【完結】Sorge il sole   作:あきまさ

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第五話 天界へ

 豪奢な椅子に身を沈め、足を組み、一人の魔族が手紙を読んでいた。

 宛先が大魔王であることを除けば、封筒は地上の人間に送られたものと同じ。文面も、招待する相手を変更しただけだ。

「作法がなっとらんな」

 目を通して真っ先に言い放ったのは、こんな台詞だった。

 手紙の書き方を指導せねばなるまい、と冗談めかして呟いた彼とは反対に、招待状を読み終えた側近は不気味な沈黙を守っている。

 魔界に君臨する王に無礼極まりない手紙を送り付けてくるなど、神であろうと許しがたい。

 握りつぶしたい衝動を堪えながら、ミストは手紙をためつすがめつ眺めた。

「太陽を自称したのは……挑発でしょうか」

 現在ミストは兜を脱いでおり、恐ろしい形相になっている。大魔王が長年抱いてきた渇望に唾を吐く行為に、怒りが爆発寸前だ。

「そう険しい顔をするな」

 大魔王は部下に対して苦笑で応じる。自身が不快感を抱くより先に相手が怒りを煮え滾らせたため、宥め役に回らざるを得ない。

「勢いに任せて書いたように見えるがな。恥ずかしくなったようだが、案外本心かもしれん」

「堂々と掲げるでもなく、完全に消すわけでもなく、中途半端な……未練がましい」

 ミストはまだギラギラと目を光らせている。このままではミストの怒りがおさまらないため、バーンは話題を変えた。

「神を名乗りながら考え方が魔族や人間に近いな」

 友好的な文章だが、額面通りに受け取る者など誰もいない。

 大魔王の力は神さえも上回ると言われている。おびき寄せて罠に陥れるのが一番簡単で確実だ。絶好の機会という餌をぶら下げて、地上と魔界の強者をまとめて葬ってしまいたいのだろう。

 このまま天使を差し向けるだけでは長期戦になり、バーンがさらに力を蓄えるかもしれない。勇者との戦いで手駒を失った内に叩いておこうと誘いこんでいるのだ。

「余の不在に備えて、魔界の状況を整えておかねば」

 天使襲撃の後、バーンは部下に命じて天使の置き土産を持って来させた。地上に残されたものと同じ、虹色の水晶が各地に散らばっているのだ。

 さらに魔界には、地上にはない、矢印のついた球体があちこちに浮遊している。水晶とは異なり、触れようとする者を弾くため、こちらは移動させることすらできない。

 調べてはいるが、どういった効果を持つのか見当もつかず、手の打ちようがない。

「先の戦いでは直接攻撃が効果的だったな」

 軍の編成も練り直さねばならないだろう。

 準備のための時間が必要だが、指定された日時は近い。猶予を与えるつもりはないようだ。

 ならば招待を握りつぶすか。

 否。

 行くに決まっている。

 神に挑む魔族、それがバーンなのだから。

 

 

 招待されたダイ達に加え、アバンも案内人としてついてきていた。招待されていない以上天界には行けないだろうが、途中まででもと志願したのだ。せめて彼らの負担を軽くしたいと望んでの同行だった。

 洞窟に挑む前にアバンは心配そうな表情を一瞬だけ覗かせ、小さな袋を手渡した。入っているのは銀色に光る羽根、シルバーフェザーだ。大魔王との戦いで使用され、残った数はわずかだが、無いよりはましだ。

 洞窟から昇る光は奥深くから放たれているようだ。下層へ降りて行けば光の源に辿りついて天界へ行けるだろう。

 神に挑もうというのにラーハルトやヒムはいつもの表情を決して崩さず、ダイは皆を力づけるような笑みを浮かべている。ただ一人、ポップの表情だけがやや暗い。

「戦闘は私にお任せください、ダイ様。雑魚ごときに手を煩わせるわけにはいきません」

「おっと、オレにも任せてもらうぜ。オレとコイツなら大抵の奴はすぐにぶっ倒せるだろ」

 勝利の鍵となるダイ、メドローアなど強力な呪文を操るポップの余計な消耗を抑えるのは当然の事だ。

 彼らは洞窟へと入っていった。

 単純な攻撃力ならば間違いなく最強の竜の騎士ダイ、攻撃呪文だけでなく回復呪文を使える大魔道士ポップ、常人離れしたスピードで衝撃波を巻き起こすラーハルト、光の闘気を拳に纏わせあらゆるものを打ち砕くヒム。以前アバンが単身挑んだ時に比べればはるかに頼もしい状況だ。

 奥深くまで潜った経験のあるアバンもサポートするため、速やかな進行が可能だ。

 だが、魔物も強力になっていく。場所によっては広い部屋を埋め尽くすなどという時もあり、ダイやポップも戦わねばならなかった。

 何回階段を降り、どれほどの数の魔物を倒したのかわからなくなった頃、光の源たる部屋へたどり着いた。中央には魔法陣が描かれ、天井を突き抜ける五色の光を放っている。部屋の隅にはさらに降りて行くための階段があるが、もう見たくもないのが一同の気持ちだった。

「多分こっから行けるが、まだ下りるか?」

「もしこの魔法陣で行けなかったら降りるしかないけど」

 ダイの顔にも声にもうんざりした気持ちが溢れている。ほぼずっと闘ってきたヒムとラーハルトもさすがに疲れた表情だ。

 結論がすぐに出たため、魔法陣の中へ一同は踏み込んだ。

「行くぜっ!」

 天井が光の帯に消滅させられた。

 恐ろしいほどの速度で、アバンを除く四人の体が上がっていく。あっというまに洞窟を抜け、天空へと飛翔する。さらに加速し、雲をも突き抜け、投げ出された。

 落下しながら彼らは見た。三角の霞がかった島と、その中央の白い宮殿を。

 落ちたのは島へ入る門の前だ。上からトベルーラで入り込もうとしても弾かれたため、ポップは鼻血をぬぐいつつ考える羽目になった。

 目前の門は黒と紫の禍々しい模様が一面に描かれ、天界のものとは思えない。さらに、その門を超えた先にも門があるようだ。

「招待するって言うなら門開けとけよ、バカ野郎」

 力無いポップの声に各自が同意しつつ開けようと試みたが無駄だった。

 一同が途方に暮れたとき、背後から声がした。

 懐かしくも恐ろしい声が。

「お前達も来ていたのか」

 恐る恐る振り返った視線の先には、大魔王その人がいた。マントを羽織り、背後に忠実な騎士を従えている威容は王者のそれ。お茶会にでも招かれたかのような、気負いの感じられない態度だ。

「どうやって来たんだ?」

「招待状を受け取ったのでな」

 魔界にも破邪の洞窟と似た構造の建物がある。上方へ向かうのが最大の違いだ。

 指定された日時になると、そこに変化が生じた。

 中に巣食う者達を軽く蹴散らしながら昇り、魔法陣に足を踏み入れて天界に到達したところ、一行がいたというわけだ。

 天界への道が閉ざされる前に発たねばならなかったため、備えが万全であるとは言い難い。

 それでもバーンの表情には余裕が漂っている。

「ここで戦うつもりはない」

 そう言いつつ、バーンの手に暗黒闘気が込められている。背後に控える黒い騎士も剣に暗黒闘気をまとわせ、斬りかかる体勢だ。

 緊張が走り、解き放たれる。

 二人の攻撃は門に叩きこまれた。

 ゆっくりと扉が開きだす。必要な客がいるかどうかを判別するための門なのだろう。

 次の門には光を思わせる線と拳が描かれていた。

「こいつぁオレの出番ってわけだな」

 ヒムが闘気拳を渾身の力で放つと開いた。

 次は魔術師が矢のような呪文を放っている絵が刻まれている。それに従ってポップがメドローアを放つ。

 最後は竜にまたがり空をかける騎士と、それに従う戦士が描かれている。ダイとラーハルトの同時攻撃によって門が開いた。それ以上門はなく、白い砂の敷かれた道が続いている。

 

 

 宮殿に着くまでに、無数の敵に襲われるのではないか。そんな不吉な予想にポップは顔をしかめたが、敵も罠も出現しない。一本道であるため、罠を仕掛けようと思えばいくらでも仕掛けられるはずだ。大して脅威ではない天使も、数を揃えれば消耗させる役に立つだろう。それなのに、何もない。

 一つ気になるのは、自分の体のことだ。まるで高い山を急に登った時のように力が入らない。天界が上空にあるためかと思い、ポップが気分の悪さを押し殺しつつ歩いていると、ダイが振り返った。

「どうしたんだよポップ。顔色が悪いよ」

「ん、ちょっとふらっとするだけさ」

「お前もか。オレもなーんか体が重くってよ」

 ヒムが拳を数回突き出しつつ言った。十分な速度と威力だが、微かに遅い。光の闘気もやや抑えられているようだ。

 ダイが目で問うとラーハルトも頷く。

「情けない所をお見せしたくないと思い、黙っておりましたが……結界が張られており、力の一部が封じられているようです」

「おれはなんともないのに、何で」

 竜の騎士たるダイには神の加護があるのかもしれない。ポップの脳裏によぎったのはそんな考えだった。

 戦えないほどではないが、全力をぶつけられないとなると不安である。回復魔法やフェザーでは解決できないだけに進むしかなかった。

 ポップがこっそり大魔王を見ると顔色一つ変えていない。そのため大して効いていないのだとポップは判断した。ミナカトールの時も大魔王の魔力を奪うには至らなかった。

(今回もそうだろ、たぶん)

 仮に違っていても、ポップ達に明かすことはしないだろう。

 ポップ達の会話を風か何かのように聞き流して歩き続ける大魔王をもう一度眺め、ポップは心の中で呻いた。敵が襲ってきた方がよほど気が楽だ。

(勇者と大魔王が一緒に歩いているなんてよ……)

 会話はなく、居心地の悪い空気が辺りに漂っている。

 一本道であり、歩く速度にそう違いはない。走るなり呪文を使うなりすれば先に行けるのだが、相手に焦っていると思われたくないのか、妙な意地のはり合いでここまで歩き続けている。

 ヒムは黒い騎士と大魔王に先ほどから視線を送り、ラーハルトはダイに万が一のことがあってはいけないと影のようにつき従い、ダイは不意打ちなど警戒していないかのように自然体で歩き続け、バーンは思索に耽っているのか遠い眼差しで空の太陽を見つめ、黒い騎士は兜のため表情は見えないが、大魔王を守ろうと周囲に神経を張り巡らせているのがわかる。胸の中央部に埋め込まれた宝玉がきらりと光った。

(協力するつもりはないって言ってたけど、もし大魔王が一緒に戦うなら心強いなんてもんじゃねえ)

 すると、ポップの内心を見透かしたかのようにバーンが言葉を発した。

「……どうやら来客をもてなすつもりのようだ。お前達は先に行け」

 同時に天空から黒竜が飛来する。獣のごとき咆哮をこだまさせながら。

 そこらの竜とは比べ物にならぬ誇り高き姿は、まさに神話の生物。

 バーンの目が細くなる。懐かしむように。

「奴とは古よりの縁があるのでな。余が相手をすべきであろう」

「ってことは……」

 ポップの言葉に合わせるようにバーンが呟いた。

「冥竜王ヴェルザー」

 と。

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