Moon Light   作:イカーナ

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少しだけ言い回しの修正をしております。


24.閑話~大神殿

 静謐と呼ぶのが相応しい一室。

 

 いつの間にか部屋内にある簡素なベッド上に横向きになって寝ていたツクヨミは、ステンドグラス越しに取り込まれる朝の陽射しを顔に受け、その目を覚ました。

 

「んー」

 

 ツクヨミは眠たげな声を上げながら上半身を持ち上げ、目を擦る。

 

 その服装は昨夜大神殿にやって来た時と同様の純白のローブを纏ったものであり、頭や腕に付けた金の装飾はおろか背中に装備した光輪の善神(アフラマズダー)さえ外していない。

 

 そのため、今の今まで結構無茶な体勢で寝ていたようだ。

 

 ツクヨミは寝ぼけ目で見慣れない室内を概観する。

 

 青の大理石を基調とした広々としたその空間の天井からは彫刻のように繊細な──硝子のシャンデリアが吊り下がっている。

 

 他の家具も同様に洗練されたものであり、壊せば高額の請求をされそうな物ばかりであるが、最低限の数しか置かれていないからかその印象は質素なものだ。

 

 そんな部屋内にはステンドグラスの嵌め込まれた窓が複数あり、彩られた水色と白のフィルターを通して外の陽射しを取り込んでいる。

 

「あー……思い出した。神殿に来たあと寝ちゃってたか」

 

 スレイン法国神都の中央に位置する大神殿。周りには沢山の建造物の存在するこの場所は、神の居城という役割は勿論のこと礼拝堂から議場、離れには公人等の生活の場まであるという。

 

 その中でもツクヨミが最高神官長に案内されて来たこの部屋はかつて六大神が住んでいた部屋と同じ階層にあるという、言わばスレイン法国最高の神聖領域であり、住むどころか立ち寄ることも憚られている。

 

 そんな場所で着いて早々爆睡するには相当な胆力が必要だろう。勿論ツクヨミはそのようなものは持ち合わせていないし、寧ろ環境が変われば落ち着かずそわそわしてしまう類の人間である。

 

 それなのに夜中の警戒もすることなくこのような朝を迎えてしまったのは、馬車で殆ど寝ていなかったことや神として振る舞いながら重鎮と接さねばならなかったことなど、様々な要因から来る疲労や緊張が重なった結果であった。

 

(しかも到着してからもあれだったし……。本当に無事に済んで良かったなぁ)

 

 ツクヨミは戻りつつある鮮明な意識で昨夜の出来事を回想する。

 

 

 ──あの到着の後、一緒に大神殿内に入ったのは神官長ら含む十二名の要人と第一から第八までの漆黒聖典隊員だった。巨大なエントランスホールの正面には神々しい像が鎮座していて、その左右には上層へと続く豪勢な階段が伸びていた。

 

 元々最上階の部屋へ行くことは伝えられていたため、その階段を使って部屋まで案内されることは予想出来ていたのだが、まさかそこから『見知った顔』が出てくるとは──あの時は思いもしていなかった。

 

 その人物が降りてきてからはそれはもう騒がしくなり、小さな友人がツクヨミへ馴れた口調で話しかけているのを見るや『神に対して不敬な態度だ!』と憤る神官長やしつこく関係性を問いただそうとする大元帥などが会話を投げ交わし始め──ツクヨミの精神を見事削り取ったのだ。

 

 最高神官長がいなければ搬送されることになっていたかもしれない。

 

 

「まぁ今日は特に何もなさそうだしその分ゆっくり過ごそう……」

 

 ツクヨミは切り替えるようにベッドから立ち上がると、艶やかな白の髪を後ろに纏め、その白い靴を硬質な床に下ろす。

 

 昨日から話に出ていたパレードとやらも準備にはまだ数日かかるという話なので、それまでは羽休めの期間として神殿内に留まることになるだろう。そのため、出来ていないことを消化するのも悪くない。

 

(ひとまずはシャワーかな?)

 

 ツクヨミは持ち上げた裾に鼻を近づけスンスンと軽く匂いを嗅ぐ。幸いなことにローブが匂うということは無い。しかし神器級(ゴッズ)の装備と言えど、汚れない訳ではないのでたまには洗濯も必要だ。

 

「うん、やっぱり湯浴み中に済ませちゃおうか」

 

 清潔(クリーン)の魔法が使えないツクヨミは手洗い以外に方法が無いので、これまた水場にいる時間が必要となる。まぁ最近は体を洗うこともできていないので一石二鳥というやつだろう。

 

 色々と理由を付けつつ幸せ気分で風呂の準備を開始するツクヨミ。

 

 

 ──しかしそんな時間も空しく、コンコンと重厚な扉が叩かれた。

 

 

「ツクちゃん入るよー」

 

 返事も待たずにドアノブが引かれ、すぐにそれを拒否するような音が鳴る。聞き覚えのある高い少女の声に一瞬怯むが、ツクヨミは急いでドアの方へと向かう。

 

 鍵を開けると、すぐさま小さな人影が室内に入ってきた。そしてそれはツクヨミの腰に抱き着いてくる。

 

「おはようアリシア……。朝から元気だね」

 

「うん。昨日は邪魔されて話せなかったからさ」

 

 昨夜のことを思い出したのか、少し不満気な表情を浮かべる黒髪の人物。彼女こそ転移当初から度々会っていたツクヨミの友人にして、漆黒聖典──番外席次の地位に坐する少女、アリシアである。

 

 この世界では珍しい黒髪と灰白色の瞳という組み合わせ。そして身に着けている緩い白黒の衣装が特徴的な彼女は、少しすると腰から離れた。

 

 昨日見た槍のような戦鎌(ウォーサイズ)は装備していないため、その姿は十代前半のあどけない少女といった感じだ。

 

「でも大丈夫なの? また神官長さん達に怒られないといいんだけど」

 

 心配気味にツクヨミは問いかける。

 

 先の通りアリシアは昨日もやらかしているため、神官長らはおろか漆黒聖典の隊長にもその動向を警戒されている。それにこの場所は何と言っても最上階であり、いくら漆黒聖典の隊員であるとはいえ易々と立ち寄れる場所でもないだろう。

 

「うーん。分からないけど……それでもツクちゃんに会いたかったし」

 

 アリシアは人差し指を合わせながらこちらを見ている。ツクヨミはその一連の言動のみで撃沈した。

 

「なるほど。ま、まぁそんなに大事でもないだろうし何かあったら私が話そうか。でも皆にはあまり迷惑を掛けないようにね?」

 

「分かった」

 

 初日同様甘々になってしまっているように思えるが、それも仕方がない。ぼっちであったツクヨミからすれば会いに来てくれるというのはそもそも嬉しいことであり、それが妹属性を持つアリシアなら猶更である。

 

 アリシアは部屋の中を興味深く観察した後、口を開く。

 

「そう。それでさ、良ければ神殿内を案内しようと思うんだけど……どうかな?」

 

「あー、確かに私はここに来たばかりだからね。ただ──」

 

 大神殿に来てからツクヨミはまだ体を洗っていない。順当に考えれば、待ってもらってから活動した方が衛生面の心配はしなくて済む。

 

 しかし諸々の作業もしていればそれなりの時間が必要になることだろう。それは朝早く来てくれた友人にも忍びないため、ここはお姉さん(?)として譲歩することとする。

 

「いや、そうだね。じゃあ……案内してもらおうかな」

 

 それを聞くや否やアリシアはツクヨミの手を引きながら、廊下の方へ戻って行く。

 

「よしじゃあ行こう!」

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

 神殿内をそれなりに歩いた後、一行はある部屋の前で立ち止まった。

 

 薄明かりの通路の先にあるここは五柱の神の装備が眠る場所。番外席次が守護する神聖領域である。

 

「えっと。ここは入っても大丈夫なの?」

 

「本当は駄目だけど、ツクちゃん神様だし大丈夫じゃない?」

 

 もっともらしい意見を受けたツクヨミが固まっていると、その間にアリシアは扉を開け中へ入って行った。ツクヨミは悩んでいる風だったが、仕方なしにアリシアの後を追う。

 

 二人が足を踏み入れたその空間は宝物庫のようで、左右には積もるほどの大量の金貨が散らばっていた。それらは一般に流通している金貨とは異なるユグドラシルの金貨であり、硬貨には女性の横顔が彫られている。

 

 数えるのも億劫となる金貨の山。それを見れば、普通の人間なら驚き舞い上がるかもしれないが、歩く二人の反応は薄い。

 

「あ、懐かしいなーこれ。確かイベントの装備だよね」

 

 いつの間にかツクヨミは壁に掛けられた装備の類を夢中で見ていた。女子高生のような防具から明らかに使い辛そうな造形の鎧まで、実用性を一切感じさせないそれらの装備はユグドラシルの物であり、基本的に聖遺物級(レリック)の等級で揃えられていた。

 

 ユグドラシル基準ではぼちぼちといった性能のそれらも、この世界の基準ではとてつもない性能を誇る。

 

 しかし強い装備には当然職業(クラス)の制限などがかかるため、神の遺産と言えるこれらを使いこなせる者は漆黒聖典の中で見ても限られる。

 

「装備も凄いんだけどね。でも奥にある物はもっと凄いよ」

 

 守護者ということもあって室内の構造に詳しいアリシアが宝物庫の奥へとツクヨミを引っ張っていく。

 

 ツクヨミは部屋の奥に鎮座するそれを見るなり驚きの声を上げた。

 

「ワ、ワールドアイテムっ!?」

 

 そこにあったのは白銀の生地に、天に昇る金の龍が刺繍された装備型のアイテム。

 

 ユグドラシルの中でもゲームバランスを崩壊させるほどに強力なアイテム群であるWI(ワールドアイテム)の一つ、傾城傾国(ケイ・セケ・コゥク)だった。

 

 その効果は相手の耐性を無視して魅了効果を与えるという恐るべきものだ。

 

「わ、わーるどあいれむ? っていうの……これ?」

 

 独自の単語だからか上手く聞き取れなかったアリシアが聞き返す。

 

「アイテム、ね。しかしまさかこんなヤバい物があるとは……」

 

 ツクヨミはしゃがんだまま唇に指を当て、眉間に皺を寄せた状態で何かを思案しているようだった。そんなツクヨミのただならぬ様子にアリシアがどう声を掛けたものかと悩んでいると──

 

「……絶生遏絶(ぜっせいあつぜつ)、なぜこの神聖領域に人間がいる?」

 

 洞窟に響くような低い声で少女の異名が呼ばれた。後ろからの声だったためにツクヨミは驚き、跳ねる。

 

「ルフー、この人は人間じゃなくて神様だよ」

 

「ルフスだ。……人なのか神なのかは知らないが、私にとっての神はあの御方しかいない」

 

 汚れた漆黒のローブを頭から被るのはスケルトン。空虚な瞳の中には灯りの一つもないが、それが高位の存在であることはその立ち振る舞いからも窺える。

 

 ルフスはその両手に"神の国の槍"を抱えた状態でツクヨミの方を向き声を発する。

 

「ここは偉大なる御方の残された秘宝が眠る地。もし其方に悪意が無いというのなら、此処を早急に離れて頂きたい」

 

「さ、左様でしたか……。ずかずか入ってしまって申し訳ございません。ではこれにて失礼させて頂きます」

 

 そそくさと退散するツクヨミ。

 

 アリシアは明らかに不満気な表情を顔に張り付けており、ルフスへ何やら物申そうとしていたが、ツクヨミに引きづられながらその場を後にすることとなった──

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

「今度は怒られないよね……?」

 

 昼前の太陽が外の通路を照らす。神殿内の粗方を見て回ったツクヨミは、次に外へ伸びる建物の案内を受けている。

 向かっている場所は訓練施設。存在が秘匿されている六色聖典が日々訓練を行っている場所であり、外に設置されているが屋根は付いているらしい。

 

「訓練の見学は神官長も行ってるし大丈夫だよ。それにさっきのも怒られるようなことじゃなかったし……。神様なんだから」

 

 むすーっとしているアリシアを見ながら、『いや悪かったと思うよ』とは言えないツクヨミは話を戻す。

 

「なるほどね。ちなみにアリシアは訓練とかはしないの?」

 

「時々参加してるけど、いつもは宝物殿の守護を優先されちゃってさ。中々外に出してもらえないんだ」

 

 だから退屈なんだよね、と少女は付け加える。それを聞き、ツクヨミは小さく眉をひそめる。

 

 それは一種の隔離という側面も持っているのだと推考できる。その歳で外に出してもらえないのは精神的にかなり参りそうだし、数カ月前──ちょくちょく神殿から抜け出して図書館に来ていたのはそういう背景あってのことなのだろう。

 

(何かしてあげられたらいいんだけどな……)

 

 ツクヨミが一人唸っていると、どうやら目的地に着いたようだった。

 

「ツクちゃん、こっちから行こうか」

 

 石柱並び立つ施設の周りをぐるりと移動した後、横の石段を上り空間の内部へと入る。

 

 矩形の闘技場のようなその場所では、最近は激務で碌に時間も無かったであろう漆黒聖典の面々が訓練に励んでいた。

 

 訓練用の武器を用いて鉄の音を屋内に響かせているのは漆黒聖典の隊長と第二席次。隊長をサポートするように後ろから魔法を放つのは第三席次。反対に、金髪の少女である第四席次は第二席次の回復や、隊長の妨害を行っている。

 

「チーム戦か。いいなぁ。楽しそう」

 

 ぽつりとそんな言葉が漏れる。訓練に対してそんな思いを抱くのもどうなんだという話ではあるのだが、ツクヨミはゲーム内では1体多のPKばかり受けていたため、こういう協力戦には憧れがあるのだ。

 

「他のメンバーは休憩とか鍛練をしてるみたいだね。どう? 私たちも乱入してみる?」

 

 悪戯な表情でアリシアが声をかけてくる。ツクヨミは頬を搔きながら答えた。

 

「いやー。邪魔になっちゃうんじゃないかな?」

 

「……そう? 皆大好きな神様が来てくれたって知ったら喜ぶと思うよ? もう第七席次は気付いてるみたいだけど」

 

 目を向ければ、確かに水を足元に置いて頭を下げている茶髪の女性がいた。

 

「それに私も遊んでみたいなぁ。ツクちゃん、強いんでしょ」

 

 続けてアリシアが念を押す。その声は落ち着いており、どことなく漆黒聖典番外席次の一面が感じられた。

 

「うーん、じゃあ隊長さんの邪魔にならないなら少しだけ場所をお借りしようか」

 

「よしっ!」

 

 言質を取ったとばかりに少女は観客席のようなこの場所から、中央の黄土色の地面へと駆け下りていく。ツクヨミもそれに着いて行くようにゆっくりと段の上から降りていった。

 

 お構いなしに戦場に乱入したアリシアを見るや、隊長らは戦闘を中断する。

 

「番外席次ですか、職務はどうし──」

「ツクヨミ様!?」

 

 こちらに気付いた彼らは一斉にその頭を下げ始める。ツクヨミはもう申し訳なさでいっぱいだ。しかしアリシアはというとどこか誇らしげな態度であった。

 

「隊長、ツクちゃんがチーム戦に混ざりたいってさ」

 

 番外席次としてのその言葉に隊長は小さくため息をつく。

 

「その言葉遣いはいかがなものかと思いますが、なるほど。神はそのような気持ちであったのですね。気が付くのが遅れてしまい申し訳ございません」

 

「え?」

 

「ツクヨミ様の剣を受けられるとあらば、これ以上名誉なことはありません。ぜひやりましょう!」

 

 灰髪の槍使いである第二席次も賛同を始める。アリシアに関しては既に準備運動まで始めていた。

 

「しかしそのまま執り行えば、万が一ということもあります。もし神に傷を負わせてしまうようなことがあれば我々はその罪の重さに耐えられないでしょう……」

 

 拳を握りしめ、悔しそうにする隊長。それ聞いた第二席次も先の自分の発言が軽率であったことに気付き、慌てて頭を下げる。

 

(そ、そんなになのか……)

 

 ツクヨミは軽いノリで来てしまったことに若干後悔しつつ、このまま引き下がることを考える。しかしそれではアリシアが報われないだろう。

 

「で、では──これを使うのはいかがでしょうか?」

 

 ツクヨミは虚空からアイテムを取り出す。

 

「それは……竹の刀ですか?」

 

「ええ。竹刀(しない)といいまして丈夫でありながら、プレイ……人には殆どダメージを与えない代物です。これを先に当てた方が勝ちということでどうでしょうか」

 

 勿論これはユグドラシル産の武器であり、地味に不壊属性が付いている正真正銘のネタアイテムである。

 

「なるほど。神のご慧眼、そしてその配慮には感服致します」

 

「……無から物体を呼び出すことができるその手腕も流石という他ありませんな」

 

 いつの間にか横に立っていた第三席次も称賛の言葉を送ってくる。ツクヨミは数本の竹刀を追加で取り出したのち、一応下級治癒薬(マイナー・ヒーリングポーション)も人数分用意した。その赤い溶液にも驚きの声が上がったのは言うまでもない。

 

 そして、そのまま細かいルールも決める。魔法での攻撃は水弾を撃ちだす水の飛沫(ウォータースプラッシュ)によるもののみ。攻撃でなければ武技や魔法等も使用可能。頭や急所への攻撃は禁止、といった具合だ。

 

「チーム分けはどう致しましょうか?」

 

 隊長が尋ねてくる。

 

「乱戦……というのは厳しいですよね」

 

「はい、第三や第四は後衛ですので」

 

「じゃあ、ひとまずツクちゃんと第四席次のペア対私たちでいいんじゃない?」

 

 アリシアの提案はつまり2対4である。それは流石に厳しいのではないかと隊長が申し出るが、ツクヨミはそれを了承した。実際、それは良い配分であっただろう。

 

「一旦それでやってみましょうか。私もどれだけ出来るか分からないので、どうかお手柔らかにお願いします」

 

 

 

 ♦

 

 

 

(よし……)

 

 漆黒聖典第一席次である隊長は息を整える。前衛には隊長、番外席次が構えており──その一歩後ろに第二席次。そして後方には第三席次が佇んでいる。

 

 全員が英雄級か、それを超えるという四名。そんな彼らが作り出す陣形はほぼ無敵であり、並みのモンスターはおろか魔神クラスであっても戦える強さを誇る。

 

 しかし油断はできない。それもそのはず。四人の相手は至高の神その人なのだから。

 

(ツクヨミ様はああ仰られていたが、きっと我々の為を思ってこの機会を授けて下さったのでしょうね。なんと慈悲深き御方か)

 

 隊長は心の中で神に精一杯の感謝をすると、息を吐きながら戦闘態勢に入る。やるからには全力である。……でなければ意味がない。

 

 暫し息が詰まるような緊張感が流れた。

 

「では始めますよ!」

 

 第七席次の掛け声を聞き、竹刀を握る手をより一層強いものとする。そして──魔法で戦闘の合図が出されると同時に、戦場は瞬く間に動き始めた。

 

「武技:能力向上、能力超向上!」

 

 初めに動いたのは番外席次だった。先手必勝と言わんばかりに武技を発動させた後、その小さな足で地面を蹴り上げる。轟音が鳴り、砂煙が吹き荒れると、恐るべき速さで番外席次はツクヨミへ飛んでいく。

 

(どうなるっ)

 

 到着までは一秒とかからない。しかし隊長にはそれが走馬灯のように長いものとして映っていた。

 

 

 

 ツクヨミは一向に動く気配がない──

 

 

 

 そうして……パンッと鋭い衝突音が鳴り響く。

 

「なっ!?」

 

 その時、隊長にはツクヨミの動きが一切見えなかった。ただ確かに番外席次の攻撃は弾かれており、その体の向きを変えさせている。

 

「武技:即応反射っ」

 

 しかしさすがは番外席次といった所で、体の重心をずらすとそれを軸としながら目にも留まらぬ連続攻撃を繰り出す。

 

 軽く数百キロは出ているだろうその攻撃をツクヨミは足を止めた状態で弾いていく。まだ余裕さえありそうだ。

 

「まずいな。武技:縮地!」

 

 隊長は武技によりその距離を詰める。彼女の攻撃が止めば、ツクヨミは容赦なくその隙をついてくるだろう。そうならないためにも一斉に攻撃を仕掛けることが大事だ。

 

 ただ、それは理想でしかない。

 

大地の束縛(バインド・オブ・アース)!」

 

 その動きは森祭司(ドルイド)である第四席次の魔法によって止められる。地面から蔦が出現し、隊長の足を掴む。剣で千切れない以上かなり厄介な魔法だ。

 

 第三席次の解呪の魔法によりそれが掻き消えるまで、少なくない時間をロスすることとなった。

 

 やはり届かない番外席次の攻撃は少しずつその速度を下げ、そして強く払われる。

 

「っ」

 

 番外席次が声ならぬ声を上げると同時に竹刀がふり抜かれる。

 

 一名脱落かと思われた時、硝子にぶつかったような衝突音が響いた。目を向けると番外席次とツクヨミの間には透明な板が発生しており、攻撃を阻んでいる。

 

 それは正しく完璧なタイミングによる防御魔法だった。

 

(流石ですね……第三席次。では私もそろそろ参りましょう)

 

「「武技:能力超向上、流水加速!!」」

 

 息を合わせたように第二席次と同時に武技を発動させ、ツクヨミへと駆ける。第四席次による妨害は続いているが、流水加速によって研ぎ澄まされた意識によりそれらを回避する。

 

 そして音速とも言えるような速度で目の前の絶対者へ竹刀を振るった。

 

 しかしそれも、すぐに体でない何かにぶつかる。

 

「二人同時は……少しだけ骨が折れますね」

 

 ツクヨミはそう言いながら隊長と第二席次の取り囲むような超速の回転攻撃を体術を合わせた剣裁きでいなしていく。隊長は変則的に攻撃を試みるも、まるで永遠の距離がそこにあるように届かない。

 

 ただ一つ分かるのは、この御方の強さが我々の想像を遥かに超えているということだ。

 

 少しずつ額から汗が流れ落ち、流水加速による神経の負荷が増大する。しかしこの程度で動きを止めることは無い。

 

「いや三人だよっ!! 武技:限界突破──神速」

 

 死角から現れた番外席次の攻撃がそこに加わる。隊長は極みまで洗練された動きの中で、腕に握られたそれを振り抜く。

 

「これで終わりです!」

 

 三方向からの同時攻撃。これは流石に受けきれない──

 

 ……

 

加速(ヘイスト)

 

 そう呟かれた瞬間、ツクヨミの姿が目の前から掻き消える。微かな地を蹴る音がした。

 

(上!?)

 

 隊長は反射的に空を見上げた。

 

 ツクヨミは何か魔法を使ったのか、或いは回転のエネルギーを限界まで利用したからかは分からないが、物理的にあり得ないような動きを空中で見せ、そのまま地面へ着地した。

 

 隊長はそのあまりに凄まじい動きに感嘆の声を漏らす。

 

「ま、まじかっ」

 

「なぜツクヨミ様が驚かれているのですか……」

 

 はははと笑うツクヨミはその場で立ち上がると、楽しそうに口元を緩ませながら真剣な表情で口を開いた。

 

「では今度はこちらから行きますよ──」

 

 ……風が舞った。

 

 

 

 ~~~~

 

 

 

 

 

 

 大神殿の会議室。日が落ち、窓の外から灯りを確保できないその部屋は蝋燭を光源として明るさを保っている。

 そんな落ち着いた雰囲気を醸している部屋の中にいるのはいつもの面々。国のトップである最高神官長。六人の神官長と司法、立法、行政の三機関長。魔法の開発を担う研究館長に軍事機関の最高責任者である大元帥だ。

 

 パレードの日程が進んでいることもあり、最近では大神殿での神官長会議の回数も増えている。しかしながら、彼らがここへ頻繁に集まっている理由はもう一つある。

 

 それは──神のいるこの場所に少しでも長く滞在していたいという思いに他ならない。

 

 最高神官長であるオルカー・ジェラ・ロヌスもそれは同様であり、休憩中であるこの時間でも各自満たされたような表情で椅子に座っている。

 

「そういえば」

 

 そんな闇の神官長の言葉から話は始まった。オルカーはそちらに視線を向ける。

 

「今日の昼、神が直々に漆黒聖典隊員の訓練に付き合ってくださったそうだ」

 

「おぉ! なんと素晴らしい。全く羨ましい限りだ」

 

 座る者は一様に数回頷く。何より素晴らしいのは、神がそこまで人類の為に尽くしてくれているということだ。

 

「安全を確保した上での実戦もあったそうだが、その内容は凄いぞ。なんと神は漆黒聖典を四人纏めて相手にし、見事勝利されたらしい」

 

 続けて言う闇の神官長の言葉に他の者も驚嘆する。オルカーも同様に眉を上げる。

 

 そもそも神というのはそこに居てくれるだけでも有難い存在なのだ。なぜならそれは絶対の安心に繋がるし、人類の士気の向上にもなる。何より道を示してもらえるというのが大きい。

 

 しかし降臨した神はその恩恵だけでなく、それに相応しい力も人の為に振るって下さるという。

 

 漆黒聖典を四人同時に相手する実力、そしてビーストマンの群れを一撃で倒すその攻撃の威力。

 

(果たして神は、どれだけ我々の想像を上回る存在なのだろうか)

 

 オルカーの口角は自然と緩んでいた。

 

「我々もこのままではいかんな。ツクヨミ様の為にも必ずパレードを成功させねば」

 

「そうだ。不埒な輩が現れぬよう、しっかりと警戒しなければな」

 

「軍と陽光聖典が戻るまであと二日か。到着次第すぐに執り行おう」

 

 パレードの準備は元々光の神官長と大元帥が竜王国へ行く前から始まっていたため、もう殆ど完了していると言っても差し支えない。ただ、警備が手薄では何が起こるか分からないため、彼らの帰りを待つ必要があるのだ。

 

 オルカーは意見を出し合う彼らを眺めながら声を発する。 

 

「パレードの最中は巫女姫の次元の目(プレイナーアイ)による周辺監査も行う。その辺りも大丈夫か?」

 

「勿論ですとも。既に巫女姫は休ませております」

 

 水の神官長が返答する。そう……巫女姫の魔法上昇(オーバーマジック)は体力、魔力ともに大幅に消耗するため、一定の休養期間が必要となるのだ。それもあって巫女姫はまだツクヨミへの拝謁を賜っていない。

 

 同じことを考えていたのか火の神官長も低い声を出す。

 

「ツクヨミ様にはまだ巫女姫をお見せできていませんでしたな」

 

「うむ。それはツクヨミ様にも失礼というものだろう。パレードが終わり次第、彼女らには褒美として拝謁の機会を与えよう」

 

 巫女姫はその力の源である叡者の額冠の影響で自我を失っている。そのため、実質的に神と対面することはできない。

 

 そのことを哀れに思いつつも、オルカーは気持ちを切り替えて再び始まる会議に臨んだ──。

 




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