Moon Light   作:イカーナ

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2.遭遇

 何が起こっているんだ……?

 

 

 全くオンラインゲームのサービス終了の知識や経験が無い若月はこの意味不明の状況を理解できず、ただただ呆然と立ち尽くしていた。

 

 確かに0時に終わるとお知らせには書いてあったが、遅れているのだろうか? いや、少しずつマップが消されている最中なのかもしれない。

 様々な憶測を立てるがそれが正しいか確かめる術は無い。

 

 暫くの間、荒野の上に突っ立って状況を窺ってはいたが、それでも何か起こりそうな様子は微塵も感じられなかった。仕方がないので自発的にログアウトを行うという結論に達すると、右手でおもむろにコンソールを開こうとする……が、

 

「出ない……」

 

 ポツリと呟いたその一言でようやく若月、いやツクヨミは気づくことになる。

 

「ん? ぇ? 私の声じゃないぞ」

 

 自身の口から発せられる声は明らかに女性のもので、普段聞き慣れている低い男性の声とは程遠いものであった。

 余りに訳の分からない状況に言い知れぬ不安を覚えパニックを起こしそうになるが、何とか堪える。

 

(待て待て……。とりあえず深呼吸しよう)

 

 軽く心を落ち着けた後、ダメ元ではあるがGMコールやシステム強制アクセスを試すが、やはりどれも機能しないようだ。

 よくよく眼前に広がる赤茶色の大地を眺めて見ると、明らかにゲーム中のそれより高解像な地形が広がっており、微かに風らしきもののの匂いさえしている。立ち込める霧も同様のリアルさだ。

 

「まるで現実……。いや、まさかほんとにゲームの中に入ってしまったのか?」

 

 有り得ない──。言葉にするのもアホらしい内容だ。

 しかしユグドラシルⅡなどといった噂は聞いたことがないし、そもそも電脳法によって禁止されているはずの嗅覚が機能しているのは異常だ。しかもシステムからは完全に切り離されている。

 とすればもう他に考えられるのは大規模なテロ組織によるサイバー攻撃か、DMMO特有の極大バグか。……それらも他と一緒で、にわかには信じがたい。

 

 ツクヨミは無意識にごくりと呑んだ息から水気が上がってくるのを感じつつ、今──想像を超えるような何かが起こっていることは辛うじて理解する。しかし、だからと言って何かが変わるわけではない。

 

 ツクヨミは自身の手足が問題なく動くことを確認してから、何とか冷静さを取り戻したその頭で新たな行動を開始した。

 

(ま、まぁ、とりあえず辺りの確認くらいはしておくべきだろう)

 

 ユグドラシルでも未知の場所での周囲探索は基本である。仮にここがユグドラシルの延長であれば、それこそ危険だってあるかもしれない。

 ツクヨミは何か情報を探るべく視線の先を濃霧の中へと移し、グルっと周囲を見回した。

 

 

 当然人はいない。──いや! 

 

 

 一見無人のように見えたものの、深い霧の先からは微かに靴音が聞こえる。音のする方向をじっと見つめていると、小さな四つの人影が霧を避けながらゆっくりとこちらに向かってきていることが確認できた。

 

「うわぁ、パーティか」

 

 長年のソロプレイで数多のPK(プレイヤーキル)を受けて来たツクヨミにとってこの状況は避けるべき場面の一つであった。さらにこの状況で殺されようものならどうなるか見当も付かないので、いつものように魔法探知を阻害し足音を軽減する隠密外套(ステルス・ローブ)を取り出そうとする。……これは自分でも驚くことに取り出すことができた。考えると同時に右手がまるで意思を持っているかのように中空に手を伸ばすと、虚空の中に手を突っ込みローブを引っ張り出してきたのだ。

 そのことに若干戸惑いつつも素早く体全体を灰色のローブで覆い、近くの岩陰に身を潜める。隠れて様子を窺うためだ。

 

 固い地面を踏みしめるような複数の靴音が大きくなり、ツクヨミが様子を窺うため慎重に岩から顔を出そうとした時だった。

 

 何やら話しながら進んできた四人組は突然無言になると、ピタリと動きを止めた。ツクヨミは出しかかっていた顔をさっと引っ込める。

 

 

(……まさかバレた? とすれば生命探知? 確かにローブが取り出せるなら魔法も使えて当然か。いやぁ不味いことになったな)

 

 

 ツクヨミは徐々に大きくなっていく切迫感に焦りを感じつつもどうすべきか思案する。まず相手がカンストパーティであった場合純粋に戦っても勝ち目はない。相手のレベルが低ければまだ何とかなるだろうが、それなら他にもいい手段はある。そうなると次に考えられる選択肢としては逃走が挙げられるが、これの成功率も半々という程度であり、命の危険さえあるかもしれないという状況ではどうしても不安が残る。

 

(いっそ、大人しく話しかけてみるべきか?)

 

 もし彼らがツクヨミと同じ境遇のプレイヤー達であれば会話を始めていきなりPKに及ぶとは考えにくい。それに、既に存在がバレているのなら今から逃げようと、会話途中から逃げようとそれ程の差は無いはずだ。……距離さえ詰めさせなければ。

 

 ツクヨミが恐る恐る息を飲んでいると、四人組はそんなことも知らずいきなり叫び始める──

 

 

「ス、スケルトンがいるぞ!!」

「クソ、こんな手前にもいるのか」

「よし。引きつけて迎え撃とう!」

 

 

 

「あっ…………え?」

 

 叫び声に驚き跳ねそうだったツクヨミも同じく視線をそちらに向けると、なるほど。確かにスケルトンが数体並んで突っ込んで来るのが見える。しかしそれだけだ。

 

 知っての通りスケルトンは最下級のアンデッドであり、レベルカンストプレイヤーにとっては千体来ようと一万体来ようと大した敵ではないのだが──

 

 四人組はそうは思っていないらしく必死に剣を交えている。

 どうやらPKの心配は杞憂に終わったようだ。ただ、凡庸な戦いの中でも一つ気になる点があるとすればそれは彼らが全く見たことの無い装備を身に着けているということだ。

 

 スケルトンと互角ということから性能が高いということは考えにくいが、それでも初心者が外装変更アイテムやユニークな装備を所有しているとは考えにくい。

 

(まぁ、低レベル装備は種類が少ないとはいえ知らない物も流石にあるか)

 

 気の抜けた考えごとを進めている間に、なんとかスケルトンの群れを退治し終えた四人組は再び歩みを進めようとしていたので、ツクヨミは慌てて岩陰から飛び出る。

 身の危険が無いのならこんな訳の分からない状況で接触できる他の人間は救い以外の何物でもないためだ。

 

「あの……」

 

 自分でも驚くほどのか細い声を上げると男の一人が驚いたようにこちらへと振り返った。まるで幽霊を見た人のような反応だ。

 

「──なっ!? こんなところで何をしているんですか!? ここは危険ですから早急に離れてください!」

 

「も、申し訳ありません。どうやら道に迷ってしまったようで……。お尋ねしたいのですが、ここは何処なのでしょうか?」

 

 予想外の剣幕に狼狽えそうになるも、何とか現実(リアル)の社会生活で保たれていたコミュニケーション能力を駆使し情報を探る。

 

 一応会話は成立しているようで、初めに喋っていた金髪の男性の隣に立っている、"巨木"といった風貌の強面の男がゆっくりとその口を開いた。

 

「ここはカッツェ平野だ。恐ろしいアンデッドがうじゃうじゃ出るぞ。俺たちはそんなアンデッドから人類を守るためにここらを巡回して退治してるわけだ。まぁ一般人が来るようなとこじゃないのは確かだな」

 

「巡回? えーと……皆様は兵士か何かだったりするのですか?」

 

 その問いに金髪の若い兵士は少し訝しげな表情を見せるも、すぐに真剣な面持ちへと戻った。

 

「我々はスレイン法国所属の兵士です。やっとアンデッドも落ち着いてきたので各員野営に戻る最中でしたが、そういうことなら貴方も付いてきた方がいいでしょうね」

 

「スレイン……法国」

 

 聞いたこともない国名が出てきて困惑する。間違いなく現実(リアル)にそんな国は存在せず、ユグドラシル内でも一切聞いたことはない。ただ、話の流れからしても彼らがロールプレイ的なノリで話しているようには見えなかった。

 かといってNPC(ノンプレイヤーキャラクター)に見えるという訳でもない。何故か表情も動いている彼らは、生きている人間のように……リアルすぎるのだ。

 

 ツクヨミが不可解な状況を何とか整理している間も目の前の兵士たちは意思を確認すべく立ち止まっていた。

 

 当然だが兵士たちの視線はじーっとツクヨミへと集まっている。その表情は真剣で固い者から、何故か口をぽかんと開けている者まで様々だ。

 まぁ確かにこんなアンデッドの蔓延る荒野で人一人が迷子になっていたら驚くのも当然だ。不審者のような扱いをされても仕方は無い。しかし、そんな表情で囲まれたら落ち着かないのが人間というものである。

 

(──ま、まぁとりあえず着いて行くか)

 

 情報が乏しすぎて判断に困るというのがツクヨミの率直な感想だったが、一応身分のある人達らしいので着いて行くのが賢明だろうと無理やり納得する。

 

「えー……と。はい! そういうことなら、案内の程よろしくお願いします」

 

 ツクヨミはぺこりと頭を下げる。彼らはそれを確認すると一様に頷き、再び霧の中を歩き出したので、ツクヨミもまたそれに続いていった──

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆

 

 

 

 

 

「野営に着きました」

 

 濃霧の中で突っ立っていた時は時間もよく分からなかったツクヨミだったが、カッツェ平野の端にあるという野営に着く頃には霧もほとんど晴れ、太陽が少し下がり始めているのが見て取れる。

 現実(リアル)では、地球は大気汚染が進んでおり、空は黒いスモッグに覆われていたため太陽を見ることは殆どできなかった。そのためそれから正確な時間は分からなかったが……淡いオレンジ色の光──ユグドラシルの中で見たことはあるが、ここまで壮大ではなかった──を眺めていると、本能的に一日の終わりが始まろうとしていることを感じ取れた。

 

「もう大部分の隊の者が戻ってきているようですね。私達は隊長に報告に行きますので、貴方は少々ここでお待ち下さい」

 

「分かりました」

 

 早足で野営の中へ走っていく四人を見ながら、ツクヨミは辺りを確認する。仕事が大方終わったのか、灰色の少し年季の入った制服を着ている兵士たちが野営の片付けを始めているようだった。

 恐らく、この後"スレイン法国"とかいう国に戻るのだろう。それがどんな国なのか頭の中で想像しつつ、あれやこれや不安混じりの思考に耽っていると、思ったより早く、先ほどの丁寧な兵士と少し年輩の男が話しながらこちらに向かって近づいてきていた。

 

「ルーイン……それでその方というのは」

 

「隊長、こちらの方です」

 

 二人が目の前に立つ。

 どうやらこの若い金髪の兵士はルーインという名前らしい。そして年輩の、茶髪に短い顎髭を蓄えた男は隊長のようだ。軍服も他の者より立派なものでどこか雰囲気がある。

 

「そうか、君がカッツェ平野にいたという女性か。失礼、私はこの隊を率いているカール・エィム・バラックという者だ」

 

 カールは低い声を発しながら、ポケットから手帳のような物を取り出し身分を明かす。その語り口調は隊長という地位でありながらずっと柔らかで、こちらを安心させようという思いが伝わってくる。

 そんな親切な対応に逆に緊張してしまうツクヨミだったが、社会人として(?)無礼のないよう慌てて自己紹介を始める。

 

「申し遅れました。私は……。えっと、ツクヨミと言います」

 

「あー。ツキョウミさん、ですか?」

 

 多少迷いつつも"ツクヨミの方"の名前を伝えると、ルーインが困り顔で聞き返してきた。どうやら聞き取れなかったようだ。もしかしたら発音が違うのかもしれない。

 

「すみません、少し早口でしたね。ツクヨミ──です」

 

「ツクヨミ、君か。なるほど珍しい名前だ。それで道に迷っていたとルーインには聞いたが、どこから来たかは分かるかな?」

 

 …………

 

 ……

 

 "どこから"。当然と言えば当然だがいきなり致命的な質問を投げかけてきたカールに、ツクヨミはどう説明したものかと考えを巡らせる。

 ゲームをしていたらカッツェ平野とやらに突然移動してました、等と言っても信じて貰える訳は無い。良くて頭のおかしい者だと思われるだけだろう。

 

 そのため、とりあえず無難なことを言って誤魔化そうと、ツクヨミはその口を動かす。

 

「えー、申し訳ありません。実はどこから来たか覚えてなくて。覚えているのは本当に名前くらいで……、この辺りの地名さえ分かりません」

 

「ふむ、アンデッドに襲われて記憶が飛んでしまったか……? まぁ色々と事情があるようだが、もしスレイン法国に来ると言うなら検問は受けてもらうことになるだろう。大丈夫かね?」

 

 それを聞くや否や、ツクヨミは自身のローブの下のことを思い出し、急速に冷や汗が背筋へ伝うのを感じた。

 ここに移動するまでに、ツクヨミも観察がてら多少の兵士らしい人間達は視界に入れてきた。そのうえで一旦出した結論──

 

 それは、今の自分がかなり特異な見た目をしているということ。特に……ツクヨミの持つ武装は最高レアリティのものが多く、色合いは地味だが派手なものが多い。

 加えて、法律的な観点も含めれば、そもそも一般人が剣などを持つことが許されているかも未だ判断がついておらず、不安要素は無際限であるとしか言いようがなかった。

 

 しかし、それでもここで拒否するのはあまりに怪しすぎるため、回答の選択肢は皆無に等しい。ツクヨミは息を吐くように噓をつく。

 

「大丈夫です。国には今から向かう感じですか?」

 

「そうだな……。今は片付けの最中だからそう遅くない時間にここを出て、深夜には法国に戻れるだろう。よし、私もそろそろ現場に戻るからあと少し待たせることになる。何か分からないことがあればルーインに聞くといい」

 

 そう言うとカールは背を向け、集団の中に歩いていった。

 ツクヨミは何とか一難去ったことに安堵しつつ、隣を見る。ルーインもこちらを見て何か言おうとしているようだ。

 

「ではツクヨミさん。私も片付けに行ってきますので何度も申し訳ありませんが、ここでお待ちください。また戻ってまいりますので」

 

「いえ、私は大丈夫です。何度も御手を煩わせてしまってこちらこそ申し訳ありません」

 

 ルーインは頷くと、小走りで向こうへと走っていった。

 

 ……

 

 ……

 

 今しかない! そうツクヨミは確信した。ベストはなんの変哲もない服装に着替えることだが最悪逃げ出すのも一つの手ではある。

 ツクヨミは一旦、目前にある黄色いテントの物陰に移動すると誰も周りに居ないことを生命感知(ディテクト・ライフ)で確認する。

 

(よし、大丈夫だ──)

 

 まずは先ほどの隠密外套(ステルス・ローブ)を取り出した要領でアイテムを引っ張り出せないか試してみることとした。

 手に意識を集中し、中空に手を伸ばす。するとたちまち手が空中にある水面に入ってしまったかのように消えた。

 中々ショッキングな絵だ。そうして数分ほど、周りに気をつけながら腕を動かしていると──

 

「あった!」

 

 探していたのは冒険者のローブというアイテムで、初期に配布される装備品だ。これは初期職業によって変化するアイテムで、当時、適当にプリーストを選択したツクヨミは、ソロプリーストの救いの無さに心底絶望し、一人でも戦える神聖剣士(ホーリー・フェンサー)に職業をビルドしていったという過去がある。そのため、この装備はそれ以来使用していない。

 

 

 ……これに着替えよう。軽い気持ちで隠密外套(ステルス・ローブ)を脱ぐと──ツクヨミは更なる苦難が待ち受けていることに気づいた。

 

「いや、着替えはハードル高くない……?」

 

 初期装備である冒険者のローブには当然だが瞬時に装備変更できる類の能力はなく、コンソールも出ない今、普通に装備を脱いで着なければならない。女性の着せ替えを行うなど男性には荷が重い作業だ。

 

 しかし言わずもがな悠長にしている時間は無い。覚悟を決める時である。

 

 ツクヨミは人差し指の指輪や手首飾り、靴などの装備を先に外し、深く呼吸を行うと意を決してその胴に着ているローブを脱いだ。すらりと伸びた手足は剥き出しとなり、真珠のような白い肌が露になる──。……が、ツクヨミの思っていたような感情の起伏は起きなかった。

 

「……あれ?」

 

 現実(リアル)でのツクヨミは三十近くであるとはいえ、まだまだ年頃の男性であり、女性耐性は皆無である。裸ではないとはいえ、こんなに近くに肌が晒されているならば感情の一つや二つ、揺れ動いて当然だった。……ただ、ツクヨミは気付き始めていた。その自身で無いはずの体が生まれ持った体であるかのように、当たり前として認知されていることを。

 

 着替えを滞りなく終えたツクヨミは目の前まで持ち上げた手のひらを不安げに見つめる。得体の知れない『何か』が自分の心に混ざり始めていることを確かに感じたのだ。

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