Moon Light   作:イカーナ

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12.薄明かり

 法国における最高会議である神官長会議。スレイン法国のトップである最高神官長、オルカー・ジェラ・ロヌスは今日も疲労した体に鞭を打ち、その席に座っている。

 白に近い金髪と顔中に広がった皺。その風貌は中老にしても少し老けているように見える。しかし、そんな彼は元陽光聖典隊員であり、疲れた表情の中にもまだまだ力強さは健在であった。

 

「皆集まったか」

 

 テーブルには既に六つの宗派の最高責任者である六人の神官長と司法、立法、行政の三機関長。魔法の開発を担う研究館長。軍事機関の最高責任者である大元帥が座っている。話し合いを重んじているスレイン法国では、このように国のトップが一堂に会するのは珍しくない。

 オルカーは席に着いたいつもの面々を確認すると手元の資料を一瞥する。この前の会議からさほど日数は経っていないものの、用意した資料はいつもより多い。それは最近の他国の動きがいつになく忙しないことが起因している。

 

「では、会議を開始しよう」

 

 オルカーは整理しておいた手元の資料を目の前の青白いテーブルへと回していく。12名が囲んでいるそのテーブルは豪華な装飾こそ無いが静謐な神殿によく馴染んでいる。

 

「行き届いたな。……まずは先日起こった事件から話そうと思う。皆、資料を見てくれ」

 

 オルカーがそう言うとペラリと音を立てながら順に紙が捲られていく。

 周りの席からすぐに驚きの声が上がった。

 

「これは……」

「なんということだ」

「王国は大丈夫なのか?」

 

 その内容は先日リ・エスティーゼ王国で起きた大事件、ズーラーノーンと王国上層部に繋がりがあったことを示すものだ。当然今でも王国によって秘匿されているこの事件のことを知る者は少なく、王都に忍ばせておいたスパイによって情報を得たオルカーもまだそれについて多くを知っている訳では無い。

 

「これについてはつい最近のことだ。既に一部の神官長とは話したが、情報はまだうちの諜報員からの伝言(メッセージ)によるものしかない。よって正確性は薄いことを留意してくれ」

 

 オルカーは一呼吸おいて続ける。

 

「まず、結論から言うと事件は既に解決している。ズーラーノーン関係者は一人の女性によって殆ど倒されたようだ」

 

「ほう。その者の情報はあるのか?」

 

「いや、秘匿されているのか……残念ながら情報は無い。判明している事柄についてはリストに記述している通りだ」

 

 席に座る者たちはじっとそれを見る。詳しい事柄は書かれていない。分かるのは王国が腐敗していたことくらいだ。

 全員が難しい顔をしていると深緑の衣装を着た男、風の神官長が資料を片手に持ったまま喋り始めた。

 

「解決で風向きが変わったのはまぁ良かったとして、この人間は戦力にはならないのか? 我らが風花聖典なら調べ上げるのも難しくはないだろう。公でないなら引き込むこともできそうじゃないか」

 

「確かに優秀な人材は幾ら居ても足りん。しかし、風の神官長。ズーラーノーンといっても強さはピンキリじゃ。壊滅と言えば聞こえは良いが、下っ端相手なら大した実力がなくとも可能じゃろうて」

 

 白い髭を生やした老人、大元帥の言うことは尤もで、兵士の助力もあればオリハルコン……いやミスリル程度の腕でも今回の事件は解決できそうに思えた。その人物がアダマンタイトクラスでないとも言い切れないが、低い可能性に賭けて王国に特殊工作部隊を送り込むのは得策ではない。

 オルカーがそう考えていると隣の席から声がした。火の神官長だ。

 

「私も同意見だ。風花聖典を送るほどの大した存在である可能性は低いと思うぞ」

 

「なるほど。他に意見のある者は……居なさそうだな。──では、調査はこのまま行う方針とする。まぁ、今回は議論というより情報の共有が目的だ。この件に関しても伝書が届いた後に再度話し合うこととしよう。次の議題へ進んでも構わないか?」

 

 皆がこくりと頷く。オルカーはそれを確認すると本日の本題へ入ることにした。

 

「よし、それでは次の議題へ移る。内容は竜王国のビーストマンについてだ」

 

「またビーストマンかね? この前法国に残っていた予備役の陽光を送ったばかりだろうに」

 

 半分呆れ顔で水の神官長が口を開く。彼らはここ数回の会議で毎回竜王国のビーストマン被害について触れている。理由としては緊急性が高いことも挙げられるが、それとは別にしつこいほど竜王国女王から文書が送られてくるというものがあった。そのため、この場に座っている誰もが水の神官長と似たような表情でいた。

 たった一人、オルカーを除いて。

 

「そう、その事なのだが……先日、彼らより救援要請が届いた」

 

「なんだと? いや、そんな馬鹿な。彼らがビーストマン風情に遅れを取っているというのか?」

 

「……我々の予想以上の数がいるようだ」

 

 オルカーが言い切ると彼らの表情も固くなる。

 予備役と言えど陽光聖典の隊員は殲滅に特化したエリート。故に人間の十倍の力を持つビーストマン相手であっても彼らが苦戦することなど皆予想していなかった。

 皆が信じられないといった表情で言い淀む。会話が止まってしまったのを見て、オルカーが状況説明を始めようとしたまさにその時──突如この場に不相応な高い少女の声が響いた。

 

「私が行こっか?」

 

 いつの間にか開いていた扉の方へこの場にいる全員が目を向ける。

 そこには黒髪の少女が佇んでいた。吸い込まれそうな灰白色の瞳を持つ少女はスレイン法国の最終兵器といえる存在だ。少し幼い外見と身に着けている緩い白黒の衣装が特徴的で、浮かべている明るい表情の奥には心なしか異様さが感じられる。

 

「番外席次、今は会議中だ。それにお前が出る必要はない」

 

「えー。また? 弱っちい亜人くらいすぐに退治してくるよ?」

 

 彼女は年齢相応の膨れっ面で不満を垂れる。確かに番外席次はその年齢からすれば異常すぎるほどに強力だ。仮に竜王国に彼女を送れば大半のビーストマンを殲滅してくるだろう。にも関わらずそうしないのには複数の理由があった。まず一つ、彼女が幼すぎるという点だ。多少精神に影響をきたすくらいなら問題はないが、戦場に送るとなればその程度で済まない可能性も出てくる。もっとも、それも一番大きな理由である機密性に比べれば小さな問題でしかないのだが。

 特殊工作部隊群の中でも極めて強力な漆黒聖典。その中でも最強格である番外席次の存在を知っているのは法国内でさえ上層部に限られる。故にたかがビーストマンの問題で他国、特に評議国に彼女の存在を知られる危険は冒せない。

 

「今回はなにも陽光聖典の隊員がピンチに陥っている訳ではないのだ。ただ、人員が──と第一席次。彼女を連れていけ」

 

「申し訳ありません。すぐに持ち場に帰らせます」

 

 輝くような金髪に黒と銀色が特徴的な鎧を着た漆黒聖典の隊長が忽然と部屋に現れる。彼は小さく礼をすると、腕を振り回して怒っている彼女を見事な手さばきで背負いそのまま会議室を出て行った。

 騒がしくなっていた部屋に再び静けさが戻る。

 オルカーは空いている扉の方へ近づき、そのまま閉めると無表情で椅子に座っている面々へ向き直った。

 

「……会議が中断されてしまったな。では、気を取り直して続けるとしよう──」

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

「着きましたぞぉ」

 

「ん……」

 

 揺れていた馬車が止まる。

 王都とエ・ランテルの中間に位置するエ・ペスペルを出発して数日、白いシーツのかかった狭い馬車内にてツクヨミは深い眠りから覚めた。寝ぼけた耳からは同乗していた若い冒険者たちの声が聞こえてくる。

 

「ありがとよおっちゃん!」

 

 耳が痛くなるほどの大きな声を出しながら降りていく男性にため息を吐きつつ、早く降りなければと粗悪な木製の長椅子からゆっくりと腰を上げる。

 

「んんぅー」

 

 ツクヨミはその場で立ち上がると小さく伸びをした。長時間の同じ態勢から解放された体は多少元気を取り戻す。

 馬車の代金は御者次第であるが、それも先払いなので後は馬車から降りてエ・ランテルに入るだけだ。

 ツクヨミはそのまま歩みを進めて馬車の後部から地面へと飛び降りた。柔らかい茶色の地面に着地する。目の前にはエ・ランテルの──

 

「あれ? ……」

 

 寝ぼけ目をこする。目線の先に広がっているのは城塞都市ではなく言うなれば村だ。夜闇に包まれたその場所に兵士は居らず、遠くには田んぼさえ広がっている。それを視認すると川のせせらぎや虫の鳴き声などもより鮮明に聞こえてくるようになった。

 特有の冷たい風が頬を撫で、一瞬で意識が覚醒する。

 もしかすると数日眠っていて辺境の地に来てしまったのか。流石にそんなことはないだろうと焦り気味に馬車のメンテナンスを行っている老人に声をかける。

 

「すみません、あの……私、先日はエ・ランテル行きと伝えたと思うのですが」

 

 老人は振り向くと顔に驚きの表情を張り付けて返答した。

 

「ええ!? お嬢さん、あの人たちの知り合いじゃないのかい? 乗車の時、何も言わないもんだからそうだと思ったよ」

 

 そんなはずはない。確かに言ったはずだ、確かに……

 

『エ・ランテル行き……』

『リエンタルへお願いします!!』

 

 心当たりはすぐに浮かんで来てしまった。王国の地名は何かとルが最後につくため紛らわしい。ツクヨミも自分の声と被さってしまったためエ・ランテルと聞こえてしまったほどだ。彼の巨大な声も原因の一つだろう。

 一度喋るのを止めたからか目の前の男性は首を傾げていた。……来てしまったものは仕方がない。そう考えツクヨミはすぐに思考を切り替える。

 

「あー、分かりました。では、この場所について教えて頂けませんか?」

 

「あーはい。ここは王国領の小都市だよ。……他の小都市と比べると田舎だけどね。エ・ペスペルから二日ちょっとの距離でトブの大森林と隣接しているのが特徴かな」

 

 老人が流暢に述べる。トブの大森林というのはエ・ランテルの上部に位置する人類未開の地だ。つまり場所としてはそれほどエ・ランテルから離れていないことが予想できる。それほど辺鄙な場所でなかったことに安堵しつつ、気になっている点を口にする。

 

「なるほど。ここからエ・ランテル行きの馬車はありますかね?」

 

「あー……いや、ないねぇ。トブの大森林を沿って移動するのは危険すぎるから、残念だけどエ・ペスペルに一回戻るしかないよ」

 

 老人は後ろ首に手を当てながら申し訳なさそうに答えた。確かに森林地帯周辺はモンスターや亜人が多く生息している。そんな危険地帯を、少なくとも冒険者の護衛無しで通りたがる馬車が存在しないのは少し考えれば分かることだった。

 

「そうでしたか……。わざわざありがとうございます。」

 

 ツクヨミはお辞儀をしてすぐ横にある草が刈り取られた道へ戻る。茶色の地面が道を作っているのでこれを下りながら進めば小都市の入り口に辿り着けるだろう。

 既に空には月が浮かんでおり、遠くの建物群には明かりが灯っている。

 すっかり眠気が飛んでしまったツクヨミはどう時間を潰すか考えながら、道を降りて行った。

 

 

 ────

 

 

 古めかしいカウンターに座る巨体の男が口を開く。

 

「それなら合計9銅貨だね」

 

 一人部屋と黒パン2個の金額としては良心的な金額を提示され、ツクヨミはすぐに鞄からお金を取り出そうと手を伸ばした。ちゃりんと財布の中で銅貨が転がる。その中に大した金額は入っていない。大量の白金貨は手持ちに入れておくにしては危険極まりないので王都を出る前にアイテムボックスへ収納しておいたためだ。

 取り出した銅貨をカウンターへと置く。

 

「毎度! 部屋へ案内しようか」

 

 宿の店主である男はのっそり立ち上がって宿の一角にある階段へ歩いていく。

 小都市に着いてから判明したことだが、今はまだ日が落ちてからそれほど時間が経っていないようだ。それは宿のテーブルで数人が食事をとりながら寛いでいることからも伺える。

 談笑している彼らをちらりと見ながら、ツクヨミも店主の後ろを着いて行く。そして二階へ進もうと段を踏んだ時だった。

 

 バタン! 

 

 勢いよく宿の扉が開け放たれた。

 目の前を歩いていた店主含め、全員が扉の方面に顔を向けた。そこには茶色の顎髭を生やした男が緊迫した表情で立っている。男の服は汗で濡れており、急いで走ってきたことが見て取れた。

 

「どうしたんだ?」

 

 階段の途中まで足を進めていた店主は心配そうに男に近づいていく。階段を降り、テーブルを避けながら店主は入り口まで歩いていった。ツクヨミも彼の後ろを着いて行く。

 ふぅふぅ。男は荒い息を数回吐くと少しは肺に空気を取り戻したのか少し早口に喋り始めた。

 

「ゴ、ゴブリンが出たんだ……」

 

「ゴブリン? 確かに厄介だが、うちではよくあることじゃないか。もしかして大群なのか?人手が足りないとか」

 

 男は首を横に振ると、焦り気味に手振りを交えながら説明を始める。

 

「いやそうじゃない。ゴブリンは冒険者が来てくれて退治してくれたよ。でも、そうこうしてる間にイングレさんとこの娘さんが……」

 

「まさか……連れ去られたのか?」

 

 男は青い顔をしながら無言で立っている。ツクヨミは話を聞きながらこれがかなり厄介な状況であることを理解した。ゴブリンは草原にもいるが主な住処はトブの大森林だ。もし大森林に逃げ込まれた場合、それなりの冒険者でもまず手は出せないだろう。

 ツクヨミも魔法詠唱者(マジックキャスター)ではないので、そうであったなら見つけ出すのは難しいかもしれない。

 

「……もしかしたら、ここにいねぇかって思ったんだが……いないか。」

 

 男は店内を見渡すとがっくり首を垂れた。僅かな可能性に賭けて人の多い場所を探して回っているのだろう。少々の懸念を抱いていたツクヨミも店主の後ろから顔を出す。

 

「あの、もし良ければ現場を教えてもらえませんか?少しは力になれるかもしれません。」

 

「……え? あぁ。えーと森林前の薬師の店の前だ……。そこに人は集まってるよ」

 

 予想外の声が掛かったからか若干戸惑いを見せていた男だったが、藁にも縋るといった様相で説明を行う。じっと腕を組んで唸っていた店主もそれを聞き終えると強く頷き、その重い口を開いた。

 

「よし俺も行ってみよう。店は開けっ放しになるがこの際仕方ない。ほら、お前も固まってないで行くぞ! 走りながら詳しい状況も説明してくれ」

 

 男は頷くと後ろを向いて再び駆け出した。それに続くようにツクヨミや宿の店主、宿で寛いでいた男たち数名も急いで店を出て行った。

 

 

 ────

 

 

 夜の風を抜けていく。薬師の店というのはどうやら更に都市を下ったところにあるようで、街に生えている木々の数も進むにつれ少しずつ多くなっていった。家に明かりは点いているもののすれ違う人の数は少ない。

 走り始めて十分、すぐに人だかりが見えてきた。薬師らしき老人が店の前で火の灯った燭を持っているものの、薄暗いその空間で松明を持っているような人間はいない。

 

「頼む! 力を貸してくれ。どうか森に……」

 

「……すまない。俺にはどうにもできん」

 

 近づくと話し声が聞こえてきた。中心にいる三十代後半といった風貌の金髪の男性がイングレという人物なのだろう。悲痛な言葉で助けを求めている。しかし昼間でさえ危険なトブの大森林に、日の落ちた頃に入りたがるような人物はいないようだ。

 

「ほら、大森林の中にいるとは限らないじゃないか。もう少し周辺を探してみれば」

 

「そう言って何十分も経つじゃないか! もとはと言えばお前のとこの坊主が連れ出していなければ」

 

「もうやめろ、イングレ。せめて朝じゃないと……探索は無理だ」

 

 イングレはその言葉を聞くと男を掴んでいた手を離し、力を失くしてしまったのかその場にへたり込んでしまった。耐え難い絶望。彼は目尻に涙を浮かべ、どうしようもないといった風に頭を抱えた。それを見つめる周りの人間も腰に手を当てながら苦い表情を浮かべている。

 

 

 誰もどうすることもできない──

 

 

 

 

 

「私が行きましょうか?」

 

 

 

 

 

 ただ一人を除いて。

 

 当然ながら集まっていた全員の視線が、先の発言をしたツクヨミに瞬く間に集まった。ただ、それもすぐに呆れや疑念の目に変わる。

 

「死にたいのか、君は。悪いことは言わんからやめときなさい」

 

「そうだ。トブの大森林は女性が入るような場所ではない」

 

 予想していた反応が返ってくる。ツクヨミは冒険者プレートや立派な鎧など見て分かる身分は持っていないので反対を受けるのは至極当然であった。しかしこのまま引き下がる訳にはいかないので、あらかじめ用意しておいた言葉を返す。

 

「……私は第四位階魔法の使い手です」

 

「なんだと? 第四位階? オリハルコンクラスじゃないか!」

 

 場にどよめきが走り、周りのツクヨミを見る目が一瞬で変化した。それは感心、疑念、羨望と様々なものだ。これがもし第五位階などであったなら信じる者は急激に減っていただろう。しかし騙られたそれは『もしかしたら有り得るのではないか』そう思わせるような絶妙なラインであった。

 ツクヨミ自身も一般的な基準の影響力に若干驚きつつ、疑われないよう強気な態度を続ける。

 

「大森林のモンスターなら私一人でも問題ありません。すぐに助け出してきましょう」

 

 自信に満ちた言葉。地獄から蜘蛛の糸が一本垂らされたかのようにイングレはよろよろと立ち上がる。彼は震える足でこちらに近づいてきてはすぐに手を握ってきた。

 

「お願いします。どうか……お願いします……」

 

「大丈夫です。お任せ下さい」

 

 柔らかな声でそう言うと彼は耐えきれなくなったのか嗚咽を漏らし始めた。

 皆が見守る中、ツクヨミは暗闇に包まれたトブの大森林へと足を進めた。

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

 トブの大森林は元々一直線に150mも進めば頭上に茂った木々によって視界が遮られ暗くなる。足場も悪く、鬱蒼としたその森での人探しは非常に困難だ。さらに突入時は夜。はっきり言って正攻法では無理難題であった。

 魔法詠唱者(マジックキャスター)であれば物体発見(ロケート・オブジェクト)次元の目(プレイナーアイ)転移門(ゲート)の合わせ技で楽々見つけられるだろう。しかし、戦士職であるツクヨミは精々聖騎士(パラディン)職業(クラス)で覚えられる飛行(フライ)を使える程度だ。

 

 魔法職との格差を感じつつ、マジックアイテムである天使のラッパにより、下級天使18体、ゴブリン将軍の角笛でゴブリン19体を召喚したツクヨミは敵感知(センス・エネミー)生命感知(ディテクト・ライフ)など使えるだけの魔法を使って数時間、ようやく少女の場所を突き止めた。

 ある意味この世界の基準では不正と言えるほどの力技を用いてもそれだけかかる以上、仮に彼らが探索を決意していたとしても死体が増えていただけなのは間違いない。

 

 ツクヨミは耳に手を当てるようなポーズを取ると伝言(メッセージ)の魔法を使用した。

 

『やっっと見つかりましたか。天使さん、御苦労様です……』

 

 視覚情報を繋げているため本来伝言(メッセージ)を使う必要はないが、天使たちも頑張ってくれたので労いの言葉をかける。天使は主の尊き言葉を聞き、感動に打ち震えているようだ。

 

 ツクヨミはどこだか分からない現在地の草むらから、天使の一体が待機している場所へと全速力で走って行った。

 

 

 ────

 ──

 ─

 

 

「それで。なんでハムスターがいるの……。」

 

 時間も深夜に差し掛かる頃、白銀の毛に覆われた強そうな魔獣……ではなく、柔らかそうな体に緑の尻尾を付けた獣に向かってツクヨミは声をかけた。その背中には黄色髪の少女が寝ている。

 

「なんで某の種族を知っているでござるか? じゃなくて、某は森の賢王でござる! 命の奪い合いをしたくないのであれば立ち去るでござるよ!」

 

「では、その背中に乗ってる女の子を、あー渡して貰えますか?」

 

「この少女は某が救った身。低俗なゴブリンの仲間には渡せないでござるよ」

 

 んん? ツクヨミは周りを確認する。そこには任務を終えたゴブリン、天使たちの一部が集まってきていた。それは誰の目から見ても決定的な証拠だろう。

 

「これは……その、違うんです!」

 

「何が違うでござるか。言い訳無用! やはり許さんでござる!」

 

 そう言うと森の賢王は体を器用にねじり、少女を背に乗せたまま鋼鉄のような尻尾を叩きつけてきた。

 ふわりと木の葉が舞うとすぐに轟音が響いた。尻尾攻撃を受けた天使は軽々と吹き飛ばされ、それでも勢いを止めなかったそれはまるで爪楊枝を折るように木々をへし折った。

 

「わっ、と。」

 

 予想以上の攻撃に驚く。これはレベルにすると30はあるかもしれない。そのようなことを思考していると勢いに乗った森の賢王はすかさず二撃目を放ってきた。今度はツクヨミめがけてだ。

 一撃目より少しだけ速度の落とされたそれを右手で弾く。超速でぶつかり合った拳と緑の尻尾の間に激しい火花が散った。のたうつようにその尾を引っ込めた森の賢王の表情はすぐに驚きへと変わる。

 

「素手で某の攻撃を受けたでござるか? やはり人間じゃないでござる……。しかしこれで終わりでござるよ!」

 

 森の賢王は後ろ足に力を込め、全速力で突進してきた。その巨体から発生する衝撃はすさまじく、現実で考えるならトラックに轢かれるようなものだろう。

 しかしツクヨミは溜め息を吐きながら両腕で再び受け止めた。辺りに音が轟くと森の賢王は壁に衝突してしまったかのように小さくない反動を受け、その場で身を屈める。

 

「ぬぅ……。な、ならば」

 

 よろめく森の賢王の体に光の紋様が走った。奥の手である魅了の魔法だ。物理的な防御を貫通するそれは本来なら凶悪そのもの。ただそれも圧倒的なレベル差の前では難なく無効化された。

 

「森の賢王さん、本当に私は助けに来ただけなんですが……」

 

 元より戦う気のないツクヨミは命の奪い合いの最中とは思えない平坦な声でそう言った。しかし、

 

「あ、ありえないでござる……。強すぎるでござるよ。もう殺すなら殺せでござるぅぅ」

 

 あまりにも温度差があったためか会話は失敗し、森の賢王はその場で丸まってしまった。ツクヨミはどうしたものかと頭を掻く。

 

 結局、少女が目覚めるまで説得は続いたという──


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