Moon Light   作:イカーナ

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26.祭祀

 それが空に鳴り響いたのは、冬の太陽が丁度天頂に昇った頃であった。

 

「っ!」

 

 高い管楽器のような音色。この世界独自の楽器から奏でられるそれは、神都中央に祀られる神殿区画内から始まると、一定の規則を持ちながら瞬く間に遥か遠方の空へと流れていった。

 

 演奏──。優雅で神聖さを感じさせるそれを聞けば、神の行進が今より始まるのだと推測することは容易だろう。見れば、スレイン法国の神都大通り、その中でも最も神殿区画に近い場所にいた者達はきょろきょろと動かしていた視線を一斉に門の方へと向けていた。

 

 巨大な格子門までの距離は約十数メートル。建築物がなく、樹木が点々と生えているその場所の周りには多数の兵士や騎士が今も整列している。既に解放された門の前に立つ彼らは元々、神聖不可侵である神殿区画の入り口と都の大通りを繋ぐ十字路を警護し、溢れる民衆を抑える役割を担っていた。

 

 ある者は不届き者を絶対に通すものかと強い正義感を胸に。ある者は神の役に立てる光栄な仕事を任されたことに歓喜し、今回の任務に臨んだ。

 どちらもその奥底にあるのは絶対の信仰と忠誠。今も職務を全うする彼らがまだ見ぬ神の為のパレード、その始まりを前にして緊張を露わにしているのは言うまでもないだろう。

 

 それでも幸いなこと──いや、予想通りというべきか。今の今までパレードを邪魔するような素振りを見せる法国の民は一切居なかったため、現場の状況自体は落ち着いていると言えた。

 

 楽器音が近づいてくるとともに期待は膨らみ、息を飲んでしまうような雰囲気が人々の間を駆け巡る。

 

 そうして間もなく、門の奥からは列を成した大量の人間が姿を見せた。

 

 

 

 スレイン法国としては待ちに待ったであろう祭礼。それがついに始まりを迎えるのだった。

 

 

「ぉぉ」

 

 一定の間隔を保って歩道上に立っている多くの民衆は興味を抑えきれないといった様子で首を伸ばし、あるいは背伸びをするなどして車道へとその視線を向ける。

 

 初めに現れたのは多種多様な楽器を両手に抱える者達だった。吹奏楽団……というほどに格式張った部隊ではないが、主に祭事の際などに情調を上げるため出勤することが多い存在。彼らは基本的に吟遊詩人などと同等の働きを有するが、国のお抱えということもありその練度は非常に高い。

 

 そんな彼らは美しい演奏を披露しながら車道の中央を歩いていく。奏者の数だけでもそれなりに長い列を構成できるほどであったが、続くように後方の神殿区画から現れるのはそれを遥かに上回る量の人々だった。

 

 それはまさに長蛇の列だと言えるだろう。恐らく数千から数万といった単位の人数で構成されるパレードは壮観の一言であり、移り行く存在の外観もまた多種多様なものだった。

 

 軍の兵士、銀の甲冑に身を包んだ神殿の騎士、衣を身に纏った神官、着飾った馬を引く御者など、スレイン法国の公務に従じる多くの者達が順に列を成しスレイン法国に降り立った神を祝福するように旗などを振り上げ大通りを進んでいった。

 

 冷たい外の風は瞬く間に人々の熱気で温められ、普段は静寂に包まれている法国の路地には数えきれないほどの足音が響く。

 

 そして数分。小柄な馬車列が増え、華やかなパレードが一層の盛り上がりを見せる頃、それは唐突に──地面に小さな影を作るよう現れた。民衆の間にどよめきが走る。

 

「天使様だ……!」

 

 道の中空には白色の体躯に陽炎を纏う存在が数体現れてきていた。──陽の光を一身に浴びるその天使の名は炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)

 

 半透明の金の翼と銀色の剣を携えたこの天使は第3位階の魔法によって呼び出すことが可能で、この世界の一般の常識から考えるとかなりレベルの高いモンスターに分類される。

 ……いや、モンスターという呼び方はこのスレイン法国においては不適切であろう。なぜなら古くよりこの国では天使は神の遣いだと信じられており、人々の信仰を集めるほどの存在であるからだ。

 

 そのため、炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)を目にした民衆の多くは即座にその場で身を屈めるような姿勢を取る。初めに信仰厚き信徒が。そして次にそんな彼らを見た一般的な住人達が祈るよう空を仰ぐ。

 

 また、少数ではあるがそんな光景に目を輝かせる子供やまじまじと興味深くそれを見つめる信者もちらほらと見受けられた。

 

 

 しかしそんな空気も突如として一変する──。

 

 

「あれは……?」

 

 

 天使の後ろから超希少な馬である八本馬(スレイプニール)が進み出てくると同時に、最高神官長、各色の神官長や各種機関長といったスレイン法国のトップに立つ存在までもが歩いてきたのだ。

 

 上に立つ者が私欲に塗れた人間でならないという自浄──それもあって質素な立ち振る舞いを彼らがすることは珍しいことでない。しかし、それでも今回の神官長らの雰囲気は普段のそれとは明らかに違っていた。

 後方に見える大きな馬車。その下を、まるで従者が道を整えるように進んでいたのだ。

 

 

 ……

 

 ……

 

 

 瞬間、歩道に佇む全ての者は息を呑むような表情でその場へと一斉にひれ伏した。

 

 多少の遅れも許されないと言わんばかりに親は子の頭を下げさせ、気の抜けていた者は地面に身体を叩きつけるほどの速度で舗装された地面に両手を付く。

 

 神の登場──。幼い頃から六大神への信仰を守り、生活を共にしてきた法国の民でさえ、それは実感の湧かないものであっただろう。

 

 ゆっくりと進んできたのは白を基調とした豪華な馬車であった。三頭の八本馬(スレイプニール)が牽いている車体は一般で使われるものより大きく、側部から垂れる幕も含めて繊細な装飾が数多く施されている。

 

 また、特筆すべきはその構造だ。人が乗り込む車体の部位は屋根とそれを支える四本の柱で構成されており、その位置も二階建てを思わせるような高さがある。それはきっと神の乗り物として設計された物であり、その姿形はまるで移動する神殿のようであった。

 

 そして当然ながら、開放的なその場所には一つの存在が座っていた。

 

 煌びやかな玉座には、艶やかな長髪を後背に流す女性が映っていた。その髪色はこの辺りでは極めて珍しい雪のような白色。本来は色素が薄く、傷つきやすいはずの白髪であるが、女性の持つそれは白銀で出来た絹糸のように美しく滝のように流れている。

 

 また、澄んだ紫色の双眸を宿した(かんばせ)は非の打ち所がないほどに美しく、落ち着きに満ちたその表情と相まってその容貌は女神を思わせる。それは神が直接造りたもうた芸術品であると、そう感じてしまう程の凄みがあるが──本人が神とされる以上その表現は不適切であろう。

 

 それほどの身なりには、それに相応しいほどにあり得ない精巧さを誇った装飾品の数々と、神々しささえ感じさせる白色の聖衣を纏っている。

 

 

 どれもが世界を逸脱した代物であり、神を神たらしめる要素となっていた。

 

 

 恐る恐るといった様子で覗き込むよう馬車を見上げていたスレイン法国の信徒達は後光さえ差すその姿を見るなり言葉を失い、ただただ涙を流す。

 

「神が……神が、再び我々の前にその御姿を現わして下さった……」

 

 誰もが信じられないという様子で目の前の存在を仰ぎ見ていた。勿論、今回のパレードにて神が直々に登場することは彼らも知っていたことで、それを見に来た人が大半なのは間違いがない。しかしそれでもまだ夢のようなその話を、期待こそすれど眉唾な物だと考えていた者は多かったのだろう。

 

 それもそのはず。なぜなら神とはその名の通り神話や伝説に語られる存在であり、元来身近に触れられるような存在ではないのだ。

 

 

 それが今──目の前にいる。そんな彼らの心中は窺い知ろうにもあまりに深く、その感動はどれだけのものであろうか。

 

 

 人々は震える体を地面に擦りつけながら思い思いに祈る。

 

 

 数百年の時を経たスレイン法国と神の逢瀬。それは正に生きた歴史そのものであった。

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

(うわぁ。流石というべきか……本当に凄いな)

 

 パレードも進み、神の登場によって場が静寂に包まれる中、当のツクヨミは高所にある玉座からちらちらと人々の様子を確認しながら、その動向に息を吞んでいた。

 

 視界の左右に映るのは冷風を厚着で凌ぐ無数の人間。

 殆どがこのスレイン法国の国民であろう彼らはようやく道路に進み出て来たツクヨミを見るなり平伏し始め、その瞳から涙を溢れさせたり、ひいては祈り出したりしている。それは少々衝撃的な光景だ。

 

 一応ツクヨミもそのような反応を予想していなかった訳ではない。今までも一部ではあるが法国の人間から神として崇められることはあったので、ここでも似たような反応が起きることは十分考えられた。

 

 しかしここまでとは思わなかった、というのが率直な感想であった。

 

 そう──実際に目の前で起こる驚天動地の光景は一国という途轍もない規模で起こっているものであり、視界一杯、それも路地の向こう側まで続く数えきれない人々の集団によって構成されている。

 

 その一人一人が神を信じて生きているこの世界の住人達であるというのだから、目が丸くなるどころか目が回るというものだ。未だ外見的な冷静さは辛うじて取り繕っているものの、それでも内心はそわそわである。

 

「……」

 

 ツクヨミはそんな状況下で心を落ち着けるよう膝の上に一旦視線を落とすと、軽く曲げた左腕で腰に下がる自身の愛剣、その白銀に光る鞘を撫でる。

 

 戦場でない街中などで普段は装備しないこれだが、今回は披露目の場であるということで一応持ち出している。指輪に関しても同様だ。今も指には10つの輝き──つまり両の手指全てに様々な凝ったデザインの指輪が嵌まっている。

 

 WI(ワールドアイテム)も含め、正真正銘のフル装備。それは外見を装飾するという意味合い以外に、外敵への警戒という役割も僅かながらある。

 

 プレイヤーはまだしも、この世界にまだ見ぬ強敵がいる可能性は捨てきれない。それこそ竜王や悪の組織であるズーラーノーン、大陸中央にいるという亜人の勢力などこの世界は未知に満ち溢れている。

 

 そういった観点からしてみても今回のパレードは気の抜けないものであった。……まぁ、それに関しては実際のところ憂慮に過ぎなかったのだろうが。

 

 

 

 しばしの時を経て、ツクヨミは視線を街路へと戻す。そこに映るのは変わらず整列し、身を屈めた人々の列。

 

 一定の間隔を持って並ぶ彼らの見通しは背の低い建造物群も相まって良く、周りに佇む警邏を考えても、とても異色の強者やそれに準ずる者が出てこれる雰囲気ではない。

 

 ようは目立ちすぎるのだ。人混みに紛れてナイフで特攻……のような劇等でお馴染みのシチュエーションはこの状況を鑑みればどうしても考えにくい。

 

 それに加え空からの攻撃は六色神殿にいる巫女姫の大魔法、次元の目(プレイナーアイ)によって。

 魔法による接近等は近くに隠れる聖典や、宙に浮く天使によって対策されている。過保護とも言えそうなその徹底ぶりにより、奇襲の可能性はかなり低いと言えた。

 

 現に、神官長らも気を張っている──という雰囲気ではなかった。ツクヨミの下方を歩く彼らは民衆の方にその視線を向けてはいるが、たまにちらりと覗くその表情は基本的に穏やかなものだった。

 

(ふぅ。しかし……一先ずは良かったな)

 

 そんな平穏な光景が続いているのを確認したツクヨミは椅子の上で小さく息を()く。

 

 安全が確保されており、進行ともに支障がないというのは喜ばしいことである。しかし安堵した理由はもう一つある。

 

 今回、ツクヨミが神として奉戴されるにあたって開かれたパレード、これは当然スレイン法国の国事に当たる。そうなれば当然だが発生する問題がある。それは民意だ。

 

 更に詳細に語ればスレイン法国は宗教国家であり、その国民は六大神という建国に携わった神を信仰している。つまりこの国に新たな神として招かれるためには、そこに住む人々に"同様の神として認めてもらう"必要があったのだ。

 

 尤もスレイン法国のトップである最高神官長はその問題に関して考慮さえしていなかった風であったが……。

 

(あの人達はなんていうか信仰心が凄いからなぁ。ツクヨミ様は神! 敬われて当然! みたいなスタンスだし……。でも今の状況を見るに、あながちこの国において変な考え方でもなかったのか)

 

 ツクヨミはスレイン法国にて1カ月ほど前まで生活していた身ではあった。ただ、それでも宗教観を把握できるほどに長い月日を重ねてはいたとは言い難い。そのため、500年間という長い年月を六大神信仰に捧げていた人々が、ぽっと出の神様をはたして受け入れてくれるのかという疑問は薄っすらと感じていた。

 

 もしかしたら国を管理し、人類の存亡をかけて日々奮闘していた法国のトップや実際に戦場で戦う聖典、軍の面々とは受け取り方が違うのではないか。そう考えた。

 

 

 しかし、此処で得られた民意は神官長らの思想と殆ど同等のものであった。

 

 彼らが神の中に何を見て、何を考えているかは未だ分からないが、それでもスレイン法国がツクヨミの来訪に喜んでくれているのはパレードの光景を見れば明らかだった。

 

(まぁ全員が全員ではないかもしれないけど。でも、嬉しいな)

 

 ツクヨミは刻々と進む馬車の上から、感極まった様子で咽び泣く人々の姿を再度眺める。

 

 当然ながらそこに先ほどまで見ていた人々の姿はなく、あるのは姿形・表情も違う一人一人の人物だった。

 

 通り過ぎていく路地の景色。そこに映る天を仰ぐ老婆や顔を伏せ震える男性。ちょっと寒そうにしているこの時期にしては薄着の子供。そしてその先に……その場で膝をつき、わなわなと震える一人の老人が──

 

 

 

『ツクヨミ様』

 

 

 

 突然の伝言(メッセージ)。名前を呼ぶそれが耳に届くと、緩みかかっていた気が一瞬でハッとする。

 

 聞こえてきたのは低い男性の声。それは今も後方の馬車に身を潜め、極秘の護衛に当たっている数名の漆黒聖典の内の一人──漆黒聖典第三席次の声だった。

 

 第三席次は魔法職、特に宝玉による探知系魔法を得意としている。つまりその存在が何らかの異変を感じ取ったのだろう。

 

 伝言(メッセージ)を返すことができない状況にあるツクヨミは第三席次の続く言葉を待つ。ただ、その前に異変は起こることとなった。

 

 

 

「あの方が……あの方が本当に神なのか!!?」

 

 

 

 不自然に一人立ち上がったフードを纏う老人が、掠れた声でそう叫び始めたのだ。

 

 場の静寂を切り裂くようなしわがれた声が辺りに響き渡る。不敬とも取れるあまりに場違いなその物言いに対し、周りの者が冷めた視線を送る。

 

 ツクヨミも突然のことに戸惑っていた。しかし今も目の前の車道を歩く神官長。……彼らだけが怒る訳でも無視する訳でもなく、先の歩道に立つその老人を見て驚愕していた。

 

「フ、フールーダ・パラダイン……!? まさか本当に不法侵入していたのか」

 

 最高神官長の驚きの声。そしてその呼ばれた名前に路地の困惑はますます強くなった。

 それは必然だった。なぜならフールーダ・パラダインはツクヨミも本による知識で知っているほど、周辺国家で名立たる存在であるからだ。

 

(え、えぇ? パラダイン氏って帝国の人だよね確か。それに不法侵入ってどういうこと?)

 

 ツクヨミの頭上に無数のハテナが浮かぶ。どうするのが正解か一切分からぬまま、馬車は速度を落としつつもそのまま進んでいく。

 

 前を歩く行政機関長や大元帥に目を向ければ、何やら近くの兵士に指示を出しながら、老人を退場させようとしていた。その顔はこれ以上ないほどに緊迫に包まれている。

 

 最高神官長もまた、進行を止めてしまわないように御者に指示を出していた。その際ツクヨミとちらりと視線が合うと、その体を震わせ、頭を下げていた。

 

 そんな気まずい空気の中、それを引き起こした元凶は次の行動を開始していた。

 

「ま、待ってくだされっ! もう少し近くであのお方を見させてくれぇぇ!!」

 

「奴を取り押さえろ!」

 

 これには溜まらずツクヨミも声を上げそうになっていた。老齢の大魔法使いはぼろ布のようなローブを脱ぎ捨てると、象牙色のローブを蒼く光らせる。飛行(フライ)の魔法を発動させたのだ。

 

 フールーダは近くに来ていた兵士や騎士を撒くと、すぐそこまで迫ったツクヨミの座る玉座目掛けて飛翔してきた。

 

 すかさず、周辺を浮遊していた炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)数体がそれを阻むべく動き出す。数少ない上位種である監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)も同様だ。

 

 天使は武器を使うことなく、その腕でフールーダを捕まえようとするが、続く老人の詠唱により数体がその動きを鈍らせる。監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)は構うことなく動いていたが、天使はそれほど小回りが利くわけではないので飛行(フライ)の魔法を使用した老人の卓越した動きには苦戦しているようだった。

 

 ちょこまかと飛び回る老人の動きはそこそこ早い。馬車の動きにも付いてくるそれを見かねてか、神官長の指示で漆黒聖典も動き始める。

 

「神の御前であるぞっ! 束縛(ホールド)鈍足(スロー)

 

「……全く、本当にその通りです。 抵抗弱体化(レジストウィークニング)

 

 扉を開け、馬車の横に掴まるように立った第三、第四席次は魔法による束縛を試みる。超一流の魔法詠唱者(マジックキャスター)森祭司(ドルイド)の連携は見事であり、帝国最強・最高の大魔法詠唱者さえも一筋縄ではいかないようであった。

 

 動きの制限されたフールーダは天使に囲まれていた。しかしそれでも諦めようとしないフールーダは解呪を繰り返し、応戦する。おそらく魔法勝負に火が付いたのもあるだろう。

 

 パレードの邪魔を続けるフールーダに神官長らは業を煮やしているようだった。そんな光景に住民もあたふたしている。

 

(うーん。これは何とかするべきか)

 

 流石にこのままでは良くないと思ったツクヨミは、小さくため息をつくと、彼らに味方するべく特殊技能(スキル)を発動することとした。

 

 

特殊技能(スキル):覇気」

 

 

 ぽんと呟かれたそれにより、瞬く間に絶大な気が放出される。

 

 フールーダを対象に発動した戦士職特殊技能(スキル)であるそれは相手の行動を一定時間阻害するもの。オーラシリーズと違い、常時発動(パッシブ)ではないものの、その分効果は強力。Lv100プレイヤーに使用しても1秒くらいは完全に動きを止められる上、レベル差があればあるほどその効果は長いものとなる。

 

 ツクヨミの特殊技能(スキル)を受けたフールーダは硬直したような体勢で地面へと落下する。

 

 すかさず、そこまで駆け寄った兵士たちがフールーダの両肩を掴み、奥へと連行していった。何やら駆け付けたらしい一般人風の聖典も付き添いに参加するらしい。

 

 

(よし、一旦これで大丈夫かな)

 

 

 ようやく一件落着か。漆黒聖典の面々を見ると驚いたように数度ツクヨミとフールーダへ視線を交差させた後、お辞儀をしてから馬車内へと戻っていくのが確認できた。

 

 しかし続く最高神官長ら。こちらは残念ながら……とてもトラブルが解決したという雰囲気ではなかった。

 その顔面は先程と打って変わり、死にかけと思えるほど蒼白なものへ変わっている。

 

 ツクヨミはそれを見て、逆に申し訳ないことをしたのではと反省するが、その心中とは裏腹に全員がこちらを向き、堪えきれないようにその場に平伏する。馬車も同様に停止する。

 

「ツクヨミ様、大変申し訳ございません……。このような失態を犯したうえ、ツクヨミ様の御手を煩わせてしまうとは。これは我々の命をもってして償う他ありません。いえそれでも事足りるかどうか……」

 

「え、い、いえ。私は気にしていないのでお気になさらないでください。それに今回のはあの方の暴走が原因ですし……ね?」

 

「し、しかし」

 

 それでも食い下がる彼らを見て、ツクヨミは一息ついて宥める。

 

「では……そうですね。次からはこのようなことが無いよう注意をお願いします。それで今回の不祥事は終わりとしましょう。パラダイン氏も丁重に送り返してあげて下さい」

 

 その言葉を聞き、神官長らは瞳に涙を浮かばせると、すぐに御意といった風に最大限の頭を下げる。

 

 

 

 そして彼らは立ち上がると、止まっていたパレードの列を進めるべくその足を再び動かし始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ~~~

 

 

 

 

 

 

 

(はぁ、まじ疲れた……)

 

 現在、空には夕焼けが浮かんでいた。

 

 あれから数時間。特に何事もなくパレードを終え、大神殿に戻ってきたツクヨミは神殿区画の案内やら、外での演奏によるもてなし等でそれなりの時間を過ごした。

 

 そして、街の方で本格的な祭りの準備が始まるという夕方の時間になってようやくこの自室に戻ってくることができたのだった。

 

 そんなツクヨミの装備はここでも変わらず純白色の聖衣。あまり良くは無いと知りつつもそのままベッドダイブしているツクヨミは、リアルでは絶滅寸前だったギャルのような心の声を上げながら枕にその顔を埋めている。

 

 もうそんなこんなで数十分となるだろうか。今は晩餐に向けて食事の準備が執り行われており、もうすぐこの部屋に人が呼びに来る予定となっている。

 

 食事に関しては、まぁそれほど嫌な気分は抱いていない。なぜなら神殿に戻ってから軽食は取ったものの、それは少量であり、今日の激務に事足りるものではなかった。そのため今もお腹は順当に減っていると言える。

 

 それに晩餐と言っても今回のそれはそれほど格式ばったものではない。本来はコース料理という絶望的にマナーが複雑なそれを広い部屋で一人取ることになっていたのだが、ツクヨミの要望によりそこは変更してもらっている。

 食べ辛いというのもそうだし、皆で一緒に食事を取りたいという思いもあった。そのため今日は普通のディナーといった感じである。

 

 元々この世界での食事は好きなので、本日最後の用事ともいえるこれはある意味ご褒美に近いものがあった。

 

(なんかお腹減って来たな)

 

 夕食の想像をしていると積み重なった疲労と共に、急激に腹が減ってきて、それに呼応するようにお腹が鳴る。

 

 ごろんと体を翻すと、狙ったかのようなタイミングで扉がノックされた。

 

「ツクヨミ様、お食事の用意が整いました」

 

「ありがとうございます。今向かいます」

 

 見られていないとはいえ、少々の恥ずかしさを感じたツクヨミは体をベッドから起こすとそのまま扉の方へ向かう。

 

 

 それからは、部屋まで呼びに来てくれた最高神官長と共に食事処へ向かう流れとなった。

 

 宮殿内の広い一室の前には既に帰投した漆黒聖典(番外席次除く)が膝を付いていた。

 ツクヨミはそんな彼らを一瞥した後、途中で合流した各色神官長、大元帥の計八名と共に扉の開け放たれたその部屋の中へと足を踏み入れる。すると護衛である彼らもまた、同様に後ろから着いてきた。

 

 部屋内はシャンデリアによって照らされているため明るく、その中央にある巨大な長机にかかるテーブルクロスが白く光り輝いている。

 

 その上には当然精細な白や銀色の食器が並んでおり、作り立てと思われる料理の数々が湯気を立てながら並べられていた。

 

 最高神官長に案内されるままツクヨミが引かれた正賓席に着くと、神官長らもまた頭を下げながら順に席に着いて行く。ちなみに今回行政機関長らがいないのは、今もなお進んでいる祭りの準備を指揮しているからであり、大元帥はこの食事の後交代に入るらしい。

 

「ツクヨミ様。本日は貴重なお時間を割いて頂き、心より感謝致します」

 

 席に着いてから少しして、最高神官長が皺交じりの表情を柔らかなものへ変え、感謝の言葉を口にする。あの事件から少しばかりの時間が経ち、多少は気持ちを取り戻した最高神官長。その服装は正装のローブ姿であり、今日着ていたものとも若干デザインが違うようだ。

 

「いえ、こちらこそ、このような機会を頂きありがとうございました。本日はとても素晴らしいものでした」

 

 ツクヨミがそう言うと、周りにいた光の神官長、大元帥が感極まったように涙ぐむ。絶え間ない準備をしてきたからこその表情であった。

 

「恐縮でございます……。では、これ以上神をお待たせさせる訳にはいきませんので、どうかツクヨミ様の御好きなタイミングで料理の方をお召し上がりくださればと思います」

 

 最高神官長が再度頭を下げ、食事を促してくれる。

 

 目の前には見たことも無いような豪壮な肉の料理だったり、軽そうなサラダだったりがあるが、当然手元には皿やナイフ、フォークといった食器、そして見るからに高そうな葡萄酒の入ったグラスがあった。

 

(晩餐だし乾杯とかあるのかな? でもそんな感じの雰囲気でもないような)

 

 周りを見渡せば、にこにことした表情でツクヨミを待つ、色とりどりの服装の老人が座っている。それは少々どうするか戸惑う光景だった。

 

「で、では頂きます」

 

 ツクヨミは目の前で手を合わせ、軽く目を瞑った後グラスに手を伸ばす。そして少量の酒を口に含んだ。Lv100であるため酔っぱらうことは多分無いだろうが、それでも限界を試したことは無いので油断はできない。

 

 ツクヨミがワインを飲むと、他の面々もまたグラスに手をつける。

 

 そうして食事が開始した。

 

 

 

 ……

 

 

 

 ……

 

 

 

「そういえばツクヨミ様、先ほどの手を合わせるものですが、あれは何かの儀式なのでしょうか?」

 

 他愛もない会話を交えながら食事が進み、ぼちぼち部屋の空気も落ち着いてきた頃だった。

 闇の神官長がその鋭い眼差しの元そのような質問を投げかけて来た。

 

「いただきます、のことですか? あれは私の国に昔からあった風習みたいなものでして」

 

「左様でございましたか! ツクヨミ様の御国といいますと神の国の風習……ということですね」

 

 神のおわした国。その言葉に神官長らの目が光る。

 

「ほう! 神の国。すると六大神の方々も同じような風習をお持ちだったのでしょうか」

 

 ツクヨミはその問いに少しばかり考える。六大神がプレイヤー、それは多分間違いないことだろう。スレイン法国に受け継がれているリアルの文化、特に法律などの規則は多分それなりにある。

 しかし食事関係の細かい部分が西洋的に発達しているのはなぜだろうか。

 

(ユグドラシルがファンタジー的な感じの世界観だから? いや、多分違うな。もしかしたら元々いた現地の人たちと一緒に六大神が国を作ったのかも)

 

 それなら説明は付く。元々現地的な文化自体は存在していて、六大神はそれにそこまで干渉しなかった。もしくはリアルでないギルドの文化だけが取り込まれた。

 

 特に死の神と言われる最後まで残った六大神は食事ができないアンデッドの可能性が高いので、これも原因の一つかもしれない。

 

「まぁ……はい。六大神の方々もいただきますくらいは、していたかもしれませんね」

 

 ツクヨミがぽつりと呟くように言うと、その言葉に感動したように七名は表情を変える。いや、部屋内にいる漆黒聖典も驚いている風だった。 

 

「それは、素晴らしい……! 六大神様方のことまで教えて頂けるとは、感謝致します!」

 

 よほど嬉しかったのか、手元にあるハンカチで涙を拭く水の神官長。それを見てツクヨミも頬を緩める。

 

「いえいえ。感謝されるようなことなどございません。それにこうしてお食事ができ、話が出来るのも皆様がこの国──いえ人類を守ってくれていたお陰ですから」

 

 ツクヨミはリアルのディストピアのこと、そしてこの国で過ごした日々のことを思い出しながら語る。

 

「私の方こそ御礼を言わせてください。神官長様、そして大元帥様。今は居ない方もそうですが……これまで本当にありがとうございました。私は新参者に過ぎませんが、これから少しでもお役に立てるよう頑張りますね」

 

 僅かな酔いか、そういった空気があったからか普段よりツクヨミは内心を吐露していた。

 

 ツクヨミはこの世界が──ここに生きる人々が好きだった。たった数カ月だがその思いは本物だ。それはきっと今後も変わることは無いだろう。

 

 ……

 

 ……

 

「皆様?」

 

 話し声や食器音も止まり、室内が静寂に包まれていた。そのことを不思議に思い、ツクヨミは顔を上げる。

 

 驚くことにそこには滝のように涙を溢れさせる六色神官長と大元帥の姿があった。それは先程のハンカチで触っていた量の比ではなく、タオルが必要なのではと思う程の勢いだった。

 

 それほどの感動に包まれているであろう最高神官長は鼻から息を吸った後、ハンカチで何とか涙を押し留めてから感極まった声を上げる。

 

「その言葉だけで、今までの全てが報われました。……ツクヨミ様はやはり六大神と同様、我々の思う神、そのものです」

 

 隣の神官長もまた、僅かに気を取り直してから言いたいことを続ける。

 

「ツクヨミ様は水のような澄んだ御方。慈悲の神に違いありません……」

 

「いやいや、風の如く颯爽と降臨された救世主……。まさに豊穣の神という他ありません」

 

「万物を支える……大地の神とも言えるのでは?」

 

「火のように強き御方。太陽の神でしょう……」

 

「それならば、人々を照らす光明の神。それ以外にありません」

 

「いえ……ずっと陰から見守ってくださっていたツクヨミ様こそ、宵闇の神に相応しい御方かと」

 

 口々に賞賛の言葉を浴びせてくる神官長には少々の気恥ずかしさを感じざるを得ない。しかしこれにはツクヨミも一言訂正を入れる。

 

「ありがとうございます。どれも素晴らしいのですが……少々惜しいですね。私は一応"月の神"ですから」

 

 ツクヨミは口を抑えて微笑む。設定上の話ではあるが、そういった話をするのはやはり楽しいものだった。

 

 空も少しずつ暗くなり、晩餐もそろそろ終わりが近づいている──。

 




街の様子も書きたかったのですが、尺都合と、連続で書いていたため単純に作者が力尽きました;;
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