Moon Light   作:イカーナ

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11.世界の胎動

 アベリオン丘陵。それはスレイン法国の西に位置する巨大な丘陵地帯であり、多種多様な亜人たちが日々戦いを繰り広げている場所だ。彼らの戦う理由の多くは縄張り争いであり、弱き種は淘汰されていく。そのためこの場所に生き残っている亜人の多くは獰猛であったり強靭な肉体を持つ種が多い。もちろん例外もあるが──

 

 危険地帯であるアベリオン丘陵に脆弱な人間が足を踏み入れることは殆どない。普通ならば自殺行為であるからだ。しかし現在、そんな丘陵を闊歩している集団がいる。

 顔まで隠れた白のフード付きローブを一様に纏うその集団は陽光聖典。スレイン法国所属の特殊部隊であり、殲滅を主な仕事としている。そんな彼らは近年数を増している様々な亜人の退治に赴いていた。

 既に数日戦い続けている彼らは、太陽が草を照り付ける中、法国に戻るべく歩みを進めている。

 

「隊長、あれは」

 

 隊員の一人がなだらかな地形の先、小さな崖で影ができている場所を指さす。一人だけフードをしていない隊長と呼ばれた若い金髪の男はそちらを向くと一度足を止め、後ろに歩く三十数名の隊員に手で待ったをかける。

 

豚鬼(オーク)が十数匹いるな。話しているのは闇小人(ダークドワーフ)だろう。お前たち、奇襲をかけるぞ。戦闘態勢に入れ」

 

 それを聞いた隊員は手を前に構える。彼らは第三位階までの信仰系、更には魔力系魔法も扱うことができるエリートなので金属の武器を用いることはない。

 慎重な歩みで亜人との距離を詰めていく。そして隊長が右手を上にあげた。

 

「撃て!」

 

 

炎の雨(ファイヤー・レイン)! ……魔法の矢(マジック・アロー)! ……衝撃波(ショックウェーヴ)!」

 

 すぐに数々の魔法が放たれた。豚鬼(オーク)たちはやっとその存在に気付いたのか、大慌てで逃走していく。亜人の中では弱い部類に入る豚鬼(オーク)だが、それでも彼らは人間の数倍の腕力を持っており、数で優っているとはいえこれだけ一方的に彼らを屠ることができるのは陽光聖典が極めて優秀であるからだろう。

 

「一匹たりとも逃がすな。武器を撒き散らす闇小人(ダークドワーフ)もだ」

 

 手際よく魔法が放たれる。見事な連携により、隊員たちは殆ど攻撃を受けることなく、豚鬼(オーク)の数を減らしていった。響く豚鬼(オーク)の叫び。陽光聖典の圧勝は明らかで、それを疑っているものは誰一人いなかっただろう。──その影が現れるまでは。

 

「なんだ!?」

 

 殲滅の最中、突如地面に大きな影ができた。目の前が急に暗くなった陽光聖典の隊員たちは一斉に顔をあげ、逃げ惑っていた豚鬼(オーク)の数体も足を止める。既にその影は空に無く、猛スピードで地面に向かっていた。

 

 ドンッ!! 

 

 すぐに轟音が響き、地面にそれは降り立った。周辺の土が大きく窪み、草はその圧力に屈するように地面に張り付いている。

 辺りに土煙が舞い、少しずつその巨躯が露わとなった──

 

「な、なんだこいつは」

 

 隊長が驚きで声をあげる。その声色には動揺の色が混じっていた。周りの隊員たちも同様に唖然としている。彼らの目の前に現れたのは3m弱はありそうな翼の生えた亜人だった。その体を包む体毛は灰色で、屈強な四肢の先には鋭い爪を生やしている。そして何より恐ろしいのは獣のような頭から生えている角と凍てつく黄色の瞳であった。

 

「我は翼亜人(プテローポス)の王、エシャベリュール。人間ども、早々に失せよ」

 

 その巨躯から荘厳な言葉が発せられる。多くの隊員がその姿から何となく理解した。これは伝説級の存在なのではないかと。しかし彼らも長い間、命懸けで亜人から人間という種を守ってきたのだ。そこにはとてつもなく大きな使命感と神への信仰が存在している。恐怖と誇り、勝てるかもしれない可能性。皆が揺れている中、隊長が怒りで口を開く。

 

「なんだと……亜人風情が」

 

 敵意を孕んだ言葉が向けられる。しかしエシャベリュールはそれを気に留めることもなく、再度大きな牙を覗かせる。

 

「続けるというのなら貴様らはここで死ぬこととなるだろう。これが最後の警告だ、"去れ"」

 

「た、隊長……」

 

 堂々とした死の宣告を受け、隊員の一人が不安そうに隊長に声をかける。誰もが隊長にその視線を向けていた。

 生き残っていた少数の豚鬼(オーク)闇小人(ダークドワーフ)もエシャベリュールの周りに次第に集まり始めている。皆の命が懸かっている状況、隊長は不安げに立ち尽くす部下たちを横目で見ては苦虫を嚙み潰したような表情で強く拳を握りしめる。

 

「か……。くそ。……隊員たちよ! 我々は帰投の最中だ。 万全とは言い難い。ここは一度撤退するぞ!」

 

 隊員の中には負傷している者や魔力が減っている者、荷物を多く抱えている者も多い。それに法国にも予備役の隊員など残っている戦力は存在する。勝てる可能性が無いとは言い切れないものの、ここで下手を打って全滅するような事態は避けねばならなかった。

 だからこそ隊長は交戦したい気持ちを抑え素早く指示を出していく。

 憎き亜人を前にして退くという苦渋の決断。それを下された隊員たちは誰一人異を唱えることなく、その場を後にした。

 

 

 

 ────

 

 

 

「た、助かりました」

 

「大したことはしていないぞ。少し危なかったが……」

 

 陽光聖典が去った後、エシャベリュールは軽く翼を動かしながら豚鬼(オーク)たちと会話を行っていた。亜人の世界は弱肉強食であり、このような光景は殆ど見られない。それが今起こっているのは亜人の中で彼が変わり者であるからだろう。

 木陰に身を潜めていた闇小人(ダークドワーフ)たちもそれを見て、恐る恐るその姿を見せる。

 

「それでも礼を言いますぞ……。しかし、なぜ攻撃しなかったんです?」

 

 その問いを受けてエシャベリュールはその巨大な顎をゆっくりと開く。

 

「無駄な争いは避けたい。それに、亜人も人間も似た者同士だろう?」

 

 彼がそう答えると豚鬼(オーク)闇小人(ダークドワーフ)も顔に疑問の文字を張り付けた。まず彼らには亜人という人間の言葉には馴染みがない。それに自分たちと人間、という分け方であってもエシャベリュールの言葉を理解することはできないだろう。なぜならその二つには身体能力をはじめとする明確な差があるのだから。暫し沈黙が続くと彼は小さく咳ばらいをした後に言葉を続けた。

 

「失敬。つまらないことを言ったな。それで、お前たちは武器の取引か?」

 

「そうです。私たちは武具がないと生き残れませんから……」

 

 豚鬼(オーク)はその豚のような顔を俯かせる。表情は分かり辛いが悲しんでいるのだろう。闇小人(ダークドワーフ)も背負っている武器を一つ片手に持つと喋りだした。

 

「最近は争いも激しいですからな。取引先の種族がいつの間にか消えていることもざらですぞ……」

 

「丘陵から逸れる者が多いのは事実だ。他の地方で迷惑をかける者もな。我もそういった者が出ないように奔走しているのだが……。そう、それで思い出したのだがお前たち、スラーシュの行方を知らないか?」

 

「スラーシュ? あのタコみたいな者どもですかな。確かに見ませんが……なぜ?」

 

 エシャベリュールは小さく目を瞑ると弱く言葉を吐いた。

 

「ずっと昔、小さな友人がいたのだがな。いつの間にか種族ごと行方が分からなくなってしまったのだ──」

 

 

 

 

 

 ♦♦♦♦

 

 

 

 

 

 ローブル聖王国はアベリオン丘陵の更に西側に存在する半島を領土としている。その国土は一つの大きな海により南北に分けられており、半島の入り口には北から南まで全長百kmに及ぶ城壁を作っている。とはいえ、この亜人を凌ぐための城壁もまだ問題点は多い。今も日が落ちかけている首都ホバンスの王城にてその話し合いが為されていた。

 

「ですから、兵士を常に城壁に張り付かせておくのは不可能です」

 

 神殿着を纏った茶髪の女性が喋っている。それに対して反論しようとしているのは現聖王であるリエンダル・べサーレス。まだ若さの残る整った顔立ちと薄い金髪を持つ彼は優れた頭脳の持ち主で、国の北部、南部共に高い支持率を誇っている。しかしそんな彼も容赦なく増え続ける亜人被害には頭を悩ませていた。

 

「しかし、相応の兵力を配置して置かなければいざという時に上手く機能しないだろう。そもそも丘陵から定期的にやってくる少数の亜人の侵攻でさえ無人の城壁が受けるダメージは大きい。それに掛かる費用を考えても配置する兵士を増やすしかないのでは?」

 

「兵あってこその城壁なのは確かです。しかし現状長く配置しておく場所もありませんからね。兵士を増やすのならそれに伴って施設の増築と予算も必要ですし──」

 

 二人しか話していないこの場所には他にも九色(きゅうしき)と呼ばれる聖王国の中心人物が集まっている。彼らは戦闘力の高い者から国家へ大きな貢献をしている者まで様々だ。とはいえ政治事情に疎かったり、さほど頭が回らなかったりする彼らは話し合いにおいて置いてけぼり感があることは否めない。今も全員が"いつものか"と何とも言えない表情を浮かべてはいるが、彼らもまた聖王国を想う者たちなので話の内容自体は真剣に聞いている。

 

「……だと思います」

 

「ふむ。なるほどな」

 

 二人の話がようやく止まったのを見て、九色の一人、体の大きな金髪の男が太い眉を動かしながら少しでも会話に参加しようと口を開いた。

 

「陛下、それでしたら他の国に援助を求めるというのはどうなんでしょうか」

 

 聖王は顎に手を当て考える。

 

「それは厳しいだろう。聖王国が国交を積極的に行えない理由はアベリオン丘陵を挟んでいることが大きくてな。距離も離れているせいでどうしてもお互いに負担が大きくなってしまう。現状でもスレイン法国に任せてしまっている部分は大きいんだ」

 

 聖王国は丘陵の亜人を叩きに行くことはできていない。その代わりに防備を固めてきたのだ。

 増え続ける亜人の群れを国土に入れないために。そして自国だけでも対処できるように。……しかし守りの要である城壁もまだ完全に活かしきれているとは言えず、人員や維持費用など噛み合わないことは多い。今のところはそれでも大きな被害を出したことは無いが、亜人の部隊が一斉に攻めてきた場合は守りに破綻が生じるのではないかと予想されている。

 

「あー、そうなんですね。うーん。国民が皆戦えたらいいんですけどね……」

 

 男は頭を掻きながらお手上げといった様子で椅子に深く座りなおす。彼にしては頑張った方だろう──そう皆が考え、彼によって呟かれた突拍子もない言葉はすぐに流されてしまった。

 

 鐘の音が鳴る。

 

 

 

 

 

 ♦♦♦♦

 

 

 

 

 

「随分と時間がかかったじゃないか。リグリット、お前も転移魔法を覚えたらどうなんだ? そうしたら交互に使えるだろ」

 

「無茶を言うでないわ。これでも相当早く到着した方じゃぞ?」

 

 若干不機嫌気味にイビルアイが声を出す。その声は静謐な薄暗い空間に響いた。あれから王国を出た二人は、ある人物に会うためにこの無人の神殿のような場所に赴いている。

 空間の上部から漏れ出している月明りが青白く空間を彩る。小石を地面に投げれば四方まで音が届きそうな場所だが、二人から足音が発されることはない。

 彼女たちが長いこと細い通路を歩いていると、その開けた空間は現れた。途方もない広さがあるその場所の中心は建物によって盛り上がっており、手前には巨大な階段が繋がっている。そしてその上に佇んでいるのは──"白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)"の二つ名を持つ(ドラゴン)、ツァインドルクス=ヴァイシオン。世界の調停者にして彼女たちの来た目的だ。

 

「呑気に寝とるな。あやつも少しは運動した方がいいと思うんじゃが」

 

「そうだな」

 

 少し緊張しているのかイビルアイはぶっきらぼうにそう言うと、綺麗に整った石の段を踏む。リグリットもまた被っている紺のローブを少し整えると階段を上っていった。

 二人が階段の一番上まで来ると月の光を反射している白金の巨体が僅かに動いた。

 

「おや……」

 

 彼は驚いたように言葉を発する。

 (ドラゴン)は鋭敏な知覚能力を有しており、その中でも竜王たる彼の知覚能力は並外れている。それは遥か遠方の気配まで感じ取ることができる程だ。そのため、彼が気配を感じ取ることができない例外である二人であっても流石に話しながら近づいて来られれば気配を察知することは容易だ。つまり驚き声は聞こえていなかったアピールに他ならない。

 

「久方ぶりじゃなツアー」

 

 無邪気な小さな笑みを皺のある顔に張り付けたリグリットがそう言うと、ツアーは顔を上げて二人の顔を見やる。そうしてじっと考え事をしているツアーにリグリットが続ける。

 

「なんじゃ? わしの友は挨拶すら忘れてしまったのか?」

 

 それに対しツアーは柔らかな笑い声をあげる。

 

「あぁすまないね、リグリット、イビルアイ。久しぶりだね。かつての友に会えて嬉しいよ」

 

「友ねぇ? わしの友はあそこにある中身が空っぽの鎧なんだがのぉ」

 

 リグリットは空間の右下に飾られている白金の鎧を見ながら皮肉気に返答した。それはかつての魔神戦争で彼女たちと肩を並べて戦った鎧であり、その正体はツアーの操作する魔法のゴーレムのような物だ。

 

「それについては百年前から謝っているじゃないか……。それで、今日はどうしたんだい?」

 

 その問いを受け、無言で立っていたイビルアイは仮面の顎部分を微かに撫でると本題についてすぐに話し始めた。

 

「ツアー。その様子だと気づいてなさそうだが、私たちは百年目の異変を伝えに来たんだ」

 

「なんだって?」

 

 ツアーの表情が真剣なものへと変わる。この二人が来た時点で何かあるだろうと予想していた彼も、殆ど101年目になりそうなこの時期に全く知覚できていなかった異変について言及されるとは思っていなかったようだ。或いはそう願っていたのか。

 同じく真剣な表情のリグリットもツアーへとその顔を向ける。

 

「プレイヤーかは分からん。ただ、わしらが目にしたのは化け物みたいな力を持った女じゃったな。時期的にも揺り返しの可能性はあるじゃろう」

 

「ふむ。君たちがそう言うなら確かにそうかもしれないね。その者の外見を教えてくれないかな?」

 

 ツアーの言葉を聞き、イビルアイはまだそれほど時間の経っていない王都の門での出来事を記憶から呼び起こす。

 

「見かけただけだが白い長髪の人間だったぞ。装備は大したこと無かったが……よくありそうな白っぽい服だったな」

 

「なるほど。それだと世界に協力する者かは分からない……か」

 

 ツアーの呟きにリグリットは無言で首肯する。かつて世界を荒らしまわった八欲王の中にも女性は存在したという。そのため外見からその人物を判断するのは愚かだと言える。

 ツアーはその視線を白金の鎧に動かすと再び、重々しくその鋭い牙を見せる。

 

「分かった。貴重な情報を感謝するよ。私ももう一度、あの鎧に働いてもらうとしようかな」

 

「お主は来んのか?」

 

「リグリット、私がギルド武器を守っていることは知っているだろう……。もう少し無駄話を楽しんでいたいところだけど、行くかい?」

 

 イビルアイは後ろを向きマントをはためかせると仮面の下で口を開く。

 

「あぁ。行こう」

 

 彼女がそう言うと、それと同時に金属の鎧もがしゃんと音を立て台座から降りる。そして、その兜の両目に青い火が灯った──

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