとは言い難く、己の命を狙う相手だが、手放すには惜しい。

 使える部下はこれからも使う。バーンにとってはそれだけの話だ。

 しばらくグラスを傾けていた彼は、窓から星々の瞬く夜空を見上げた。

 短くない時間が流れ、ようやく部下が多少は平静さを取り戻したため、口を開く。

「余がお前に与えるものは無い」

 命を削ってまで尽くした部下に告げるには無情な言葉だ。

 ミストは当然だと言いたげに頷いた。報酬を与えられればもちろん喜ぶが、見返りを求めて働いているわけではない。

 だが、と続けられ、ミストは緊張したように続く言葉を待ち受けた。

「余の傍らで見せてやろう」

 望んだ光景を。遥か昔に奪われ、取り戻したものを。

 誰よりも己に近い場所で。

 それが部下の最大の喜びでもあるのだから。

「はい……はい、バーン様」

 ミストは感激したように身を震わせ、頷いた。

 

 

 翌日、パプニカの城門前にベンガーナから来たという集団が訪れ、ダイとの面会を願った。

 邪な目的で訪れたわけではないと判断され、すぐに許可が下りた。一人の少女を先頭に、ダイと向かい合う。ダイには彼らの顔に見覚えがあったが、思い出せない。忌まわしい記憶と結びついている嫌な感覚が胸の中に生じる。

 彼らの顔に野次馬根性は見当たらない。皆真剣な表情だ。何かを決意したかのようにきっと口を結び、拳を握りしめている。

 ダイが先頭の子供に目線を合わせるようにのぞきこむと、少女の顔がくしゃくしゃに歪んだ。彼女はこらえきれずに涙をこぼす。

「お兄ちゃん、ごめんなさい! 私たちを守るためにいっぱい戦ったのに、怖いなんて言って……ごめんなさい!」

「あ……君は」

 かつてベンガーナを襲った竜を倒した際、人間離れしたダイの力に人々は恐怖を覚え、白眼視した。異質な存在への嫌悪と畏怖はダイの心に深い傷を刻み、今も癒えていない。

 子供からも怯えられたのが、何よりも辛かった。

 あの時ダイを疎んじた人間が、こうしてわざわざやってきている。

「金色の光が輝いた時、大魔王の記憶とダイさんの地上に対する想いが頭の中に流れ込んできたんです。お二人の闘う様子も」

「本当に……すまなかった。地上を守るために命がけで戦ってきた勇者にあんな態度をとるなんて」

「あんたの力がとんでもないのは事実だ。でも俺達に向けたりしないだろ? それを勝手に……悪かった!」

「いいよ。おれが人間じゃないのはその通りなんだから」

 次々頭を下げる大人達と泣きやまぬ少女に、ダイは複雑な表情だ。人々の態度が改められたことに安堵しながらも、いつまで続くかと案じている。

 大魔王の言葉は間違ってはいない。今は平和を手に入れた直後だから感謝するだろうが、穏やかな日常に慣れればいつ邪魔だと考え出すかわからない。

 ポップが両者の間に入り言葉を探す。言いたいことが上手く伝えられるかどうかわからず、もどかしい。今なら人々も共感してくれるはずだから、確かめるように言葉を吐き出す。

「こいつは誰よりも地上が好きなのに、大魔王に地上を去るとまで言ったんだぜ? でも、そんなのおかしいじゃねぇか。平和のために戦ったダイが平和を味わえないなんてよ。凄い力を持ってたってダイはダイだ。どんな相手にも偏見を持たずに接する、おれたちのダイなんだよ!」

 いつしかポップの眼には涙が浮かんでいた。地上から親友の居場所を奪われるわけにはいかない。

 ダイも考えながら言葉を紡ぐ。

「魔界の人たちだって悪い奴ばっかりじゃないと思う。人間の中にだって、いい人がいたり悪人がいたりするからさ。違う種族ってだけで攻撃したり仲間はずれにしたりするのは間違ってるよ」

 今だからこそ、根強い異種族への偏見を変えねばならない。それは人間だけでなく魔界側にも当てはまる。

 差別や迫害はそのまま争いへとつながる。地上と魔界が隔たっていたころならばともかく、今ならば小さな火種でもあっという間に世界を焼き尽くしてしまうだろう。

 ダイやラーハルトは世界を回りつつ両者をつなぐ橋となる決意を固めていた。ヒュンケルはまだ体が癒えていないが、動ける程度まで回復したら同じことをするだろう。レオナやアバンも人々の意識を変えるための策を考えている。

 気になるのはバーンだが、魔物を凶暴にさせる波動を抑えているため立場を異にするつもりはないようだ。今争うようなことになれば国力を充実させるどころではなくなるという冷徹な判断に基づいての姿勢だろう。

 謝罪した人々は、魔界や違う種族という単語に戸惑ったようだが、ダイの言葉を反芻している。人間ではないという理由で疎まれながらも、ダイは地上のために全力で戦った。彼の想いに応えることはできないか、そう言いたげに。

 彼らは顔を見合わせ、うんうん唸りながら意見を出している。

「……普通に接するって難しいことなんだな。意識しないようにって考える時点で意識してる」

「でも前のままじゃいけないってのは確かだ」

「追い出そうとするのは駄目だけど、何も考えず近づけばいいってもんでもないし……」

「相手の力がすごいとか体質が違うって事実を考えるのは差別じゃないよな? 難しいなあ」

 彼らの様子にポップは胸をなでおろした。

 しばらく前ならば、彼らは疑問も持たずに拒絶して終わりだった。真剣に考えているだけでも、新たな道を模索し始めた証だろう。

 きっと変わる。変えることができる。

 

 

 パプニカの城の一室で、整った顔立ちの魔族が寝台に腰掛け、窓から差し込む朝日を浴びていた。額の眼と角を除けばほぼ人間と変わらぬ姿の持ち主は勿論大魔王だ。

 一晩の休息で傷はほぼ癒えている。

 瞼を閉ざしたまま動こうとしない彼は、部屋に接近する複数の気配を感じ取っていた。

 相手が扉の向こうに来た瞬間、入るよう促す。察知されたことに驚きを隠せぬまま、ダイ、ポップ、レオナが入ってきた。それぞれが手に盆を持っている。柔らかい食べ物や新鮮な果物など、体に負担をかけない料理と飲物が載せられている。

「あんた昨日から何も食べていないでしょ? お腹減ってると思って」

「つっても大魔王さんの口には合わないかもしれないけどな」

 バーンは盆には手を付けず、誰にともなく呟く。

「……神々への復讐」

 穏やかな空気を打ち砕く単語にレオナやポップは反射的に身構えたが、バーンは血なまぐさい方向に話を持っていくつもりはないようだ。

「力こそが全てという信念は変わらん。だが、奴らの想定した通りに動くつもりもない」

 バーンにも、ダイが見た神々の記憶が伝わっていた。

 魔族の神と戦った時、最期に何を言われたかも忘れていない。

 争いを繰り返し地獄のような光景を生んでは、下界やその住人に失望し、失敗作とみなした神の見方が正しいことになってしまう。

「奴らが果たせなかったことを成し遂げてこそ復讐になるやもしれぬ」

 彼らを上回る結果を出し、辿り着けなかった光景を実現させる。

 そうすることで、神を超えたと証明できる。

 神々の理想と挫折が、神を憎み続け、神にならんと欲する男の闘志に火を点けた。

 冷静な面持ちのまま、バーンは思考を遠大な復讐から目の前の課題に切り替える。

「環境の急激な変化についての調査、元魔界の地を豊かにするための研究もせねばならん。冥竜王ヴェルザーは復活すればなおさら世界を欲するだろうし、和平条約に不満を持つ者も多い。しばらくは忙しくなるな」

「こっちだって問題はたくさんあるけど、変われるって信じてるぜ。問題児だったおれだって何とか胸を張れるようになったんだからな」

「今でも問題児じゃないの? スケベなところとか」

「だああっ、今その話は無しにしてくれよ!」

 茶化したレオナにポップが抗議する。かしましい者達に構わず、バーンは用意されたマントを羽織り、扉に向かって歩き出す。

「寿命の数百年分を使うのだ。楽しませてもらうぞ」

 食事はしないのかと問う三人を振り返りつつ答える。

「早く太陽に照らされた魔界の地を踏みたいのでな」

 彼の面に浮かんだ笑みは、ダイ達が今までで見た中で一番穏やかで優しいもの。嘲笑や冷笑ではなく満ち足りたそれは、宝物を手に入れた少年のようだった。

「バーン!」

 呼びかけたダイも晴れやかな表情だ。

「おまえなら――」

 続きを言うには早すぎるため言葉を飲み込み、ダイは降り注ぐ陽光に視線を投げかけた。おそらく答えは太陽が出してくれるだろう。

 バーンは部屋をあとにした。

 ただ一言、

「ありがとう」

 と呟いて。

 

 

 体力の回復とともに空腹を覚えているはずだが、それも些細なことだと言うように彼は故郷へと急ぐ。

 やがて故郷にたどり着き、彼は空を見上げた。その口元には微笑が浮かんでいる。

 その傍らには寄り添うように影が佇んでいる。主が求め焦がれた光景を目にして、同じ想いを抱いている。

 主の夢が叶ったことを目にした彼こそ、今この瞬間、世界で最も幸せを噛み締めていたかもしれない。

 魔界の地に立つ者達を光が包んでいる。

 太陽は、今は人間だろうと魔族だろうと分け隔てなく照らしている。

 

 

 太陽は昇る。一つとなった世界を照らすために。

 

 

 完




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